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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


憎いアンチキショウを捕まえろ!


------<オープニング>--------------------------------------
 
 「ぬああああ!!」
 草間興信所に黒い物体が突入してきたのは、いつもどおり暇なある日だった。
 「頼む、怪奇探偵!俺に力を貸してくれ!」
 「誰が怪奇探偵だっ!!」
 草間は力いっぱい否定する。
 黒い物体は、学生服の上からアサルトベストを着込んだ、あまり一般的でない格好をした少年だった。
 「中国の奥地でようやく見つけたんだ、俺のスウィート・ハニィ!あれだけの大きさは滅多に出回らないのに!」
 「つーかなんなんだ、お前は。とっとと出て行け、こっちだって暇じゃないんだ」
 いや、暇である。
 しっしっ、と犬を追い払うようなしぐさをしてみても、少年は両膝と両手を床に着いたまま嘆いている。草間の言い分は全く聞いていないようだ。
 「知らなかったんだ、まさかあんなに足が速いだなんて・・・・・・。とにかく、俺の話を聞いてくれ、怪奇探偵」
 「何度も言わせるな、誰が怪奇探偵だ!」
 「俺は昨日中国から帰ってきたばかりなんだ」
 「聞けよ」
 「チベットに近い所で、ようやく見つけたハニィ・・・・・・。マンドラゴラって知ってるかい?」
 「だーかーら」
 いい加減、草間は堪忍袋の緒が切れそうだった。零はといえば、接客用テーブルにお茶を出して、この少年の嘆きを真剣に聞こうとしている。素直な性格が、草間にとって味方とはならなかった。
 「引き抜くときの泣き声を聞くと死ぬっていう植物。あれなんだ。本来ならイヤホンをして音楽でも聞いて抜けば何の問題もないんだけど、今回は大きさが大きさでさ、150cmくらいある大きなものだったんだ。今じゃマンドレイクはすっげぇ貴重だから、大きさによって値が変わる。ハニィほどの大きさなら億単位だったのに・・・・・・」
 「お、億ぅ!?」
 「でも大きくなればなるほど、意思を持つようになる。さっきアパートで一息ついたところで隙を付かれて・・・・・・」
 少年は零の入れたお茶を行儀悪く音を立てて飲んだ。草間は“億単位”という言葉に興味を惹かれたのか、椅子から立ち上がって少年を食い入るように見つめている。
 「ダッシュで逃げられた。慌てて追いかけたんだけど、見当たらなくてさ・・・・・・アパートの住人に、怪奇事件なら、ここがいいって聞いて・・・・・・」
 「・・・・・・ウチは一体どんな興信所だと思われてんだ・・・・・・」
 「勿論タダで見つけてくれなんて言わない。ハニィには高額の懸賞金が付いてる。それをギルドに出せば俺にその金が入ってくる。そこから2・・・・・・いや、3割!」
 「!!」
 億単位の金が三割!これは草間の心を揺さぶる。それはそれは大きく、果てしない海のように揺さぶる。
 そこに、零が致命的な一言を放り込んだ。
 「お兄さん、今月の家賃、明後日までにお支払いしないと立ち退きって、大家さんが仰ってましたよね」
 ・・・・・・。
 草間興信所は、いつだって、貧乏なのだ。




