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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夜魔之王

  鬼武、熊武、鷲王、伊賀瀬そして呉羽。
 伝説にもある鬼女率いる山賊の四天王とその首領の名。
 ところが昨今、この名を使った盗賊の一団が寺や神社を荒らしまわっていると聞く。
 しかも怪盗の如く予告状を出した上で、まんまと標的を盗み出しているのだ。
「粋な連中って訳にはいかないがな」
 多少なりとも学があり、そして骨董品に関する優れた審美眼を持っていることは盗まれた物を見ればわかる。
 どれも国宝級の代物ばかりだ。
 新聞を眺めながら、草間は自分には縁のない事件だろうと紫煙を吐いた。
 ところが。
「草間興信所はこちらで宜しいので?」
 どこぞの寺の住職だろうか。
 ここへくるような依頼人としては珍しい部類になると思う。
 オカルト絡みの依頼なら尚更だ。
 自分たちで対処できる筈だ。
「そうだが、どういったご用件で?」
「実は…今世間で噂されている盗賊のことなのですが…」
 住職が言うには自分の寺に、例の盗賊から予告状が届いたというのだ。
「ちょっと待ってくれ、尚更ここに持ってくるのはおかしいぞ。新聞で取り上げられている盗賊に関して依頼するなら警察に行くのが妥当な筈だ」
「警察ではどうしようもないのです。いや…警察なんてあてにならない」
 警察が無理ならうちの方がもっと無理だと思うが…と一人ごちる草間に、住職は一枚の写真を見せた。
「!?……おい、これは…」
 見せられた写真に写されていたのは防犯カメラで撮った映像の写真。
 そこに写っていたのは紛れもなく、人間ではない、鬼の姿。
「まさか…本当に名前の如く鬼が盗賊だってのか!?」
「最近寺に手伝いに来てくれている萬谷さん…檀家のお嬢さんと弟子たちが実際に目撃しているので…認めたくありませんが…」
 勿論、鬼に扮しているだけかもしれない。
 だが道具も使わず壁を一足飛びに飛び越えていく様を見たという弟子たちの怯えようは尋常ではなかった。
「警察にお願いしても、本当に鬼かもしれないと言えばきっと取り合ってはもらえないでしょう…ですからお願いします。助けて下さい!」
 必死で懇願する住職に、しぶしぶながら調査だけでもしてみようと、この依頼を受ける事にした。
「…で?盗賊が盗むと予告してきたのはどういう代物なんだ?」
「…鬼相という名の付いた壺で御座います」

*** *** *** ***

 「――草間興信所に住職が依頼しに行ったようですぜ」
「あそこが絡んでくるなら、それ相応のリスクは覚悟しなくちゃならねぇな」
「俺ぁ武者震いするね。いろいろと癖の強そうな連中がくるんだろ?」
「どうします、頭領」
 口々に言う手下に、頭領と呼ばれた女がにんまりと笑って言った。

「これが最後だ、しちめんどくさい裏工作はなしだよ。正面からぶち当たって蹴散らすのみさ」
 そう言って女は高らかに笑った。
 月明かりに晒された五人の額には、それぞれ長さや数が違えでも、はっきりと角が生えていた。

