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<東京怪談・PCゲームノベル>


神の剣 最終章 最終話 光り輝く未来へ

 深夜。
「よくやった、義明。いや、影斬」
 エルハンドの身体は消えようとしている。
 正式な天空剣後継者を生み出したから、去るのだ。
「師匠、今までありがとうございます」
 影斬は涙を流した。
「何、私の奥義も破ったのはおまえ自身でもあり、おまえを慕っていた仲間のおかげだ。今後抑止としておまえは生きる。それがどれだけ険しい道になるか、それはおまえが知っているはずだ」
 微笑むエルハンド。
「はい。師匠はどうされるのですか?」
「界境現象の研究は引き続き行うが、私は居なくなる。さすらう風のように、な」
 苦笑する。
「また、会いましょう。いつしか」
「ああ、皆によろしく」
 と、師弟は最後に笑って別れた。


 それから、9年たった。
 あやかし荘近くにある古びた屋敷に、影斬が居た。彼は27歳。
 彼は昔の長谷神社ではなく、場所を変えてそこに道場を構えたのだ。
「よしちゃん」
 長谷茜が昔の彼の名前を言う。
「その呼び名は止めないか? 私も君も大人だ。それに長谷家継承者として緩んでいる」
「なによー。いつも瞑想して猫に餌あげて居るだけの生活なのに」
 長谷茜は言い返す。
「そう見えるか。ははは」
「笑い事じゃない! まったく、なんか雰囲気が変わったと思えば、変わってないし。また事件があるの」
 と、影斬は道場の師範のほか、退魔師としての生活などをしているのだ。


 余り変わらない生活。変わったのは影斬でも人間くささがあるということ、そして、彼の周りなのだ。
 あなたは、このとき何をしているのだろう?
 彼と共に生きてきた日々とともに輝く未来を……。


《別れと決意》
 天空剣門下生である天薙撫子と御影蓮也はエルハンドが義明に負けると言うことが理解できていなかった。それだけ勝負は瞬間だったとも言う。二人は全ての力を剣に込めた。結果、聖剣が折れている。
「よくやった、義明。いや影斬」
「ありがとうございます。けが、大丈夫ですか?」
 と、義明が“水晶”を血振り、納刀してから近寄った。
「見事な剣であった。私も思い残すことはない。」
「まさか、師匠!」
 撫子たちもエルハンドが“いまので死ぬ”と思ってしまった。
 エルハンドは首を振る。
 しかし、徐々にからだが薄れる感じがする。
「世界との契約事項である、“天空剣正当継承者”を育てることが出来た。そのために身体かき消えるだけだ。問題はない」
「そんな……」
 と、撫子は涙を浮かべる。
「まあ、力を無効化されて様なモノだから、今しばらく私は普通の人間として存在しているか。さすがに、茜たちに別れをせず消えるのはなんだからな。」
 笑うエルハンド。
 それはほとんど自分が事を成し得た満足感だった。
 状況を何となくだが把握した、黒崎狼と御柳紅麗。二人の考えは異なっている。
「エルハンドさん、長谷神社で茜たちが待ってる。そこまで大丈夫なんですか」
 紅麗が訊いた。
「ああ、大丈夫だ」
 頷く。
「なるほど、俺は余り面し着ないから何ともだけど、あの4人が暗い気持ちになるのは分かるな」
 黒崎狼はそう呟いていた。
「でも、親しい人を放ってどこかに消えるんじゃなくしっかり別れを告げるって言うのは、やはり義明達の師匠って事なんだな。いい人だ」
 と、彼は珍しく人を尊敬していた。
 今のエルハンドには神や抑止としての力はないようだ。ただ長く生きた賢人と剣客の雰囲気しかなかった。正当継承者にこの世界に置いての権能を譲り渡したのであろう。


