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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・病」



「うぅ〜」
 焔乃誠人は小さく唸る。
 遠逆日無子に自分を見てもらうために誠人はあることを実行に移していた。
 それまでところ構わず女の子に声をかけていたのに、それを一切やめたのである。
 可愛い女の子がいればそちらに自然に目が向く。手が声をかけるために持ち上がる。
 それが今まで当たり前だった。
 だが日無子に自分の気持ちを信じてもらうために、いつも寸でのところで言葉を呑み込む。
 がっくりしながらいつも女の子を見送るはめになったのだ。
 そのために誠人は体調を崩して風邪をひいてしまった。理性と本能の板挟みになってしまったのが原因だ。
(うぅ、頭いたい……)
 ふらふらしながら歩く誠人は額に手を遣った。額は熱い。
(も、もしかして熱が……!? どうしよう。そうと気づいたら頭も痛くなってきた気がする……)
 だが今からバイトに行かねばならない。
 生活するためにはお金が必要だ。そのためにバイトをしているので休むわけにはいかない。
 それに今月はただでさえ出勤日数が少ないのだ。絶対休むわけにはいかない!
 ふいに立ち止まってすぐ横の窓ガラスを見る。そこに映った誠人の顔色はすこぶる悪い。
(すごい顔色……)
 これではバイト先に行っても店長になにを言われるか……。
 心配になるが、しょうがない。
(休んだらそのぶんだけ給料が減るんだ…………なにがなんでも行かないと)
 這ってでも行くつもりの誠人はガラス越しに、ある人物の姿を見る。
 えっ、と思って振り向くとやはりだ。
 遠逆日無子が掌を見ながら歩いている。
(ヒナちゃん!)
 麗しの日無子がそこにいるではないか!
 失せていた気力が急に満ちるような気持ちになった。
「ヒナちゃ……っ」
 声をかけようとするが途端に力が抜けてその場に座り込んだ。
(う、うわぁ。これは重症かも)
 はははと力なく笑うと、目の前に誰かが立った。
 顔をあげるとそこには日無子がいる。
「……なにしてんの?」
 怪訝そうにする日無子に誠人は苦笑するしかない。
 よろめきながら立ち上がり、後頭部を掻いた。
「いや、ちょっとね。ヒナちゃんはどうしたの?」
「仕事」
 ぽつ、っと日無子は言う。彼女は自分と同じように仕事らしい。
「はは。そっかぁ。俺も今からバイトなんだよ。お互い仕事が大変で辛いとこだよねぇ」
 声に張りがない。
 日無子はそんな誠人を不審そうに見つめ、首を傾げる。
「なんか変だよ?」
「そんなことないよぉ〜」
「…………やっぱ変。顔色悪いし……もしかして熱が出てるの?」
 ずばり言い当てられて誠人は肩を落とす。彼女には見破られるなとちょっと思っていたのだ。
「ちょっと風邪にかかっただけだよ。最近体調崩しちゃって……それでね」
「そういえば風邪が流行してるってテレビで言ってたね」
「すぐ治るから大丈夫だよ」
「普通の人間はあたしみたいにすぐに治ったりしないと思うけどね」
 呆れたように言う日無子は誠人をじろじろ見る。
「随分悪いようにみえるけど……。バイトなんか出て大丈夫なの?」
「あ。心配してくれるの?」
 嬉しそうにする誠人に日無子は小さく微笑んだ。
「それが当たり前でしょ? 具合の悪い人には親切にしないと」
「そっかあ。あ、じゃあそろそろ行くね」
「行くってどこへ?」
「バイトだよ。今月日数が少ないから行かないと」
 そこから去ろうとする誠人に日無子は驚く。
「そんなにフラフラで行くわけ!?」
「だって」
「無理して肺炎になっても知らないわよ?」
「心配してくれるのは嬉しいんだけどね」
 そうだ、と誠人は日無子をじっと見つめた。
「ヒナちゃんが看病してくれたらバイトを休むよ」
 誠人の言葉に日無子は目を丸くし、すぐに嫌味ったらしく笑う。
「いい根性してるじゃないの。たいしたことないみたいね」
「してくれないならバイトに行くだけだよ」
 そう言って日無子に背中を向けた誠人は歩き出した。その足取りはかなりふらついていて危ない。
 日無子は無言でそれを眺めていた。



 職場の連中には散々心配されたが誠人はなんとか仕事をこなしていた。
 休憩時間になったので一旦店の外に出た誠人は深い息を吐く。
(熱があがってきたのかな……なんか意識がぼんやりする)
 明日は仕事も休みだし、もう少しの辛抱だ。
 店の裏口から見える景色は閑散としており、薄暗い。
 裏通りのために誰も居ない。だからこそ安心して休めた。
 手頃なところに腰掛け、誠人は額に手を当ててみる。
 かなり熱い。
(せめて頭痛薬か風邪薬でも買ってくればよかったな……)
 はあ、と溜息を吐いた誠人は足もとに視線を落とす。
 そこに影がすっ、と現れた。
 顔をあげると日無子が立っている。袴姿の日無子はじっと誠人を眺めた。
「ヒナちゃん……どうしてここに?」
「これあげる」
 す、と日無子は紙袋を差し出す。小さなそれを受け取って誠人は袋の中を覗いた。
 袋に入っていたのは風邪薬と頭痛薬だ。しかも数が多い。
「どれがいいのかよくわかんなくてね。あたし、病気にかかったことないから」
「ヒ、ヒナちゃん……わざわざ買ってきてくれたの……?」
「あたしの名前を出すからよ」
 看病してくれるならと言った誠人の言葉を日無子は覚えていたようだ。
「あなたの病気が悪化したら、あたしのせいみたいになるじゃない。だから買ってきた」
「そ、そうなんだ」
 それでも嬉しかった。
 微笑む誠人を日無子は不思議そうに見つめる。
「嬉しいよ。ありがとう、ヒナちゃん」
「…………変な人」
 呟いた日無子はスポーツ飲料水のペットボトルも差し出してきた。
「これもあげるよ。店の人にすすめられたから」
「ありがとう」
 誠人はそれも受け取り、早速薬を飲むことにする。
 腕組みしてその様子を見る日無子。
 薬を飲んだ誠人はにこにこと日無子を見つめる。
「……なんなのその顔」
「ヒナちゃんが俺を心配してくれたから嬉しくてさ」
「…………あたま大丈夫?」
 日無子は自分のせいにされては困ると言った。だが誠人は違うと思ったのだ。
(それだけでわざわざバイト先まで来るわけないよ)
 これは期待してもいいに違いない。
「それにしても風邪をひくなんて。家に帰って、ちゃんと手を洗ってうがいしてた?」
「してたよ。たぶん、原因は体調不良かな」
 頬杖をつく誠人はようやく少し落ち着いたと胸を撫で下ろす。薬が少しずつだが効いてきているのだろう。
「体調不良? 変なものでも拾って食べた?」
「そんなことしないって!