 「俺、藤代・柾弥。トレジャーハンターやってる。これがハニィの写真だ」
 自己紹介しつつ、懐から一枚の写真を取り出した。
 そこには、巨大な節くれだった茶色い人参の様な物体が写し出されていた。・・・・・・若干、はにかんでいるようにも見えるのは、シュライン・エマの目の錯覚だろうか。少し目をそらし、再び写真を見つめる。うん、はにかんでない。そういう事にしておこう。
 「そもそも、よく入国許可が出たわね・・・・・・」
 感心したような、呆れたような口様でシュラインは言う。こんな大きくて胡散臭いシロモノ、どうやって飛行機に乗せたのだろうか?
 「・・・・・・入国許可?貰ってないよ、そんなもん」
 「ええ?じゃあどうやって税関通ったの?」
 「船だし」
 「船でも入国審査はあるわよ。許可がでないと出入国できないでしょう?」
 「だって、船の方が時間はかかるけど楽だから。密入国するのに」
 ああ、なるほどね。密入国・・・・・・。
 「あ、あんた、密入国したの?と言うことは、このマンドラゴラ、もしかして、密輸?」
 「密輸か密輸で無いかと言えば、密輸になるかもしれない可能性は否めない」
 腕組をして、感慨深そうに回りくどく言っているものの、結局は犯罪である。シュラインは犯罪者に手を貸すと言うことよりも、その言い回しが往生際が悪くて呆れてしまった。
 しかし背に腹は変えられない。なんと言ってもいつもピンチと違うのだ。立ち退きがかかっている。ここの事務所は確かに狭くて古ぼけているが、住めば都とはよく言ったもので、慣れれば案外快適なのだ。第一、家賃滞納で追い出された探偵なんて信用問題にかかわってくる。移転先が見つかったとしても、世間の噂の足は速いから、『あそこの興信所、家賃滞納で立ち退きさせられたんですってよ、オクサマ』などとご近所の口の端にのぼる日も近いかもしれない。マイナスイメージからの脱却は難しいのだ。
 「仕方が無いわよね・・・・・・って。武彦さん、大丈夫?」
 シュラインの心配する通り、草間は若干彼岸の彼方へ逝きそうだった。揺さぶられて、はっ、と意識を取り戻す。
 「マリリン・モンローの時代は百万長者だったのに、今や億万長者の時代だ・・・・・・」
 まだ目は虚ろだ。シュラインを切なそうに見つめている。
 「でもハニィさんはどうして逃げてしまったんでしょうか」
 素朴な疑問を零が出す。それを受けた柾弥はがっくりとうなだれた。
 「そうだよなぁ・・・・・・何で逃げちゃったんだろう。俺達あんなに固く友情を誓い合ったのに」
 「うーん、もしかしたら、現状が怖くて逃げたのではないかしら」
 「だってコレ、一応植物だろ?怖がるなんて事無いだろ」
 テーブルまで歩いてきて、草間は写真を目の前にかざす。少しだけ、顔に“こんなものが億単位”と薄く書かれている気がする。
 「あら、植物にだって心はあるのよ。サボテンなんてよく言われているじゃない」
 「そんなモンかねぇ・・・・・・」
 「これだけ大きければ、感情も人間と変わらないのかもしれないわ」
 生えていた場所から無理やり引っこ抜かれて挙句売られるのかと思うと、シュラインの胸は少し痛んだ。アスファルトを滑走しているのだろうし、どうにかしてあげられないのだとしたら、自分たちに出来ることは早めに保護してあげる事だろう。
 「えぇと、取り敢えず、藤代君、アパートの場所聞いても良いかしら?」
 「うん、案内するよ。でもなんで、アパートの場所?」
 「もしかしたら、戻っているかもしれないでしょ?」
 「なるほど。キレイな人は着目点が違うね」
 きらきらした目で柾弥はシュラインを見つめた。感動2割、尊敬3割、見とれて5割。
 興信所は結局本日は閉店という事になる。草間もシュラインも出るわけで、零一人では依頼をこなす事はまだ無理だからである。いつもの通り、零はお留守番と言うことだ。
 寂しがるだろうな、とシュラインは思い、仕事が片付いたら何か零が喜びそうなものを買ってあげよう。そういえば、通販で宣伝していたミラクルな洗剤を欲しがっていた。宣伝方式は、キャサリンとマイケルの二人がとても胡散臭かったが、零が喜ぶのなら、いいだろう。
 「ぃよう、武彦!相変わらず困窮しているかー!?」
 さあ出かけよう、と言うときに、威勢よく興信所の扉が開いた。
 そこに立っていたのは、唐島・灰師。御年29歳だが、まだまだ大学生くらいにしか見えない、綺麗と言うよりも可愛らしい顔立ちをした美青年である。可愛らしい外見とは裏腹に話し方や態度はとても豪快で、周囲はそのギャップに驚かされる。灰師自身はその驚いている様を見るととても楽しそうだ。
 「なんだよ、零ちゃん置いてみんなでお出かけか?」
 「うるせぃっ!お前にゃ関係ねーっ!」
 常日頃の関係の所為だろうか。草間は灰師にはかなりつっけんどん−というより、ちょっとアンタ憎しみ入ってない?くらいの勢いで灰師を突っぱねる。
 しかし灰師は意に介さない。それどころか、“お、また面白いことでも始まるのか、草間興信所?”と言わんばかりの表情になった。
 「なぁなぁ、シュラインさんよ。一体何が始まんだい?このガキんちょは関係あんの?」
 シュラインは困ったように笑みを浮かべた。草間は表情で、“灰師は巻き込むな、煩いから”と言っているが、灰師の性格上、断ったって興味を持てば付いてくる。なのだから素直に説明したほうがいいと思う。草間の諦めの悪さには、さすがのシュラインも困っている。もっとも、可愛らしいで済むレベルだからまだいいのだが。
 「実はね、唐島さん・・・・・・」
 
 「マンドラゴラ!はん、まった楽しそうな目にあってるなぁ、武彦!」
 事情を話したら、案の定灰師は大爆笑した。マンドラゴラの写真を見てまた大爆笑。それがまた草間の神経を逆なでた。
 「うるせー!そいつにはな、何億って金がかかってんだ!ウチの家賃もかかってんだ!」
 「へぇ〜、お前んちの家賃、ねぇ・・・・・・」
 何億と言う金額には全然心を動かされた様子は無い、が、“家賃がかかっている”という言葉には大いに惹かれるものがあったようだ。
 「よっしゃ、いっちょ俺様が手を貸してやろうかね」
 「マジでか!」
 「おーよ、この俺に任せときな!」
 柾弥が感謝をこめて灰師の手をとる。シュラインの目からはどうしても事態を楽しんでいるようにしか見えないのだが・・・・・・人手は多いほうがいい。灰師なら、飽きるまでなら行動力はピカイチだ。
 「お前の手伝いなんぞいらんわっ!けっ!」
 「子供か、お前は」
 悪態をつく草間に、灰師はやはり楽しそうに応対する。
 灰師は草間に煙草を一本差し出して、「1本やろうか?」などと言っている。草間は・・・・・・始めはぷいっと横を向いていたが、チラリチラリとだんだん視線が煙草の前に来て・・・・・・脱力しつつ灰師の手から一本受け取り、自分の行動にガックリと膝をついた。灰師は嬉しそうに笑った。
 シュラインは、何だか少し哀しくなってしまった。
 