 そして、皆はエルハンドとともに長谷神社に向かった。その間誰も言葉を交わせなかった。義明が影斬になった喜びよりも人と別れると言うことが、悲しいからである。
 そこには、長谷茜と滅多に姿を見せない静香が立っている。茜の隣には橘穂乃香がいた。
「お帰り、やっぱりちょっと汚れちゃったね。風呂も沸かしているから入って。ね?」
 と、茜がにこりと笑って皆の手を引いた。
「おかえりなさい!」
 と、橘穂乃香が二人に向かって駆け寄って、狼ではなく義明に抱きついた。
「……!」
 位置的にいうと、狼が義明より数歩前にいたので。通り抜けるように穂乃香は走ったのだ。
「ただいま。大丈夫だったよ。穂乃香ちゃん」
 義明は目線を逢わせるようにかがみ込んでから、彼女を抱き上げた。
「良かったです。良かったです」
 穂乃香は安堵のために泣いた。
「穂乃香ちゃんが作ったカレーがあるから今日はカレーパーティね♪」
 と、長谷茜は笑いながら皆を迎え入れるのである。

 先の戦闘でどろどろになった皆は風呂を順番に浴びて、さっぱりした。そして、穂乃香特製のカレーを食べる。
「お味は如何でしょうか?」
 おずおず尋ねる穂乃香だが、
「おいしいよ♪」
 紅麗がにこにこ笑ってお変わりのサインである皿を茜に渡す。
「よかったの♪」
「狼、何か言ってみろよ」
「……ああ、旨い」
「それだけか?」
「良かった♪」
 皆で長谷神社に咲く梅の花を見ている。既にエルハンドと茜や静香の話は終わっているようだが、そのときも誰も言葉を交わさなかった。なにかしら、言葉を紡ぐと涙が出そうなのだ。特に影斬と撫子、紅麗に蓮也だが。
 しかし、そうは行かない。それぞれの思いをエルハンドに言わなければならないのだ。徐々に彼の気配が無くなっていくのだから……。
「師匠」
 はじめに言ったのは、御影蓮也であった。エルハンドの前に立ち……、
「どうした?」
「師匠、今までありがとうございました。今度お会いする時は自分の剣をお見せできるよう精進します」
 と、礼をした。
「ああ、がんばれ。おまえなら御影の剣を極めることが出来る。自信を持って運命を切り開け。おまえが得た力は愛するモノや友人を幸せにする事が出来るのだから」
「ありがとうございます」
 と、蓮也は泣いた。
「あの、俺も、エルハンドさんに感謝の言葉をいいたい……」
 蓮也の肩を抱いて、紅麗が立ち上がる。
「あの、寂しくなるけど……剣を教えてもらうことが出来なかったのは心残りだけど、何時しか逢う時があるだろうし……」
 と、彼も涙を流し言葉に詰まる。
「ありがとうございました」
「紅麗、色々あっただろうが、精進しろ。影斬はおまえがライバルと認めていることに自信を持て」
 エルハンドは笑いながら二人の肩を抱いてあげた。
 笑みを絶やさないエルハンド。
 最後に撫子が立ち上がり、
「今までありがとうございました。ご指示頂きました数々は忘れません。また、お会いできる日を祖父共々楽しみにしています。だから別れの言葉は申しません」
 涙を見せまいと頑張って笑顔でいる。しかしエルハンドにはその言葉がとても染み入っている。
「それに、あの方にも宜しくお伝えします」
 と、あの方とは? と首をかしげる人が数名だが、何名か思い出す。
「ああ、彼に伝えておこう。しかし気が付いたらいるかもしれない。彼は気まぐれなモノだからな」
 

 ――おいおい、それはないだろう。我が弟よ
 と、どこかで金のような猫が呟いているが誰も感づかない。例外は、その近くで泣いている少女だけだろう。
 ――狂華とやら泣くな。こういう別れはまた趣が違うモノだ
 猫はにゃあと鳴く。
 猫の近くにいるのは御柳狂華であった。
「でも、…………エルハンド、行っちゃうんだね……。何時も、何時も、お世話になりました……狂華を居候させたりしてくれて、本当にありがとう……狂華が消しちゃった父上みたいな存在だった。……居なくなっちゃうと凄く寂しいな……」
 ――何、いないと言っても、心の中にいるではないのか?
 猫はまた鳴く。
「あ……」
 そうだのだ。ずっと一緒にいてくれた。
 最初の奇跡を起こしたのは彼ともいえる。彼が狂華にとって大きな存在なのだ。
 ――それに、あの青年が救うだろうよ。おまえを
 と、猫はそのまま闇の中に消えていった。足音もたてずに。
「ありがとう……」

