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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ クリームの恐怖 ■


 ……ちょっと小腹が空いた。
 そう思った瞬間であった。
「おめでとーございまーす!」
「あなたは選ばれましたー!」
 突如両サイドから湧いた黄色い声とともに、阿佐人・悠輔(あざと・ゆうすけ)は左右の腕をがっちりホールドされた。
「な……っ!?」
 見れば同じ顔の少女が二人。年格好は悠輔くらい。結構、いやかなり可愛い――が、そんなプラス評価を吹っ飛ばすのは、かたやショッキングピンクのボブカット、こなたコバルトブルーのツインテールという視覚に優しくないド派手な髪色。更に「どこのモーターショーかコスプレイベントを脱走してきた!」的、非日常というより非常識なデザイン&カッティングのコスチューム。
 アヤしい。
 思いっきりアヤしい。
 するとアヤしい美少女×2は満面の笑みを浮かべてハモった。
「666人目の通りすがりのお客様〜、シュークリームバイキング御案内〜!」
「はあ?」
「ご安心ください、無料でーす!」
「モニター参加お願いしまーす!」
「いや、聞いてないし」
 ふと視線を感じてあたりを見れば、魚屋のおばちゃんとお客さんがくすくす笑っている。コンビニの兄ちゃんはレジの向うでぽかんと眺めているし、八百屋のおっさんに至っては親指をぐっと立ててウインクする始末だ。悠輔は赤面した。真っ昼間の商店街で、強制的とはいえ文字どおり両手に花状態で騒いでいては目立つことこのうえない。
「ちょ、あんたら、声、落し――」
「ご案内〜〜!!」
「うわ、引っぱるな!」
 どんなにアヤしかろうと華奢な女の子を振り払うのは、とためらった優しさが災いし、悠輔はずるずると裏通りへ引きずられていった。外見からは想像もつかない怪力である。腕を掴まれるまでまったく気配を感じなかったことといい、色々な意味で只者ではないようだ。こうなったら良好とはいいかねる現状を真摯に受け止め、次の行動に生かすしかない――


 ――だがしかし。
「どんな名前だ……」
 赤いとんがり屋根に白い壁、こぢんまりした、どこぞの高原の喫茶店風の前で、悠輔はいましがたの決意も忘れて立ち尽くした。
「申し遅れました、姉のディーラでーす」
 右側でボブカットがにかっと笑う。
「相済みません、妹のカーラでーす」
 左側でツインテールがにぱっと笑う。そして片腕を悠輔に絡ませたまま、姉妹は特撮ヒーロー風に大仰なポーズをとった。
「二人あわせて!」
「いや、あんたらじゃなくて」
 できれば痛くなってきた頭を抱えたいところなのだが、あいにく両手が塞がっていた。
「俺が言ってるのはこの、入るのを思わずためらいたくなるようなっていうか確実にためらう店名だ!」
 看板には丸っこい字体で読み間違えようもなくでかでかと――“洋菓子鋪スケベニンゲン”。横にくっついている“しうくりいむonly”という千社札調シールがまたわからない。
「ようこそスケベニンゲン!」
「いらっしゃいませスケベニンゲン!」
「連呼するな!」
 紛らわしい歓迎のしかたに思わず声を荒らげても、双子はどこ吹く風である。あっという間に正面扉へと続く三段ほどの階段を押し上げられ、悠輔はあわをくった。
「おい、待て、俺は入るとは一言も、おい!」
 ノブが付いているのに自動なのだろうか、触れもしないドアが勝手に開く。なぜかホラー映画の一場面――タコのようなエイリアンに暗がりに引きずりこまれる犠牲者――が頭を掠める。そういえば今朝、出がけのテレビの星占いではぶっちぎりでワーストだった。
「だから待てって……人の話を聞けぇぇぇぇ!!」
 双子はもちろん、聞いちゃいなかった。



