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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ クリームの恐怖 ■


 やわらかな春風に頬をなぶらせながら、等身大のビスクドールが商店街を闊歩していた。
 ウラ・フレンツヒェンである。
 本日のお召物は夜明け前の空を思わせる濃い紫。跳ねるような足運びにふわふわとなびく襟元の大きなリボンと、袖口のフリル、スカートの揺れる裾にあしらわれた花びらは淡い桜色だ。
 歩きながら、ウラはふと小首をかしげた。つややかな黒髪が、さらりと流れる。
「……少し」
 お腹が空いたわ、と呟く間もあらばこそ、
「おめでとーございまーす!」
「あなたは選ばれましたー!」
 けたたましい声とともに、両腕ががっちりホールドされた。
 ウラより二つ三つ年上であろうか、満面の笑みを浮かべた同じ顔の少女が二人、左右から彼女の腕を掴んでいる。かたやショッキングピンクのボブカット、こなたコバルトブルーのツインテール。視覚に優しくない髪色と非日常的にもほどがあるSFめいたコスチュームの相乗効果で、胡散くさいことこのうえない。
「おめでとーございまーす!」
「なによ、おまえたち。無礼ね」
 人と触れあうのはそう嫌いではないが、許しもなく触れられるのは我慢がならない。どう償わせてくれようか、と整った面(おもて)に物騒な影が走った折も折り。
「666人目の通りすがりのお客様〜、シュークリームバイキング御案内〜!」
「なんですって?……ふうん、あたしを選ぶとはいい眼をしているわね」
 クヒヒッと喉を引き攣らせ、ウラは笑った。あっさりと機嫌が直る。
「けど、“ご案内”? 曖昧な表現ね。最初にはっきりさせておくわ、このあたしを招待するからには無料よね。飲物は別だなんて言わせないわよ?」
「当然でーす、モニターですから!」
「無料でーす、リサーチですから!」
「ならいいわ。さっさと案内なさい」
「ラジャー!」
 人目をひかずにはおかない華やかな容貌にもかかわらず、三人娘はなぜか誰にも見咎められることなく裏通りに消えていった。


「……やる気があるのかしら?」
 赤いとんがり屋根に白い壁、高原のペンションか喫茶店風のこぢんまりした店の前で、ウラはまた不機嫌になった。看板には丸っこい字体ででかでかと――“洋菓子鋪スケベニンゲン”。なぜか“しうくりいむonly”と千社札調シールも貼ってある。
「たぶん店長の思い出の場所なんでーす!」
「きっと運命的な出会いがあったんでーす!」
「リゾート地名を冠した点に突っ込む気はないわ」
 なんならカフェ・エロマンガ島だって構わないし、と余裕をみせてから、ウラは玄関ポーチをびしっと指差した。
「あたしが言ってるのは、あれ。入口を塞いでいる、あの不細工な生き物よ」
 双子の驚くまいことか。
「ええっ、見えるんですか!」
「すごいすごーい、透明になってるのに!」
 手放しに賞賛され、魔術師見習ウラはふふん、と可愛らしく肩をそびやかした。
「あたしの目はごまかせないのよ」
 正直なところ、はっきり見えるわけではない。三段ほどの階段から正面扉にかけて、湯気の塊にも似たぼんやりした物がわだかまっており、緩やかに脈動する様が呼吸を思わせたので言ってみたまでなのだが、解説してやる必要はないだろう。
「ふへぇ、地球人も結構やるねカーラ」
「地球人じゃないかもよディーラ」
 ……微妙に引っ掛かる会話は無視することにした。
「済みませんお客様、あれ、ペットなんです――エレン、そこどいて〜」
「あんなんなってますけど、懐っこいんです――ど・か・な・い・と〜」
 どかないと大変な目にあうらしい。エレンと呼ばれたなにかは跳ね上がり、壁を伝ってたちまち屋根の上へと消えていった。
「失礼しました、ではどうぞ!」
 双子に促され、ウラは鷹揚に頷くと、“スケベニンゲン”に足を踏み入れた。