 狼と穂乃香は、にっこりと微笑み
「またあえることを楽しみにしているよ。そのときは色々教えてくれ」
「さようなら、エルハンドさん」
 と、別れを告げる。
 その後は笑いながら歓談していた。
「お別れの言葉はすんだ?」
 と、茜が元気いっぱいに声をかける。
 しかし、目は真っ赤であった。部屋で泣いていたのであろう。
「あれ? 義明は」
 と、蓮也があたりを見渡す。義明がいなかった。
「多分、色々思うことがあるんでしょう……師匠であり、親でもある方でしたから、今のままでは泣いてしまうんでしょうね」
 撫子が言った。
「そうだろう。昔は泣き虫だったからな。今も変わってないだろうが」

 そして、
「時間だな」
 エルハンドが立ち上がる。
「さようなら」
「さようなら」
「皆さらばだ。色々困難があるだろうが、道を切り開いていけ。さらば」
 彼は霞のように消えてしまった。
「ああ、エルハンド……」
 茜が再び泣いてしまう。撫子が彼女を抱きしめた。

 影斬は、深夜に彼と会って、正式な別れをしたのであった。


《数日後のこと》
 天空剣道場で、影斬としてではなく織田義明として、道場に話をする。エルハンドは旅に出たため、継承者は自分であることを報告するためだ。また、一次休館の事も報告され、各種登録・手続きなどで忙しくなるだろう。
「ほんとにここじゃなく別の道場に?」
 茜は義明に訊いた。
「ああ、私自身も色々考えたいから。それにここにばかり頼っていては行けないし」
「そっか……」
 と、庭を見る。
 静香は、珍しく姿を現して穂乃香と一緒に遊んでいる。おはじき、手まりなどで遊んでいるのだ。紅麗と狼、撫子は道場を借りて、更なる高みに登るために修行している。
 数日前が嘘のような出来事。嘘のように平和な時である。
「義明、茜、こんにちは」
 最後に現れたのは御影蓮也だった。
 真剣な顔つきである。
「こんにちは、蓮也。どうした?」
「頼みがある。俺の力を制限封印してくれ」
「何?」
「義明、俺の定めを斬る力を限定封印してくれないか。1日3回に。最終試練で自分の剣を見つける事がこの先に必要だって感じた。でも今のままじゃ今の力に頼っちまう。平行世界を生む力、それ程の剣の資格を得られるまで」
「そうか。分かった」
 と、影斬は宝石を取り出してから彼の額にソレを当て、何かを唱えた。
 そうすると、蓮也の額が光り、宝石に吸い込まれた。
「これは?」
「御影の力を一部この宝石に封印した。未来の糸を見ることはかなり難しくなっている。宝石は私が預かっておこう」
「ありがとう。もし、技を極めたときは」
「分かっている」
 と、二人は笑い会った。


 それから数年……

《穂乃香と狼》
 九年後の常花の館。
 その館の庭に、美しい女性がお茶を飲んでいた。綺麗な銀髪に碧の瞳。館自体は要塞のごとく閉ざされているのだが、中は植物の楽園となっている。一種の異界である。
 一番大きな菩薩樹から人が降りてくる。その青年は黒い翼をはためかせて……
「あれ、狼?」
 女性は笑う。
「よう、穂乃香。どうだ? 調子は」
「はい、今日は平和です。そして調子が良いの」
 にっこり、穂乃香と呼ばれた女性は微笑んだ。
「ですよ。狼様」
 姿は見えないが、優しい声がする。
「え? 静香さん?」
「静香さんにお話のお相手をしていただきましたの」
 と、穂乃香は笑う。
 静香は木々のさざめきで頷いている。穂乃香には静香は見えるが狼には見えなかった。相変わらず静香は恥ずかしがり屋らしい。
「でも、狼が来て嬉しいの」
 と、穂乃香は笑う。
 その美しさに狼が少し照れる。しかし、心の中で在る感情を否定している。つまり恋愛だ。
 それは、穂乃香は成長するごとに内なる力である“非時の香菓”が目覚め、その効果が大きくなった。不老不死としての効果が有るとも言われ、ソレをつけねらう輩が多いのだ。厄介なことに、それを義人思わない虚無の境界や禍が居る。彼女の命は危機にさらされている。また、穂乃香も時にその制御が難しく悩んだこともあったが、狼の支えや能力制御専門家である加登脇美雪、館自体の結界が彼女に自覚を持たせ、安定している。狙う組織などを狼が追い払っていることで、館から出られないことが多く退屈しているのだ。静香や狼の訪問はとても嬉しいのである。
 黒崎狼は25歳、たまに顔を出せるのも徐々に減っている。それもそうで、彼も自身の力の制御は完全に出来たのだが、フリーターでは何とも肩身が狭いため、義明や茜という助けを得て、大検を受けた。そしてめでたく、大学を卒業したばかりだった。いまでは、どこかで掛け持ちのバイトか可能な限りの仕事を探している。
「大丈夫ならOKだな」
 と、狼は笑いながら穂乃香に言った。
 そして、3人で会話していると。
「あら、狼?」
 長谷茜がティーセットを持ってきた。
「あ、茜がいたのか」
「いるよ!」
「そ、そうだよな」
 そう、茜と静香はワンセットなのである。狼はしばらくそれに気が付かなかった。
 そして時間が過ぎていくと夕暮れになり、
「あ、仕事だ。また遊びに来るから」
 と、狼は飛んで去っていった。
「二人がくっつく事ってあるのかなぁ?」
「これ茜、温かく見守る方が良いのですよ」
「え? どういう事でしょうか?」
 首をかしげる穂乃香であった。


