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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夜魔之王

  鬼武、熊武、鷲王、伊賀瀬そして呉羽。
 伝説にもある鬼女率いる山賊の四天王とその首領の名。
 ところが昨今、この名を使った盗賊の一団が寺や神社を荒らしまわっていると聞く。
 しかも怪盗の如く予告状を出した上で、まんまと標的を盗み出しているのだ。
「粋な連中って訳にはいかないがな」
 多少なりとも学があり、そして骨董品に関する優れた審美眼を持っていることは盗まれた物を見ればわかる。
 どれも国宝級の代物ばかりだ。
 新聞を眺めながら、草間は自分には縁のない事件だろうと紫煙を吐いた。
 ところが。
「草間興信所はこちらで宜しいので?」
 どこぞの寺の住職だろうか。
 ここへくるような依頼人としては珍しい部類になると思う。
 オカルト絡みの依頼なら尚更だ。
 自分たちで対処できる筈だ。
「そうだが、どういったご用件で?」
「実は…今世間で噂されている盗賊のことなのですが…」
 住職が言うには自分の寺に、例の盗賊から予告状が届いたというのだ。
「ちょっと待ってくれ、尚更ここに持ってくるのはおかしいぞ。新聞で取り上げられている盗賊に関して依頼するなら警察に行くのが妥当な筈だ」
「警察ではどうしようもないのです。いや…警察なんてあてにならない」
 警察が無理ならうちの方がもっと無理だと思うが…と一人ごちる草間に、住職は一枚の写真を見せた。
「!?……おい、これは…」
 見せられた写真に写されていたのは防犯カメラで撮った映像の写真。
 そこに写っていたのは紛れもなく、人間ではない、鬼の姿。
「まさか…本当に名前の如く鬼が盗賊だってのか!?」
「最近寺に手伝いに来てくれている萬谷さん…檀家のお嬢さんと弟子たちが実際に目撃しているので…認めたくありませんが…」
 勿論、鬼に扮しているだけかもしれない。
 だが道具も使わず壁を一足飛びに飛び越えていく様を見たという弟子たちの怯えようは尋常ではなかった。
「警察にお願いしても、本当に鬼かもしれないと言えばきっと取り合ってはもらえないでしょう…ですからお願いします。助けて下さい!」
 必死で懇願する住職に、しぶしぶながら調査だけでもしてみようと、この依頼を受ける事にした。
「…で?盗賊が盗むと予告してきたのはどういう代物なんだ?」
「…鬼相という名の付いた壺で御座います」

*** *** *** ***

 「――草間興信所に住職が依頼しに行ったようですぜ」
「あそこが絡んでくるなら、それ相応のリスクは覚悟しなくちゃならねぇな」
「俺ぁ武者震いするね。いろいろと癖の強そうな連中がくるんだろ?」
「どうします、頭領」
 口々に言う手下に、頭領と呼ばれた女がにんまりと笑って言った。

「これが最後だ、しちめんどくさい裏工作はなしだよ。正面からぶち当たって蹴散らすのみさ」
 そう言って女は高らかに笑った。
 月明かりに晒された五人の額には、それぞれ長さや数が違えでも、はっきりと角が生えていた。