「あら、なかなか凝ってるじゃない」
 店内は仄暗く暖かで、映るはずの物が映らない鏡やらなにもないところにかかる人影やら、キイキイと車輪の軋むような音が微かに聞こえてくるやら、外装のファンシーさと裏腹なホラーテイストであった。食欲をそそる甘い香りや、錯覚によって傾いで見える楕円形のテーブル上の銀盆に山と積まれているシュークリームさえ、ファンハウスの演出のようだ。菓子のテーブルに突っ伏して、ときおり痙攣しているのは人形だろうか?
「本日限定レイアウトでーす」
「今日中に元に戻せって店長に言われましたー」
「でしょうね。さて、バイキングなんだから勝手に食べていいのよね? さっきモニターとか言ってたけど?」
「はぁい、ご説明しまーす!」
 双子は――ボブカットのディーラが姉、ツインテールのカーラが妹だそうだ――はヒーローショーの俳優ばりに腕を振り回して妙なポーズをきめた。衣装が衣装なのでたいそう似合うのだが、アヤしい組織のマスコットガールに間違えられこそすれ、少なくとも洋菓子店の売り子にだけは見えない。
「当スケベニンゲンの3Dシリーズ中、好事家に大好評の“デンジャラス”各品、バイキング形式でモニターをお願いしまーす! もちろん新作の試食もありまーす」
「レイアウト変更中にアクシデントがありまして、汎用タイプ“デイリー”も混じっちゃってますけど、あんまり気にしないでくださーい」
「“デンジャラス”……聞いたことがあるわ。挑戦的な企画ね、受けて立つわよ! でもまず飲物がほしいわ。紅茶を持って来なさい」
「店長〜紅茶オーダーでーす!」
「……おまえたち、いちいち見得をきらないと喋れないの?」
 なかば呆れながら、ウラは楕円テーブルに歩み寄った。この企画の為の仕様だろうか、すべて同じサイズ、形、焼き色である。備付けのトングを手に、直感の命ずるままに選んでみる。
 そして、世界が止まった――
「これは……!」
 軽く口元を押さえ、彼女はちょうどティーポットを手に、滑るような静かな足どりでやって来たパティシエを振り仰ぐ。
「そう、そうね、これくらい濃厚でなければハバネロの強烈な辛味に負けるわ……一歩間違えればゲテモノに堕す危険を敢えて冒し、逆にこれ見よがしなほどパーフェクトな配分で仕上げるとは。やるわね、おまえ」
 白磁のティーカップにルビー色の紅茶を注ぎつつ、泡立器より狙撃ライフルの方がよほど似合いそうな風貌の中年男がニヒルな笑みを浮かべた。応えてウラもクールに微笑む。ほとんど拳で語り合う武闘家状態であった。
「気に入ったわ。さあ、どんどんいくわよ。ちょっとおまえたち、双子、ポージングしてないでメモを取りなさい!」