 そうだ。あのさ、俺のこと恋愛対象に入れてくれる?」
「はあ?」
 誠人はにっこり笑う。
「ヒナちゃんに言われたように、他の女の子に声かけなかったよ!」
「ええっ!?」
 のけぞる日無子。だがすぐに腰に手を当てた。
「なんて驚くわけないでしょ。それがフツーなんだから」
「でも俺にとっては凄いことだよ!」
「……もしかして体調不良の原因ってそれじゃないでしょうね」
 それを言われて誠人は一瞬視線を逸らす。その動作を見逃す日無子ではない。
「呆れた。女の子に声をかけるのをやめて体調不良なんて……」
「し、仕方ないじゃないか! それが日課というか……癖というか……」
「なんでそんなことしたの? 体調を崩すほど無理しなきゃいいじゃない」
 日無子に言われたから、やったのだ。
 誠人は彼女をじっと見つめる。
「ヒナちゃんが言ったんだよ?」
「いや、言ったのはあたしだけど……」
「俺、ヒナちゃんが一等好きなんだ!」
 しーん、と静まり返った。
 真摯な眼差しで言う誠人の前では日無子が完全に硬直している。
「だからどうしてもヒナちゃんに恋愛対象として見てもらいたくて!」
 きらきらした瞳で言う誠人に、彼女は唖然としていた。
 誠人が体調を崩してまで頑張ったのは日無子のためだ。
 日無子に振り向いて欲しかったからである。
「俺を本気にさせたヒナちゃんが悪いんだからね。あの手この手でいっちゃうからね」
 そう言う誠人に日無子は目を細めてフンと鼻息を洩らした。
「ムダなことはしないほうが身のためだと思うけどね」
「どうして!? 他の女の子になびいたりしないよ!」
「そうじゃない。たったそれだけのことで体調を崩すようなら、無理だって言ってんの」
 日無子の言うことはもっともだ。
 声をかけないようにしただけで体調不良になってしまうようでは、先が思い遣られた。
 それを言われてしまうと誠人としても困ってしまう。
 しゅんとする誠人は視線を地面に落とした。
「でも気持ちは本当だよ。ヒナちゃんのこと、本気で好きなんだ」
 誠人にとって、自分をきちんとみてくれたのは日無子が初めてなのだ。
 熱のせいもあって、誠人はうまく言葉がまとまらない。
 いつもならもっと巧みに言えるはずなのに。
「誠人さん」
「!」
 呼ばれて誠人は顔をあげた。
 もうそろそろ休憩時間が終わる。
「気持ちはありがたいけど、無理をされると困る」
「ヒナちゃん……」
 彼女はにっこりと微笑んだ。
「誠人さんはいつものようにしてるのが一番いいと思うんだよね」
「いつもの……? いつもの俺のほうがヒナちゃんは好き?」
「え……。それと話は別だよ」
「じゃあ無理する! ヒナちゃんが俺を好きになってくれるなら!」
 日無子は嘆息して誠人の頭に真上から拳を振り下ろした。
 強烈な一撃がくると構える誠人だったが、意外なことにそれほど痛くない。わざと手加減してくれたのだろう。
「だからそういうのがウザいんだって!」
「だ、だって〜!」
「いいじゃん。誠人さんは愛の狩人なんでしょ?」
「え。愛の伝道師なんだけど……」
「どっちも一緒だよ」
 全然違うんだけどな、と誠人は思った。
「なにもあたし一人に的を絞らなくてもいいじゃない。誠人さんは一人の女の子と居るよりも、大勢の女の子と居るほうがいいんだよ」
「ええー!?」
「ま。さっさと風邪治しなよ。じゃあね」
 そう言って日無子は手をひらひらと振ると誠人に背を向ける。
「あっ、ヒナちゃん!」
 彼女はそのままスタスタと歩き去ってしまった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5777/焔乃・誠人(えんの・まこと)/男/18/高校生 兼 鉄腕アルバイター】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、焔乃様。ライターのともやいずみです。
 呼び方が変わりました。いかがだったでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!