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■生成り

  興信所に集まった一同は、依頼内容を聞いて首をかしげた。
「…呉羽って紅葉よね?供養塔毎年供養されてるそうだけれど…」
 住職が持ってきた盗賊の写真や壺の写真を眺めながらシュライン・エマがポツリと呟く。
「まぁ紅葉つっても本物に会ったことないしな。伝承やら何やら…読んでも死んでるだの葬っただの…そんな記述ばかりでな…かといってそれを鵜呑みにする訳にもいかない」
 偽者か本物かの審議も必要だが、それ以上に依頼主の壺を守るのが最優先だ。
 名前からして鬼と関わりを持っていそうな壺。シュラインはその由来やこれまで盗まれた寺の美術品などにあたりをつけて調べてみる事にした。
「…頭数、おまんが抜けてるってのが気懸りなのよね…」
 夕暮れ時までには寺の方に向かうといい、シュラインは足早に興信所を出て行った。
「他の四人は寺へ直行だな?」
 草間の確認にそれぞれ頷く。
「鬼だなんて言わずに素直に盗難予告として届け出れば警察も動くだろうに」
 写真を手に取る内山・時雨(うちやま・しぐれ)は、少し考えれば思いつきそうなものだと、住職の行動を皮肉る。
「弱みでも握られたか?」
「俺だって100%依頼主を信用しているわけじゃないが…あんまり苛めてやるなよ?」
 それを本人に言うつもりならな、と一言添え、煙草に火をつける。
「ええ、ええ、解っておりますとも」
 勿論偶然でしょう?、と含みを持たせた物言いをする時雨に、草間は何を考えているのやらと溜息をつく。
「鬼、かぁ……ふーん……」
 その横でイマイチ状況を理解出来ていなさそうな態度を見せる草摩・色(そうま・しき)。
 犯行声明を出してきた犯人の正体が鬼かもしれないというのが、色にとっては現実味のない話だった。
 それよりも、狙われているという壷の方に興味が湧く。
「でも、何で壺?ってか、鬼って事は妖怪とかっしょ?そんなんが何で国宝級の壺を盗むのさ。何に使うの??」
 言われてみればそれもそうだ。
 人間的な金銭の観念など必要ではないだろうに。
 金品に拘る辺りが、人と共存することを望んでいるとするなら、伝説の盗賊を名乗って盗みを働くのは如何見ても違うだろう。
 自分たちの身体能力を活かす上でダークビジネスが手っ取り早いのはわかるとして。
 非公開の代物に手をつけている辺り、何かあるとしか思えない。
「とにかく、お寺のほうへ行ってみましょう。『鬼相』という名の壺の謂れが気になるので、住職さんに色々お聞きしたいのです」
 鬼と縁のあるお寺なのかも、とマリオン・バーガンディは、持参したであろうお菓子をぽりぽりと食べながら言った。
 それまで会話に加わらなかった和田・京太郎(わだ・きょうたろう)は、明るいうちに寺へ行って、鬼相がある場所がある程度自分たちが戦闘を行える広さがあるか、確認しておきたいと草間に告げる。
「それじゃあ…依頼主のトコへ行くとするか」
 ややこしい上にまた何か裏がありそうな予感がするし、おまけに今回は明らかに戦闘あり気だろうと、実に面倒くさそうな顔で寺へ向かう草間であった。


  一方、複製した鬼相の写真を手に新聞社への聞き込みや図書館での資料閲覧など、調査を進めるシュライン。
 どの寺にも予告状が出されているが、警察の配備を掻い潜っての鮮やかな犯行で、何時盗まれたのかわからないと、住職たちの証言がある。
 そして、盗まれたもの名前を集めていくと、奇妙な事に気づいた。
「――盗まれたのは仏像以外は全て壺…?髪丸…角丸…って鬼相と合わせれば頭ができあがる?」
 盗まれたものの情報は完全には開示されない事が多く、全ての紙面が壺の名前を挙げているわけではなかったが、恐らく残りの壺は眼や牙などの部位であろう。
「仏像は何の為かしら……」
 壺はおそらく頭の部位をバラバラにして封じ込めたものだろう。
 仏像は魂だろうか?
 封じ込められた主が誰なのか。
 やはり呉羽と名乗っているのがおまんで、紅葉の復活を目論んでいるのだろうか。
 紅葉の息子の経若丸の可能性も無きにしも非ずだ。
「…入手経路や品の謂れは直接聞くしかなさそうね」
 盗まれた事に関する情報はそれなりに手に入るのだが、非公開のものだけに情報が全くと言っていいほどないのだ。
 シュラインは各紙面をプリントし、依頼主の寺へ急いだ。


