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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


この子の飼い主は誰?

 都会の喧騒とは本当に多種多様だ――と、街を歩きながら草間・武彦は人の表情、仕草の観察していた。もちろん怪しい意味ではない。だが、この日はこの行為が事の発端であった。
「くぅん……」
 人々が行き交う中、車が激しく走る道路を挟んで向こうの道。一匹の茶色い子犬と目が合う。遠目に見ては偶然かと思うも確実に武彦自身を見つめている。青い首輪はしているようだが、特にどこかに繋がれているというわけでもなく、また飼い主らしい人物も見当たらない。
 そんな事を考えている時だった。その子犬が、トンと走り出し車が激しく行き交う道路に飛び出した。武彦は息を飲む。だが、その子犬を周りの車や人は認知しないようにその事に気に留めず、そして子犬自身も車の間を縫う事もなくまっすぐと歩いてくる。
「な――!?」
 呆気に取られたままの武彦の下には、無傷のままの子犬がいた。そして、懐いたのか顔を武彦の足にこすりつけてくる。
「……」
 無言のまま、この子犬を見つめる。思えば、先ほどなぜこの喧騒の中、あの子犬の声が聞こえた? そして、どうして車にも人にも気づかれる事無く、またそれらに触れる事もなく、ここまでたどり着いたのか? そんな事を考えながらも、この懐いた子犬をどうするかと思えば、また何かあるかもしれないという予感にかられていた。


 翌日、草間興信所にて、そんな子犬との出会いを、武彦はコーヒーを飲みながら、その子犬と戯れる草間・零に話していた。
「不思議な子ですね〜。けど、いい子、いい子。」
「まぁな。一日暮らしてみたが、ここまで頭のいい犬とは思わなかったよ。」
「早く飼い主が見つかるといいですね。」
「あぁ、張り紙を出した事だしだな。」
 その子犬と出会った日。こうも懐かれてしまっては仕方が無いと思った武彦は、飼い主を探してやる事にした。興信所に戻り、まずは首輪を見てみたのだが「POPI・All interferences are not permitted」と書かれているだけで、飼い主の名前のようなものはない。首輪に書かれた「POPI」というのは「ポピ」という名前と分かるだけで「All interferences are not permitted」――「全ての干渉を許さない」という部分はまだ理解できなかった。ともあれ、飼い主が分からない以上、写真を取りパソコンで編集し「飼い主を探しています」という張り紙を作り、それを昨日の内に街のあちらこちらへ貼り付けておいた。
「まぁ、来ないようなら、来ないでどうしたもんかな……」
 そんな事をぼやきながら、溜まった事件依頼のレポートに目を通していると、興信所恒例の不快なブザー音が鳴り響いた。零が子犬――ポピを放し玄関に駆け寄って開けると、そこには派手さを隠せない貴婦人のような女性、あどけない顔をした少年、そして黒服を着た大男に指示を出した白髪が目立つ老人の男性だった。そして、その中からまず口を開いたのは、貴婦人のような女性だった。
「あぁ、その犬を預かってもらってありがとうございます。その犬は、私の――」
「な!? 何を言っているんだ、おばさん! この犬は僕のだよ!?」
「これこれ、それはワシの犬なんだがのぉ……」
 女性の発言に続くように、少年、そして老人も口を開く。だが、誰もが誰も自分の犬と主張するばかりだった。
「ポピちゃんは、私のものですわ!」
「いいや、ポピは僕の家族の一員だよ!」
「ふむぅ、ポピはワシの大切なペットなんだがのぉ……」
 そんなやりとりを、武彦は呆気にとられながら「どうしたものかなぁ」と考え、ふとポピの様子を見る。ポピは脅えているというより、戸惑ってるように体を震わせていた。
(まるで行きたいけど、行けない……そんな感じだな……)
 そう考えた武彦は手をパンパンと叩いて、その場の口論を静止させる。
「とりあえず、ここじゃなんですから、応接間のほうへ、どうぞ。零、案内してくれ。」
「あ、はい! 分かりました。」
 三人を零に案内させながら、武彦はポピのもとへ行き、その震える体をそっと撫でた。
「お兄さん、あの人たちって……」
「あぁ、本当の飼い主はいるだろう。」
 三人にお茶を出し戻ってきた零の質問に、武彦は険しい顔をしながら答える。零にポピを抱かせると、顎に手を添えて考えた。
(首輪の意味……あの三人の様子……この子犬には何かあるな。)
 そう考えながら、武彦は煙草を咥え火をつけぼやく。
「さてどうやって嘘つきの皮を剥いでやろうか?」
 ポピは体を零に抱かれながらも、まだ震わせていた。