《剣を極め、そして》
 義明が影斬になってから2年後。
 蓮也が持つ業物の小太刀が空を斬った。目の前にあった消えかけた蝋燭の灯火がまた燃えさかる。蝋はまた元に戻っている。
「極めた! “因果の閃き”」
 蓮也は確信した喜びに叫んだ。
「よくやった。師範代。しかし御影の剣は自分で磨いていけ」
 と、影斬が言う。
「わかりました。師範代」
「おめでとうございます」
 撫子がにこにこ笑い、褒め称えた。
「何度も失敗し、狂華を戻すための気持ち。見事」
 影斬は蓮也をほめた。

 御影蓮也はやっと自分の超常剣技を得て、はれて完全な御影の剣を継承した。それは『因果の閃き』という。これは、相対的近似値での因果や運命を斬り、それを結び直し、平行世界に影響を与えないという離れ業である。それを使い、狂華の宿命を結び直したのだ。現在、師範代として天空剣道場に在籍するが、別の時間で御影の剣を磨いている。

 その技を手に入れた後、蓮也は義明と茜、撫子、そして狂華と兄である紅麗を呼んだのだ。
 当然、紅麗は狂華を見て敵と認識し刃を向けようとするが、影斬が止めた。
「な? 何をするつもりだ! まさか禍に魂を売ったのか?!」
「まて、話は長くなるが。聞いてからでも遅くはない。蓮也」
 と、蓮也に話の主導権を譲る。
「俺の彼女は、おまえの妹狂華だ。今まで隠していた」
「な、何!?」
 驚く紅麗。数年も隠し続けていたというのも苦難だったろう。分かれば大事だからだ。
 今にも爆発しそうな紅麗だったが、深呼吸して落ち着く。蓮也が今までのいきさつを話し始めた。
 紅麗は口を開く。
「で、どうするつもりなんだ? 俺に殺させるわけではない。妹だからって俺は容赦できない。両親がいなくなったのだから」
 そう、禍の力で御柳家がかなり壊滅的になったこともあった。世界もろとも滅ぼそうとする彼らを許すわけにはいかないのだ。もしそれが兄妹としても。
「それは望んでなったわけではない。彼女も奇跡を体験し、今では禍の力もほとんど無くなった。いまが、そのチャンスなんだ。俺は禍自体から抜け出す技を手に入れた。運命を切り開くための切り札を」
 と、蓮也は言う。
「狂華……ここにいてもいいの?」
 と、茜の側で縮こまる狂華。茜は彼女を抱きしめている。
「良いんだよ。しかし蓮也が繰り出す技は、少し痛いかもしれない」
 影斬が言う。
「うん、がんばる」
 狂華は頷いた。
「で、俺を呼んだのは……どういうこと?」
 紅麗はまだ信じていない。
「おそらく禍がそれの妨害をするだろう。思いっきり、私と真姫ともにそれを“狩れ”」
 影斬が言った。
「分かったよ……っち もしへましたら許さないからな! 蓮也!」
 と、紅麗は外に出る。
 激戦の結果、3柱の神が禍の一個師団を壊滅したと同時に、蓮也が『因果の閃き』にて狂華の運命を結び直した! 光が舞う。 紅麗が重傷を負いながらも、師団の副隊長〜つまり狂華の部隊の〜をしとめた直後……だった。
「兄様……」
「……狂華……元に戻ったのか?」
 妹が涙を流して兄を抱きしめた。
「良かった……良かったです」
 撫子は泣いた。

