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<東京怪談・PCゲームノベル>


記録採集者

「幾つか聞きたいことがあるんだけど」
 と前置きをして、少女は膨れた顔のままに苺パフェをほうばる。鼻についた生クリームをナプキンで丁寧に拭き、再び食べることに執着し始めるも、目の前で決して美味しそうにコーヒーを飲まない秋月律花に視線をやり、どうしたものかと首を傾げた。
 少女の生業である恐喝……もとい、記録採集の最中に出会った女性は、あまりにもいつも出会う人らとは種類が異なっていた。他人の記憶を奪えるという能力を生かしていつものように記録を得ようとカッターで脅そうとした少女に、律花は悠然と向かい、挙句に腕を掴まれてしまった。普段ならどうってことのない行為でもあったのだが、明らかな酔っ払いの相手は不慣れ。息が臭いとか、そういう現実的な話ではないのだが、あの酔っ払い特有のテンションには唖然としてしまうものがあった。故に逆に
「刃物を向けている相手に、女性が向かっていくのは危ないから止めた方がいい」
と咎めてしまったくらいである。
 結局、その侘びだ、と。こうしてファミレスにやってくる羽目になってしまったという訳だ。
「少し、哲学的な話をしましょうか」
 律花はふいに、そう口火を切った。
「記録、って何? 記憶と記録、ってどう違うの?」
 唐突なるシリアスに、少女は苦笑しつつもパフェのお代代わりにと口を開いた。答える必要は敢えてある訳ではないのは確かであったが、面白い質問に答えるのは嫌いではない。
「記録は第三者的立場からのモノで、記憶は主観的立場に基づく、と私は定義してるの。言い換えれば、前者は明瞭で、後者は曖昧とでも言うべきなのかな」
「スポーツの記録とか、学術的な記録とは異なるの?」
「全く、とは言えない。記録として他者の記憶に定義されるものだから、全く異なるものだとも言えないの。でも、視覚や思考にあまり基づかないから同一視するものでもないんだけどね。メンタル面が重要、ってのは確かにそうだけど、一種の自己暗示に近いからそれは主観的立場でしょ? 欲しいものじゃないわ」
「欲しいのは、記録、だよね?」
「人間の、人間に対する、感情一切を省いた、そういう記録。データ、とでも言うべきなのかしら」
「データ……」
「例えば、Aと言う人物が右手を挙げて、下げる。その手の動的曲線の先にいた子供に、手がぶつかる。……こういうの、かな」
「それって、Aさんが子供を叩いたってことじゃないの?」
「一概には、そうとも言えない。もしかしたら、元々ぶつからない場所にいた子供がふざけてジャンプして、その結果としてぶつかったのかもしれないでしょ」
「確かに」
「続けるわ」
「お願い」
「欲しい記録は、こういうの。誰かの目によって、その意味そのものが捩れてしまったモノでなく、そのものの存在を示す記録、とでも言うのかしら。完璧にそれ自身を求めるのは無理だけど、近いものは手に入れたいと思ってますので、これでも」
「それは、どうしてか、という理由は聞いても平気?」
「大した理由じゃないよ。ただ<商売>として記憶を扱うのならば、出来うる限り純粋なものを提供したい、と。そんな程度。下手に主観が入って抉れて、大変なことになったことも前にはあったからね」
 パフェを一口運び、少女は微笑じみた笑みを律花に向けた。
「勝手に恋人が浮気したと解釈して終わらせちゃった人もいたし、勝手に不正行為をはたらいたと解釈して労働者を終わらせちゃった人もいたり……色々ね」
「何だか、一種の探偵業みたいね」
「あはは、その表現最高。探偵か、何だか最近の流行ぽくって素敵ね。<記録採集者>兼<探偵>か。悪くないわ」
「それで、本題」
「遅い本題ね」
「気にしない、気にしない。で、私も何か提供しましょうか? その、記録、を」
「……最近、面白い事件とか体験したり見たりした、とかいうのなら、欲しいけど。あとは、闇の世界で生きている、とか。あ、でもこっちは無理には言わない。適当に頭の中で見させてもらって、必要そうなのだけ選んでるから」
「てっきり、個人的に恥ずかしい経験を見られて、弱みにして脅迫する人間かと思ってた」
「それも時々してるけど、あなた相手にだとタカが知れてそうだし」
「うーん……間違いではないわね、それも」
「でも、無理矢理って手段の方が好きだから、今回は止めとく。こういう好意的な場合って、戦意とか力が鈍るの」
「あら、残念。今度は、どこで会えるかしらね」
 さあね、と少女は笑った。ファミレス備品の時計に目をやり、律花は立ち上がる。
「そろそろ帰りますね。大学のレポートが残ってますので」
「レポート、って、そっか学生さんか。頑張ってね」
「お代は払っておきますので、ゆっくりしていってください」
「うん。ありがとう。それと、だ」
 少女はにい、と意地悪く笑った。

「気が向いたら、またあそこで会おうよ。次は、本気で、さ」

「私、強くないですよ?」
「どうだかね。やってみないと分からないしさ」
「……考えておきます」
 小さく頭を下げ、律花は去っていく。その背を見て、少女は笑みを崩した。
「     」
 届かない声を掛け、当然のように振り向かれることはない。
 それを狙うかのように、満足げに視線を落とす。
 口元に、溶けた生クリームを運び、意味のない咀嚼をする。
 視線を外にやり、もう一度パフェに戻す。
 意味のない行為を繰り返し、少女は「くだらない」と一言だけ呟いて、残った苺を口の中に放り込んだ。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6157/秋月律花/女性/21歳/大学生】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

<記憶>と<記録>の違いについては、作中で少女が語っていたものとして今回扱っています。
主観か客観かの違いとしてでですが、その言葉自体が持つ意味に実際はあまり差異はありません。
単なる少女個人の認識の違い、とでも思っていただけたら充分だと思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