 ポピを零に預けたまま、武彦は一度応接間へと向った。そこにちょうど学生でありながら導士でもある青年――陸・誠司(くが・せいじ)が興信所へやってきた。学校を終えてここへ顔を出しに来たのだが、どうも来客中だと言う事に気づく。
「こんにちはー?あれ、零さん、お客さん?」
「あ、誠司さん、こんにちは。えっと、ちょいとややこしい事になったというか……」
「うん?もしかして、その犬の事?」
 ふと誠司は街中で見かけた飼い主を探す張り紙の事を思い出す。零は問いに頷くと、これまでの経緯を誠司に話した。そして、その話しているところへちょうど翻訳家と幽霊作家でありがながら、草間興信所にてボランティアと言えるほど事務整理や家事手伝いに通っている女性――シュライン・エマも交ざってきた。シュライン自身、昨日もその張り紙の製作、そして貼り付けを手伝ってただけに、ポピが不思議な犬である事は知っていたが、飼い主と主張する者が三人現れた事には、さすがに「何かしら事件でもあったのかしら?」と心配になっていた。
「飼い主が同時にやってくる……てのも妙な話よね。」
「そうっすね。とりあえず、犬を三人に抱かせてみるとかは?」
「それは危険かもしれないわ。抱かせた途端、無理矢理にも連れ去られてしまったりしたら大変よ?」
「とりあえず、今、迎えにきた三人の話をお兄さんが、うかがっている途中です。」
 そういって一同、応接間のほうへ目をうつすが特に大きな声が鳴り響く事はなく、穏便に話を進めていそうだ。ふとシュラインが、零に抱かれるポピの体を撫でてその体に耳をあてた。
「あのシュラインさん?」
「ん……あぁ、えっとね、零ちゃん。この子と武彦さんの出会いから、この子が幽霊の可能性はないかな?と思って鼓動を確認してみたのよ。」
「で、どうだったんっすか?」
「それがねぇ……呼吸もしっかり行っていて、心音もはっきり聞こえたわ。」
「ってことは、やっぱり首輪に書かれた文が能力なんっすかね?」
「この子は一体……」
 零は不安そうに抱いているポピを見つめた。シュラインも誠司も首を傾げていると、そこへ一度話を終えたのか、武彦が戻ってきた。
「おや、シュラインさんに誠司まで集まってたのか……ちょうどいいな、手伝ってくれないか?」
「えぇ、もちろんそのつもりっすよ。」
「私も大丈夫よ。それで、何かわかった?」
「助かるよ。で、とりあえず、あの三人の身元とポピについての反応かな――」
 そした武彦は零を含めた三人に応接間で聞きだして来た事を話した。
 まず派手さを隠せない貴婦人のような女性。名は西崎・玲子(にしざき・れいこ)。化粧会社の社長婦人兼秘書であるらしく名刺のようなものを持っている。そしてあどけない顔をした少年の名は本郷・悠太(ほんごう・ゆうた)。神聖都学園の中学生で、今は私服でありがなら学生証をちゃんと提示してきた。そして黒服を着た大男に指示を出す白髪が目立つ老人の名は松門・柳平(まつかど・りゅうべい)。「もう察しておられると思うが、まぁこの筋のもんじゃ」と小指のない右手で名刺を差し出した。
「うわぁ……極道が絡んでくるとかやばいっすね。ますますさっきの提案はやめたほうがいいなぁ……」
「さっきの提案?」
「あぁ、誠司くんがそれぞれ抱かしてみては?とは言ったんだけど……ここまで怪しいとね……」
「まぁな。それでまぁ、ポピについて聞いてみた時の話だが――」
 武彦は話を続けた。三人とも自分の犬だと主張するだけで、証拠となるようなものは一切提示してこない。またポピが逃げ出された時の事を聞いても、三人とも「気づいたらいなくなっていた」と言うだけだった。そして出会いの時にあった事はあえて話さず、首輪に書かれていた「POPI・All interferences are not permitted」という言葉に覚えはないのかと聞いた所、三人とも険しい顔を見せそれをはぐらかすように話を進めようとしてきた。
「でまぁ、一度お待ちくださいって事で戻ってきたわけだ。」
「ふむ……三人とも怪しいわね。」
「その素振りじゃ、何か知っている……」
「それでいて、それを話したくないってところっすかね?」
 四人はそれぞれ考え始めた。そして、このままでは埒が明かないとシュラインは、ポピをそっと撫でてから口を開いた。
「とりあえず、私は三人の身元の確認とポピについての情報を探ろうと思うわ。あの極道の人がどうでるかと思うと心配だから、なるべく早めに調べてみようと思うの。」
「あー、それは俺も心配っすね。とりあえず、その方面なら俺に任してください。撃退のお手伝いならできますよ。」
「まぁ、悪者と決め付けるのは悪いけどな……よし、零はシュラインさんの手伝いをしてくれ。」
「はい、分かりました。」
「誠司は俺と一緒に応接間の方へ行こう。」
「了解です!」
 武彦の指示に、四人はそれぞれにやる事を始めた。
 ポピはまだ震えながら、零の胸元にいる。