 狂華が禍を離れ、御柳家に戻れた。手続きなどは面倒なことが多かったが……。九年たった今、蓮也のマンションで同棲生活をしている。しかし、彼女が高校を卒業するまではあやかし荘で住むことを許された。エルハンドが消えてしまった宿無しになってしまったものの、因幡恵美や愉快な仲間達は快諾してくれたのだ。困ったときはお互い様なのだ(エルハンドは自分が消える前に、数年分の家賃と生活費は渡していたのだ。何とも用意の良いことである)。 

 そして、今では、
「れんや〜 れんや〜 朝ご飯できたよ。おきて」
 と、お目覚めのキス。
 その柔らかい唇の感触に、目を覚ます蓮也。気が付けば七時半らしい。
「あ、おはよう」
 こんな所を、ある“存在”に見られたら絶対に写真を撮られ、ばらまかれるであろうほど、甘い生活をしているのである。
 狂華は21歳で大学生。そして現役死神の六席(リハビリとかそんな感じ)。ちなみに蓮也は27歳。大学を卒業してからは、叔父の考古学研究の手伝いと、天空剣師範代もしているが、退魔士と、死神の代行業をしている。やっていること以外は、今までと変わらない。
 大学生になった狂華はしっかり美女になり、もてるわけだが、既に彼氏持ちと言うこともあるし、彼女の雰囲気が怖いので近寄りがたい。現世での仕事を何にするかなんてまだまだ先だ。
「今日、一緒に来て♪ 中庭でお弁当食べよ」
「雨降ってるじゃないか」
「大丈夫じゃない? 傘があるし。アレが在れば雨もやむよ♪」
「あのファンシーな傘か……」
 項垂れる“傘持ち”蓮也。
 嵐の傘も使い続けて9年もたつ。しかしまだ新品同様で綺麗だった。



《紅麗君》
 さてさて、禍の一個師団を壊滅した御柳紅麗君。
「なんか、楽しそうなナレーションだな……」
 その戦果をたたえられ、副隊長に復帰した。しかし妹には遠く及ばない霊力と、なにかしら越えられない壁があるため、一個師団などを任される隊長に至ってない。噂では、練習をさぼり気味なのかそれとも、甘い時間にうつつを抜かしていたのか、まことしやかにささやかれている。
「ちがう! 断じて違う! 俺はクールで……しくしく」
 と、叫ぶが、刷り込み現象は恐ろしいものである。誰かに色惚けと言われてから9年間、それは抜けきらないらしい。正確の情報では、彼は副隊長復帰のための修練もしていたが、何故か大学院に入ったのである。元から素質はあるので、文武両道をかっこよく決めているのだ。それは全員驚かせたとも言える。彼は影斬の義明に追いつくために、現世での事柄を一度、忘れて没頭し修練に励んだ。それも今は落ち着いた。
 やはり癖は抜けきれず、大学をさぼり気味、狼とつるんでいるか、蓮也の趣味などにつきあっている。たまに常花の館に顔を見せるし、どこか甘い生活をと、どこかに転がり込んでいるわけだが。というのも余り出会いたくない相手が居るのだ。さぼる理由はもう一つ。学部は違うのだが、廊下などでよく会うのだ。
「よ、よう」
「あ、お、おはよう」
 今日もあってしまった。
 妹の御柳狂華。数年前に禍から解放され死神に戻れた事は先ほど言ったが、さすがに長い年月も敵同士だったために、気まずい。甘えたいが甘えられない狂華に、色々気まずい紅麗なのだ。何とか歩み寄りたいところだが、
「えっと、あの昼一緒に食べないか? 兄様」
「ああ……」
 と、勇気を出したのは狂華の方だった。
 食べると言ってもサンドウィッチに牛乳と質素なものだった。狂華は弁当を作って持ってきている。
「栄養……偏るよ?」
「……うるさい。一人暮らしだし……昼は大学じゃなく外でと思った」
 何となく会話はあるのだが、ぎこちなかった。
「全く兄弟仲が良いのか悪いのかわからないな」
 狼が木の上に立って、笑っている。
「うるさい! てめえは穂乃香ちゃんといちゃついてろ!」
 紅麗が木の上の狼に叫ぶ。
「俺はそんなんじゃない! 俺は……断じて……!」
 真っ赤になって反論する狼。
「否定しても、気持ちハッキリしないと行けないぞ? それはそうと……、二人とも……弁当食べる?」
 狂華は笑っていた。
「おーい、おや、紅麗と狂華と連という組み合わせは珍しい」
 蓮也がやってきた。
「お、じゃあ、俺たちはこの辺で、あつい二人の邪魔をしては」
「だめだ! みんなでたべる!」
 と、狂華がいう。
 