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■生成り

  興信所に集まった一同は、依頼内容を聞いて首をかしげた。
「…呉羽って紅葉よね?供養塔毎年供養されてるそうだけれど…」
 住職が持ってきた盗賊の写真や壺の写真を眺めながらシュライン・エマがポツリと呟く。
「まぁ紅葉つっても本物に会ったことないしな。伝承やら何やら…読んでも死んでるだの葬っただの…そんな記述ばかりでな…かといってそれを鵜呑みにする訳にもいかない」
 偽者か本物かの審議も必要だが、それ以上に依頼主の壺を守るのが最優先だ。
 名前からして鬼と関わりを持っていそうな壺。シュラインはその由来やこれまで盗まれた寺の美術品などにあたりをつけて調べてみる事にした。
「…頭数、おまんが抜けてるってのが気懸りなのよね…」
 夕暮れ時までには寺の方に向かうといい、シュラインは足早に興信所を出て行った。
「他の四人は寺へ直行だな?」
 草間の確認にそれぞれ頷く。
「鬼だなんて言わずに素直に盗難予告として届け出れば警察も動くだろうに」
 写真を手に取る内山・時雨(うちやま・しぐれ)は、少し考えれば思いつきそうなものだと、住職の行動を皮肉る。
「弱みでも握られたか?」
「俺だって100%依頼主を信用しているわけじゃないが…あんまり苛めてやるなよ?」
 それを本人に言うつもりならな、と一言添え、煙草に火をつける。
「ええ、ええ、解っておりますとも」
 勿論偶然でしょう?、と含みを持たせた物言いをする時雨に、草間は何を考えているのやらと溜息をつく。
「鬼、かぁ……ふーん……」
 その横でイマイチ状況を理解出来ていなさそうな態度を見せる草摩・色(そうま・しき)。
 犯行声明を出してきた犯人の正体が鬼かもしれないというのが、色にとっては現実味のない話だった。
 それよりも、狙われているという壷の方に興味が湧く。
「でも、何で壺?ってか、鬼って事は妖怪とかっしょ?そんなんが何で国宝級の壺を盗むのさ。何に使うの??」
 言われてみればそれもそうだ。
 人間的な金銭の観念など必要ではないだろうに。
 金品に拘る辺りが、人と共存することを望んでいるとするなら、伝説の盗賊を名乗って盗みを働くのは如何見ても違うだろう。
 自分たちの身体能力を活かす上でダークビジネスが手っ取り早いのはわかるとして。
 非公開の代物に手をつけている辺り、何かあるとしか思えない。
「とにかく、お寺のほうへ行ってみましょう。『鬼相』という名の壺の謂れが気になるので、住職さんに色々お聞きしたいのです」
 鬼と縁のあるお寺なのかも、とマリオン・バーガンディは、持参したであろうお菓子をぽりぽりと食べながら言った。
 それまで会話に加わらなかった和田・京太郎(わだ・きょうたろう)は、明るいうちに寺へ行って、鬼相がある場所がある程度自分たちが戦闘を行える広さがあるか、確認しておきたいと草間に告げる。
「それじゃあ…依頼主のトコへ行くとするか」
 ややこしい上にまた何か裏がありそうな予感がするし、おまけに今回は明らかに戦闘あり気だろうと、実に面倒くさそうな顔で寺へ向かう草間であった。


  一方、複製した鬼相の写真を手に新聞社への聞き込みや図書館での資料閲覧など、調査を進めるシュライン。
 どの寺にも予告状が出されているが、警察の配備を掻い潜っての鮮やかな犯行で、何時盗まれたのかわからないと、住職たちの証言がある。
 そして、盗まれたもの名前を集めていくと、奇妙な事に気づいた。
「――盗まれたのは仏像以外は全て壺…?髪丸…角丸…って鬼相と合わせれば頭ができあがる?」
 盗まれたものの情報は完全には開示されない事が多く、全ての紙面が壺の名前を挙げているわけではなかったが、恐らく残りの壺は眼や牙などの部位であろう。
「仏像は何の為かしら……」
 壺はおそらく頭の部位をバラバラにして封じ込めたものだろう。
 仏像は魂だろうか?
 封じ込められた主が誰なのか。
 やはり呉羽と名乗っているのがおまんで、紅葉の復活を目論んでいるのだろうか。
 紅葉の息子の経若丸の可能性も無きにしも非ずだ。
「…入手経路や品の謂れは直接聞くしかなさそうね」
 盗まれた事に関する情報はそれなりに手に入るのだが、非公開のものだけに情報が全くと言っていいほどないのだ。
 シュラインは各紙面をプリントし、依頼主の寺へ急いだ。