■半成り

 「よく来て下さいました、草間殿。皆様方も、この度は真に有難う御座います。私はこの寺の住職、柴田海淵と申します」
 恭しくお辞儀をして、後方に控える弟子たちを紹介した後、本堂の隣の部屋で住職の話を聞く事になった。
 細かい事情は兎も角、京太郎は盗賊団の襲撃に備え、本尊の裏側にひっそりと設けられたお堂の中に安置された鬼相を確認し、弟子の一人を連れ、戦闘においてこの場が活用できるのか調べに行った。
「人払いは済ませております。弟子たちも、一緒に来られた方につけた者以外はそれぞれの持ち場へ」
「もう一人、あと十五分もすれば到着するらしいんで、話を始めるのは少し待ってくれないか」
 草間の申し出に住職は頷き、到着までの間にお茶と御茶請けを用意してくると言って部屋を出た。
 部屋に残された一同は妙に長く感じる十五分間に本堂の至る所に目を配る。
 鬼相のあるところからは視界が開けているが、何処に死角があるとも限らない。
「そんなガキじゃあんめぇし、うろちょろするのは見っとも無い」
 壁際に凭れて足を投げ出す時雨だが、逆に緊張感無さ過ぎると言い返される。
 だが時雨はそんなことにも動じず、至極マイペースに振舞った。
「今日は檀家のお嬢さんとやらは来るんかね?」
「ああ、一応話を聞くために来てもらうことにはなってる」
 そ、と素っ気無い返事をする時雨は、何も気にしていない振りをしながら周囲の気配を探った。
 誰が何処で覗いているかも解らない上に、草間たち以外の誰を信用していいのかも現時点では不明だ。
 草間の言うとおり、依頼主さえも信用はしきれない。
 相手が何者であれ、住職は何故警察沙汰にしたがらないのだろう。
 そして弟子共と鬼を目撃したと言う萬谷という檀家の娘は、そんな夜半に何の、というかどんな手伝いで夜の寺にいたのか。
 聞きたいことが山ほどあってどれから聞こうか迷うほどだ。
 だからこそ、今は相手の出方と依頼主の動きを見るべきだと、時雨は考える。
 何も疑っていない振りをしつつ、住職が戻ってくるのを待った。
「住職さん、早く戻ってきませんかねぇ。設置したいものがあるのですが」
 本尊の方でそこかしこから何か角度をチェックしているマリオン。
 手にしているのはデジカメ一つ。
「カメラか何か仕掛けんの?」
 マリオンの行動に興味津々尋ねる色。
「小型のビデオカメラを設置して、上手くすれば侵入した時、撮影できるかなぁと」
「壺守るのにただ撮影するだけ?意味なくないか??」
「それは後のお楽しみなのです」
 意味はあるのでご心配無用、とにこやかに告げるマリオンに、いったい何をする気だろうと首をかしげる色だが、疑問に思っても推理するのは不得手であった。
 肉体労働基本なので頭脳労働はさっぱりなのである。
「ふーん、そっか。ところで壺って見してもらえんのかなぁ」
 聞こうにも住職はまだ戻ってこない。
 仕方なしに外で一服している草間に、戸口から顔を出して壺本体は見せてもらえるのかと尋ねた。
「一応、物の確認はしておかないといかんからな…ってかそういう事を表で声高に言うなっつーの」
「了解りょうかーい」
 そう言って首を引っ込めると、本当にわかっているのかと些か不安を覚えた草間であった。
 そして二本ほど吸ってそろそろ戻ろうとした矢先、シュラインが境内に入ってきて草間に駆け寄った。
「どうだった?」
「新聞各紙を見比べてみたんだけど、これまでに件の盗賊団に盗まれたもの…これ見て武彦さん如何思う?」
 シュラインに見せられたコピーを見て、まさに彼女と同じ見解に至った。
「思いっきり顔のパーツだな…だが中にそれぞれが入っているわけじゃないはずだ」
 国宝級、と言われるからには寺の者以外の目に触れたことがあるということ。
 その際、壺ならば中を見られないはずはない。
 恐らく壺自体に練りこまれているのか、その部位を封印する鍵となっているのか、だ。
「そろそろ住職が戻ってきてる頃だ。調べた結果を皆に伝えてくれ」
「ええ」
 草間たちと合流したシュラインは、草間と共に足早に本堂へ入っていった。