 応接間の中へ武彦と誠司が入ると、真っ先に西崎が武彦に向って話しかけてきた。
「探偵さん、早くポピに会わせてもらえませんか?こんな身元が怪しい子供や老人はともかく、私までこう怪しまれるようにされるのは、我慢なりませんわ!」
 この西崎の一言に本郷と松門が険しい顔をし、「ヤバイ!」と武彦と誠司は顔を強張らせる。そしてまず怒声を響かせたのは本郷だった。
「なんだよ、おばさん!怪しいだなんて、あんただって十分怪しいじゃないか!」
「なんですって!そもそも子供がこんな所に来るんじゃないわよ!親を連れてきなさい、親を!」
「さすがに職業だけで差別されるのは、心外じゃの……」
 本郷と西崎が言い争う中、ぽつりと呟いた松門の一言に黒服の男がゆらりと動いた。
「まぁまぁまぁまぁまぁ!落ち着きましょう、ね?ね?」
 慌てて誠司が止めに入る。本郷と松門はそれに従うも、西崎は睨みながら武彦に訊ねた。
「この方は?先ほどはいなかったはずですけど?」
「あぁ、うちの助手のようなもんですよ。」
「陸・誠司です。どうも……」
「そう……ごめんなさいね。」
 そう言って西崎も大人しくなった。武彦が三人の対面に座り、その斜め後ろに誠司は立ちながら三人を見比べた。
(特に三人ともいてはおかしくないんだけどな……だが、なんだこの違和感……人じゃないのがいるのか?)
 そんな事を考えながら険しい顔をしていると、武彦が「ふぅ」とため息をついてから、口を開いた。
「とりあえず、そうですねー……あなた方三人とも、同時にここに現れた時から不可解な点が多すぎます。悪いですけど、まだ信じ切れてない部分が多すぎて、ポピと会わす訳にはいきません。」
「な――!?」
「そ、そんな……おじさん、ひどいよ!」
 本郷の一言に武彦はピクと眉間にしわを寄せるが、それでも冷静に言葉を続ける。
「悪いけどな、それが探偵っていうもんなんだよ。」
「じゃあ、どうしたら信じてくれるのかね?」
「えぇ……今一度、あの犬……ポピの首輪について知っている事を喋ってもらいませんか?」
「!」
「……」
「そ、それは……」
 武彦の問いに三人は、さっきの勢いなく黙ってしまう。しばらくの沈黙の後、コンコンとドアを叩く音が応接間の中に響いた。誠司がドアを開けると、零が顔を出し武彦を手招きした。
「失礼。ちょっと席を外します……誠司。」
「はい?」
 武彦は声を落とし、誠司にぼそぼそと伝える。
「とりあえず、見張っててくれ……何か喋りそうになったら、すぐ俺を呼ぶ事。いいな?」
「分かりました……それと、さっき感じ取った事なんですが……」
 誠司は先ほど感じ取った気配について武彦に話した。武彦はそれに頷き、誠司にこの場を任すと応接間の外から出て行った。