■半成り

 「よく来て下さいました、草間殿。皆様方も、この度は真に有難う御座います。私はこの寺の住職、柴田海淵と申します」
 恭しくお辞儀をして、後方に控える弟子たちを紹介した後、本堂の隣の部屋で住職の話を聞く事になった。
 細かい事情は兎も角、京太郎は盗賊団の襲撃に備え、本尊の裏側にひっそりと設けられたお堂の中に安置された鬼相を確認し、弟子の一人を連れ、戦闘においてこの場が活用できるのか調べに行った。
「人払いは済ませております。弟子たちも、一緒に来られた方につけた者以外はそれぞれの持ち場へ」
「もう一人、あと十五分もすれば到着するらしいんで、話を始めるのは少し待ってくれないか」
 草間の申し出に住職は頷き、到着までの間にお茶と御茶請けを用意してくると言って部屋を出た。
 部屋に残された一同は妙に長く感じる十五分間に本堂の至る所に目を配る。
 鬼相のあるところからは視界が開けているが、何処に死角があるとも限らない。
「そんなガキじゃあんめぇし、うろちょろするのは見っとも無い」
 壁際に凭れて足を投げ出す時雨だが、逆に緊張感無さ過ぎると言い返される。
 だが時雨はそんなことにも動じず、至極マイペースに振舞った。
「今日は檀家のお嬢さんとやらは来るんかね?」
「ああ、一応話を聞くために来てもらうことにはなってる」
 そ、と素っ気無い返事をする時雨は、何も気にしていない振りをしながら周囲の気配を探った。
 誰が何処で覗いているかも解らない上に、草間たち以外の誰を信用していいのかも現時点では不明だ。
 草間の言うとおり、依頼主さえも信用はしきれない。
 相手が何者であれ、住職は何故警察沙汰にしたがらないのだろう。
 そして弟子共と鬼を目撃したと言う萬谷という檀家の娘は、そんな夜半に何の、というかどんな手伝いで夜の寺にいたのか。
 聞きたいことが山ほどあってどれから聞こうか迷うほどだ。
 だからこそ、今は相手の出方と依頼主の動きを見るべきだと、時雨は考える。
 何も疑っていない振りをしつつ、住職が戻ってくるのを待った。
「住職さん、早く戻ってきませんかねぇ。設置したいものがあるのですが」
 本尊の方でそこかしこから何か角度をチェックしているマリオン。
 手にしているのはデジカメ一つ。
「カメラか何か仕掛けんの?」
 マリオンの行動に興味津々尋ねる色。
「小型のビデオカメラを設置して、上手くすれば侵入した時、撮影できるかなぁと」
「壺守るのにただ撮影するだけ?意味なくないか??」
「それは後のお楽しみなのです」
 意味はあるのでご心配無用、とにこやかに告げるマリオンに、いったい何をする気だろうと首をかしげる色だが、疑問に思っても推理するのは不得手であった。
 肉体労働基本なので頭脳労働はさっぱりなのである。
「ふーん、そっか。ところで壺って見してもらえんのかなぁ」
 聞こうにも住職はまだ戻ってこない。
 仕方なしに外で一服している草間に、戸口から顔を出して壺本体は見せてもらえるのかと尋ねた。
「一応、物の確認はしておかないといかんからな…ってかそういう事を表で声高に言うなっつーの」
「了解りょうかーい」
 そう言って首を引っ込めると、本当にわかっているのかと些か不安を覚えた草間であった。
 そして二本ほど吸ってそろそろ戻ろうとした矢先、シュラインが境内に入ってきて草間に駆け寄った。
「どうだった?」
「新聞各紙を見比べてみたんだけど、これまでに件の盗賊団に盗まれたもの…これ見て武彦さん如何思う?」
 シュラインに見せられたコピーを見て、まさに彼女と同じ見解に至った。
「思いっきり顔のパーツだな…だが中にそれぞれが入っているわけじゃないはずだ」
 国宝級、と言われるからには寺の者以外の目に触れたことがあるということ。
 その際、壺ならば中を見られないはずはない。
 恐らく壺自体に練りこまれているのか、その部位を封印する鍵となっているのか、だ。
「そろそろ住職が戻ってきてる頃だ。調べた結果を皆に伝えてくれ」
「ええ」
 草間たちと合流したシュラインは、草間と共に足早に本堂へ入っていった。