◆ そして、先程弟子と共に外へ出ていった京太郎は――
「山門から本堂まで距離があるな…これなら打ち洩らしが無ければ、十分対応できそうだ」
 京太郎の懐に9ミリ拳銃がチラリと見える。
 弟子はその事にあえて触れず、境内の説明を続けた。
「…鬼が、相手かも知れないのですよ?」
「それがどうした」
「怖くないのですか?」
「さぁ?怖いっつーか…相手が何だとかそんなしち面倒くせぇこと気にしてらんねぇよ。来るってんなら迎撃あるのみだ」
 しれっとそう言ってしまう京太郎。怖いもの知らずなのかそれとも自信があるのか、どちらにせよ恐ろしい人がと弟子は身震いする。
「一通り確認は済んだ。俺ぁ本堂に戻る」
「わかりました、それでは私は持ち場に戻らせて頂きます」
 弟子は京太郎に会釈をして、足早にその場を立ち去った。
「…何だアイツ?」
 弟子が自分を如何思ったかなど、あずかり知らぬ京太郎は、踵を返し、本堂へ向かおうとした。
 そのときだ。
「――あの…こちらに縁の方でしょうか…ご住職様はいらっしゃいますか?」
 振り返ると山門の下に清楚な姿の、今時珍しい緑の黒髪の女性が佇んでいた。
「縁はない。俺は仕事で来てる。住職に用があるなら一度本堂を覗いてみればいいだろ」
 あいも変わらずぶっきらぼうな物言いで、女性にはややきつめのあたりに思われても仕方のないような態度。
 しかし女性はそれに動じず、そうですか、と、言われたとおりまず本堂を覗く事にしたようだ。
「ご住職様、海淵様。萬谷の娘で御座います」
 それを聞いた京太郎は、弟子たちと共に鬼を見たという女の事を思い出した。
「アンタか」
「はい?」
「鬼を見たってのは」
「……はい」
 困惑に満ちた顔。
 自分の見たものが、そのように見えたと何とか把握しているだけで本当にそうだったとは何ら確証が持てない、間の空いた返事からはそんな心情が見て取れる。
「おい、京太郎。ちょっと…」
「あ?」
 戸口から顔を出したのは住職ではなく、草間だった。
 萬谷の娘には、住職はすぐ来るからそこで待っていてくれと伝え、京太郎を本堂に引っ張り込む。
「なんだよ」
「――誰が信用できるのか未だ不透明だ…目撃者であってもおいそれと手の内は明かせない」
 ここに来た理由もだが、夜半に起きるであろう戦闘の際、それぞれが使う得物や能力を今僅かにでも知られたくない。
 草間のその旨を伝えた。
「――わかった」
 懐をおさえ、溜息混じりにポツリと返事をする京太郎。
「外の状態はどうだった?戦えそうか?」
「ああ、山門から本堂まである程度距離があるし、複数名が暴れてもぶつかるような遮蔽物はない。一直線だから突破されない限りは、迎え撃つのに丁度いいと思う」
 そんな小声でのやり取りに、草間たちの後姿を見る住職の視線は訝しげなものだ。
「武彦さん、和田さん」
 軽く咳払いをしてシュラインが彼らに目配せをする。
 京太郎は何だ、と言わんばかりの顔でこちらを見やるが、草間は彼女が何を言わんとしているのか瞬時に判断し、京太郎に小声で状況を説明した。

 そして全員が揃った所で住職は外で待たせていた檀家の娘を呼びにいく。
 部屋へ入ってきた女性は、改めて会釈をして初めましてと挨拶をする。
 見れば見るほど、こんな若い娘が夜半に寺にどんな手伝いに来ていたのか疑問だ。
「弟子と共に鬼を見たそうだが…まず、そんな時間に何故寺にいたのか。差し支えなければ話してくれ」
「あの頃、海淵さまが腰を痛めて動けず、世話をする御弟子さんの数も足らないようでしたので…差し出がましいことですが御手伝いをさせていただいていたのです」
 最近手伝いに来ていたのはそうするように親から言われたからであると、娘は言った。
 確かにもっともらしい理由だが、僧侶とはいえ男ばかりの寺にうら若い女性が夜中までいるのはどうなのだろうか。
 そこまで熱心に世話をしていたと、解釈すべきなのだろうか。
「…しかしまぁ、鬼に手をつけられんで良かったね」
 鬼は人の娘をかどわかして子を孕ませることが往々にしてあるから、と時雨は言う。
 それの如何反応してよいやら、困った様子の娘。
「それはこの際いいとして、鬼を見たって話だが、具体的にどんな鬼だったか…覚えている限りでいいから話してほしい」
 草間の問いに、娘は少し複雑そうな顔をしたが、思い出すのも怖いととるべきなのだろう。
「…暗かったので、あまり細かいことは解りませんが…最初は泥棒だと思ったんです。慌てて御弟子さんに通報するよう頼んだ所で、雲が晴れ、月明かりで薄っすらと境内が照らされた時…その場にいた人影の額に角が生えているのが見えたんです…」
 不ぞろいの髪であったり、短く切られた髪であったりしたが、角の他は何ら普通の人と外見は変わらなかったと言う。
 他には黒っぽい服を着ていたぐらいで、それ以上はわからないらしい。
「…そうか…ご協力感謝する。もう帰っていただいて結構だ」
 それ以上何を聞いても不明瞭な情報ばかりで、逆に混乱する事になるだろうと判断した草間は、娘を早々に帰宅させた。
「…得られる限りの情報は得ただろ。迎撃に向けての準備に取り掛かる。

