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天狗の里帰り(+1)
…バレンタインデーのお返し。
それは一応、貰った側も作るのを手伝っていた以上、当日の内にもう考えなくて良いやと話が落ち着いたのだが、それでも何となく引っ掛かりはするもので。
とは言え、世間様の習慣に則って(?)真っ当に返しても何だか変である。
チョコレートを貰った自分、天波慎霰も男で、くれた相手、伍宮春華も男である。
恋愛感情は別に無い。
…無い筈である。
親友である。
…バレンタインデーの際には多少の勘違いがあった為にああなった訳で。
結局、二人で作って二人で食べた。
だからお返しは特に考えなかった訳で。
だが。
…慎霰はこの『何となくの引っ掛かり』も解消出来そうな、ちょっとした事を思い付いた。
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「旅行?」
「そう」
天狗の隠れ里。
そこに、行ってみないかと慎霰は春華を誘ってみる。バレンタインデーのお返しに。そんな理由も付けて話をしてみるが、他の天狗の仲間に会えると聞いた時点で春華は大はしゃぎ。期待満面、きらきらと目を輝かせ、行く行く絶対行くと力強く頷き、慎霰の前に身を乗り出している。
それで。
旅行するに当たり、二人で色々とプランを練ってみる。何なら翼使って飛んで行っても良いのだが、折角『旅行』と言うからには現代の文明の利器を利用するのもまた雰囲気を楽しめるだろうと思う。ここはひとまず飛んで行くのは止めて新幹線を使おう。そう決めて、慎霰と春華は頷き合う。
…ほらほら、それなら誰かさんの神経性胃炎も気遣ってるって事、確りアピール出来るし。
一石二鳥だ。
さぁ、思い立ったら即実行。
…まずは誰かさん――春華の保護者に旅費と小遣いをせびりに行こう♪
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で。
旅費と小遣いをせびるどころか切符の入手やら何やら事務的な面倒事は全て誰かさんに押し付け、慎霰と春華は車中の人になっていた。駅前マンションを出てすぐの駅から、在来線を乗り継いで新幹線へ。購入してみた駅弁数個(…)に冷凍みかん。二人でそれぞれのほほん満喫していると、あっと言う間に時間が過ぎて行く。
いつの間にやら目的の駅に到着。下車。
東京と違って、駅からちょっと見渡しただけでもまだまだ緑の色や田園風景が良く見える。
天狗の身にしてみれば期待が膨らむ。春華のみならず、慎霰も緑が多い方が気分が安らぐのは確かで。
自分たちが住んでいる大都会より、空気も綺麗だ。もう肌でわかる。
ここから歩き。
あまり遠くは無いから。
そう言って、慎霰が先導。暫し駅から続くアスファルトの道路を歩いていたが、その内にその大きなメイン通りから逸れ、未舗装の路に入り込む。先を見れば、イイ感じの山に続いて行く。
元々期待していたところに久し振りの山と来た。そこで春華、更に浮かれ気味。道端、草の葉の上に見掛けた田舎ならではの小さな息吹にいちいち感動の声を上げている。
歩いていると、枝を、草を掻き分ける必要がある程緑が深くなってくる。勾配も緩やかにだが上がってくる。懐かしい山の中。木々がひしめいている。山奥と言う言葉そのままのような風景。噎せるような草いきれの中やがて姿を見せる小さな神社。人気の無い、けれど神社の役目は確り果たしていると思える空気を醸すそこ。慎霰は当然のようにその御社の域内に入ると、そこの裏――聖域へと堂々と入っていく。空気がまたがらりと変わる。目に飛び込んで来たのは注連縄の巻かれた太く古い貫禄ある大木――御神木。
見上げて、でっけぇ、と春華は素直に感嘆。…封印される前ならともかく、現代の世に目覚めてからはここまでの樹齢を経た神威ある神木は見ていない。
こっから転移するぞ。慎霰はそう言うと、御神木に触れた状態で春華に手を差し伸べ、掴まるように促す。何だか良くわからないながらも春華がその手を取ると、んじゃ、行くぜと言う慎霰の声と共に――目の前に広がる景色がいきなり変化した。
■
と。