◇ 本堂に戻ると、先に住職が戻ってきており、卓には茶と茶菓子が人数分用意されていた。
「お待ちしておりました、さぁどうぞお座り下さい」
「では、遠慮なく…」
 すすめられるまま住職の斜向かいに座るシュライン。
 その隣には草間が座る。
 半歩後ろには時雨、色、マリオンが。
「こちらで件の盗賊団によって盗まれた品の確認をしてみたところ…憶測の域を出ないと思うのですが、あまりにもあからさまなので一先ずご報告します。これまで盗まれたのが仏像と壺三つ…壺に関して言えば、髪丸、角丸…後一つは恐らく眼か牙…こちらの鬼相と合わせると鬼の頭が出来上がります。頭が誰のものなのかは、はっきりしてませんが…おそらく、鬼女紅葉か息子の経若丸関連か…」
 件の盗賊団はある鬼の復活を求めて、各寺に納められていた各部位を集めているのではないか、シュラインはそう告げた。
「…鬼の、頭ですか……」
 半信半疑、と思いきや。
 住職はそのものズバリと言わんばかりに、いや驚きましたと苦笑する。
「今からお話するのは…壺に纏わる、この寺に伝わる伝承なのですが、貴女のお調べになったとおり…壺は鬼の頭をバラして封じたもので御座います」
 供養塔の下には何もない、御大将を復活させようとする鬼共が幾度と無く塔を襲撃した為に、余五将軍に授けられた降魔の剣をもって高僧たちが力の源である頭を分散し、それぞれの寺に封印する事になったという。
「通力の源である角、自在に動くとされる髪、見たものを縛り付ける眼…そしてそれらをとった後に残った相…頭一つを一人で背負うには力が強すぎる…それゆえの分散でした。仏像は、何の縁があるのかわかりませんが…もしかしたら、高僧の一人が封じた事実をその中に納めたのかもしれませんが…如何いう理由で盗まれたのかは解りかねます」
「封じた壺がそれぞれのお寺にきたのは何時頃の話でしょうか?あと、作られた場所とかわかりますか?」
 お茶をいただきながらマリオンが問いかける。
 対象が出来た場所が特定できれば、彼はその時代に行くことが出来るからだ。
 だが、何時頃から寺にあったのかは、大よそわかるにしても、壺が何処で作られたかまでは解らないという。
 それは残念、と浅く溜息をつくマリオン。しかし茶菓子やお茶を堪能している状態では本当にがっかりしているのかも謎だ。
「ん〜盗まれた壺の共通点とか、壺の謂れとかだいたいわかったけど。でもさー何で今なんだろね?」
「それも気になるのよね…どうして今になってなのかしら。封印した壺を探すのに手間取った?」
 にしても伝承から何百年も経っている。
 これまで解らなかったというのも些か疑問だ。
 一端の怪盗気取りで予告状まで出して、連続して盗み出しているのだから、それほど隠蔽が巧妙だったようにも思えない。
 若しくは隠蔽する力が弱まったせいか?
 だが今更そんな事を考えても如何しようもない。
 敵は今夜やってくるのだから。
「ところで――ご住職の目撃体験は?」
「私は見たことがありません。恥ずかしながら…弟子たちの話と防犯カメラの映像から取り出した写真だけしか…」
 なるほど、と、時雨の質問はそれだけであった。
「まさかとは思うが、戸隠山一門と同一人物ならば女には気をつけたほうがいいよ。賢い上に妖術を使うからね」
 なぁーんてな、と皮肉った笑いを見せる時雨に、住職は戸惑う。
「内山…」
「まぁまぁ、そう怖い顔しなさんな。仕事はちゃんとするから。頑張って防衛いたしまショ」
 こういう時の時雨が道化のように振舞って、誰ぞが尻尾を出すのではないかと思って能天気な振りをしているのは草間にもわかっているが、やりすぎればこちらが疑われかねないので、ある程度のところで釘をさす。
「住職さん、鬼相の近くにビデオカメラを設置してもよいですか?」
「構いませんが…」
 マリオンの要望に今更?と言いたげな住職。
 そんな住職の態度にも、マリオンはいつもどおりの笑顔で、もしもの時の罠ですから、と添える。
 能力に関してはあえて口に出さずに。
 