 武彦が応接間から出ると、台所の方からシュラインが手招きしていた。台所へ行けば、ポピが餌を食べている。
「お、餌食べてるのか……」
「えぇ、もう夕飯時よ。」
「もうそんな時間か……」
「どう? ポピ、美味しい?」
 シュラインがそう訊ねると、ポピは右前足で地面をトントンと叩いた。
「うんうん。」
「ん?今、何をやったんだ?」
「あぁ、これね。どうやら零ちゃんが仕込んだらしいわよ?」
「零が?一体何を……」
「そうねぇ……あと分かりやすいといったら……ポピ、もういらない?」
 シュラインは餌を食べるポピに訊ねると、ポピは今度左前足で地面をトントンと叩いた。その仕草にシュラインは「どうぞ、続けて」とポピの頭を撫でた。
「そうか、YESかNOか。」
「えぇ。右前足で叩けばYES。左前足で叩けばNO。本当にお利口ね、この子。」
「そうだな……で、何か分かった事は?」
 武彦のその問いにシュラインは頷くと、ポピから手を放して懐からメモ帳を取り出し、話始めた。
「とりあえず、聞いた身元で遺産絡み噂有無ネット等で確認、保健所に連絡取りポピ探しに来た人有無や身元等確認、ポピ発見道路周辺死亡者等々ネットや記事等情報収集など、零ちゃんやアトラスの方からの協力の元、分かった点といくつか不可解な点が浮かび上がったわ。」
「ふむ?」
「まずポピの存在について。武彦さんと出会ったその日、街を行く人はともかくその近所に住む人、商売を行う人まで、ポピを見た事がないと言うの。普通、野良犬なんか普段見ないこの街中で、子犬一匹歩いていて不自然に思わない人はいないわ。」
「そうだな……そういえば、車道を横断してきた時も誰もその姿に気づく事はなかった……」
 武彦は再びポピと出会った時の事を思い出す。確かにあの喧騒の中、子犬とはいえ自身以外に気づかぬ人がいるのはおかしいのは分かっていた。だが、ここまで多くの人に気づかれてないと……ふと、武彦はポピの首輪の事を思い出す。
「全ての干渉を許さない……」
「もしくは、ポピが許した人間にしか、その姿を見せないか……さすがにこればかりは、まだ憶測の域を超えられないわ……」
「そうだな……」
「あぁ、それと西崎・玲子と本郷・悠太について不可解な点が浮かんだわ。」
 そういって、シュラインは手帳を捲り話を続ける。
「まず西崎・玲子……彼女の言う通り、化粧品会社WESTは存在します。そして社長の名前は、西崎・憲次(にしざき・けんじ)。そして妻であり秘書でもある西崎・玲子は確認できたんだけど……」
「だけど?」
「その社長である西崎・憲次は、犬嫌いなのよ。」
「は?」
「正確には犬アレルギー。例え犬好きでも、アレルギーの夫を持ちながら、犬なんか飼うかしら?」
「そりゃ……そうだよな……」
 自分の所へと一番主張していた西崎を思い出せば、明らかにおかしい。なぜ西崎はあそこまでして、犬を引き取ろうとするのか?
「武彦さん……いいかしら?」
「あぁ、すまん……続けてくれ。」
「えぇ、それで本郷・悠太について。彼の場合、身元の確認ができたんだけど、両親の年齢がすでに70歳を越えているのよ。」
「は?」
「それでいて、本郷・悠太自身、3年前に行方不明となっているわ。そして、その時の年齢は38歳。」
「け、けど、あの学生証は本物のはずだぞ。」
 そう見間違えるはずはない。この界隈で一番大きな学校、神聖都学園。もちろん武彦の知り合いも多く通う学校なだけに、見間違えたはずはなかった。
「えぇ、ちゃんと在籍しているわ……ただ一週間前に転校してきたという形でね?」
「つい最近じゃないか……」
「そして最初は同姓同名かと思ったのだけど、この近辺に本郷・悠太という人物はその行方不明になった一人しかいない。それでいて、写真を確認したのだけど、今いる少年と面影が似ているのよ……」
「ふむ……まったくどうなってるんだ……」
 武彦はそうぼやきながら、煙草に火をつける。ポピの存在と首輪の意味、飼い主と言う二人の不可解な点。そう考えを馳せているところへ、零が慌ててやってきた。
「お兄さん、大変です!応接間のほうで――!」
 零がそう言いかけた時だった。応接間のほうで、ガシャン!という大きな音が鳴り響く。急いで武彦が応接間へ向うと、そこで黒服を着た大男と誠司が組み合っていた。



