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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・病」



 最近風邪が流行っているらしい。
 ニュースには必ずその話題がのぼっており、マスクをしている人々を多く見かける。
 花粉もあるのでマスクをしている人はかなり多い。
(大変だな)
 他人事だからこその感想だ。
 自分がかかっていればそんなことを思うことさえできないだろう。
 そういえば、あの遠逆の退魔士はどうしているだろうか。
(まあ遠逆が風邪なんてひくわけないしな)
 そんな想像がまずできない。
 いつも元気な日無子が風邪でマスクを使用し、ごほごほと咳をする姿はまず無理がある。
 だが本当に風邪が流行っているようで舞人としても少し用心するべきだなと考えた。
(俺は一人暮らしだし……そういえば家にある薬、もうあまりなかったか)
 舞人はあまり回復の術などから効果を得られない体質なので薬に頼ってしまうことが多い。
 そのために置き薬がどうしてもすぐになくなってしまう。
(今のうちに買いだめしておこうかな。俺も風邪をひかない可能性はないんだし)
 そうと決めたら急げだ。
 部屋にある薬を思い浮かべる。
 足りなさそうなものと、これから必要になるかもしれないものなど。飲料水も一応買って帰ろう。
 通りかかった大きめの薬局店に足を踏み入れ、店内を物色する舞人。
 こんな大きな薬局店などあまり来ないのでなかなか珍しい。
(店内にも客が結構いるな。マスクしてる連中の数が一番多いか)
 ん? と舞人が目を細める。
 頭痛薬の棚の前に見知った人物がいるではないか。
(…………遠逆?)
 なんとなく……おかしい、と思ってしまった。
(いや、遠逆はまず薬局に用事なんてないと思うんだが)
 疑問符を浮かべるが、まあ彼女も女の子なのだからなにかいるものがあるのかもしれない。
(そ、そうだよな。詮索するのはまずいか……)
 そこまで考えて、舞人はうーんと悩む。
 せっかく会えたのだから話し掛けたいところだが、もしもそうだとしたら気まずい空気が流れるのではないだろうか?
(……案外遠逆のことだから平然としてるかもしれないけど……)
 彼女が平然としていても、自分が気まずい……。
 さすがに袴姿だと目立つことを理解しているのか、彼女は私服だ。
(すぐに話し終えて別れるのはどうかな。うん、それがいいかもしれない)
 くるっと日無子のほうを向いた瞬間、舞人がビクッと硬直した。
 日無子が呆れたような目でこちらを見ている。
「さっきからウンウン唸ってなにしてんの……? トイレなら店の奥にあるよ?」
「べつにお腹を壊したわけじゃないから……」
 がっくりしながら舞人は彼女に歩み寄った。
「でも珍しいな。遠逆が薬局にいるのは」
 ついつい「なにを買いに?」と訊きそうになったが咄嗟に言葉を切ってそれを回避する。
(あ、危ない危ない……。店内には他にも女性のお客がいるんだ……変な目で見られるわけにはいかない)
 日無子のことだから何を言い出すかわからない。危険な会話はなるべく避けなければ。
「ああ。頭痛薬を見にきたの」
「頭痛薬!?」
 安堵で一気に肩から力が抜けた。
「だがなぜ頭痛薬なんだ……? 頭が痛い……のか?」
「いや、ちょっとグラグラするだけ。よくわかんないし、まあ放っておいても大丈夫だと思うんだけど、ついでに見てるの」
「ついで?」
「仕事に使うものを買いに来たんだよね〜」
 日無子は棚を眺めつつそう言う。
 見た感じ、彼女は普段と様子が変わらない。
「グラグラするって……熱でもあるんじゃないのか?」
「熱ぅ? あたしが?」
 眉を吊り上げる日無子はケタケタと笑う。手ぶりまでつけて。
「あるわけないじゃん。あたしは病気にかかりにくい体質なんだよ〜?」
「いや、最近風邪が流行してるから気になっただけなんだが……」
「あ。なるほどね」
 ふんふんと頷く日無子を舞人はうかがう。
 こんなにケロっとしているが……どうもあやしい。
(この間もひどいこと言われたが……遠逆は顔に出ないから……)
 こんなに表情豊かなのに?
 自分で思ってわけがわからなくなる。
(でも遠逆は基本が笑顔だからなぁ……)
 棚から薬箱を一つ取り出す日無子の手が揺れた。舞人はそれを無言で眺める。
(熱があるんじゃ……?)