■本成り

 「――如何見る?」
「如何って…さっきの萬谷さんの話よね?」
「ああ…」
 もっともらしいと言えばもっともらしいのだが、如何せん出来すぎている感が否めない。
「――帰ってもらって正解でしょうね…第一印象からは良く出来たお嬢さんって感じするけれど…」
「誰が怪しいとかいちいち気にしてたら疲れちゃうよ。とりあえず壺を狙ってくる奴蹴散らせばいいんじゃない?」
 草間とシュラインの会話に割って入る色は、二人の顔を見て、ね?、と同意を求める。
「――まぁ、気にしすぎて神経すり減らすのも何だしね」
 苦笑交じりにシュラインが言う。
「ではもうすっかり日も暮れましたし、私とシュラインさんは本堂の方で待機しましょう。皆さん気をつけてくださいね」
 鬼とは接近戦になることが予想される中、調査中心のシュラインは外では戦えない。
 打ち洩らしがあって本堂へ侵入を試みた際に、マリオンのサポートをする程度だ。
「じゃあ、武彦さん…気をつけてね」
「ああ」
「おっと、そうだ。聞き忘れとったよ。シュラインさん、悪いがもう時間がないんで中で住職に聞いといてくれんかね?」
「え、えぇ…何を聞いておけばいいのかしら?」
 時雨はすれ違い様に、シュラインに耳打ちする。
 その内容に、すぐ時雨の背中を振り返るが、時雨は背中越しに頼んだよと手を振って見せるだけ。
 心配そうに本堂へ入っていくシュライン。
 住職や弟子たちは本堂の隣の部屋に集まって隠れてもらっている。
 もしもの時、人質にとられて壺との交換を要求されない為に。
 依頼主とはいえ、弟子を含めて一般人であるからして、こちらの防戦に関する詳細な説明は出来ない。
「――そろそろ予告の時間ね…」


  忍び入るにはあまりにも明るい月夜。
 あたりは静寂に包まれ、風も凪いでいる為、耳鳴りがする。
「―――きた!」
 閉じられていた山門が勢いよく開けられた。
 頑丈な蝶番が軋みを上げ、外れかけ、扉の片方が傾いているのが見える。
「おうおうおう、雁首揃えて御出迎えたぁ嬉しいねぇ」
 山門の下で野太い声が一つ。