  本堂の外で話し声がしたので草間が様子を見に行くと、京太郎の隣に若い女性が立っているのがガラス越しに見えた。
 恐らく、彼女が檀家の萬谷の娘なのだろう。
 京太郎とニ、三話をしている様子だが、長く接触させるのは好ましくない。
 戸口から顔を出し、後で住職が来ると告げて、京太郎だけを中に引き入れ、釘をさした。
 小声でのやり取りに、草間たちの後姿を見る住職の視線は訝しげなものだ。
「武彦さん、和田さん」
 軽く咳払いをしてシュラインが彼らに目配せをする。
 京太郎は何だ、と言わんばかりの顔でこちらを見やるが、草間は彼女が何を言わんとしているのか瞬時に判断し、京太郎に小声で状況を説明した。

 そして全員が揃った所で住職は外で待たせていた檀家の娘を呼びにいく。
 部屋へ入ってきた女性は、改めて会釈をして初めましてと挨拶をする。
 見れば見るほど、こんな若い娘が夜半に寺にどんな手伝いに来ていたのか疑問だ。
「弟子と共に鬼を見たそうだが…まず、そんな時間に何故寺にいたのか。差し支えなければ話してくれ」
「あの頃、海淵さまが腰を痛めて動けず、世話をする御弟子さんの数も足らないようでしたので…差し出がましいことですが御手伝いをさせていただいていたのです」
 最近手伝いに来ていたのはそうするように親から言われたからであると、娘は言った。
 確かにもっともらしい理由だが、僧侶とはいえ男ばかりの寺にうら若い女性が夜中までいるのはどうなのだろうか。
 そこまで熱心に世話をしていたと、解釈すべきなのだろうか。
「…しかしまぁ、鬼に手をつけられんで良かったね」
 鬼は人の娘をかどわかして子を孕ませることが往々にしてあるから、と時雨は言う。
 それの如何反応してよいやら、困った様子の娘。
「それはこの際いいとして、鬼を見たって話だが、具体的にどんな鬼だったか…覚えている限りでいいから話してほしい」
 草間の問いに、娘は少し複雑そうな顔をしたが、思い出すのも怖いととるべきなのだろう。
「…暗かったので、あまり細かいことは解りませんが…最初は泥棒だと思ったんです。慌てて御弟子さんに通報するよう頼んだ所で、雲が晴れ、月明かりで薄っすらと境内が照らされた時…その場にいた人影の額に角が生えているのが見えたんです…」
 不ぞろいの髪であったり、短く切られた髪であったりしたが、角の他は何ら普通の人と外見は変わらなかったと言う。
 他には黒っぽい服を着ていたぐらいで、それ以上はわからないらしい。
「…そうか…ご協力感謝する。もう帰っていただいて結構だ」
 それ以上何を聞いても不明瞭な情報ばかりで、逆に混乱する事になるだろうと判断した草間は、娘を早々に帰宅させた。
「…得られる限りの情報は得ただろ。迎撃に向けての準備に取り掛かる。