 
 
 柾弥の案内で、件のアパートへと向かった。灰師は道中草間を苛め倒していて、なかなかの上機嫌だ。
 「まあ犯人、じゃねぇけど、現場に戻るってのも無駄じゃないだろ」
 「そうね、そのアパートを起点にして動くことも出来るし、住人の方が何かご存知かもしれないものね」
 そのアパートは、草間興信所から少し離れた場所に存在した。途中、マンドラゴラのことが耳に入ってくるかと思いきや、何も耳には入らなかった。興信所からは遠く離れてしまったのだろう。
 「ほら、あそこ。美鳳亭っていうアパートなんだ」
 柾弥が示す方向に、木造の割に造りがしっかりしていそうな建物が存在した。
 塀の入り口には、背の高いエプロンを着けた青年が竹箒で掃除をしている。
 「あの人が管理人さんね」
 おーい、と手を振ると、管理人は気が付き、柾弥の姿を確認すると笑顔で手を振り返した。
 「オーウ、お帰りナサイ、柾弥サン。ドウですか、首尾のホウは?」
 「怪奇探偵が手伝ってくれる事になったから、一安心ってとこかなー?」
 二人が話をしていると、三人の嗅覚が香ばしい香りを捉えた。
 「なにかしら、とてもいい香りね」
 「炭火焼っぽいにおいだよな、まだ寒いのに、なかなか酔狂なやつだな」
 「・・・・・・腹減ったなぁ・・・・・・」
 誰がどの台詞かは一聞瞭然と言ったところで、割愛。
 「春キャベツ〜、菜の花、セリ〜フキ、セロリー、竹の子、えんどまめ・そらまめ・アースパラガス〜、今が旬でデリーシャス!」
 ー内容はともかく、歌声はかくも美しいものだった。匂いの元から聞こえてきているようだ。
 興味本位で灰師が塀の中にある庭を覗いて見る。
 そこには、真っ赤な髪と金色の瞳をした、端正な顔立ちをした青年が七厘の火を扇いでいる姿。シルバーのアクセサリーとちゃらついた服装の派手な印象だ。二十代前半だろうか。七厘をわくわくしている表情で覗き込んでいる。その隣には、肉団子に手足と羽が生えた様な、異形の物体が侍っている。よく見れば、何となく、愛らしい気がしてくる生き物だ。
 「アア、アノ方は舜・蘇鼓サン言いまして、隣にいるのはオトモダチの帝鴻サンデス。この間気が付いたラ住んでラシタのデスヨー」
 「あれー、知らなかったなぁ」
 「柾弥サン、外国バカリ行ってるし、蘇鼓サン、コチラの方が別宅みたいデスカラ。まだ家賃は払ッテいただけてナイんですケドネー、気に入って下さっているヨウデ、何よりデス」
 管理人は愛想がいいらしい。にこにこと笑顔を絶やさない。家賃未払いなのに、住み心地が気に入っているようならばいいのか!?シュラインと灰師は目を合わせて肩をすくめた。
 「何かご存知かもしれないわね、伺ってみましょう」
 シュラインの提案に、反対するものはいなかった。それになんだか、今が旬の野菜を羅列してあったあの歌もちょっと気になる。焼いているならご相伴に預かりたいと思ったのかもしれない。特に、草間が。
 「すんませーん、俺106号室の藤代っていますけどー」
 声をかけられた蘇鼓は、七輪から目を離した。辺りをきょろきょろと見渡して、「俺?」と言う様に自分で自分を示した。その仕草に柾弥とシュラインが頷く。
 「おー、俺は舜・蘇鼓ってんだ。ヨロシクな!」
 「こっちこそー」
 フレンドリーに二人は握手している。
 「えぇと、蘇鼓さん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」
 「ん?なんだい?」
 「実は・・・・・・」
 シュラインが事情説明している間、灰師は蘇鼓に替わって七厘を火を扇いでいる。こういった事はしたことが無かったので、大いに興味を惹かれたようだ。草間は所在無げに煙草を吸っている。さっき灰師から貰ったものだ。
 「・・・・・・そいつの写真、ちょいと見せてくれねぇか?」
 急に神妙な顔立ちになった。その変化に少々戸惑いながらも、シュラインはバッグの中から柾弥から受け取ってマンドラゴラの写真を手渡す。蘇鼓はじっ、とその姿を見つめる。
 そして、一筋の涙が彼の頬をぬらす。
 「す、蘇鼓さん?」
 「な、なんだ、どうしたってんだよ!」
 「そんなに気持ち悪かったのか!?」
 シュライン、灰師、草間がさすがに心配して声をかける。蘇鼓は目頭を押さえながら、ようやく一声出した。
 「・・・・・・この姿、間違いねぇ・・・・・・昔馴染みの草夫じゃねぇか!!」
 「「「む、昔馴染みー!?」」」
 吃驚仰天。
 古い表現だが、三人の心理は概ね同じものだった。
 蘇鼓はぐいっと涙をぬぐった。
 「子供の頃からの馴染みでさ、あいつは土に植わったままだったけど、よく夢を語り合ったものさ。ガキの頃はしょっちゅう苛められてたのを、俺が助けてやったりしてたもんだ。歌の訓練とかしたり、懐かしいな・・・・・・」
