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月下の暗殺者
夜、月は満月、空に高く高く、ある。ひゅう、と吹く風が少しばかり冷たい。
ユア・ノエルはふと感じた風に身を翻した。
かわした一撃。それは明確な意思をもって自分に向けられていた。
そして自分に向けられた刀の切っ先を静かに見詰める。
その切っ先は、月の光を反射して鋭さをさらに明確にする。
「死んでもらうぜ、ユア・ノエル」
「…………」
にぃっと口の端をあげて笑う男、というか青年。まだ二十歳にも満たないだろう。金色の髪が月の光を浴びてきらきらと光っている。そして、片方の目、右目を布で覆って隠している。見えるのはその銀の左目のみだ。
ノエルはそんな青年を眉を顰めて暫く見た後に、くるっと背を向けてまた歩き出す。
その様子に青年は、呆気にとられたのか、一拍置いて不機嫌そうな声をあげた。
「なっ、待てよ! 何も聞かねーし無視かよ!」
ノエルは背後からかかる声を気にする事も無く歩く。その声は少し上ずっていた。
「くっそムカつく! んだよ、殺されるってのに慌てもしねーのかよ!」
後ろの声が五月蝿い。ノエルは一度溜息をついて立ち止まり、振り返る。
相手の顔をもう一度見るが、会った覚えがまったくない。
命を狙われるような事をした覚えは多々あるが、それは全て覚えている。その記憶の中にこの青年の姿はない。忘れているわけでは、ない。
誰かに頼まれてきっとこの場にいるのだろう。そう察す。
自分が狙われているわけだがこんな事に関わるのは面倒だ、そう思う。
することは一つ、無視だけだ。
ノエルはまた背を向けて、さっさと歩き始める。
「てっめ……!」
だっと、踏み込んだ足音が聞こえる。ざっと地を蹴って進む気配をノエルは背後から感じた。 だけれどもそれは直線的なもので、交わすことはたやすい。
相手は頭に血が上っているらしく、冷静な判断ができていないのは手に取るようにわかった。数手先を読むことはたやすい。
背中からの攻撃、それを避けた時に、しゃらんと首にかけたいくつ物首飾りが重なり、音をたてて光る。
無駄のない動きだった。
突き進んできた青年はその勢いのままに踏みとどまる。
「っ! 避けんなよ!!」
避けるのが当たり前だ、普通だろう、とノエルは思うが口にはしない。言葉にするのが面倒だからだ。
無表情、人形のような表情で冷たくノエルは青年を見る。
それがまた、感に障ったらしい。
「何も言わねーし。ほんっとうに思った以上に無口だな!」
青年は睨み、そして大声を立てる。
よくしゃべるやつだな、と思った。別に言うほどのことでもない、告げる気も無い。
ノエルは溜息をついて、そして青年をしっかりと視線に収めた。
面倒くさい、できるなら放置、無視をしておきたいのだけれども、この青年はずっと突っかかってくるだろう。
そう思う。
何度か交わして、相手をして、そして力を使い足止めをすればいいか、と結論を出した。この相手ならば力を使い命に関わる事は無いだろうと考え、さらには足止めすることで十分、おってくれないほどの距離と時間を稼げるだろうと思ったのだ。
面倒なのだけれどもしょうがない。早々に終らせてこの場を去ろうと思う。
青年の視線は攻撃的にノエルに突き刺さる。絶対に逃がさない、殺してやるとその意志は明白に伝わってくる。
自分の得物である刀を構えて、鋭く、隙無く動く。
前へ進む一歩は力強く早く、最初の一撃をノエルはさらっと流した。だけれどもすぐ二撃目が、刀の切っ先を翻すようにくる。それも綺麗に、ノエルは無駄の無い動きで交わした。
「っ! これも避けんのかよ!」
舌打ちの音が聞こえる。悔しがっているようだなとノエルは思った。けれどそれは自分には関係ない。あくまで、この青年の心情だ。
一度、二度、三度、何度かわされても、青年は突き進んでくる。
色々と手を変えてくるものの、それは見切りやすい。十分に対応が出きる、そう思いノエルは我流の体術など繰り出す必要がないと踏む。一つ面倒事が減った、と心に思う余裕さえあった。
そしてそろそろ、付き合うのをやめても良い頃合だろう。十分に相手をしてやった。
ひゅっと下から切り上げられるような攻撃を避けた後、ノエルは数歩下がり、距離をとる。
それは今まで見せた事の無い行動で、青年はぴたっと攻撃するのをやめ、踏みとどまった。
相手の動きが変わるところを観察する目はあるのか、とノエルは少し、感心した。
熱くなっていそうで、実際はそうでないのかもしれない。
けれども、扱いやすい部類の人間だという考えは変わらない。
「……やっと本気で俺を戦ってくれるって、ことか?」
「…………」
一つ深呼吸し、ゆっくりとノエルは手を翳す。
そしてそのまま微動だにしない。
「何もしねーの? それとも俺が動くのを待っているのか?」
からかうような声色、しかしそこには緊張と、警戒が見られる。
青年も、動こうともしない。
じり、と距離を少しばかり縮めるものの、射程距離ギリギリで踏みとどまっていた。
しかしノエルは、青年の今までの言動などから、必ず痺れを切らして動くと読んでいた。
ここは、待つほうが正しい。
今この場で、能力を使っても良い。だがそれではきっと、この青年にとってとてつもない屈辱となるだろうと思った。