「なんでぇ、野郎ばかりか?つまらねぇ」
 その隣で甲高い声が一つ。

「演出好きも大概にしておけよ、外に騒がれると拙いからな」
 やや高めの、落ち着きある声が山門の上から一つ。

「やっぱり居やがるぜ、噂の怪奇探偵がよぅ」
 下卑た笑い交じりの声が、同じく山門の上から一つ。

 そして四人がそれぞれ一言発した後、後方から女の声でいけ、と一言聞こえた。
 山門の上にいた二人が真っ先に塀を乗り越え突進してくる。
「おぉっと、この先は通行止めだ。悪いが御引取り願うよ」
 時雨と鬼の一人はがっちりと両手が重なり合い、ギリギリと力比べが始まる。
「…貴様ッ……この気配は…力は同族…邪魔をするな!」
「そちらの大義名分なんざ知ったこっちゃない」
 そういうなり押し負かし、山門の方へ鬼を投げ飛ばした。
 入ってきたもう一人の方へ時雨が視線をやると、京太郎がその鬼と戦っているのが見えた。
「ヒヒッ 餓鬼が!この鷲王とやりあうか」
「それがどうしたッ」
 素早く周りを動く鷲王と名乗る鬼が、京太郎の首を狙ってその爪牙を差し向けた瞬間、9ミリ拳銃が目晦ましの一発を鷲王の顔面にぶち込んだ。
 着弾の刹那、喉を掻っ切ろうとする手が一瞬止まる。その隙を突いて京太郎は腕を掴み、勢いで地面に叩きつけ、すかさず弾を喰らわせる。
「ゲヒッ!!」
 奇怪な悲鳴をあげ、連続して弾を撃ち込もうとしたが、鷲王は一先ず身を引き山門の前まで跳んだ。
「何やってんだい、お前ら!」
 山門の下で同じ動きを繰り返す二人と返り討ちにされた二人に女の檄がとんだ。
「しかし頭領ッ何度くぐってもここに出るンでさぁ!」
「空間がゆがんでいるのか!?」
 本堂にいるマリオンの能力だった。
 空間に別の空間へ繋ぎ自身も其の空間へ入り操作する事が出来る。それは時間、世界、夢の中さえも。
 しかし先に侵入した鬼たちのように、限定した場所以外を通られればそれは意味を成さない。
 後方にいた頭領と思しき女は、かわらの上にガシャンと音をたてて飛び乗った。
「鷲王と伊賀瀬を見ただろう、山門は閉じている。上からお入り!鷲王!伊賀瀬!人なんぞにいいようにあしらわれてどうすんだい!」
「しかし頭領…今前線に立っている者…あれは我らと同じ鬼だ。それも一筋縄ではいかない…」
「もう一人も…ありゃあ人の動きじゃねぇ…人じゃねぇ混じりモンの匂いがする」
 鷲王と伊賀瀬の言葉に、あからさまな舌打ちをして、ようやく山門を乗り越えた残る鬼武、熊武。
 その様子を所定位置から見守る草間たち。
「諦めてもらえると有難いんだがな」
「へー、本物だぁ」
 苦笑交じりに言う草間の隣で、その場にそぐわぬ感想を洩らす色に、草間の苦笑が深まる。



● 「お嘗めでないよ…」
 盗賊の頭領の目つきが変わる。
 髪は逆立ち、眼は赤く光を放ち、全身の筋肉が盛り上がっていく。
「蝉丸の演目にしちゃあ、ちぃとばかしやりすぎじゃないかい?」
 時雨は思い切り皮肉るが、頭領はにやりと笑ったかと思うと物凄い速さで突進してきた。
 そのスピードは鷲王や伊賀瀬の比ではない。
「ぐっ!!」
「ほほほほっ一丁前の口がきけても力がなけりゃ只の負け犬の遠吠えさぁ!」
「内山!!」
 草間は熊武を、色は鬼武を、京太郎は鷲王と伊賀瀬を相手にしている中、時雨の劣勢に手を貸すことが出来ない。
「チッ!」
 二人の鬼を相手にしながら、京太郎は時雨の方に向かってカマイタチを投げつける。
 京太郎の動きが視界に入った時雨が見たものは、自分立ち目掛けて飛んでくる風の刃。
 片足を軸に体を反転させ、頭領の背を其方に向けさせた。
「ぎゃあ!!」
 鼓膜が破れんばかりの絶叫が響いたかと思うと、頭領の肩がばっくりと裂け、夥しい血が噴出す。
「「「「頭領!!」」」」
 四人の鬼の意識が一斉の逸れた。
 京太郎のカマイタチで肩の腱が切れたのか、だらりと片腕が下がり、時雨にかかっていた負荷がなくなる。
 すかさず鳩尾を蹴り飛ばすと、声を上げることも無く、うつぶせに倒れた。
「あんがとよ!」
 京太郎に向かって礼を言ったかと思うと、頭領が回復する前に、時雨は草間や色のサポートに走った。
 時雨に見向きもせず、京太郎はそのまま鷲王と伊賀瀬の相手を続ける。
「くっ!」
 愛銃は弾切れを起こし、マガジンを取り替える余裕など与えてくれるはずもない。
 人数こそ少ないが、素早さとタフさに、京太郎の無勢は否めない。
 カマイタチと雷撃で一瞬距離をとり、京太郎は狼型の霊獣を召喚した。
「!!何だコイツ!?」
「精霊の気配だ!」
 防戦一方だった京太郎は霊獣の力を借りて、互いをフォローしながら鷲王と伊賀瀬に立ち向かって行く。
「カマイタチに今の雷撃…精霊を使役……わかったぞ、お前風雷の鬼の間に生まれた禁忌の仔だろう!!」
「…俺がなんだって?」
 先日の出来事が頭をよぎる。
「風と雷を同時に操れるなんざ、禁忌の仔以外にありえねぇ!!」
「お前、鬼のクセに同じ鬼を斬るのか!」
 その言葉に、一瞬にして心がかき乱される。
「…っせぇ…うっせぇ!黙れてめーら!!!」
 心に渦巻く憤りがそのまま突風の強さとなり、鷲王と伊賀瀬を吹き飛ばす。
「…サッサとケリつけてやるッ」