 マンドラゴラと夢をたかりあう青年・・・・・・。
 面前の美青年とマンドラゴラの幼少期を想像してみる。なんだかとても、シュールな光景だ。
 しかしこれはひょっとして、マズかったのではないだろうか?
 誰だって自分の友達を引っこ抜いて換金しようなどとしたら腹を立てるに決まっている。気配から察するからに、蘇鼓は人間ではなさそうだ。ならば敵うのだろうか?
 「でさ」
 蘇鼓の言動を三者三様で見守る。ごくり。誰とも無く生唾を飲む。
 「本当に3割もらえんの?」
 「え。い、いいのしから、捕まえても」
 「いやー、麻雀でついつい熱入っちまってさぁ。財布の中身、今空なんだわ。遊び資金が欲しいんだよな。いやいや、いくらでも手伝うぜ」
 友達甲斐のないやつ・・・・・・。
 「いやぁ、あんた、蘇鼓、だっけ?面白れーやつだな!気に入ったぜ!」
 「え、なに?俺そんなに面白い事言った?」
 灰師は蘇鼓を気に入ったようだ。だが肩を叩いて隣に経った瞬間、蘇鼓は身を引いた。勿論、身の危険を感じたとか、そんなのではない。
 「・・・・・・煙草のにおいがする・・・・・・」
 「そりゃま、吸ってるし」
 ふと灰師の手元を見ると、燻っている煙草が見えた。蘇鼓の顔が険しくなる。
 −あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう。喫煙マナーを守りましょう。
 なんて言葉は蘇鼓の中には閃かなかっただろうが、とりあえず、蘇鼓は煙草が大嫌いなのだ。煙だって、香りだって大嫌いだ。
 ヘビースモーカーの灰師とは対極にある。人(?)はそれだけの理由で誰かを憎むことが出来る。
 「煙草を吸うやつなんてロクなやつがいねぇ!現に俺のダチを売ろうとしているじゃねぇか!」
 「な・・・・・・っ、なにさっきまで乗り気だったやつが言い出してんだよ!ロクなやつがいねぇって、どうして俺を見ながら言うんだよ!」
 一触即発、睨み一閃。
 二人のバックには稲妻が天空を割り地面に刺さる。
 そんな二人を呆れてみていたシュラインが、一触即発の雰囲気に割って入った。
 「はいはい、喫煙家と嫌煙家の意見交換は次の機会にしましょ。取り敢えず今はその、草夫さん?彼の居場所を協力して突き止める事。みんな一度引き受けたんだから、最後までやり遂げなくちゃ、そうでしょう?」
 柾弥を抜けば最年少であるにもかかわらず、シュラインは一番落ち着いていて冷静だった。いつまでも少年の心を持つ男も女性の種類によっては魅力的かもしれないが、もう少し大人になってもいいと思うぞ、二人とも。
 「ちっ」
 ぷいっ、と灰師はそっぽを向いてしまった。
 「俺はここで待ってるから。みんなで探してこいよ。別に俺、報酬目当てじゃなかったわけだし。とにかくこの赤毛とは一緒にいる気はねぇ」
 灰師はアパートの縁側に腰掛けて新しく煙草をすった。煙が住んだ空に昇っていく。
 「犯人は現場に戻るって言うだろ?戻ってきたら捕まえといてやるよ」
 靴を脱いで縁側に横になる。こうなってしまっては、灰師を動かす事は難しい。
 気分がのっている時の灰師の行動力は見事なものだから、惜しい。しかし彼の機嫌を元に戻すよりも、マンドラゴラ追跡にエネルギーを使った方が有効的かと思われる。
 「取り敢えず、草夫さんの好きそうな場所とか無いかしら?その辺りを探してみるのも効果的だと思うし。土のある所や、後は汚れた人の傍には近寄らないって聞いたことがあるわ。銭湯を探してみるのもいいのではないかしら?」
 「そうだな、まずは銭湯にでも探しに行くか。灰師はあの通りだしな」
 憎々し気に草間は灰師を見やる。大金持ちのパトロンを持つというのは、あれほど自由気ままに振舞えるということなのだろうか?
 だとしたら、興信所にも大金持ちのパトロンが欲しい。と切実に願っている草間であった。
 「草夫はな」
 気を取り直したのか昔を振り返りつつ蘇鼓は述懐した。
 「あいつは・・・・・・世界一のスプリンターになるのが夢だったんだ。足じゃ到底追いつけねぇ」
 すぷりんたぁ。短距離を得意とするアスリートのこと。
 そうか、アスリートだったのか、マンドラゴラ。いや、アスリートを夢見ていたのだ。今は枷が外れ、夢を叶えているのかもしれない。
 「俺ぁ、ちょっくら祖国の歌でおびき寄せてみるさ。国恋しさで帰ってくっかもしんねぇし、俺の声、覚えてると思うしな。ここに戻ってきたら、催眠歌で足止めしてやるよ。屋根の上でな!」
 屋根の上で、とは灰師に向けたものだろう。
 そんな二人を見て、シュラインは苦笑しつつ、
 「ありがとう、蘇鼓さん。唐島さんも、戻ってきたら宜しくね。私達は銭湯を中心に探してみるわ」
 
