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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・病」



 見覚えのある後ろ姿に天樹火月はぱちくりと瞬きをする。
 学校帰りのこの夕方の時間帯に日無子に会うのは珍しくない。
 彼女と会う確率は夕方や夜のほうが高いのだ。
「日無子さんっ」
 駆け寄ると日無子はこちらを振り向く。ああ、と彼女は小さく洩らした。
「キミか」
「? なんだか疲労してませんか?」
 少し顔色が悪いような気がする。
 日無子は苦笑した。
「まさか。あたしは退魔士だよ?」
 嫌味ったらしく肩をすくめる日無子はかくん、と膝をつく。
「! 日無子さんっ!?」
 驚く火月が慌てて屈んできた。日無子をうかがうが、彼女は微笑む。
「走りすぎたからだよ。心配しなくていいから」
 至近距離で見た日無子の笑顔に火月は頬を赤く染めた。
 こうして近くで見ると彼女は本当に整った顔立ちをしている。普段のふざけた態度でそう見え難いだけなのだ。
 日無子はすっくと立ち上がり歩き出す。
「じゃあね。もうすぐ夜になる。早く帰ったほうがいいよ」
「……はい」
 なんとなく釈然としない。
 元気がないようにもみえる、日無子が。
 火月は立ち上がって日無子の横に並んだ。彼女は目を細めて呆れたような視線を向けてくる。
「……なにやってんの?」
「顔色悪いですけど、本当に大丈夫なんですか?」
「しつこいな。大丈夫だってば」
 ふふっと笑う日無子の額に火月が手を伸ばす。途端、彼女はサッと火月の手から逃れるように距離をとった。
「なにすんの?」
「え……。えっと、熱があるかどうか確かめようとして」
 手を引っ込めた火月は日無子が片眉をあげて怪訝そうにこちらをうかがってくるのを見る。
「……キミはいきなり触ってこようとするの?」
「す、すみません。つい……」
「べつに熱なんてないよ。変なの」
「……本当ですか?」
「あったとしてもすぐに下がるよ」
 日無子の言葉に火月は疑問符を浮かべた。だがすぐに理解する。
 彼女はそういう類いも治癒することができるのだろう。
「で、でももしかしてということもありますから……」
「はあ?」
 首を傾げる日無子であった。
 火月の言葉に含まれる「心配」という感情に彼女はまったく気づいていない。
 そこに火月はイライラしてしまう。
(どうしてわかってくれないんだ、この人は……)
 鈍いにもほどがある。
「最近風邪が流行ってるって聞きましたし……」
「風邪……? あたしが……?」
 ぽかんとした表情で自分を指差す日無子は突然ゲラゲラと笑い出した。
「あはははは! あたしが病気になるわけないよ! 面白いこと言うなあっ!」
 ぱんぱんと膝まで叩く日無子に、火月は唖然とするしかない。
 ここまで笑うようなことなのだろうか……。
「病気になりにくいんだ、この体。なるわけないよ」
「でも……完全ってわけじゃないんでしょう? 『なりにくい』ってことは」
「……意外によく聞いてるね、キミは」
 ふ、と笑う日無子は両手を広げて肩をすくめた。
「まあ百歩譲って風邪としよう。でも大丈夫だよ」
「なにを根拠に大丈夫とか言うんですか?」
「ちょっと視界がぼんやりするだけだから、これはすぐに回復するだろうなって思って」
 視界がぼんやりする?
(そ、それって熱があるってことじゃ……!)
 火月はぐっと日無子に詰め寄る。
「ダメですよ! 安静にしてないと! それは風邪です!」
「は……?」
「うちが近いですから!」
 日無子の手を掴もうとするが彼女はすぐに手を引っ込めた。火月の手は宙を掴む。
 勢いで抱き上げてしまうところだった火月はきょとんとした目で日無子を見た。
「うちが近い? それで?」
「それでって……温かい食べ物と、それから寝床も用意します。着替えは姉のがありますし……」
「いいよ。そんなにしてもらう義理はないもん」
 さらりと彼女は言い放つ。
 だが火月としても引き下がれない。
「このまま熱があがったらどうするんですか!?」
「どうって、病院行くよ」
「…………」
 あ、そうだった。
 そこに至って火月はしょんぼりと肩を落とす。
「す、すみませんっ。そ、そうですよね」
「だいたい女の子を家にすんなりあげようとするなんて、どうかと思うよ」
「だって、その、夢中で……」
「…………ま、襲ってきてもキミは悶絶して失神するかもしれないけど」
「は?」
「股間を思いっきり蹴飛ばすよ、あたしは」
 平然とした顔で言う日無子に火月は青ざめた。
 この人は間違いなくやるだろう。
「下心はないですよ!」
「そうだろうね」
「? じゃあどうして……」
「変な空気になってもあたしは応じない。それだけはきっちりと」
 とん、と火月の心臓のある部分を拳で軽く叩く。
「覚えておいて」



(俺が雰囲気で流されるって思われたのかな……)
 ぼんやりそう思いつつ日無子と並んで歩く火月。
 彼は日無子に風邪薬を渡し、温かいスープを飲ませるために自宅に向かっていた。
「キミはさ」
 唐突に日無子に話し掛けられ、火月は慌てて意識を引き戻す。
「どうしてそんなにあたしを心配するの? お人好しだから?」
「具合の悪い人を心配するのは当然のことじゃないですかっ」
 だが言われてみればなぜここまで自分は必死になるのだろう?
 ハテ?
 心の中で首を傾げる火月であった。
「……そう言われればそうだね。なるほど」
 ふむふむと頷く日無子。
「気分が悪い人とかにもそれなりに気遣うのは当然か……」
「えっ、あ、えっと……」
「ん? どうかした?」
「いえ……なんでもないです」
 否定しようとした自分に驚く火月は、自分の家を指差した。
「あそこです」