■本成り

 「――如何見る?」
「如何って…さっきの萬谷さんの話よね?」
「ああ…」
 もっともらしいと言えばもっともらしいのだが、如何せん出来すぎている感が否めない。
「――帰ってもらって正解でしょうね…第一印象からは良く出来たお嬢さんって感じするけれど…」
「誰が怪しいとかいちいち気にしてたら疲れちゃうよ。とりあえず壺を狙ってくる奴蹴散らせばいいんじゃない?」
 草間とシュラインの会話に割って入る色は、二人の顔を見て、ね?、と同意を求める。
「――まぁ、気にしすぎて神経すり減らすのも何だしね」
 苦笑交じりにシュラインが言う。
「ではもうすっかり日も暮れましたし、私とシュラインさんは本堂の方で待機しましょう。皆さん気をつけてくださいね」
 鬼とは接近戦になることが予想される中、調査中心のシュラインは外では戦えない。
 打ち洩らしがあって本堂へ侵入を試みた際に、マリオンのサポートをする程度だ。
「じゃあ、武彦さん…気をつけてね」
「ああ」
「おっと、そうだ。聞き忘れとったよ。シュラインさん、悪いがもう時間がないんで中で住職に聞いといてくれんかね?」
「え、えぇ…何を聞いておけばいいのかしら?」
 時雨はすれ違い様に、シュラインに耳打ちする。
 その内容に、すぐ時雨の背中を振り返るが、時雨は背中越しに頼んだよと手を振って見せるだけ。
 心配そうに本堂へ入っていくシュライン。
 住職や弟子たちは本堂の隣の部屋に集まって隠れてもらっている。
 もしもの時、人質にとられて壺との交換を要求されない為に。
 依頼主とはいえ、弟子を含めて一般人であるからして、こちらの防戦に関する詳細な説明は出来ない。
「――そろそろ予告の時間ね…」


  忍び入るにはあまりにも明るい月夜。
 あたりは静寂に包まれ、風も凪いでいる為、耳鳴りがする。
「―――きた!」
 閉じられていた山門が勢いよく開けられた。
 頑丈な蝶番が軋みを上げ、外れかけ、扉の片方が傾いているのが見える。
「おうおうおう、雁首揃えて御出迎えたぁ嬉しいねぇ」
 山門の下で野太い声が一つ。

「なんでぇ、野郎ばかりか?つまらねぇ」
 その隣で甲高い声が一つ。

「演出好きも大概にしておけよ、外に騒がれると拙いからな」
 やや高めの、落ち着きある声が山門の上から一つ。

「やっぱり居やがるぜ、噂の怪奇探偵がよぅ」
 下卑た笑い交じりの声が、同じく山門の上から一つ。

 そして四人がそれぞれ一言発した後、後方から女の声でいけ、と一言聞こえた。
 山門の上にいた二人が真っ先に塀を乗り越え突進してくる。
「おぉっと、この先は通行止めだ。悪いが御引取り願うよ」
 時雨と鬼の一人はがっちりと両手が重なり合い、ギリギリと力比べが始まる。
「…貴様ッ……この気配は…力は同族…邪魔をするな!」
「そちらの大義名分なんざ知ったこっちゃない」
 そういうなり押し負かし、山門の方へ鬼を投げ飛ばした。
 入ってきたもう一人の方へ時雨が視線をやると、京太郎がその鬼と戦っているのが見えた。
「ヒヒッ 餓鬼が!この鷲王とやりあうか」
「それがどうしたッ」
 素早く周りを動く鷲王と名乗る鬼が、京太郎の首を狙ってその爪牙を差し向けた瞬間、9ミリ拳銃が目晦ましの一発を鷲王の顔面にぶち込んだ。
 着弾の刹那、喉を掻っ切ろうとする手が一瞬止まる。その隙を突いて京太郎は腕を掴み、勢いで地面に叩きつけ、すかさず弾を喰らわせる。
「ゲヒッ!!」
 奇怪な悲鳴をあげ、連続して弾を撃ち込もうとしたが、鷲王は一先ず身を引き山門の前まで跳んだ。
「何やってんだい、お前ら!」
 山門の下で同じ動きを繰り返す二人と返り討ちにされた二人に女の檄がとんだ。
「しかし頭領ッ何度くぐってもここに出るンでさぁ!」
「空間がゆがんでいるのか!?」
 本堂にいるマリオンの能力だった。
 空間に別の空間へ繋ぎ自身も其の空間へ入り操作する事が出来る。それは時間、世界、夢の中さえも。
 しかし先に侵入した鬼たちのように、限定した場所以外を通られればそれは意味を成さない。
 後方にいた頭領と思しき女は、かわらの上にガシャンと音をたてて飛び乗った。
「鷲王と伊賀瀬を見ただろう、山門は閉じている。上からお入り!鷲王!伊賀瀬!人なんぞにいいようにあしらわれてどうすんだい!」
「しかし頭領…今前線に立っている者…あれは我らと同じ鬼だ。それも一筋縄ではいかない…」
「もう一人も…ありゃあ人の動きじゃねぇ…人じゃねぇ混じりモンの匂いがする」
 鷲王と伊賀瀬の言葉に、あからさまな舌打ちをして、ようやく山門を乗り越えた残る鬼武、熊武。
 その様子を所定位置から見守る草間たち。
「諦めてもらえると有難いんだがな」
「へー、本物だぁ」
 苦笑交じりに言う草間の隣で、今起こった事に感心しっぱなしで、その場にそぐわぬ感想を洩らす色に、草間の苦笑が深まる。



