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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


彼岸花畑でつかまえて


 今の日本は病んでいる。目を覆わんばかりの凶悪犯罪の数々、核家庭内における空洞化、個人や個性を尊重し人との繋がりが希薄な社会。こんな世界の中でさらなる次世代を担う子どもたちはどう生きればいいのだろうか。この過ちを何度も繰り返してはならない。

 そんな時、ある電子医療器具最大手の企業が社運を賭けて画期的なシステムの開発に乗り出した。プロジェクトチームからの意見に耳を傾け、児童心理学の世界的権威にもアドバイスを貰い、さらに今回のために他の分野で活躍する企業とも業務提携をした。そして幾年の月日が経ち、それはひっそりと完成。オープンセレモニーや製品のお披露目などの式典を一切省き、身内だけの会合で完成の発表を済ませた。彼らの目的はただひとつ……一刻も早く重大な犯罪に巻き込まれ、残酷なシーンを目の当たりにした子どもたちの精神治療を施すことだった。
 この製品はとんでもなく大掛かりなものだ。球場ひとつ分は軽く収まりそうな薄暗い空間に350台もの椅子がプラネタリウムのように設置されており、子どもたちはヘルメットの形をした装置をかぶってそこに座る。部屋の中央にはまるで大黒柱のように立っているスーパーコンピュータ『レインズ』が作り出した擬似空間の中に意識を飛ばし、そこに設置された遊園地や動物園などのアトラクションや心安らかにさせる大自然の風景を存分に楽しむ。こうして精神的疲労をいくらか回復させた後、専門のカウンセラーが具体的な処置を施す。これがプロジェクトの全容であった。
 世紀の大発明にマスコミが飛びつかないわけがない。どこからか評判を聞きつけた取材陣がこの会社に殺到したが、広報部長はどんな質問をされても『まだこれは実験段階でして』の一点張り。もちろん装置の写真など撮らせてもらえない。ただある記者から「誰もが待ち望んだ装置であることには違いないのだから、完成した際は子を持つ親としてちゃんと発表をしてほしいという気持ちがある」と熱心に言われた。担当はもっともだと頷き、その要望は受け入れた。ところが、すでにこの会社はとんでもないトラブルを抱えていたのである。


 早朝も早朝、朝の6時半に草間興信所を叩き起こしたのは、『レインズ』のヴァーチャルモデルデザイン担当の渋江だ。彼はここに来るなりガンガン扉を叩き、まずはパジャマ姿の草間を叩き起こした。妹の零は朝食の準備をするために起きていたが、すでに火を使っていたのでおいそれと台所から離れることができない。そこで仕方なく主人が出迎えたというわけだ。昨日は夜遅くまでテレビを見ていたらしく、目の下にバッチリくまができている。訪問者に対して遠慮なく嫌な顔を見せつけた草間は「とりあえず入ってくれ」と渋江に指示。そして「無礼のついでに」と言わんばかりに歯みがきをしながら話を聞く。草間だって本音を言えば、ちゃんと身支度をしてから話がしたかった。しかし相手があまりにも急かすので、仕方なしにそういう手段を取ったのだ。

 「草間さんは『レインズ』をご存知ですか?」
 「ああ、あの噂のシステムか。知ってるよ。職業柄、そういう情報はいやでも流れてくるんだ。俺がいろいろ知ってても気を悪くしないでくれ。商売だからな。」
 「いえ、今回はその方が助かります。その『レインズ』なんですが、実は自立した思考回路を持ったプログラムが自動的に制御しています。システムの欠陥や不備を修復するために数多くのプログラマーたちが昼夜を問わず働いており……」

 依頼者がサラリーマンの場合、約半数は長〜い前置きから入る。草間は「予想通りだな」とつぶやきながら話半分に聞き、さっさと着替えを済ませようとした。ところが渋江の話は意外にもあっけなく本題へと突入する。

 「現在、都の社会福祉課の協力を得ましてモニターとなる子どもたちの治療を行っています。ところが『レインズ』が初めて彼らの意識に触れた時、あるシステムを自分で勝手に構築してしまったのです。」
 「ある……システム?」
 「端的に言えば、子どもたちを苦しみから解放するシステムです。」

 ズボンのベルトを留めようとしていた草間の手から力が抜けた。彼はトランクス姿のままソファーの定位置までおぼつかない足取りで駆けていき、手に入れた情報などを元に恐ろしい推論を口にする。草間は『絶対に当たってくれるな』と心の底から念じていた。