 
 義明が構えたあたらしい天空剣道場にて、
「なんで、俺が同じ大学部に……」
 紅麗がぼやく。
「その方が良いだろう? 傘と狂華ちゃんに会えるんだ。過去は取り戻せないが、今から兄妹の絆を深めるのは良かろう」
 お茶を飲んでまったりしている影斬。
 目の前では稽古が行われていた。
「だーかーらー。それが余計なお世話……ってごめんなさい」
 紅麗が何か言い返そうと思ったが、
 茜が泣きそうな狂華を抱きしめながらにっこり笑って怒っていた。ハリセンも持って。相変わらずハリセン巫女として名高き退魔士になっている長谷茜であった。
 紅麗にしてみればかなりヒエラルキーは低いのではないだろうかと思いたくなるこのごろである。何しろ、影斬や茜との仲の良さでは、狂華が上のようだ。

「はい、今日はこれまで!」
 師範代蓮也が、声を上げる。
「ありがとうございました!」
 と、門下生が帰っていった。
「さて、影斬、立ち会いお願いしようか?」
 と、紅麗が言った。
「良いだろう」

 天空剣道場の師範は一応義明としてなっているが、代表は長谷平八郎になっている。昼行灯で彼もまたかなりの天空剣を使えるという謎人物だった(剣だけでは実は義明もかなわない)。これで世間には正式な剣道場兼抜刀道となっている(もちろん裏方の代表は影斬だ)。
「久々に仕合? 師匠が?」
 門下生がざわめく。
「あ、色惚けが剣持った」
「きゃーくれいくーんがんばってー!」
 気が抜けたわけではないが、門下生でも“特異な素質”のある人物達がまだ残っている。
 紅麗にファンが多いらしい。
「前のように行かないぞ」
「成果見せてもらおう」
 と、練習用木刀を抜刀する。
 蓮也が審判にたった。
「はじめ!」
 にじり寄る、二人。間合いと隙をつこうとにらみ合う。沈黙の中、既に清新では戦いが始まっていた。乱撃の撃ち合いというイメージが二人の頭を支配している。
 同時に動いた。
 義明が紅麗の剣を払いのけ、そのまま突きにはいる、しかし紅麗はそれを飛び退いて斜め後ろに躱す。すぐさま体制を整え、紅麗が反撃にでて胴を狙う。義明はそれを受け止めてはじく。間合いがまた開いた。尽かさず、紅麗が袈裟に斬ろうとするが、影斬は身をかがめるように潜り込んで……。
「一本!」
 胴を打たれる紅麗。
「まいった!」
 と、一度、構え直して、納刀し紅麗が言った。
「なかなか切れが良くなったな。私は嬉しいぞ」
 影斬も納刀して笑う。
「もっとも、霊威などは関係ない。技と度胸は狂華より上だ。自身持って隊長をねらえ」
 と、いった。
「さんきゅ! 影斬」
「ありがとうございました!」
 と、礼をする二人。
 ギャラリーは拍手喝采だった。