なんとなく、それはやめてやろうと無意識のうちに思っていたのだ。根は良いのか、変なところで優しさをノエルは出す。
「っ……! あー待つなんて性にあわねーっての!」
いらっとした表情で、だん、と一度地を踏んで、そして青年は踏み出す。
その瞬間、ノエルの額の印が光る。
淡く、浅葱色に光る額の印、それに青年は目を奪われ、そして動きを止める。
動きを止められた、と言う方が良いかもしれない。
不自然に、前へと進む姿勢で青年は動けなくなっていた。
「なっ……」
ノエルはちゃり、と首飾りの一つをはずす。それは、銀から黒へと変色していた。他のものとは明らかに違う。
「そうか、コレが封印士の力ってワケか……くっそ!」
ギリ、と唇を噛み、青年はノエルを睨みつける。
このままでは終らない、と言っているようだった。
「おい、ユア・ノエル! 俺は空海レキハ! 今度会ったらただじゃおかねーからな!ぜってー仕留めてやるからな!!」
ノエルは叫ぶ青年の、レキハの声を背に受けながら歩く。
ふと立ち止まって、肩越しに振り向いた。
そして言葉を、発する。
「……面倒だ、忘れる」
その言葉はレキハに届いているのか、いないのかはわからない。
「! てめっ! しっかり覚えてやがれ!! 俺は空海レキハ! うーつーみーれーきーはー!!」
どうやら聞こえていたようで、ノエルの背に届く声が大きくなる。
しかしノエルはそれを気にせず、闇夜に溶ける様に、混ざり合うように消えていく。
それをただ見詰めるしかできないレキハは何度も悪態をついていた。
何度も何度も、悔しげな言葉も一緒に。
ノエルは何事も無かったようにてくてくと歩く。
封印も行ったが体力もあまり消耗していないな、と自分の観察をする。
相手の行動を封印。それはこの手にある、封じた首飾りを破壊しない限りとけない。
きっとまだあの場所で、固まったままだろう。
先ほどの、襲われた場所より進む事もう早一時間。
もう追ってこれない距離は稼いだだろう。
一時間もたっている、追ってくるというような愚を犯すほど頭が悪いわけではないだろう。仮にもプロの暗殺屋のようであった。もしそうであったとしても、退けられる自信はある。現に先ほども無傷で終っている。次に来たなら、封印を最初から行い、そして封印したものをその辺に放置すればいい。二度目なのだ、手加減や甘さを見せる必要は無い。それ以後はどうなるかはレキハの運次第だ。
命を狙われる事も、面倒の一言でノエルは片付けてしまう。
それがノエルの性格だ。
言いたい事があっても、言葉として紡ぐのが面倒でそうしない。
ノエルは立ち止まり、手にある首飾りをみる。
それが掌にあることを確認し、そして両手で持ちばきっと折って破壊する。
ずっとそのまま、というのはいくら夜でも不審であろうし、それに封印したまま忘れて、あのままというのではいくらなんでも不憫だと思った。
ノエルは破壊した首飾りをばらりと道に落とす。
地に落ちると、それは硬い音を何度かたてた。
もうこれは必要ないものだ。
今頃、動きが解放されがくっと体勢を崩している頃だろう。
そんな事を思い、ノエルは空を見上げる。
月は変わらず、雲に隠れず、そこにあった。
「……面倒だった、な……」
ノエルはそう呟き、そして先ほどあった事を、さして重要でない事として記憶し、忘れる。
必要があれば思い出す、くらいの感覚だ。
そして一つ首飾りをまた補充しなければいけないなと思う。
それもまた、ノエルにとっては面倒事の一つだった。けれどもそれは急ぐ事ではないし、まだいくつもこの首には代わりとなる首飾りがある。
それをしゃら、と鳴らしながらまたノエルは夜の闇の中、歩む。
今晩はこれ以上の面倒事が起きなければ良いのだが。
そんな事を、思いながら。
ユア・ノエルと、空海レキハ。
今の関係は、暗殺をかわされた封印士と、面倒だから忘れる予定の人物。
今回は、ノエルの圧倒的勝利、レキハにとって今日のこの出来事は、とてつもないほどの屈辱だ。
次に出会う時、この関係がどうなっているのかは、まだ誰も知らない。
知るわけが、無い。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【6254/ユア・ノエル/男性/31歳/封印士】
【NPC/空海レキハ/男性/18歳/何でも屋】
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■ ライター通信 ■
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ユア・ノエルさま
はじめまして、今回は無限関係性一話目、月下の暗殺者に参加いただきありがとうございました。ライターの志摩です。
無口、三十路…!ときめく…!と一人悦っておりました。(あやしいです)レキハを面倒だ、で片付ける素敵さをだせていたらなーと思っております。
次にレキハとであったとき、今回の続きなのか、それとも他の形での出会いか、それはノエルさま次第でございます。
ではでは、またお会いできれば嬉しく思います!
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