 店のほうに案内し、火月は日無子に座るように指示する。
「適当に座ってください」
「……喫茶店か。ほうほう」
 日無子は座り、額に手をやって軽く嘆息した。
 その様子を見て心配になる火月である。
 日無子に温かいスープを出して、「ちょっと失礼します」と火月は言って奥に引っ込んだ。
 今日は店は定休日なうえ、家族は出掛けているようだった。留守中に日無子を連れ込んだとなれば、どんなことを言われるやら。
(良かった……。日無子さんが止めてくれて)
 腕を掴んでいたらあっという間にここまで連れてきただろう。それを考えれば今の状況のほうが言い訳もできるというものだ。
 風邪薬と、まだ残っていたはずの熱冷ましのシートを探した。
(汗、かいてないかな。着替えも一応……)
 そう思ってから「あ」と赤くなる。
(き、着替えるところも用意しなきゃ…………着替えるなら風呂場でいいよね)
 まあ着替えればの話だ。
 目的のものを探して戻ると日無子はスープを飲み干し、頬杖をついてスープ皿を眺めていた。
 無表情でいる日無子にドキッとしてしまう。
 彼女はちら、と火月を見た。
「ああ、全部飲んだよ。ご馳走さま」
「いえ。美味しかったですか?」
「…………」
 シーン、と静まり返る。
(あ、あれ? なんで無反応なんだろう……)
 日無子は「ああ」と呟くと苦笑して後頭部を掻いた。
「ごめんごめん。やー、味わうべきだったとは思わなかったからさー」
「…………いえ、いいんですよ」
 まあ彼女はこういう人だから。
 日無子の向かい側に座って火月は熱冷ましのシートを差し出す。
「とりあえず額にこれを貼ってください。冷たくて、気持ちいいですから」
「…………熱なんてないよ」
「いいんです。とりあえず貼ってください」
 仕方なさそうに日無子は額に貼り付けた。
 火月は水の入ったコップと風邪薬を差し出す。
「これも飲んでください。あと、何か食べたいものはあります? なんでしたら作りますけど」
「…………薬はいらない」
「え? でも」
「いい。体質に合わないかもしれないものは口にしないことにしてる」
「……そうですか」
 薬を飲んで悪化するかもしれないなら、仕方ない。
 日無子はじっと火月を見ている。
「な、なんですか……?」
「いや、なんであたしにそこまで親切にするのかと思って。病人に対してだとしても、腕を掴もうとした時の態度はちょっと慌て過ぎてたからね」
「あ、あの時は焦ってしまって」
「なぜ焦るの? べつに死んだりしないよ」
「そ、そりゃ、好きな人が体調を崩したんですから必死にもなります」
 は、として火月は口を手で覆う。
 いま、なんて?
 真っ赤になって火月は「え」とか「う」とか洩らした。
(俺……!)
 日無子は火月のうっかり洩らした言葉に目を見開いている。
 だがすぐに「ああ」と小さく呟く。
「驚いた。『好き』には色々種類があるからね」
「え?」
「異性の好きじゃないんでしょ? とは言っても、いつそんなに好かれたのかなー」
 笑顔の日無子に火月は驚いた。
「ちっ、違いますよ! 『異性の好き』です!」
「………………はあ?」
 たっぷり沈黙した後に、日無子は顔を歪める。
「えーっと……キミは熱があるの? あたしの風邪が移ったのかな……?」
「ええっ!?」
「どこでそんなことになるのか理解に苦しむよ。だいたいキミは年下でしょ」
「と、年下はダメですか!?」
「え〜?」
 半眼で笑いを含んでいる日無子。
 火月はテーブルに両手をついて身を乗り出す。
「年下は嫌ですか?」
「嫌っつーか……いや、勘違いだよそれ。絶対移ったんだよ。キミこそ風邪薬飲んだほうがいいよ?」
 全くもって火月の一世一代の告白を信じていない。いや、偶然的に言ってしまったのだが……。
「どうして信じてくれないんですか?」
「えー? だってあたしを好きって、ありえないもん」
 にっこり。
 日無子は笑顔で立ち上がり、手をひらひら振る。
「じゃ、ありがとね。ばいば〜い」
 店からさっさと出て行く日無子の背中を見送り、火月は呆然とした。
 絶対に……絶対に信じていない。
(ここまで鈍いと表彰ものだよ、日無子さん……)
 ふふ、と変な笑いが唇から洩れた。



 次の日。
 盛大にくしゃみをした火月はティッシュで鼻をかむ。
(う、移ってしまった……)
 もしかしなくても原因は日無子だろう。
 体温計を見てから火月は布団に逆戻りだ。
(熱もあるし……。日無子さんから移ったなら、どうしてあの人あんなに平然としてたんだ……?)
 まったくもって、謎である。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1600/天樹・火月(あまぎ・かづき)/男/15/高校生&喫茶店店員(祓い屋)】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、天樹様。ライターのともやいずみです。
 今回はあと一歩で恋愛に届きませんでしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!