 箱の裏側を見ている日無子に舞人は言う。
「……遠逆、熱があるんじゃないのか? やっぱり」
「あるわけないじゃん」
「なんでそんなにはっきりと自信を持って言うんだ?」
「む……。いや、なんとなくなんだけどねえ」
 適当に言う日無子。
「熱があるんだ。目付きがおかしいし。
 遠逆は一人暮らし……だよな。ここに仕事で来てるんだから」
「一人暮らしだけど、それがどうしたの?」
「一人暮らしで病気は大変じゃないか。なんだったら俺が手伝うし、看病するけど」
 瞬間、日無子が舞人から距離をとる。
「あのさぁ……いま一人暮らしだって言ったのになんでそうなるかな」
「は?」
 きょとんとする舞人であった。
 日無子は半眼で見てくる。
「女の一人暮らしの部屋にあがろうだなんて、なに考えてんの?」
「…………」
 無言になってしまう舞人はしばらくして「ごめん」とぽつりと呟いた。
(そ、そう言われると心配してるのはいいが、女の子の一人暮らしの部屋にあがるのは非常識か……)
 そんな当たり前のことすら忘れてしまうほど、焦っていたのだ。
 舞人は軽く溜息をつく。
 ああ、そうか。わかってしまった。
 今まで。彼女と会ってから今まで。
 思い返せば色んなことがあった。初めての出会い。戦い。彼女の味方であろうと決めたこと。
 いつの間に自分の中でこんなに日無子の存在は大きくなっていたのか。
(…………俺は遠逆のことが好きなんだな)
 本人には言えないが。
「まあ襲ってきたら容赦しないけどね。まず、家にあげないけど」
「悪かった。俺が考えなしだった」
 素直に謝る舞人に日無子は何度も頷く。
「心配してくれるのはわかったけど、そんなことは恋仲の女の子に言うんだね」
「ああ」
「恋仲でもいきなりがっつくと相手に引かれるから気をつけたほうがいいよ」
「……やけに断言するな。体験したみたいに言うし」
「そりゃ、あたしに色々教えたヤツが悪いんだよ」
 日無子にはどうやら色々教えてくれる知り合いがいるようだ。なんだか珍しい。あまり他人を近づけないようなイメージがあったのだが。
「へぇ。遠逆はその人から色々教わったのか?」
「…………色々っていうか、ウソばっかり教わった」
「ウソ?」
「そう。あいつ、あたしが記憶喪失なのをいいことに、あることないこと吹き込んだんだよね」
 よっぽど痛い目にあったのか、日無子は非常に苛立ったような言い方をする。
 なるほど。日無子に男女のことを教えたのもその人物のようだ。
「ウソだって気づいて、大変だったんじゃないのか?」
「大変に決まってるよ。かかなくていい恥とかかいたし……」
 舌打ちする日無子の様子からみても、かなり酷い目にあったようである。
「……遠逆、もし体調が悪かったら遠慮なく言って欲しい」
「はあ?」
「あ、いや、仕事では遠逆から見て頼りにならないかもしれないけど、そのほかの……特に具合が悪い時とかは頼って欲しいな」
 苦笑しつつ言う舞人は、日無子からまたひどいことを言われるかもしれないと多少、覚悟していた。
 なにしろ彼女は好意をあまり嬉しそうに受けてくれない。むしろ嫌がる傾向がある。
 日無子は怪訝そうにした。
「なんで?」
「なんでって…………そ、そりゃ、俺たち……」
 気持ちは言えない。言ったらきっと、日無子は態度が変わってしまう。
 告白しないでその時の関係を持続する人の気持ちが、舞人は初めてわかった。
 怖いからだ。
 せっかくのこの関係さえも簡単に崩してしまう魔法の言葉だ。『好き』なんて。
(恐ろしくて言えない)
「友達だろ?」
「トモダチ」
 日無子はきょとんとしたような瞳で舞人を見つめる。
 だがその瞳に感情が浮かんでいない。
「友達が辛い目にあってるなら力になりたい。それが遠逆ならなおさらだ」
 笑顔で言うと、彼女は目の焦点を合わせるように細め、不愉快そうな顔をする。
「なんであたし? …………舞人さんて友達いないでしょ」
「え……あ、いや」
「まあ舞人さんてナルシストなとこあるしね。自分大好きだし」
「は、ははは……」
 本当にはっきり言う娘だ。
 容赦をまったくしない。
 日無子は手に持ったままの薬箱を見つめる。
「あたしなんて優しくもないし、ひどいことばっか言うからかわいくないのに」
「遠逆のそういう、裏表のないところがいいんだよ」
「…………」
 舞人を横目で見遣り、彼女は呆れたように半眼になった。
「舞人さんて……言うなればMとかいう……」
「そういうんじゃないから……」
「あっそう。まあそうだよね」
「とりあえず家に帰って休んだらどうだ? 仕事のし過ぎも関係してると思うし」
「…………」
 日無子は黙ってしまう。
 彼女が風邪なんてひく原因は……おそらく仕事のはずだ。丈夫な日無子が熱を出すなんてそれしかない。
「今日は休んで体を治せ。治ったら一緒にどこか出かけるか。憑物封印が終わったら帰るんだろ。なら想い出くらい増やしていこう」
 別れる時の寂しさを今は考えたくない。せめて楽しい思い出を多く作っておきたかった。
「……今日は帰って寝るよ」
 素直に日無子は頷く。
「でも一緒には出掛けない」
 きっぱり言い放って薬箱を棚に戻した。
「そんな時間ないもん。憑物封印もあと少しなんだから」
「遠逆……」
 呆れたように言う舞人である。ここまできても仕事優先とは見上げた根性だ。
 日無子は冷たい眼差しになる。
「それに……思い出とか、いらない」
 そう言う彼女の横顔には感情が浮かんでいない。
 その言い方に舞人は悲しくなった。同時に……物凄い不安にも。
 ここからいずれ去る身だからなのか……それとも別の理由があるのか。
 日無子は舞人に向けてにっこり微笑んだ。
「忠告ありがと。今日は仕事もせずにゆっくり休むことにするね」
「あ、ああ……」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2387/獅堂・舞人(しどう・まいと)/男/20/概念装者「破」】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、獅堂様。ライターのともやいずみです。
 わかりにくい日無子の態度ですが親密度は少しあがっています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!