 かくして、マンドラゴラ捕獲大作戦は開始されたのだ。
 
 
 
 美鳳亭の近くにある銭湯はたった一つだけだったので、そういう意味では楽だった。最近は銭湯という下町情緒溢れるものもめっきり見なくなってしまった。スーパー銭湯というものもあるが、あれは昭和の時代に溢れていた銭湯のような風情が無い。
 銭湯談義はともかくとして、シュラインは草間とともに管理人から聞いた銭湯まで行ってみた。
 銭湯“まつ屋”の前には、人だかりが出来ていた。老若男女問わずの人だかり。
 「なんだ、一体」
 「さぁ・・・・・・聞いてみましょうか」
 草間は背伸びして中の様子を伺おうとしている。シュラインは、取り敢えずすぐ近くにいた同年輩の女性に声をかけてみた。
 「すいません、何かあったんですか?」
 「それが、木の根っこみたいなお化けが出たんですよ。あんまりにも堂々と銭湯に入っていって、お風呂入っていったんです。ご主人がビックリして警察に電話したみたいですけど、警察が来る少し前に逃げ出しちゃって」
 木の根っこみたいなお化け。
 「もしかして、こんなお化けでした?」
 念の為と柾弥から借りておいたマンドラゴラの写真を女性に見せる。
 「そうです、そうです!こんな感じでした!」
 どことなく嬉しいそうに彼女は言った。
 やっぱり、とシュラインは嘆息した。それを草間に伝えると、口惜しそうに舌打ちした。やはり汚れた人間の近くには近付かないものらしい。
 「それで、どこに行ったか、判ります?」
 「さぁそこまでは・・・・・・。あ、でも、あっちの方に逃げていきましたよ」
 彼女が示す先は商店街からは外れた方向だった。周辺地図を広げて再確認。工事中のビルがある場所らしい。シュラインは女性に礼を言い、草間を連れて人ごみから少し離れた。
 「工事中のビル、か。人気の無いところに行ってんだな」
 「人間に対して警戒心があるのかもしれないわね」
 都合のいい事に、ビルの近くには狭い空き地があるようだ。
 「何とかしてここに誘い込めればいいのだけれど」
 「何か言い案でもあるのか?」
 「いい案、というほどのものではないけれど。向こうは一人でこちらは二人だから、一人が追いかけて残った一人がわなを仕掛ける。そういった手段が取れると思うの」
 「なるほどな」
 草間は納得した。ジャケットのポケットに手を突っ込むが、煙草が切れていることを思い出し苦い顔になる。そんな草間を見てシュラインはなんとなくほっとした気持ちになる。
 「そうだわ、一旦アパートに戻りましょ。あの子、藤代君。トレジャーハンターとかいってたから、何かいいもの、持っているかもしれないわし、人手も増えるから」
 「だな。あのガキにも少しは働いてもらわないとな」
 まだ人ごみでごった返している銭湯を後にし、二人は美鳳亭へと戻る。口が寂しそうな草間を見て、シュラインは帰り道に煙草を買ってあげようと思った。