〇 早くも戦闘が始まった外。様子が気になって仕方がないシュラインだが、今外に出るわけには行かない。
「大丈夫かしら…武彦さん…」
「きっと大丈夫ですよ。草間さんお強いですから」
 持参のデジカメから予め撮影しておいたクッキーをまた別の能力で取り出し、ぽりぽりと食べるマリオンは実にマイペースである。
『エマさん、バーガンディさん、外は大丈夫でしょうか??』
 隣の間仕切り越しに住職の声がする。
 マリオンが安全の為に空間を弄っているので、こちらからもあちらからも出入りは出来ない。
「今皆が戦ってくれています、柴田さんたちはそこでジッとしててください…」
 外で炎や雷の光がついては消え、それが戸口のすりガラスから赤や白い光となって写り込む。
「そうだ、時雨さんの質問…」
「何か言伝ですか?」
「ええ、柴田さんに絶対聞いておくようにって…ねぇ、柴田さん一つお聞きしたいことがあるんですけど…」
『何でしょうか…』
「――檀家の萬谷さんですけど…本当に、檀家のお嬢さんなんでしょうか?」
『ええ、確かに―――否、彼女から、娘だと――』
「じゃあ、顔を見知っている檀家の方には直接連絡を取っていないんですね!?」
『え、ええ…』

 ――例の萬屋はどこに店を構えていて、寺のどこで何をして行ったのか?ほら、最近よくあるだろ?架空の会社とかね。――

 遠まわしな物言いだが、萬谷嬢の身元を確認しろと、そう言っている。
「最近こちらに来ていたことといい、住職さんが本当に娘さんかどうか解らないことといい、あのお嬢さんが偽者である可能性があるわけですね」
 腕組みしつつそう一人ごちるマリオン。
 どうにも胸騒ぎがしてならない。
 はめられている気がする。
 あの女性が鬼の仲間である可能性が一気に濃くなった。
「武彦さん…ッ」
「心配せずともアタシの邪魔をしなければ手出しはしないさ」
「「!」」
 突如その場にシュラインとマリオン以外の声が入ってくる。
 声のした方を見やると、萬谷の娘だと名乗った女が、鬼相の入った桐箱ともう片方の手に人の顔ほどの大きさの壺を三つ抱えていた。
「どうやってここに…」
 すると女は嘲笑交じりに答える。
「簡単なこと。その坊やは空間を曲げる能力を持っているんだろ?ループさせるにしても門…境界線をはっきりさせたもので、場を二分できる状態じゃなければできないんじゃないかと踏んだわけさ」
 あとは意識しているかどうか、知らない出入り口にまで能力を展開させることはできないだろう?と女は高らかに笑う。
 女の背後にはいったい何時開けられたのか、鋭利な切り口で大きく切り刻まれた壁と、その残骸が転がっていた。
 外の爆音と揺れに慣れ、住職とのやり取りに気を取られていたせいか、僅かな異変にも気づけなかったのだ。
「さぁ、物は揃った…御大将の開放の時だ!!」
「待って!!」
 シュラインが駆け寄るよりも早く、四つの壺は木っ端微塵に砕かれてしまった。
『どうしたのです!?エマさん!バーガンディさん!!?』
 マリオンはすぐに隣の空間を元に戻し、すぐさま住職たちを出した。
「!壺がっ……そんな、貴女が…!?」
 割られた壺に驚愕する以上に、目の前にいる女に、住職はショックの色を隠せない。
「騙して悪かったねぇ、海淵住職。こうも簡単に信用するとは思っていなかったんでね、つい調子に乗って手伝いまでしちまった」
 紅をひいたような真っ赤な唇がにぃっと弧を描く。
 そしてその額には、長い二本の角が生えている。
「高僧の末裔は皆揃いも揃ってその霊力を落とし、ついぞ十数年前まで気配すら掴めなんだ…だが代替わりで助かったよ。昨今の坊主は形ばかりで中身はちぃっともありゃしない。他の三つの寺も同じ」
「貴女、誰なの?」
「アタシかい?」
 女の足元に散らばった壺の破片からそれぞれ角や髪や眼、頭蓋が抜け出てそれが女の手のひらの上で一つになり、やがて眼を閉じた美しい女の相が現れた。
「アタシは御大将の腹心…己の醜さに気づいて出家した鬼女の、切り離された鬼……」
「おまん…」
「それを如何する気ですか?パーツは揃っても魂がないのに」
「魂はなくても残留している妖力でもつのさ、その間に魂を取り戻せばいいだけのこと…体は如何とでもできるからねぇ。さて、そろそろお喋りは終わりにしよう」
 そういうなり、おまんは切り開いた裂け目から高く飛び上がった。