「内装がトリックアートってどうなんだ、ケーキ屋的に」
 一歩足を踏み入れるなり、悠輔は呻いた。幸いタコ型エイリアンはいなかったし、薄暗かったり変な小物が置いてあったりたまに変な音が聞こえたりする洋風お化け屋敷風味はそういう路線として流せないこともないのだが、平衡感覚や遠近感をおちょくられるのはかなわない。店内中央、主役のシュークリームが山と積まれている銀盆の載った楕円形のテーブルは、目の錯覚だとわかってはいても歪みまくっている。奥の厨房から半身のぞかせているおっさんは、たぶん、絵だ。
「面白いでしょー? でも本日限定レイアウトなんですよー」
「今日中に元に戻せって、店長に言われてまーす」
「あたりまえだ」
 ことここに至って、悠輔は腹を括った。たかが菓子じゃないか、食べろってんなら食べてやる。実際、腹は減ってるんだ。
「で、俺はどうすりゃいいんだ?」
 まさにそのとき、ほよんほよんと気の抜けたアラームが響き、双子は各々のブレスレットを注視した。
「コバラセンサーに反応! ターゲット進行方向にタイヤキ屋あり」
「大変! カーラ、緊急出動よ」
「オッケー、ディーラ」
「あんたらどうしてそう人の話を……第一なんだ、コバラセンサーってのは」
 待ってましたとばかりに、ディーラとカーラはまたしてもヒーローショーばりのポーズをきめた。衣装が衣装だけに違和感がない。
「説明しよう!」
「コバラセンサー、それは!」
「それは?」
「秘密で〜す」
 思わず聞く体勢に入っていた悠輔はがっくりとうなだれた。
「新しいお客様をお迎えに参りますので、詳しいことは店長に聞いてくださーい」
「お、おい!」
 制止など聞かばこそ、双子はものすごいスピードで出ていった。
「……いらっしゃい」
「うわぁっ」
 いきなり声をかけられ、悠輔は飛び上がった。書割りだとばかり思っていたおっさんが真後ろにいた。
「あ、あんたが店長さんか?」
 パティシエ姿のごついおっさんが頷いた。四十がらみの、眼光鋭く苦みばしった男前である。実は凄腕スナイパーと言われても俺は驚かないぞ、と悠輔は心中呟いた。それくらい“らしい”風貌だった。
「ええと、バイキングってのは、あれか?」
 悠輔はテーブルを指差した。再び店長が頷く。
「当店3Dシリーズ中の“デンジャラス”各品の試食をお願いする。新作もあるぞ」
「また物騒な商品名だな」
「大丈夫だ、自分は食べられない物は作らない。それに、見た目は一緒だが、アクシデントで汎用タイプ“デイリー”も混じっている」
「大丈夫の理由がアクシデントっておかしくないか……」
 早くも括った腹がばらけてくる悠輔である。それでも手早く出されたコーヒーの美味しさと、言葉はぶっきらぼうながら誠実な雰囲気には好感が持てた。きっとこの人も、あのぶっ飛んだ店員姉妹には手を焼いているに違いない。
「じゃあ……こっからいくか」
 企画にあわせたのか、もともとそうなのか、銀盆のシュークリームはすべて同じサイズ、形、焼き色なので、選びようがない。悠輔は備付けのトングで一番上のやつをつまんで皿に取り、楕円テーブルを囲む椅子のひとつに掛けて、かぶりついた。
 そして、世界が止まった――
「君は運がいい」
 コーヒーポットをテーブルに置き、おっさんがニヒルに微笑んだ。
「それはリピーターナンバーワンの“ハバネロ”だ」
 使わねえ、世界最辛の唐辛子は普通、シュークリームには使わねえよ……!
 カプサイシンの激流に翻弄されつつ、声にならない声で突っ込んだとき、彼は見てしまった。
 無駄のない身のこなしで厨房へと戻る店長が、渋い仕草で小さくガッツポーズをしているのを。
「お……」
 同じ穴のムジナ、というフレーズを脳内に駆け巡らせつつ、悠輔はテーブルに突っ伏した。