 美鳳亭の屋根の上では蘇鼓が歌を唄っていた。先ほどの意味の判らない歌詞ではなく、中国語だった。声はとても澄んでいて、郷愁を誘うような、そんな声だ。美鳳亭の前を通る人達が必ず足を止めて時間の許す限り聞き入っている。
   峨眉山月半輪秋
   影入平羌江水流
   夜発清溪向三峡
   思君不見下渝州
 この歌は、故郷の蜀を離れた25歳の李白が痛切な望郷の念を月の夜舟に託したものだ。蘇鼓の外見からは想像できない繊細でいて力強い声が味を増している。
 そんな歌を聴きながら、シュラインは縁側にのんびりと灰師とともに腰掛けていた柾弥にいった。
 「それで思ったのだけど、ハンモックを使った罠を仕掛けられないかしら」
 「そっか、それなら俺持ってるから用意するよ!」
 「あと布団も借りていいかしら」
 「いいけど、何で布団?」
 「だってハンモックだけだと、痛いかもしれないでしょう?」
 おお、と柾弥は感心したように頷き、大急ぎでアパート内に引っ込む。
 シュラインは寝そべって煙草を吸っている灰師を横目に、聴覚に神経を集中させた。マンドラゴラが街中を走り回っているのだとしたら、悲鳴や車のクラクションなど聞こえるだろう。
 シュラインの耳にかすかに届く音に、悲鳴は確かに含まれていた。それも、“木の根みたいな化け物”と称されているものもあり、それは例の工事中ビルの近くから届くものであった。
 「んで?その工事中のビルの近くにいるんかい」
 「そうみたい。何とかして空き地に誘い込みたいのだけど」
 灰師が問う。
 「ここにいても進展ないしな・・・・・・まぁ、付き合ってやるさ。罠を仕掛ける方でな」
 身体を使う気はあんまりないらしい。なんとなく灰師らしい気がする。
 「持って来たぞー!」
 騒々しい音を立てて柾弥がやって来た。
 「じゃあ唐島さん、ここの空き地で待機していてくれる?」
 周辺の地図で空き地の場所を示す。灰師はシュラインの指先まできちんと手入れされているしなやかな手を見て、草間を見やる。彼は先ほどシュラインに買ってもらった煙草で一服している。携帯灰皿を片手に持っている所からして、シュラインが持たせてくれたものだろう。
 つくづく、草間という男は面白い。何もしないでいい女がよってくるのだから。
 「ま、暇だしな。バレない様に罠しいといてやるさ」
 身長の割に長い足を庭に放り、靴を履く。柾弥を呼びつけたのは荷物持ちをさせるためだろう。準備が整うと、灰師はさっさと美鳳亭を後にする。出てすぐに一旦足を止めたのは、煙草に火をつけるためだろう。
 「蘇鼓さーん、ちょっと降りてきてもらえる!?」
 屋根の上にいて唄い続けている蘇鼓に大声で呼びかける。蘇鼓はすぐに気が付き、屋根の上からであるにもかかわらずひらりと軽やかに舞い降りた。
 「どーだい、首尾の方は」
 「一応ここの近くにある工事中のビル周辺にいるみたいなの。そこで、私達で、更にそこの近くにある空き地に追い込んで、罠を仕掛けて保護しようと思って」
 「なるほどな。で、俺も追跡隊に加わればいいのかい?」
 「ええ、お願いしたいわ。それと、保護出来ても草夫さんが怖がるでしょうから、安心してもらうのに蘇鼓さんがいれば大丈夫だと思うし」
 「だな」
 こきこきと蘇鼓は首を鳴らす。つづいて帝鴻を呼びつける。彼(?)は今まで屋根上で寝そべっていたのだが、蘇鼓に呼ばれて慌てて降りてきた。大量の汗を掻いているのは緊張でもしているのだろうか?
 「よろしくね、帝鴻くん」
 シュラインが・・・・・・恐らく、ではあるが頭の部分と思しき場所を撫でてやると、心なしかほんのりピンク色になった。
 「なんだよ帝鴻、照れてんのか?」
 蘇鼓のからかいに、帝鴻はこれまた恐らくではあるが顔と思しき部分を羽で隠す。その仕草が愛らしくて、シュラインは帝鴻がとても気に入ってしまった。くすくすと思わず笑うと、帝鴻はますます照れたらしく、蘇鼓の後ろに隠れる。
 しかし帝鴻を見た草間が一言。
 「・・・・・・美味そうな肉団子だ」
 −勿論、シュラインに一撃を食らったのは言うまでもない。
 
 
 
 
 追いかけるといっても、蘇鼓が一番初めに出会えれば得に問題はない。蘇鼓がマンドラゴラを覚えていたのだから、その反対もまた然り。声をかければ寄ってくるだろう。
 というのが三人の思惑だった。そして、まだ三手に別れる前に、マンドラゴラと出会うことが出来たのだが。
 「草夫!俺だ、舜・蘇鼓だ!覚えているだろ!?」
 蘇鼓の必死な呼びかけに、マンドラゴラーいや、名前があるのだから、名前で呼ぶのが礼儀というものだろう。とにかく草夫は反応を示した。振り返りざま、身体を震えさせている。一歩蘇鼓の元へ踏み出した事をふまえると感激のあまり震えていたのだと推測される。
 「きゃぁぁぁ!なに、あの気持ち悪いの!!」
 突然の女性の金切り声に、草夫はびくっと震えてから猛ダッシュで逃げ出してしまったが、不幸中の幸い、草間の居る方向で、彼が両手を広げて通せんぼをした所為で唯一の逃げ道−三人の思惑通りの道へと逃げていった。
 「待て草夫、俺だー!蘇鼓だー!」
 「行くわよ、武彦さん!」
 「今月の家賃ー!!」
 三人も後を追いかける。
 しかし流石に世界一のスプリンターを目指していただけあって、草夫の足は早かった。陸上短距離の金メダリストの絶頂時をもブッチギリで追い抜かしていく様な勢いで駆け出した。
 あとに残されたのは砂煙のみ。
 「足音が聞こえるわ。−大丈夫、例の空き地に向かっている」
 「よし、さっさと捕まえようぜ!財布の中身のために!」
 本当に友人なのか、蘇鼓と草夫・・・・・・改めてシュラインはその辺りを疑ってみた。
 