 「まさか……そいつ、子どもたちを殺す気じゃないだろうな?」
 「そのまさかです。『レインズ』に意識を預けるというのは電子的に幽体離脱しているのと同じだと高名な霊能力者から伺いました。その意見を反映する形で、お子さんが身体を預ける椅子全体が生命維持装置として稼動する仕組みになっています。ただ、意識が戻ってこないとなると話は別です。」
 「そのプログラムが子どもたちの意志では身体に戻れない場所を作った……?」
 「はい。夕暮れ時の野原に彼岸花が一面に咲いている場所が『レインズ』自身が作り出した幻想空間です。そこには東洋の女神のような姿をしたヴィジョンが出現します。おそらくそれが『レインズ』の自立思考を具現化したものだと、我々は分析しました。」
 「寝覚めの悪い話だ。で、どうすればいい?」
 「現段階でシステムを強制終了させると、閉じ込められた子どもたちがどうなるかわかりません。ただ、あの装置は大人でも使用可能です。中に入りこんでさらわれた子どもたちを救っていただくことを最優先にお願いします。そして『レインズ』への説得を……ただ相手は人間以上の知能を持っています。やむを得ない場合はあのシステムを破壊してください。構築された幻想空間や生命維持活動などのメインシステムには支障はありませんので。」

 電子的な幽体離脱……これがアトラクションならどれだけ楽しいだろう。そんなことを考えながら、草間は電話の受話器を取った。


 正午過ぎ、シュライン・エマを含む興信所の面々が協力者たちを迎え入れた。しかし、彼らの表情は一様にして暗い。レインズの概要説明にあまりいい印象を受けなかった、もしくはその手段のひとつにいささか不満を持っているようだった。不穏な空気をすばやく察知したシュラインや草間は、担当者の渋江と彼らが直接やりあわないよう間に入る。その仕草を合図に、背中まで伸びる長い黒髪とネクタイが印象的な法条 風槻が手を軽く上げて質問した。

 「渋江さん。なんで最初から子どもたちを使わずに、自分たちで試さなかったの?」
 「開発の時点で大人への処置を想定しておりませんでしたので……」
 「何も疲れてるのは子どもだけじゃないでしょうに。」
 「ままま、風槻君の言い分もよくわかる。でも今は子どもたちの救出が先だ。人間ではない存在のココロを知ることなら、俺の得意分野だからな。」

 こぎれいな身なりと顔立ち、そして縁なし眼鏡がトレードマークの小劇場系劇団『HAPPY-1』の代表をしている三葉 トヨミチが傾きかけた場の雰囲気を戻す。その後も諧謔的に振る舞う彼だが、その心中は決して穏やかではなかった。トヨミチはレインズやそのシステムを作った人間、そしてそれを待ち望む社会に対して怒りを覚えていた。それをすべてレインズに、そして彼らにぶつけるためにやってきたのである。このメンバーの中に共感してくれる人間がいなくとも、彼はひとりでそれを訴える覚悟があった。
 確固たる意志を持ってやってきた大人たちとは別に、年齢的にはまだまだ子どもの九竜 啓と瀬川 蓮がそのやり取りを黙って聞いていた。このふたりは実に対照的な表情を見せている。蓮は今までの話を聞きながら時折微笑んだりしていたが、あきらはずっと心配そうな表情をしていた。大人たちの話が途切れたところで、たまらずあきらが渋江の方を向いて『あること』を確認する。

 「幽体離脱……するんですよね?」
 「システム的には、そうなります。生命維持装置の緊急停止などはありませんので、システム内のことだけに専念していただければ……」
 「無理だよっ、俺は何の力も持ってないんだ……でっ、でも、みんなをそのままにしておくと死んじゃうんだよね。」
 「……一刻を争います。私からはそうとしか言えません……」
 「だったら、かんばる。みんなとがんばるよ。」
 「あきらクン、がんばろうね。ボクがいる限り、子どもたちを苦しみから解放するために殺すなんてつまんない三文芝居は絶対にやらせはしないから。」