 武彦たちが駆けつけるほんの少し前の事。
「分かった。ポピについて、ワシが知る限り話そう。」
 西崎、本郷、松門、そして誠司と零が残った部屋の中、沈黙をまずやぶったのは松門だった。松門は顔を上げ誠司を見つめながら言葉を繋げる。
「あの子……ポピは特別な力を持つよう選ばれた存在でな。」
「特別な力?」
「あぁ、それこそ首輪――が!?」
 松門が話している途中だった。突然、黒服を着た大男が、松門の後ろから首根っこを強く握り、グゥっと上に持ち上げたのだ。
「きゃああ!」
「く……ご……とう……!」
「あんた、何してるんだ!」
 咄嗟に誠司は黒服の男の懐に潜ると、鳩尾目掛け掌底を打ち込む。
(ちっ、ずれた!)
 刹那、黒服の男は松門を離し、誠司から距離を置いた。西崎と本郷は、逃げるように部屋の隅へ行き、零は咳き込む松門の元へ駆け寄った。
「松門さん!」
「ぐっ……ごほ!ごほ!」
「零ちゃん、早く武彦さんを呼んでくるんだ!」
「はい!」
 そう言って零が応接間から出るや否や、黒服の男は近くにあったコップを誠司に向って投げつけた。
「あぶね!」
 誠司は、手の甲でコップを誰もいない所へ薙ぐ。そしてコップが壁にぶつかり、ガシャン!となるや否や、襲い掛かる黒服の男を両手で受け止める。
「誠司!」
「武彦さん!」
「わん!!」
「「ポピ!?」」
 武彦とシュライン、そしてシュラインに抱かれたポピがそこに駆けつけた。そしてポピの鳴き声を聞くや否や、本郷と松門が反応する。そして本郷がポピへ歩み寄ろうとした時だった。
「だめだ!そいつを近づけちゃ!!」
「――!?」
 黒服と組み合っている誠司の叫び声が響く。そして、シュラインの腕からポピが離れると、真っ先に倒れている松門の元へと走り寄っていった。
「わんわん!」
「おお……ポピ……」
「飼い主は、その人なの?」
 シュラインがポピに訊ねるように聞くと、ポピは右前足をトントンと地面を叩いた。
「ちぃ!」
 本郷はポピを追いかけようとするが、その肩をしっかり武彦が掴まれた。そしてシュラインは武彦に近づくや否や、驚きを隠せない顔をする。
「――鼓動が……ない?」
「……」
「シュラインさん?」
「この子から、生き物としての鼓動がないわ!」
「なんだって――うわ!」
「え、武彦さん!?」
刹那、本郷の肩をしっかり掴んでいた武彦は体を吹き飛ばされ、黒服の男と組み合っていた誠司とぶつかりあう。そして、黒服の男はその場に倒れ、周りの空気が本郷中心に渦を巻くように集まっていく。
「ちぇ……順調にきてたと思ったんだけどな……」
「!?」
「お前は……誰なんだよ!?」
 武彦が本郷に尋ねると、本郷は今まで出していた声とは違う低く、そして周りに響くような声で喋りだした。
『はっ!名乗った所、意味ねぇよ。もう回りくどい事はやめだ……折角、操り人形なんか使って、一芝居やってやったのによ!』
「操り人形……?」
「芝居……まさか!?」
 ふと武彦はいつの間にか倒れていた西崎を見て、本郷の言葉に先ほど浮かんだ不可解な点を思い出す。「なぜ西崎は犬嫌いの夫がいながら飼い主の主張をしてきたのか?」もし本郷に操られこの場に現れたのなら合点がつく。同じタイミングにやってきた事も、そして飼主だとして犬を受け取った場合でも本郷の元へ行く事ができる。
(だがそれならば、自身を含め松門までも操ればいいものだった……それこそ一番手っ取り早い方法なのになぜ?)
 そう考えている間にも、本郷はゆっくりと松門とポピへ近づいていく。
『ともあれ、ここを吹き飛ばしても、その犬はもらう!』
「くっ!?ポピは渡さんぞ!」
『へっ、満足にそれを扱えないくせによ。』
「ポピは道具ではない!」
『いや、立派な道具だね……その首輪に選ばれた時からな。』
 武彦と誠司は起き上がり、本郷と松門の間に入る。シュラインもまた倒れている松門とそれに寄り添うポピの元へ寄った。
「何の事かわからないが、ここを壊してもらっちゃ困るんでね。」
「これ以上、暴れるなら、痛い目見てもらいますよ!」
『無駄なあがきだよ?こんな場所、俺が本気を出せば一瞬だぜ……ほらぁ!』
 本郷が右腕をあげ地面に叩き付けた時だった。