 「さっきお前んとこの管理人に聞いたんだけどな、マンドラゴラは土から抜かれるのを極度に嫌がるらしい」
 「ほほう」
 一方その頃。
 灰師は柾弥とともに罠を仕掛けていた。正確に言えば、指示を出していたのが灰師で行動していたのは柾弥だ。シュラインの頼みどおり、布団もちゃんとハンモックの中にしかれている。
 今二人は空き地内にある土管の陰に隠れて草夫が追い込まれてくるのを待っていた。
 実はちゃんと情報収集していた灰師に、柾弥は感心した。
 「恐らく植わるのも好きなはずだ。で、この辺りの土のある場所といえば、この空き地。十中八九、マンドラゴラはここに来るぜ」
 煙草の煙を見て逃げられては折角の労苦が無駄になるので、珍しく灰師は我慢していた。そろそろ限界なので、早く来い、というのが今の本音だ。
 苛々しているのか、足踏みの回数が先ほどより増え、眉間にも皺が寄り始めている。それでもまだ愛らしい顔立ちは損なわれていない。
 そんな折、ドドドド、という地を削る様な大きな音がした。こっそり土管のから頭を出す。すると、姿自体はまだ塀やビルが邪魔していて見えないが、微かに土煙が見える。
 「来た!」
 ロープの端を強く握る。タイミングよく引かなければならない。取り敢えずまだ苛立ちは残っているものの、今は我慢である。とにかく、ロープを引くことに神経を集中させる。
 緊張の一瞬。
 轟音が止む。土管の影から伺うに、草夫は辺りをきょろきょろして、誰もいないか確認しているように見える。二股に割れて珍妙に絡まった足を上手に動かし、空き地の外れに向かう。
 そこには落ち葉がうず高く積まれていた。それは灰師の指示で集められたもので、中には布団入りハンモックが仕掛けられている。罠は結構嵩張ってしまっていたので、落ち葉がちょうどいいカムフラージュになった。というか、それで隠さなければバレてしまう。
 だが思いのほか作戦はうまくいった様で、草夫はこそこそとはしていたが、躊躇っている様子はなく、落ち葉の山へと近付いていく。
 もう少し・・・・・・もう少し・・・・・・。
 僅かに灰師の手の平が湿る。
 そしてゆっくりと草夫が山の中へ身を埋めた、その瞬間!
 「貰ったァァァァ!」
 ぐいっ、と力いっぱいロープを引く。
 すると、山の近くにある木に括りつけていたもう片方のロープに引き寄せられるように、ハンモックが縮められていく。草夫は事態を理解しきれていないのか、慌てた様子だ(先程よりも挙動不審に見えた)。
 「はっはっはっ!かかったな、マンドラゴラ!」
 得意げに灰師は笑う。柾弥に言いつけてロープを締め付けさせて解けないように、猛片方のロープを括りつけてある塀の近くに立っている木に結ばせる。
 「所詮は植物よ・・・・・・」
 そう言ってやっと煙草を吸う。煙が灰にいきわたり心地よい。そう、これがなくては灰師の一日は平穏に過ごせない。三度の食事は抜けても煙草だけは抜く事が出来ない。
 「草夫ー!」
 一本目を吸い終えたとき、ようやく、シュライン、蘇鼓、草間の三人が到着した。
 「よかった、保護できたのね」
 安心したようにシュラインは言うが、当の草夫は困惑しているらしく、身体を上下左右に動かして何とか脱却を図っている。
 「混乱してんのか?」
 図々しく灰師から煙草を失敬しようとした草間だが、ひょいとあっさりとかわされた。
 そんな二人を視界の端にわずかに入れた蘇鼓は、気を取り直して草夫に話しかけた。
 「なぁ、草夫。俺だよ、蘇鼓。舜・蘇鼓だ、覚えていないのか?」
 それでも草夫は相変わらず抵抗をしている。
 「私からも説得してみるわ」
 シュラインは中国語で草夫に話しかけてみた。中国で取れたというのだから、中国語が理解できるのではないだろうか?
 蘇鼓も話しかけていたが、もしかしたら彼の言語は人間の扱うものとは少し違い、中枢神経に作用して、聞き取る側の一番理解できる言語に自動変換されているのかもしれない。
 どう見ても日本人には見えないが、草間や灰師とも難なく会話を成立させている。
 「放心的款 不可怕」
 なるべく優しい声色で問いかける。言っていることは、ようするに、「安心して、怖くないわ」という様なことだ。
 蘇鼓の呼びかけにもシュラインの説得にも、草夫は聞いている余裕はないようだ。相変わらずジタバタと往生際悪く暴れている。
 「・・・・・・コイツ」
 地面で煙草をすりつぶし、灰師は草夫を睨みつけた。
 「面倒くせぇな」
 問答に飽きた、というよりも、草夫に嫌気がさしたようだ。
 ずんずんと草夫の前まで歩いていき、頭(?)を鷲掴む。
 何かが気化していく様な音が、シュラインの耳に入った。なんだろう?そう思い辺りを見回してみるも別段不思議なことはない。
 「ああっ!草夫!」
 蘇鼓の叫びに振り向くと、草夫がみるみる内に小さくなっていくではないか!
 灰師の能力の一つだ。空気中の水分から大地を絞める水分まで幅広く操る事が出来る。今は草夫の水分を奪っているようだ。その為か草夫は見る見るうちに小さくなっていく。
 「ちょっ、唐島さん、落ち着いて!」
 「止めろって!草夫が縮んじまってるじゃねーか!」
 「どーすんだ今月の家賃!」
 「あぁ〜、ハニィ!」
 その場に居る全員に取り押さえられ、灰師は已む無く草夫から手を離した。というか、離れた。
 「あぁ〜、草夫・・・・・・こんなに小さくなっちまって・・・・・・」
 言葉は優しいが、態度としては興味本位で草夫をつまんでいる蘇鼓。先程まで150cmばかりあった筈なのだが、今は10分の1程度の大きさでしかない。
 「だってよー、うるせーじゃん。人が説得してやってるってーのに聞きもしねぇで」
 自分には非はない、と言いたそうな口調で灰師は新しく煙草に火をつけた。蘇鼓はそれを見て嫌そうに顔をしかめ、灰師から距離をとる。
 「でも、ちょっと可愛いわね、このサイズ」
 そう言ってシュラインは蘇鼓につままれたままの草夫を、更につつく。
 「こんなに小さくなっちまって、ちゃんと金になるのか!?」
 草間は何よりもそれが大事らしい。