おや、おかえり慎霰、と軽く声を掛けてくる若い男性が、ちょうど『外』へ行くところだったのか偶然そこに居た。…但し、平然と背中に黒い翼ありで目が赤色、慎霰と同じ形の和装――紛う方無き天狗である。慎霰の方も、よっ、久し振りとその男に声を掛けているが…男はすぐに慎霰が連れている春華の方に目を止めた。男が慎霰を見る目の色に鋭く咎めるような光が混じる。が、その瞬間に春華はばさりと己の翼を出し、男に向けにかりと笑って見せた。途端、男はきょとん。その間抜けな顔を見て慎霰と春華は悪戯が成功したように拳の甲を軽く打ち合い笑い合う。何だ何だ新しい御仲間か、と苦笑しつつ、若い男性――そこの里の天狗は、すまんな人間だと勘違いした、と謝りながら春華の頭をぐりぐり。
そして。
ようこそ山界へ――天狗の隠れ里へ、と一番最初の歓迎の言葉を掛けてきた。
一番最初の、と言った通り、歓迎の言葉はそれで終わらない。来て早々最初に会った若い天狗だけで無く、会うたび会うたび、新しい仲間って久々だ、いらっしゃい、楽しんでってね、宜しくね、等々次々に声を掛けられる。道行きの途中、通りすがりに会うだけでも無視される事無く大抵お声が掛かる。そんな大抵の天狗は慎霰とも当然のように顔見知りな様子で、軽い挨拶を交わし合う。そしてその横に居る新しい御仲間な春華に興味津々と言った態度で色々話し掛けて来る。…慎霰に連れられた春華を小学校の転校生の如く歓迎してくれる皆が皆、黒い翼を背に生やした元気な方々――それも大抵、春華や慎霰とあまり変わらぬ少年ばかりで。慎霰曰く、人間の少年から変化した天狗が中心だからなと言っていた。
ともあれ、春華としては――そんな歓迎振りにちょいとばかり圧倒されてしまっていた。外の世界では慎霰以外の天狗を見た事が無かった為、まさかこれ程同族が普通に居るところがあるとは。事前に聞いてはいても実際見ると――そして話すとやっぱり違う。間違い無く皆天狗だ。慎霰にすれば当然なのだが春華にすれば当然ではない。そんな天狗たちに春華は歓迎されている。勿論嬉しい。嬉しいが――同時に、どうも途惑ってしまう。折角声を掛けてもらっても何だかまともに答えが返せない事が多い。だが、気が付けば慎霰と春華の二人のみで歩いているのでは無く、他にも数名引き連れての団体さんになってしまっていた。それで里の中を歩いている。…皆、気さくだ。
途惑ってしまい何だか要領を得ない返答をしてしまう春華に代わり、慎霰が春華がここに来た理由を皆に告げると――取り巻いて来る皆それぞれで里の案内をはいはい俺が俺が、と、こぞって立候補。天狗の妖具を作る職人の家やら長老の家と言った里の名所巡りやら、男ばかりの天狗と違って女もいる種族である化け狐の住む集落、集落からは少し外れる場所にある荘厳な滝やら森の神的な生命体の居る場所等々、外から来た奴だったら珍しいだろって場所を思い付いたところから次々挙げてみる。
そして同時に、案内では無く逆に春華の方に現世の話を聞きたがりもする。どうやら慎霰のように『お仕事』で外に行く天狗は数が少ないらしい上に、元人間が多いともなれば余計に気になる話になるらしい。
皆、元気で明るく懐っこいのは…やっぱり天狗故か、春華と大して変わらない。
あんまり気ィ遣わなくて良いぞ? と慎霰も心配そうに春華に言ってくる。…いや、気を遣っていると言うのとは少し違って。単に、驚いてしまって途惑っているだけで。
慎霰以外に同族見た事無かったからさ。ぽりぽりと鼻の頭を掻きつつそれを口に出すと、天狗の皆さんからは余計に興味を持たれ。ずっと一人っきりだったのかお前と驚かれたりもする。その内、ンじゃ今日は天狗の皆で一緒に遊ぼう、と提案し一人が春華に跳び付いた。と、跳び付いたそいつがすぐさま他の天狗にずるいぞと引っぺがされたり、春華の目の前で春華を取り合い軽く喧嘩腰。コラコラ落ち着けお前らと慎霰が呆れ混じりに仲裁に入る。…言葉は冷静だったが行動の方は問答無用の力技で。
そこまで見て、春華は今度こそ笑い出す。気が抜けた――と言うか安心したと言うか緊張が解けたと言うか。その笑い声と笑顔で、喧嘩腰だった連中もそれを忘れ、照れたように笑い合っている。
漸く、春華もここの空気に慣れて来た。春華の側からも天狗たちに話し掛け始め、そうなって来るとお喋りも弾む。
慣れてしまうと、本気で楽しい。
そして、皆に隠れ里を連れ回してもらった後の事。