 バァァァァァァン!

 それはモノが弾ける時に聞こえる音。そして音の大きさは、その弾けたものの大きさに比例する。音は空気を震わすほど、響くというよりも轟いた。だが、興信所の中はどこも破損はしていなく、武彦たちも傷を負っていない。ただ一人だけ――本郷だけが、右腕を中心に体の半分を抉られた様に破裂していた。
『ぐあああああああああ!!』
 本郷の叫び声が破裂音の後に響いた。「一体何が?」そう思いながらも、一人この好機を逃すまいと本郷の懐に飛び込んだ。
「これで終わりだ!!」
 誠司はそう叫び、本郷の鳩尾へ渾身の掌底を叩き込む。
『くそおお!折角、人間の体を手に入れたのによおおお!!』  
 掌底を叩き込まれた本郷は、そのまま黒い光の塊となりパン!という乾いた音と共に、宙に散っていった。
「はぁはぁ……終わった?」
「かもな……」
「よかったわ……なんとか興信所を壊されずに済んだわね……」
 誠司、武彦、そしてシュラインは、なんとかおさまったかと、安堵に脱力した。
「おお、ありがとう、ポピ! ありがとう!!」
「はっはっはっはっは……」
 そして応接間の端っこでは、ポピを抱える松門の姿と、それに嬉しそうに尻尾を振りながら松門の顔をなめるポピの姿があった。