「うわわっ!?っぶねぇ!!」
 この際罰当たりなど言ってはいられないだろう。
 近場にある石灯籠やら何やら、で鬼武の攻撃を防いでは殴りつけ、隙あらば膝や腱を狙って蹴りを入れる。
 コンタクトを外さねば、自らの血を口にしなければ能力が発揮できない色にとって、鬼武は手に余りすぎる。
 わざわざ自分を傷つけてその血を口にする訳にもいかないし、かといって鬼武の攻撃を喰らうのは危険が高すぎる。
 能力を展開させる前にあの世行きだ。
「この小童!ちょこまかとぉぉぉ〜!!」
「ぉわっ!?」
 山門を破壊したその豪腕が風を切り、攻撃を避けても風圧で色の体はよろめく。
 大振りな攻撃とはいえ、現状、その辺の学生を何ら変わらない色にとっては脅威そのものだ。
「下がりなッ!」
 時雨に襟首つかまれ後方に強く引っ張られ、多少息が詰まったが何のことはない。
「内山さん頼んだッ!」
 そう言うなり熊武を相手にする草間の方に走る色。
 

 「――チッ…さすがに鬼が五人ってなぁ厳しすぎるな」
 口内に広がる鉄臭さを吐き出し、周囲の状況を確認する草間。
 草間に加勢した色も、鬼の素早さを相手に動き回るには体力が続かなくなってきた。
「…もしかしてやばい?」
「もしかせんでも、な」
 その時だ。
 本堂の方から急にただならぬ威圧感を感じ、その場で一同は本堂に眼をやった。
「何だ!?」
「あの女…やっぱりかい!」
 その暗闇の中、本堂からの灯りで薄っすらと照らされたその姿は紛れも無く萬谷と名乗った女であった。
 そしてその腕には同じように美しく風に流れる長い黒髪。
「!やられたッ頭領!!」
 熊武がまだ回復しきっていない頭領に向かって叫ぶと、忌々しげに空を見つめて恨みを吐く。
「ちくしょう!!先に持ってかれた!アタシが呉羽になろうとしたのにッ!!」
「呉「羽」じゃない。呉「葉」だよ、この薄汚い仔鬼共めが。御大将に成り代わろうなどと、四天王を名乗ろうなどと片腹痛いわ!」
 恭しくそれを腕に抱えたまま、おまんは傷ついた頭領の前に降り立った。
「名を貶めた罪は死を持って贖うがいいさ」
 次の瞬間、それぞれの前にいた四天王と頭領が青い炎に包まれる。
 五人の鬼は断末魔の叫びをあげる間さえなく、灰塵と化したのだ。
「――高僧の残した情報に目が眩んで…御大将の力を食らって成り代わろうなんて考えるからさ」
 フッと鼻で笑い、おまんはふわりと宙に舞った。
「偽者の始末はつけてあげたから、感謝するんだね」
 そう言っておまんは高らかに笑い、姿を消した。
 その高らかな笑い声が、暫く耳についてはなれなかった。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1837 / 和田・京太郎 / 男性 / 15歳 / 高校生】
【2675 / 草摩・色 / 男性 / 15歳 / 中学生】
【5484 / 内山・時雨 / 女性 / 20歳 / 無職】
【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275歳 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
【夜魔之王】に参加下さいまして有難う御座います。
納品が遅れてしまい、まことに申し訳ありません。
予想に関してはシュラインさん、共に時雨さん8割方的中。
◇◆〇●はそれぞれ個別またはグループ別部分です。
宜しければ覗いてみてください。

色さんとマリオンさん初めまして。
それぞれの特色が出せたかどうか、ドキドキですが…(汗)
またご縁がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。

ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。