どうやら慎霰が良くジジイと呼んでいるらしい御方――つまり長老の家に泊まらせてもらえる事になったらしい。客人となれば宴だろと皆まで言わぬ内にあっさり宴会の用意まで。風呂は裏手に露天があるとそちらに案内された。慎霰と一緒に入る。…湯に少し独特な匂いまでする。微かに色が付いている。聞けば、温泉が引いてあるらしい。源泉が近くにあり、涌き水で温度調節しているとか。
湯に浸かったまま見上げれば、夜の闇が、その狭間で煌く星が懐かしい。…都会では見れない色の空。
慎霰も春華も、落ち着く。
湯上がりに。
竹で編まれた籠の中、春華にも用意されていたのは――自分がさっき脱いだ服では無く。
この里の天狗の服――それはつまり慎霰とも御揃いと言う事で。
目をぱちくりさせている春華に、それやるから着ろよとあっさり慎霰。
「…まじ?」
「まじ」
「…」
びっくりした。
…でも、嬉しい。
春華も里の天狗の服を着込むと、その長老の家の広間――二十畳からなる畳の間を宴会場にセッティングしてあるそこへと向かう。用意されていた膳や酒に笛太鼓。慎霰はじめ他の天狗たちに促され、春華が席に着く。それを待って長老が歓迎の口上を述べると、後はもう無礼講。
春華の盃に皆からうりゃっと酒が注がれる。用意された酒は天狗の間で製法が伝わる特殊な酒で、外では味わえない芳醇な味なのさと得意げに説明する天狗が居る。美味いだろと同意を求める天狗も居る。既に酔っ払ってしまっている天狗も居る。こっちの小鉢も良い具合に酢が利いてるんだぜこの山菜も料理自慢が煮付けたしこの魚は漁自慢の河童連中から客人への祝いにってもらった奴でさ等々、膳料理の方を春華に勧めて来る天狗も居る。
その内、笛に太鼓の祭囃子――天狗囃子が聞こえて来た。と、数人の天狗が畳の真ん中に躍り出、それに合わせて軽やかな舞を披露し始める。春華に手が差し伸べられた。一緒に踊ろう。そう言う事で。
一旦途惑うが、周囲からの手拍子喝采に促され、春華はすぐに誘いに乗った。共に前に出、慣れないながらも皆と一緒に踊り出す。最後には酔っ払って赤い顔をした天狗から、朗々とした唄まで飛び出した。
…そんなこんなで、お祭り騒ぎの夜は更けて行く。
■
翌朝、御神木の転移点。
慎霰のみならず、春華という珍しいお客さんが東京に帰ると言う事で、大勢の天狗がここまで見送りに来てくれていた。
達者でなー、と声を掛けられる。春華にはまた来いよー、などとも言っている。
名残惜しいながらもそれらに応えつつ、春華と慎霰は御神木から現世に転移した。
空気が変わる。
…いつもこの隠れ里と現世を出入りしている慎霰であっても、この時はちょっとだけ後ろ髪を引かれる感じになる。
そのくらいこっちは空気が違う。
田舎の山の中であっても、ちょっと気を抜けば都会と同じになってしまう、そんな危うさがあるから。
転移直後はその違いが良くわかってしまう。
と。
気が付けばそこで、春華がぐいぐいと慎霰の服の袖を引っ張っていた。
何やら目の中に必死な色が見える。
何事か。
「なぁなぁなぁ」
「…どうした?」
「仕事手伝うからまた来させてくれ、頼む」
「あ?」
「慎霰頼むっ! 一生のお願い!」
言って、ぱんっ、と強く両手を合わせ、慎霰を拝むようにする春華。
…驚いた。
慎霰は、その程度の事――そこまで頼み込まれる事だとは思っていない。
それ程必死で頼まなくても全然、もっと気軽に言ってくれて良い話。慎霰にしてみれば里帰り。そこに親友一人連れて行くくらい如何程の事もない。
なのに春華は。
「…駄目か?」
手を合わせたまま恐る恐る慎霰の顔色を窺う春華。…驚いて黙ってしまっていた自分に気付き、慌てて慎霰は全然構わねぇよいつでも来いよと付け加える。…天狗の隠れ里に来る事。それだけなのにこれ程必死になるような――春華にそんなに深い感動を与えていたとは思わなかった。こんな簡単な事でそれ程喜んでくれるなら、本当にいつでも来てくれていい。
慎霰の返答を聞くなり、春華は万面の笑みを見せる。
やった! サンキュ! と嬉しそうに、慎霰の首っ玉に跳び付いていた。
…これで充分バレンタインデーのお返しになった、かな?
【了】
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