 金色の髪をなびかせるこの少年こそ、子どもの味方を自称する真っ赤で真っ黒なピーターパン。そんな彼に共感を覚えたのがトヨミチだった。ただこの場で自論をぶつけ合うことは避け、目的の場所で『共演』できればいいと考える。彼がそう考えるように、いくつかの作戦案が大人の口から提案された。
 風槻は全員で擬似空間に飛び込むのは避けたいと主張。時間が迫っているかもしれないが、どうしてもレインズが生み出された経緯やプログラムの内容を簡単に知っておきたかったのだ。情報請負人として名を馳せる彼女ならあっという間に分析できるはずだ。草間はその作戦を採用する。その間シュラインやトヨミチ、あきらや蓮は空間内でアトラクションに興じながら目的の彼岸花畑へ向かうことになった。零が心配そうな表情で「気をつけていってきてくださいね」と言うと、なぜかその場にいた誰もが思わず笑ってしまう。どこか遠くの国に永住してしまうかのような言いっぷりに奇妙な感覚を得たのだろう。シュラインは零の肩を軽く叩きながら「行ってきます」の挨拶をする。

 「零ちゃん、帰る時はきっと賑やかよ。だってここにいるみんなだけじゃないもの。元気な子どもたちの声が響いてるはずよ、ね?」
 「そういうこと。」

 蓮もそれに同調すると、用意された車の中へと乗り込んだ。もちろん行き先はレインズシステムの元である。


 車の中ではシュラインと風槻が真剣に話し込んでいた。レインズの自律システムに関する内容だが、どうやらふたりとも同じような考えを持っているらしい。お互いに何度も頷き、どんどん話を進めていく。逆にあきらと蓮はまったく話が噛み合わない。あきらは渋江からもらったパンフレットを見ながら、楽しそうにアトラクションや雄大な景色の話をする。「現実には作れないジェットコースターとか、日本では絶対に見られない風景とかあるんだって!」と興奮気味に話す相手に、蓮は淡々と「ふーん」とか「そうなの?」とか相槌を打つだけ。魂だけ持っていかれる恐怖をなんとかごまかそうとしたあきらの作戦は無駄に終わった。ガックリと肩を落とす少年に、後ろの座席からトヨミチが「言っただろ、全員で帰るって。あきら君はあきら君でレインズの作ったアトラクションとかを楽しめばいいんじゃないかな」とフォローを入れる。心の中を支配しつつあった恐怖は薄れ、あきらの表情がぱぁっと明るくなった。「おにーさん、ありがとう!」と言われ、少し照れるトヨミチ。だが、もしもあきらが蓮ではなく自分に同じことを問うたなら、おそらくさっきの彼と同じ反応をしただろう。仕方がない、それが本心なのだから。揺れる車内はまるで彼らの心の中を現しているかのようだった。


 今まで渋江の話に出てきた東洋の女神として出現する『レインズ』を想像していた彼らだが、薄暗い空間の中央に配された巨大な円柱と対峙すると拍子抜けした。これが子どもたちを安息の園へと向かわせようとする自律思考の持ち主なのかと思うと、なんだか奇妙な気分になってしまう。そんな相手を敬うかのように円形に並べられた椅子の上には、子どもたちが静かに寝息を立てていた。蓮は近くにいた子どもの軽く握られた手に触れる。その手はまだ温かかったが、青い大きなあざがあった。こんなものを好きで自分でつける人間などいやしない。黒い瞳がほんの少しだけ哀愁に染まった。

 「一刻も早く、だね。蓮君。」
 「もう見飽きたよ、この光景は。さっさとレインズの中に入ろう。」

 トヨミチと蓮は、渋江に準備を急がせる。あきらもいつの間にか彼らと同じ気持ちになっていた。このまま子どもたちを冷たくさせやしない。気持ちが固まった少年の心は、もう誰にも止められない。シュラインと風槻はこの光景を見て、ようやく同じ結論に達した。それをメンバーに説明するのはシュラインで、レインズの運用プログラムを解析してから突入するのは後発の風槻である。人数分の椅子を確保した渋江は彼女をシステムルームに誘おうとした。ここでいったん、彼女はメンバーと離れることになる。

 「少年たちを見てるとがんばろうって感じが伝わってくるけど、あたしとシュラインの考えも聞いてよ。その上でどうするかは現場の判断に任せる。できるならみんなに指示を飛ばしたいところだけど……おそらくレインズのシステムがそれを許さないと思うから、トラップとかがなければすぐに後を追いかけるんでよろしく。」
 「風槻さん、そっちはよろしくね。」
 「はいはい。」

