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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


「何でこうなるの!?」

 シリューナ・リュクテイアの営む魔法薬屋、店じまいの時間……

「今日も暇でしたねえ、お姉さま」
 うっかり本当のことをもらして、ぴしっとシリューナに手の棒で頭を叩かれるのは、ファルス・ティレイラ。何でも屋のフリーターであり、この薬屋には特によく訪れる少女である。
 シリューナとティレイラはお互い、本来は竜族という共通点があった。そのため、ティレイラはシリューナを師匠と仰ぎ、「お姉さま」と呼んで慕っている。
 しかし、慕っているからといって愛情で返されると思ったら大間違いで……
 と、言うより。
 愛情は愛情でも、色んな愛情があるわけで。
 シリューナは魔術師だ。その力を利用して色んな道具を造り、それを売って店を経営しているわけだが。
 ……シリューナの趣味は、何と言ってもティレイラをオブジェへと変化させることだった。
 石像やらペンダントトップやら。とにかくありとあらゆるものに変化させる。あるいは効果の分からない薬の実験台にされたり。
 効果が明らかな薬で訳の分からない状態にされたり。
 そうやって明らかに『遊ばれて』いながら、ティレイラはいまだにシリューナを慕っているわけだが……
 だからと言って、怒っていないわけでは、決してない。

     **********

 シリューナの店にお手伝いに来て、店じまいの準備をしていたティレイラは、ふと物置の隅に追いやられているモノたちを見つけた。
 ティレイラの好奇心は海よりも深く山よりも高い。
 店主の許可もなく勝手に物置の隅をあさっていると、その中のひとつに埃をかぶったあるものがあった。
 小型望遠鏡。
 銀で装飾されている。
「?」
 ぱたぱたと埃をはたいてから、ティレイラはそれをしげしげと見た。
 銀の細工が美しい。レンズが壊れているわけでもない。どうして物置の隅にやられているのか分からない。
 望遠鏡――となったら、のぞきたくなるのが人の――竜族のサガというもの。多分。
 ティレイラはためしに、その望遠鏡で近くの花瓶の花を覗き見た。
 しかし、覗いてみても拡大されるわけでもなく、ティレイラが「何だあ」と望遠鏡から目を離しかけたそのとき――
 ぽんっ
 突然、覗き見ていた花が銀色に変わった。
「え?」
 ティレイラは慌てて花にかけより、ぺたぺたと触った。
 ――どうやら色だけではなくそのまま銀になってしまったらしい。硬い。
 ティレイラは手に持つ望遠鏡と花とを見比べる。
「え……え? これで……見たから?」
 そこからは実験の時間。
 ティレイラはもうひとつの花瓶の花を望遠鏡で覗き見た。
 ぽんっ。
 花が銀色に変わる。
「……なんで花瓶は変わらないんだろ」
 思って花瓶を望遠鏡で特に集中して見る。
 ぽんっ。
 今度は花瓶が銀製になった。
「ひょっとして……」
 あたりを見渡し、銀にしたら面白そうなものをさがす。
 近くにあった、アンティークのオルゴール。
 ティレイラはオルゴールではなく、その蓋についている人形だけを覗き見た。
 ぽんっ。
 人形だけが銀製になった。
「うわあっ。これって覗いて見えた部分全部じゃなくて、自分が見ようとしたヤツだけ銀に変えちゃうんだ……!」
 こんな面白いものをどうして物置に押し込んでおいたんだろう。ティレイラの心が沸き立った。
「そうだ。もしこれでお姉さまを見たら……」
 黒い考えが頭をよぎる。
 普段あれだけ遊ばれていれば、こんなチャンスを逃せるはずがない。
 もしも師匠にオブジェになる気持ちを分かってもらえれば、もう遊ばれなくなるかもしれない。
「よおし……っ。お姉さまっ。覚悟していて下さいね……!」
 まだ店内にいるだろう店主に向かって、ティレイラは宣戦布告をした。

 シリューナは、ティレイラが何やらこそこそとやりだしたことに気づいていた。
 しかし何をやりたいのかよく分からない。何もせずじっとこちらを見ているから、ティレイラのほうを振り返ると、さっと視線をそらし背後に何かを隠すのだ。
「何を隠してるんだ?」
「何でも、ありませーん、お姉さまっ」
 ……怪しさ100%。
 けれど、どうせティレイラのことだ。うまくいかなくて諦めるだろう――
 そう考えた薄情な師匠は、ティレイラのことを放っておいた。