 “デンジャラス”などというふざけたシリーズ名を冠するだけあって、食する者を選ぶという意味合いから単に中心となる味わいの強烈な物まで、内容は多岐に渡った。どんな変り種でも臆することなく、かつ楽々と平らげるウラに、双子はひどく感銘を受けたようだ。
「うぅん、すごい地球人もいるもんだね、ディーラ」
「ほんとだねー地球人ばなれしてるよねぇ、カーラ」
 ……微妙な言い回しは聞かなかったことにした。
 正直なところ、ウラ本人も驚いていた。自分は甘い物ならいくらでも入る質だ。しかるに辛かったりほろ苦かったりしゅわしゅわ弾けたりしてもぺろりと食べられてしまうのは何故か。
「基本がしっかりしているから、かしらね。やっぱり」
 消費量が半端でないだけに定期的に当たる“デイリー”――良品安価が特長のベーシックなカスタードシューだ――で口直しをしつつ、確信する。これこそが、常識外のオプションがついても許容範囲内で済む理由だ。
 もっとも、誰もが許容できるわけではないから“デンジャラス”なのだろうが。
「……さすがに千枚漬はどうかと思うわよ?」
 笑いを噛みころしつつウラが双子に告げたとき、向いで突っ伏していた人形、もとい先客がのろのろと頭をもたげた。
「あら、起きたのね」
 高校生くらいだろうか、赤いバンダナをした気のよさそうな少年だ。
「俺の分がない、なんて言わないことね。居眠りなんか、する方が悪いんだから」
 ぼんやりと、三分の一ほどに減ってしまったシュークリームの盆を眺める姿に些か気が咎めて声をかけてみたのだが、返事は想定の範囲外だった。
「あんた……よく食うな」
 なんたる暴言。スイーツを愛してやまぬ乙女は皆ケーキホール――別腹、よりも響きが可愛い気がする――を持っているのを知らないのだろうか。
「女の子に向かって失礼よ、おまえ」 
 バンダナ少年はなにか言いたげに目をしばたたいていたが、結局沈黙を選んだ。
 よろしい。
 そこでウラは新しい飲物と、新作とおぼしき皿を捧げて厨房から戻ってきた双子に注意を戻した。
「どうぞ、最新作でーす」
 目の前に置かれた皿には二種類が一つずつ。片方はぱりっと焼き上げたシューに薄紅色のアイシング、もう片方はふんわり仕上げたシューに淡い藤色のアイシングが施されている。見た目はかなりいい感じだ。
「こちら“深紅の超新星燃ゆる暗黒星系の溜息”でーす」
「こちら“那辺にありや青紫けぶる深淵の心痛”でーす」 
「おかしな名前ね。おまえたちがつけたの?」
「はぁい、バイト代と引換えにつけましたー」
 もう少し捻ればいいのに、などと思いつつ、ウラはまず藤色を手に取った。ほんのりと上品な色合いのアイシングと相俟って、老舗の和菓子のような趣きだ。
 とろけるクリームがあまりにまっとうに美味だと気づいたときが、恐怖の幕開けであった。
 『くにゅ』
 疑いようもなく己が口腔から響いた音に、全身が総毛だった。
 ウラは椅子から飛び上がった。実は彼女、くにゃくにゃした食感が生理的に苦手なのである。それも、心情的アキレスの踵かジークフリートの背中かという勢いだ。ゆえにこの、違えようもなくコクのあるリッチなクリームでありながら生のイカだのタコだのクラゲだのを想起させずにはおかぬ謎の感触は、試食を開始して以来味覚の高みに端然と座す彼女を引きずり下ろすべく忍び寄った混沌の刺客であった。
 『くにゃ』
 咀嚼の度に背筋を微弱な電流が走り、ぞぞっと新たな鳥肌が立つ。だが一旦口にした食べ物を吐き出すなど、ウラのプライドが許さなかった。冷や汗を滴らせつつ、紅茶のカップを取る。
 や、やったわ……!
 騙し騙し嚥下した感動に、思わずぐっと拳を握る。ふと我に返ると、バンダナ少年が不安げに見つめていた。
「それ何味――」
「あら、駄目よ」
 ウラは遮り、落ち着き払って席に戻った。とりあえずとはいえ弱点を克服した達成感に、自然と笑みがこぼれる。
「余計な情報はなし。あたしたちはモニターなんだから、まずは食べなくちゃ」
「そんなロシアンルーレットみたいな……」
 ウラは喉を震わせた。面白いことを言う奴だ。
「いいわね、それもオートマチック使用よ」
「って、もれなく当たりじゃないか!」
「蛮勇極まれりって感じね、ヒ、ヒッ」
「極めたくねえ……」
 泣言まじりでも逃げずに食べようとするあたり、バンダナ少年、なかなか侠気がある……が、案の定、ギャップにやられたらしく双子にくってかかった後、なぜかすごい勢いで残る一つを頬張り、またしてもテーブルに突っ伏した。ずいぶんと寝不足のようだ。
 ウラも同じく薄紅色の吟味にかかる。ただし、今度は二つに割ってじっくり眺めてから口に運んだ。
「いかがですかぁ?」
「刺激的でしょ?」
 にこにことペンを構えてコメントを待つ双子に、ウラは頷いた。
「なるほど、最新作はともに時間差がテーマなわけね。やすやすとは窺えぬものを内に秘め、すべてを呑み込むクリームの海……なんて甘い罠かしら! 最初のは二度とごめんだけれど、こっちは騙されるだけの価値はあるわ。ただ――」
 テーブルにキス状態の少年にちらりと視線を向け、肩をすくめる。つまり彼は、居眠りをしていたわけではなかったのだ、さっきからずっと。
「バニラに紛れ込ませた青山椒、ちょっと効きすぎよ? 味のバランスを崩さずにここまで劇的効果を出す腕は賞賛に値するけど、痺れ系は素人にはお薦めできないわね。最近はこういうのが流行りなの?」
「流行りっていうか、単に店長の気まぐれ遊び心全開の“デンジャラス”なんで、予想外に受けちゃってむしろびっくり、とりあえず需要を探っとけ、みたいな?」
「でもでも、うちの“デリシャス”は正統派お取寄せスイーツ、“デイリー”は気軽におやつランキングで高位常連なんですよー」
 突っ伏したままぴくぴくしている少年が、不満げに唸った。一応、意識はあるらしい。
「ふうん。まあでもシューに挟まれていれば、シュークリームよね。面白いから許すわ、クヒッ」
 面白いついでに、ウラは気がつく。
 一個食べては倒れていたのなら、彼はまだモニターとしての役を果たしていまい。なにより甘い物が好きだから無料バイキングなんぞに釣られたのだろうに、せっかく混じっている“デイリー”に未だありついていないようだ。気の毒な話ではある。あれこそがこの店の味の原点だというのに。
 ウラは腰に手を当て、少年とシュークリームの盆とを見比べた。
「仕方ないわね、協力してあげるわ。感謝なさい。そうね……これなんか、それっぽいかしら」
 あたりをつけてトングを構えると、察しのいい双子が少年の背後にまわる。
 彼がウラご推薦の“デイリー”に感動するのは、きっかり二時間後のことであった。


 ちなみにウラの感想は好事家向け、バンダナ少年の反応は罰ゲーム用の貴重なデータとなったことはいうまでもない――






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3427/ウラ・フレンツヒェン/女/14歳/魔術師見習にして助手】
【5973/阿佐人・悠輔/男/17歳/高校生】※「バンダナ少年」として登場

【NPC/ディーラ/女/666歳/『あのシュークリーム屋』売り子】
【NPC/カーラ/女/666歳/『あのシュークリーム屋』売り子】
【NPC/横鍬・平太(店長)/男/40歳/『あのシュークリーム屋』】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、ウラ・フレンツヒェン様
この度はご来店ありがとうございました。
好奇心旺盛かつ動じないウラ様、なんだかアヤしいキャラになってしまいました。
すみません、つい、楽しくて……

またご縁がありましたら、よろしくお願い致します。

三芭ロウ 拝