《織田撫子:真姫》
 撫子20歳にて……。
 天空剣道場では大きな力が渦巻いていた。その渦の中心は天薙撫子。
「内から外へ! 中からうちへ!」
 影斬が言う。
 光が爆発する。それは全てを吹き飛ばす爆発ではなかった。
「天位覚醒……名は、真姫」
 6枚の翼をもち、神秘的な天衣を身にまとう撫子。天使のようなその姿は、いつもの黒ずくめ格好の影斬とは対極だった。
「出来ました! よかった!」
「おめでとう!」
 真姫は影斬に駆け寄って抱きついた。
 まるで、幻想的な結婚式を見ているようである。
「すごいですの」
 見学に来ていた、橘穂乃香が感激していた。静香の膝に座って拍手をしている。
 義明が安定した生活を得られたのは25歳ごろだった。その間はゆっくりと、撫子との恋人生活を楽しんでいた。同棲はしなかった。実のところ、義明も撫子も思うことがあった。ほとんど彼を捨てた義明の親とも一応話はつけないと行けなかった。もっとも久々に見る息子の成長に、親は謝るしかなかったのだが。しかし、これ以上親子の間を埋めることは出来ない哀しさはある。義明は二人を許す事も考えているが、親は彼を怖がっていた。この親子問題の解決は時間がかかるだろう。
「少し悲しいですね」
「それも宿命と思えば、しかし私は幸せだよ。理解者が居てくれることだから。それに両親も分かってくれるだろう。何時しか……」
 と、苦笑する影斬。

 そして、何回かのデートの時の夜。
「撫子」
 義明は途中で止まって名前を呼んだ。
「なんでしょうか? 義明さん」
 と、首をかしげる彼女。
「結婚しよう。一緒に、ずっと、共に歩もう」
 と、指輪の箱を開けた。
「義明さん……ふつつか者ですがよろしくお願いします」
 うれし涙を浮かべる撫子であった。
 そして、二人は強く抱きしめ合い、口づけをするのであった。

 二人の婚約などの話は瞬く間に広まり(その要因が何かは聞くべからず)、
「やっとかよ! プロポーズや結納!」
 と、紅麗と狼。
「まあ、俺と狂華みたいに……ってのはいかないか」
 ちょっと遠い目と言うべきか何故か照れている蓮也。
「それはな、おまえは早いんだとぐはぁ……傘で殴るなよ……」
 紅麗、傘に殴られダウン。
「撫子さん! 義明! おめでとう!」
 素直に喜ぶ狂華。
「おめでとうございます。義明さん、撫子さん」
 穂乃香も大いに喜んだ。

 そして、結婚式は神式かチャペルかどっちなのかとかいろいろあったが、
「撫子のウェディングドレスを見たいなぁ」
 という、影斬に
「え、そ、そんな、わたくしは……その、恥ずかしいです……」
 しどろもどろになる撫子。
 結局どっちになったのかはご想像にお任せする。
 しかし、紅麗は後のこう語った。
「あの祝言は、俺たち乗せかいで言う貴族の結婚式だった。現世でもここまで厳かで豪華になるとは恐るべし、天薙家」
 さらに、蓮也は語った。
「一般人には肩身が狭い結婚式だったような気がする。芸能人の結婚パーティーか?」
 天薙家自体、財閥関係者などと関係があるので、かなり大きな結婚式になるのは必定だったのだ。


《光り輝く未来》
 自宅の縁側で、義明と撫子は集まっている猫に餌をあげている。これらは地域猫としてなついていた。
「今日も平和ですね。あなた」
 と、お茶を飲みながら撫子が言う。
「ああ、平和だ。抑止が働くこともなく、平行世界・界境線の干渉もない。虚無の境界が大きく動いていることもないから、私たちが真の力を持って働く世界の合図はないのだろう」
 と、影斬は猫をなでながら言う。師匠譲りなのか、彼もまた猫にすかれやすいみたいだ。
「よしちゃーん。またのんびりしてて、きらくでいいね!」
 と、幼なじみの茜。何か仕事がきたのだろう。
「先生! おじゃまします!」
 織田夫婦を慕ってやってくる、義明と同じ先天性神格覚醒者の弟子。
「また手合わせ願う……ってじゃまだったか……」
 と、相手して欲しいのか、冷やかしに来たのか分からないライバルがよく遊びに来た。