 悠輔が我に返ったとき、向いの席には新来の客がいた。長い黒髪の、中学生くらいの可愛い女の子だ。双子にメモを取らせつつ、かたっぱしからぱくつく様子は平静そのもので、さては自分は運悪くハズレにあたったのかと苦笑したのも束の間、よくよく聞けば「ゴーヤの苦味が効いている」だの「千枚漬はやめたほうがいい」だのシュークリームの描写としてありえない言葉がぽんぽん出てくるではないか。
 ムジナ増殖かよ……
「あら、起きたのね」
 遠い目になっている彼を、少女が見咎めた。
「俺の分がない、なんて言わないことね。居眠りなんか、する方が悪いんだから」
 言われて視線を落せば、“デンジャラス”山塊はなだらかな丘陵になっていた。
「あんた……よく食うな」
 よく食えるな、という意味だったのだが、相手はぷっと頬をふくらませた。
「女の子に向かって失礼よ、おまえ」
 年長者をおまえ呼ばわりするのもたいがい失礼だ、と返しかけて悠輔はやめた。なんだか疲れた。無性に甘い物が食べたい――ちゃんとした、普通の、本当に甘い物が。
 彼の慨嘆をよそに、厨房に飲物のお代りを取りに行った双子が新作とおぼしき皿を捧げて戻って来た。
「どうぞ、最新作でーす」
 目の前に置かれた皿には二種類が一つずつ。片方はぱりっと焼き上げたシューに薄紅色のアイシング、もう片方はふんわり仕上げたシューに淡い藤色のアイシングが施されている。見た目はかなりいい感じだ。
「こちら“深紅の超新星燃ゆる暗黒星系の溜息”でーす」
「こちら“那辺にありや青紫けぶる深淵の心痛”でーす」 
「おかしな名前ね。おまえたちがつけたの?」
「はぁい、バイト代と引換えにつけましたー」
「おいおい……」
 ショーケースの前で口ごもったあげく、「これください」で済ませる客の姿が目に浮かぶ。店名といい商品名といい、つくづく客に優しくない経営方針だ。
 と突然、藤色を頬張った少女が椅子から飛び上がった。血の気の引いた顔で震えながら、苦心惨憺して紅茶で嚥下し、ほっと息をついて顎まで滴った汗をぬぐっている。ムジナの彼女でさえ容赦しないとは、まさに“デンジャラス”。
「それ何味――」
「あら、駄目よ」
 双子に尋ねかけたのを、少女が遮った。がっつり飲みくだしてすっきりしたのか、いやに晴れ晴れとした表情だ。
「余計な情報はなし。あたしたちはモニターなんだから、まずは食べなくちゃ」
「そんなロシアンルーレットみたいな……」
 抗議のどこかが琴線に触れたらしい。少女は掠れた、独特な笑い声をたてた。
「いいわね、それもオートマチック使用よ」
「って、もれなく当たりじゃないか!」
「蛮勇極まれりって感じね、ヒ、ヒッ」
「極めたくねえ……」
 それでも共に選ばれて(例のコバラセンサーが選んだかと思うとあれだが)集った以上、年下の少女に任せきりなのは如何なものか。侠気と好奇心の命ずるままに、悠輔も藤色を手に取った。
 報われた、ようやく小腹を満たすべきまっとうな菓子に巡り合えた、というのが最初の印象であった。とろけるカスタードの風味は、さっきの爆弾じみた唐辛子クリームとは雲泥の差だ。まさに絶品だった――咀嚼するまでは。
 マシュマロにしては固すぎ、ゼリーにしては柔らかすぎる、なぜか背筋に微弱な電流が走る謎の歯触り。飲物で流し込まねばならないほど不味くは、ない。ないが、なんとも言い難いもやもやと理不尽な心持になる。悠輔は頭を巡らし、メモパッドとペンを手に、もはやおなじみのヒーローポーズに余念のない売り子姉妹を呼び止めた。
「あのな……これ、噛むと“くにゃ”ってなるんだが」
「正確には“くにゅ”でーす」
「同じだ!」
 ここにはまともな物は置いてないのか、ないよな、ああそうだよな、トリックアートでコスプレでスケベニンゲンだもんな、とアヤしい食感のおかげで一時的に頭沸騰のバッドステータス状態に陥った悠輔は、衝動的にいま一つの薄紅色を口に放り込んだ。
「!!」
 またしてもテーブルに突っ伏す彼をよそに、少女も同じく薄紅色の吟味にかかる。ただし、今度は用心深く二つに割ってじっくり眺めてから。
「いかがですかぁ?」
「刺激的でしょ?」
 にこにことペンを構えてコメントを待つ双子に、少女は頷いた。
「なるほど、最新作はともに時間差がテーマなわけね。やすやすとは窺えぬものを内に秘め、すべてを呑み込むクリームの海……なんて甘い罠かしら! 最初のは二度とごめんだけれど、こっちは騙されるだけの価値はあるわ。ただ――」
 本日二度めの痙攣にぴくぴくしている悠輔にちらりと視線を向け、肩をすくめる。
「バニラに紛れ込ませた青山椒、ちょっと効きすぎよ? 味のバランスを崩さずにここまで劇的効果を出す腕は賞賛に値するけど、痺れ系は素人にはお薦めできないわね。最近はこういうのが流行りなの?」
「流行りっていうか、単に店長の気まぐれ遊び心全開の“デンジャラス”なんで、予想外に受けちゃってむしろびっくり、とりあえず需要を探っとけ、みたいな?」
「でもでも、うちの“デリシャス”は正統派お取寄せスイーツ、“デイリー”は気軽におやつランキングで高位常連なんですよー」
 頼むからそっちを食わせてくれ……
 堤防のコンクリの上でびちびちしている釣られたハゼの気分で悠輔は呟いた。旨味はそのままに気がつくと舌がびりびりしているというのは随分ではないだろうか。サンショール成分は普通、カスタードには含まれない。っていうか、含めない。絶対。
「ふうん。まあでもシューに挟まれていれば、シュークリームよね。面白いから許すわ、クヒッ」
 大雑把なせりふと共に楽しげに喉を震わせる少女の声を頭上に聞きながら、ワーストぶっちぎりの星占いを今更のように思い出してしまう悠輔である。
 ゆえにこの後なぜか双子から羽交い締めにされ、少女が見繕ったシュークリームを食っては目を回しを繰返した末に、ようよう“デイリー”にありついた彼が思わず感涙にむせんでも、それは色々な意味で無理からぬことなのであった。


 ちなみに少女の感想は好事家向け、悠輔の反応は罰ゲーム用の貴重なデータとなったことはいうまでもない――






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5973/阿佐人・悠輔/男/17歳/高校生】
【3427/ウラ・フレンツヒェン/女/14歳/魔術師見習にして助手】※「少女」として登場

【NPC/ディーラ/女 666歳/『あのシュークリーム屋』売り子】
【NPC/カーラ/女/666歳/『あのシュークリーム屋』売り子】
【NPC/横鍬・平太(店長)/男/40歳/『あのシュークリーム屋』】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、阿佐人・悠輔様。
この度はご来店ありがとうございました。
「ツッコミつつ流されて散々ひどい目に」あっていただけましたでしょうか。
あいすぎですか? すみません、つい、楽しくて……

またご縁がありましたら、よろしくお願い致します。

三芭ロウ 拝