 一応美鳳亭に戻り、庭先で管理人の入れてお茶を4人で飲んだ。柾弥はノートパソコンで草夫のことを報告しているようだ。
 「あ、茶柱」
 「単なる縁起担ぎだったってことがよーく判ったぜ」
 シュラインの湯飲みを覗き込みながら草間は口惜しげに言い放つ。
 「だめだぁ」
 気力の抜けた声で振り返ると、今に胡坐を掻いたまま仰向けになった柾弥が言葉を続けた。
 「ハニィの元々のサイズなら、オークションにかけられてたんだ。初値段6億3千万で。でもそのサイズになると、養殖ものの方が質が良い上に低価格なんだ。天然ものっていう価値はなくなるみたいでさ、むしろ金取られるくらいの勢いだよ」
 「・・・・・・じゃあ3割貰えないのか」
 がっくり。
 蘇鼓と草間は同時にがっくりとうなだれた。二人ともどこかのボクサーよろしく真っ白に燃え尽きている。
 灰師はそんな二人を見、「数億円の3割くれーに惑わされる方が悪いんだよ」と、お茶を飲んだ後で言い放つ。因みに彼に悪気はない。
 がっくりとうなだれている蘇鼓が気になるのか、帝鴻が彼の周りをばさばさと飛んでいる。そしててやはり草間に肉団子を見つめる目で見られて、蘇鼓の陰に隠れる。
 「しゃーねーなー」
 灰師は草間に対してカワイソウなものを見る目をした。
 「零ちゃんをこの危ない世の中にほっぽり出すのもいかんし……ま、一月分の家賃は払ってやるよ」
 「でもそんな、唐島さんに支払っていただくなんて・・・・・・」
 シュラインは灰師の申し出に困惑しているようだ。事務所の厳密な関係者でない彼に、そんなことをしてもらうのは失礼だと思ったのかもしれない。
 「別にあんた達の為じゃねーよ。零ちゃんのこと考えてみ?」
 確かに。シュラインも草間もあの事務所がなくなっても、何とか生きてはいけるだろう。しかし零はまだ一人では生きていけそうもない。
 それを聞いてシュラインは得心し、深々と素直に礼を述べた。
 「それじゃあ、零ちゃんのおかげで。ありがとうございます、唐島さん」
 「いーっていーって。あんな安普請の事務所の家賃くらい」
 ぱたぱたと手を振ってシュラインの礼を大袈裟だなぁ、とかわす。
 その灰師に、草間がぬっと手を差し出す。
 大きな目をぱちくりとさせて灰師はその手を見やる。草間は素直に礼を言えないので、握手を求めているのだろうか。蘇鼓はシュラインの肩越しに二人の様子を見守っている。
 灰師はおもむろに草間に手を差し伸べる。
 草間も手を握り返した−瞬間。
 「痛っぇぇぇぇぇ!」
 絶叫が聞こえる。
 「た、武彦さん?!」
 「おお、どうした、どうした!」
 慌てるシュライン、驚く蘇鼓、笑う灰師。のた打ち回る草間。
 よく見ると、彼の手の平には画鋲が刺さっていた。
 どこから出したんだろう、と呆れ半分関心半分でシュラインは灰師を見た。彼は実に楽しそうに腹を抱えて笑っている。蘇鼓も画鋲を見つけて、大爆笑していた。

 何はともあれ、草間興信所のピンチも切り抜けられ、草夫も辛うじて無事に保護した。
 一応、これにて一件落着。
 まだまだ春の夕方は遠いようで、空からは太陽の光が三人を照らしていた。
 
 
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3678 / 舜・蘇鼓 (しゅん・すぅこ) / 男性 / 999歳 / 道端の弾き語り/中国妖怪】
【4697 / 唐島・灰師 (からしま・はいじ) / 男性 / 29歳 / 暇人】


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、八雲 志信と申します。
 今回ご参加頂き誠にありがとうございます。
 何分はじめての事なので行き届かない所も多々有るかと存じますが少しでも楽しんでいただけたら幸いに存じます。
 またご縁がある事をお祈り申し上げます。