 皆は、生きている
 力に縛られていた苦難を乗り越え
 力を持つ意味に悩み苦しみ
 力を持ちながらにして道を切り開く
 努力した結果が実を結んで
 幸せになろう
 その先に光り輝く未来があると信じて
 ともにいこう
 何時までも、ずっと何時までも
 行き着く先が彼方なる先であろうとも



神の剣 Fin

■登場人物
【0328 天薙・撫子 18 女 大学生・巫女・天位覚醒者】
【0405 橘・穂乃香 10 女 「常花の館」の主】
【1614 黒崎・狼 16 男 流浪の少年(『逸品堂』の居候)】
【2213 御柳・狂華 12 女 中学生&禍【十罪衆】】
【1703 御柳・紅麗 16 男 不良高校生&死神【護魂十三隊十席】】
【2276 御影・蓮也 18 男 大学生 概念操者】

 神の剣関係に関わったNPC
【織田・義明/影斬 18+ 男 天空剣剣士・装填抑止】
【エルハンド・ダークライツ ? 男 神格保持者/装填抑止】
【長谷・茜 18 女 巫女・長谷家継承者】
【静香 ? 女 精霊】
【長谷・平八郎 65 男 長谷神社宮司】
【加登脇・美雪 ? 女 精神科医】


■ライター通信
 滝照直樹です。
『神の剣 最終章 最終話 光り輝く未来へ』に参加してくださりありがとうございます。
 神の剣シリーズを今書き終えて、この後書きを書いております。約2年半の神の剣関係ノベルを書き続け、この一区切りを無事に終えたことにほっとしております。
 神の剣はVSN(ヴィジュアル・ショート・ノベル)から出来たものです。それがここまでのノベルにまでなりました。通常依頼でも彼らが出てきましたが、義明や茜とともにいろいろなことを体験してくださったことに、義明や茜は私以上に何かを考えて、一人歩きしている感じをしておりました。
 なお、神の剣の本編は終わりましたが、異聞シリーズなど開ける事が有れば、お知らせ致します。
 
 天薙撫子様、義明とともに過ごす道を選んでくださりありがとうございます。良き妻としてまた、茜の姉の役として、ずっと参加してくださりまことにありがとうございます。皆勤賞は逃しましたが。これからも幸せであることを祈っております。
 橘穂乃香様神の剣異聞からの参加でございましたが、義明に色々接してくださりありがとうございます。穂乃香様は茜と仲が良くなって、更に静香も気に入っているようです(彼女は植物の精霊故ですから)。お二人の関係が進展して欲しいなぁと思いながら、その微妙なラインを描きました。如何でしたでしょうか? 
 黒崎狼様も神の剣異聞からの参加ですが、暴走する紅麗様を止める役をかってでたり、愛しの穂乃香様を案じたりとかなり楽しく描かせて頂きました。二人の別のお話で読めることを期待しております。
 御影蓮也様、13話全参加ありがとうございます。色々、難しい場面の中でかっこよく決めていたのは、比較的蓮也様かもしれません。さすがにあだ名の“傘”は永遠に使われると思います。それは『因果の閃き』でも断ち切って紡ぎ直せないのでご了承ください。ファンシー傘で今日も天気です。そして、狂華様とお幸せに。
 御柳紅麗様 吸血神のときに一度倒れてしまいましたが復活し、いろいろなことで何とか元の鞘御収まりました。クールを目指そうとして空回りし、さらに皆にからかわれ……とかなり悲しい役回りになっておりますが、義明/影斬にライバルと認められて、日々楽しい事と思います。紅麗様のクールさや真剣さを考慮した結果、大学院に進ませました。しかし、忙しくなるのにさぼって良い物かどうかですが。それもまた一つの未来です。妹の狂華様と仲良くなるのは何時のことでしょうか……。
 御柳狂華様 数話程度でのシリーズ参加ですが、お祭り関係ではよく参加してくださり、ありがとうございます。課程をすっ飛ばして、禍から死神復帰となりましたが蓮也様と幸せになってくださいね。

 かなり長くなりました。
 義明は影斬になってもまだ残っています。そして茜も。エルハンドはどこかに行ってしまいましたが……。いつかあえるでしょう。ささやかながらアイテム「影斬との友情の証」をどうぞ。
 では、また別の話、またの時間に……お会いできると嬉しいです。
 今回はまことにありがとうございました。

 滝照直樹
 20060312