(うーん……うまくいかない……)
 望遠鏡を手に、ティレイラはうううとうなっていた。
 何しろシリューナは何かの研究のために、本棚の前でせわしなく動いている。
 運が悪いことに、いつもよりもずっと時間がかかっていた。あっちの本を取り、歩きながらぱらぱらめくっては机の上に置いて、机の上にあった別の本を手にとって本棚に行くと、今手にしている本をしまい、今度は違う本を手に取りまた机に戻る。
 机と本棚、それから次には実験用の器具や薬草も部屋のあちこちから集め始め、まったく止まってくれない。
 銀に変わるまでに若干の時間がかかるため、しばらく大人しくしていてもらって、じっと望遠鏡で覗いていなくてはならない。
(うー! お姉さま、とまってください〜〜〜!)
 無茶なお願いを心の中でしながら、ティレイラはチャンスを待った。
 途中、シリューナに「何をやっているんだ」と訊かれても、知らんぷりをし通した。
 シリューナが何やら呆れているような気がしたが――
(いーえっ。今日こそは絶対に仕返ししますからね! ぎゃふんと言わせます!)
 ティレイラは燃えていた。
 それはもう背後にオーラが立っているのではないかというくらい燃えていた。
 オブジェになる気持ちを、分かってもらうんだから……!!
 絶対にゆずれない思い。ティレイラはまだまだ諦めずに望遠鏡を手にシリューナを視線で追った――

 シリューナは(まだ諦めていないのか)と何かを企んでいるらしいティレイラの目をちらちら見ながら思った。
 本当はさっさと諦めて、こちらの研究に手を貸してほしいのだが、あまりにもティレイラが真剣な視線を送ってくるので「こっちへ来い」と言えなかった。
 それにしてもまだ諦めてないとは――
 ティレイラにしては素晴らしい根性だ。その根性を仕事に向けてくれるともっとありがたいのだが。
 いや、ティレイラの場合、馬鹿らしいことに限ってド根性を発揮するのだった――
(……つまるところ、下らんことを考えているのだろうな)
 薄情な師匠は、とてもひどい判断を下した。
 実際ティレイラは、もっと効率のいい方法があることに気づかずに行動を起こす場合が多い。
(きっと思い切り損をしているのだろう、今日も)
 やっぱり薄情な師匠は、もちろんそんなことを助言してやるつもりもなかった。

 ティレイラは気づいていなかった。
 相手が動いていても、望遠鏡で覗いたままずっと追っていれば、その望遠鏡は効果を発揮するということを。
 事前に時計やその他、動くもので実験していれば気づいていたかもしれないが、あいにくティレイラは事前の準備をしっかりやるタイプではなかった。
 もっとも、望遠鏡で覗いたままシリューナを追いかけたら、それはそれでシリューナの目について逃げられるだろうが――
(お姉さま〜〜〜! とまってください〜〜〜!)
 ひたすら師匠が止まる瞬間だけを狙って、ティレイラはシリューナを目で追っていく。
 何もせずにひたすらシリューナだけを見つめているのである。
 ……シリューナに呆れられるか、怒られても仕方ないだけの行動は、確実にしていた。
 しかしシリューナは何も言わない。そのことのおかしさにも気づいていなかった。
 実は師匠に馬鹿にされているとも知らず、ティレイラは熱心にその瞬間を待つ――

 そして。
 そのときは、ついに訪れた――

「―――!」
 シリューナが本を手に、考えこむように立ち止まった。美しい師匠が、眉根を寄せて難しい顔をしている。
 ティレイラはぱっと望遠鏡を構えた。
(今だ!)
 望遠鏡の中に、確かにシリューナが映りこむ――
 しかし、
「参ったな……」
 シリューナは髪を乱しながら、再び歩き出してしまった。
 そして次の瞬間、
 ティレイラは固まった。
 シリューナの今いた場所は――等身大鏡の前だったのだ。

 今、鏡にばっちり映っているのはティレイラ。
 そして、望遠鏡に映りこんだのは鏡に映ったティレイラ本人。

 すぐに望遠鏡を手放せばよかったものを、ティレイラはシリューナに逃げられたショックと、そこに鏡があったショックの二乗で固まってしまっていた。
 望遠鏡の効果が発揮され――
 ぽんっ。
 ――望遠鏡を手にしたティレイラの銀の像が、その場に出来上がった。

「……ん?」
 シリューナは気配を感じて振り向いた。
 そこに、望遠鏡を覗いた姿勢のままの、ティレイラ銀像があった。
「おや。その望遠鏡は……」
 たしか意味のない不良品と思って、物置の隅に捨てたモノのはずだ。
 シリューナは物置の様子を見に行く。
 物置のある部屋では、あちこちに銀になった花やらオルゴールの人形やらがあった。
 ――これはもしや。
「ティレがアレを使った後か……?」
 もしそうならばティレイラ像の説明がつく。
 ティレイラの行動の意味も……
 シリューナはティレイラ銀像の傍に戻った。
 像の肩に手をかけ、二人で鏡に映って。
「まったく。さすがティレ、まぬけなことをやったものだな」
 薄情な師匠は嬉しそうにつぶやく。
「私に仕返ししたかったのか? 残念だったな」
 これで――
 またオブジェができた。
「予定外のお楽しみがひとつ増えた……というところかな」
 上機嫌にそっとティレイラの頬を撫でる。
 冷たい銀の感触――

 ティレイラにもしも意識があるのなら、きっと思っていることだろう。そう、たったひとつの言葉を――


 ―Fin―