 「――チッ…さすがに鬼が五人ってなぁ厳しすぎるな」
 口内に広がる鉄臭さを吐き出し、周囲の状況を確認する草間。
 草間に加勢した色も、鬼の素早さを相手に動き回るには体力が続かなくなってきた。
「…もしかしてやばい?」
「もしかせんでも、な」
 その時だ。
 本堂の方から急にただならぬ威圧感を感じ、その場で一同は本堂に眼をやった。
「何だ!?」
「あの女…やっぱりかい!」
 その暗闇の中、本堂からの灯りで薄っすらと照らされたその姿は紛れも無く萬谷と名乗った女であった。
 そしてその腕には同じように美しく風に流れる長い黒髪。
「!やられたッ頭領!!」
 熊武がまだ回復しきっていない頭領に向かって叫ぶと、忌々しげに空を見つめて恨みを吐く。
「ちくしょう!!先に持ってかれた!アタシが呉羽になろうとしたのにッ!!」
「呉「羽」じゃない。呉「葉」だよ、この薄汚い仔鬼共めが。御大将に成り代わろうなどと、四天王を名乗ろうなどと片腹痛いわ!」
 恭しくそれを腕に抱えたまま、おまんは傷ついた頭領の前に降り立った。
「名を貶めた罪は死を持って贖うがいいさ」
 次の瞬間、それぞれの前にいた四天王と頭領が青い炎に包まれる。
 五人の鬼は断末魔の叫びをあげる間さえなく、灰塵と化したのだ。
「――高僧の残した情報に目が眩んで…御大将の力を食らって成り代わろうなんて考えるからさ」
 フッと鼻で笑い、おまんはふわりと宙に舞った。
「偽者の始末はつけてあげたから、感謝するんだね」
 そう言っておまんは高らかに笑い、姿を消した。
 その高らかな笑い声が、暫く耳についてはなれなかった。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1837 / 和田・京太郎 / 男性 / 15歳 / 高校生】
【2675 / 草摩・色 / 男性 / 15歳 / 中学生】
【5484 / 内山・時雨 / 女性 / 20歳 / 無職】
【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275歳 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
【夜魔之王】に参加下さいまして有難う御座います。
納品が遅れてしまい、まことに申し訳ありません。
予想に関してはシュラインさん、共に時雨さん8割方的中。
◇◆〇●はそれぞれ個別またはグループ別部分です。
宜しければ覗いてみてください。

色さんとマリオンさん初めまして。
それぞれの特色が出せたかどうか、ドキドキですが…(汗)
またご縁がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。

ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。