「それでは、改めてポピの……いえ、この首輪に選ばれた犬の能力について、お話しましょう。」
 夜も更け、気がついた西崎や黒服の男――後藤を帰した後、応接間にて武彦、誠司、シュライン、そして零を前に、ポピを抱えた松門は今回の一件について、ポピが持つ力を説明しはじめた。
「この首輪に選ばれた犬は、その身の名前を首輪に刻まれます。そして、名前の後にある"All interferences are not permitted"――"全ての干渉を許さない"とは、この力……空間遮断と呼ばれる力なんでのぉ。」
「空間遮断?」
「うむ。この世界における空間を、そこに存在しながらも分けてしまう……簡単に言ってしまえば、こういう事かの。」
 そう言って、松門は空になったコップを逆さにしてテーブルの上に伏せた。
「このように、今コップを使って、コップの外の空間とコップの中の空間を作った。」
「つまりポピは、それと似たような事を……大きさや規模を自由に、外と中の空間を作る事ができるって事かしら?」
 シュラインの理解に、松門は頷いた。
「その通り……だが、コップがある以上は、外から中の空間に干渉する事はできず、中から外も同様じゃ。そして、干渉する際にかかる力の程度では、このコップという壁はいとも簡単に崩れてしまう。」
「あぁ、強く叩けば、コップなんか割れてしまいますからね。」
「いや、誠司の場合は例外だ……」
 普通とは違い身体能力が非常に高い誠司にはコップを割る事なぞ簡単な事だった。もちろんそれを知っているからこそ、武彦はそこにツッコミを入れる。その様子に「ホッホッホ」と笑いながら松門は話を進めた。
「だが、ポピのこの能力の場合はこれとは違う。外の空間も中の空間も、まったく遮断されたものでありながら、ポピの意のままに干渉を許すことが出来る。光、音、におい、衝撃……。」
「あ……だから、応接間の外にいた私は気づく事ができなかったのですか?」
 そう零は応接間の外にいたとはいえ、先ほどまであった騒動に何も気づかなかった……いや、気づく事ができなかった。音もなく衝撃もなく。
「恐らく、ポピが遮断したのだろう。この子は賢い子じゃ、状況を見極め能力を使い分ける事ができる。」
「つまり俺が最初にポピに出会った時の事も、本郷から操られる力を俺たちにかからなかったのも、ポピが遮断してくれたおかげなのか……」
 武彦のその推理に、松門はゆっくりと頷く。武彦はそれを見て、なお言葉を繋げた。
「やはり遮断され、外に干渉できなくなった以上、その中で起きたエネルギーは中でしか作用しない……ましてや、規模が大きければ大きいほど、その空間が小さければ、その中で激しくエネルギーは破裂するという事ですね?」
「ほう、さすがは探偵さんだな……いかにも。空間の中に逃げ場がなく、エネルギーは暴れるだけだ。まるで、鉄で出来た狭い部屋で拳銃を打てば、その弾が跳弾し暴れまわるようにな。」
「あー、だから、本郷は自爆したわけか……やっぱポピのおかげだなぁ。」
「それもあるが、主が咄嗟に止めをさしてくれたからこそ、あれを撃退する事はできたはずじゃよ。」
 そう松門に言われ、照れくさそうに誠司は頭をかいた。
「さて……探偵さん。頼みたい事があるんだが、よいかな?」
 松門はそういうとポピから首輪を外し、そっと武彦に渡した。
「この首輪を預かって欲しい……この首輪がない以上、空間遮断の能力は発動をしない。」
「しかし……ここでよろしいのですか?」
「うむ……元はといえば、ワシ自身でポピを管理しようとしたがために、あの本郷というものに狙われる羽目になったのだ……」
「やはりポピは、本郷を恐れていたのかしら?」
「かもしれんの。だが、ここで預かってもらうなら、安心できる。今回の一件でそれは確信した……」
「わかりました。責任もって、お預かりします。」
 武彦は松門の意思を理解し、その首輪を受け取り零に渡した。それに戸惑う零に「お前が一番ポピの面倒を見たからな。」と武彦は言って、零を退出させた。
「ふふふ、短い時間とはいえ、零ちゃん、相当可愛がっていたわね……その気持ちを汲んでかしら?」
「さぁね……あいつが適任と思っただけだよ。」
「こういう時は照れ屋っすねぇ。」
「ははは、後で改めてありがとうを言っておかないといけませんな。」
 その後、しばらくしてから先に帰った後藤は、再び何人が引き連れて草間興信所へ、松門に向えにきた。武彦、零、シュライン、誠司の四人は松門とポピを乗せた車を見送り、この長かった一日を終えるのだった。



 数日後、松門から手紙が届く。それには改めて感謝の気持ちと、大勢の黒服の真ん中で、笑顔でいる松門と嬉しそうなポピが写る写真が同封されていた。
「なんか、すごいっすね、こんなにいるとなると。」
「まぁ……忘れてたが、極道だしな……」
「それもそうね……なぜかそれを忘れていた気がするわ……」
 写真を見ながら、武彦、シュライン、そして誠司はこの前の事を思い出しながら、首を傾げていた。そして、一人だけ……
(皆、記憶までポピに遮断されちゃったのかな……けど、元気そうでよかった。)
 ふとポピの腕輪を大事に飾っている棚に目をうつしながら、その元気そうなポピの姿に笑みを隠せないのが零だった。

fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【5096/陸・誠司/男性/18歳/学生兼道士】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、喜一と書いて"きひと"と申します。
ご利用ありがとうございました。
お話の方はいかがでしたでしょうか?

陸・誠司様
本当遅くなってしまって、申し訳ありませんでした。
今回、誠司の口調に大分頭をひねって書かせてもらいましたが、いかがでしたでしょうか?
ちょっと口調が礼儀正しくない部分がちらほらとあるかもしれませんが;
プレイングから、黒服をやはり敵視されてましたが、実は違ったところに悪党がいやがった、みたいな展開にさせてもらいました。
誠司の活躍をほぼアクション中心で書きましたが、それも楽しめましたら幸いです。


ご意見等ありましたら何なりとご指摘ください。
それでは、またの機会ありましたら、よろしくお願いします。
喜一でした。