 彼女が去っていくのを見届けた後、シュラインはゆっくりとした口調で説明を始める。これは彼らの気持ちを落ち着かせるための策でもあった。

 「まず結論から言うわ。緊急時以外はレインズに攻撃を仕掛けないでほしいの。」
 「そういう意味では、すでに緊急時だと思いますけど?」
 「トヨミチ、あんたは大人なんだから。今は茶化さないでね。大事なことなんだから、ちゃんと聞いて。まず考え違いをしないでほしいのが、子どもを守ろうとして独自の空間を生み出しそこからの脱出を不可能にしたレインズは、別に子どもが憎くてそんなことをしたわけじゃないってこと。むしろその辺の論理は私たちに近いんだと思う。でも唯一違うのが……レインズが自分のことを子どもであるという認識を持っていないことなの。」
 「ボクは今の言葉でスッキリした。やっと納得できたって感じかな。」
 「レインズも……子どもなの?」

 蓮が文字通り納得の表情を見せる中、あきらは不思議そうな顔をして後ろを振り向いた。こんなに体の大きなコンピュータが大人の心を持っていないなんてなんだか不思議な話である。大人の作ったものが子どもだなんて、なんだかややこしい話だ。

 「あきら君、難しく考えなくていいんだよ。」
 「でも、難しいよぉ〜。」
 「生きてるのが苦しいのなら、永遠の安息をあげようっていう思考があまりにも短絡的すぎるのよ。私たちでも『単純』と言い切れる論理を平気で使ってるのところが未成熟なシステム、いや子どもと断定した根拠よ。その辺をレインズに諭す準備はできてると思うから、そこはそれぞれでがんばりましょう。いくら私でも、それを止めたりはしないから。ただ子どもたちに被害が加わるような攻撃を仕掛けてきた場合は……」
 「緊急事態と考えていいんだね?」

 シュラインは蓮の確認に「もちろんよ」と答えた。口では簡単に言うものの、子どもを誰ひとり傷つけずに戦うことができるのだろうか。いや、そんなことできるはずがない。誰もが一抹の不安を拭い去れないまま、レインズが作り出した仮想空間へと旅立つ準備を始める。今日のために作られた大人用マシンに腰掛けるシュライン。ついつい、ここに来る時に乗った車や事務所の椅子と感触を比べてしまう。

 「こんな贅沢な椅子、うちに一台あったら忙殺されても生き返るかも。」
 「これならいつだって安眠できるよ〜。すごいなぁ、俺も一台ほしい!」
 「安眠どころか幽体離脱するってのに……ったく気楽だね、あきら君は。」
 「あ、忘れてた……」
 「肝心なところじゃない。忘れないでよ。」

 まるで『エステやマッサージの無料体験に来たんじゃないぞ』と言いたげなトヨミチと蓮がふたりを現実へと引き戻すと、頭を覆い隠す半円形のマスクが動き出した。ここから生存に必要な気体や幽体離脱のための成分が流し込まれるのだろう。本来ならばレインズへ案内するオペレーターは渋江がすべきところだが、ここは風槻がレインズ内での注意事項などをアナウンスした。

 『えーっと、システムはある程度把握したんだけど、相手の精神年齢が高いと思ったら攻撃方法を慎重に選んでね。』
 「むにゃ……ふあーっ。」
 「な、な……なんで、ですかぁ……」
 『幽体離脱するということは、自分の精神を剥き出しにするってことなの。だからトラウ……』

 すべての情報を伝え切る前に4人は旅立ってしまった。渋江からの報告を聞いた風槻は降参とばかりに両手を上げる。彼女に非はない。どうしてもこの辺の説明をしようとすると言葉が長くなってしまうのはしょうがないことだ。「ま、行った先で伝えよっと」と軽い気持ちで片付け、今度は捕われている子どもたちのデータに目を通し始める。そのひとつひとつを見るたびに、自分のトラウマが鮮明な色を帯びてくる……決して比べるものではないが、捕われの子どもたちと同じく、風槻も過去に辛い経験をしている。だからだ。だからこの情報を聞いた時、身体が勝手に動いた。この世に自分はふたりもいらない。そんな強い意思が彼女の作業を後押しする。強く、強く。


 レインズの電脳空間へとダイブした4人は大きな王宮の前へと誘われる。まるでどこかのアミューズメントパークのようだ。トヨミチはきょろきょろと回りを見渡し、「さっさと彼岸花畑に行こう」と提案しようとした。すると隣にさっきまではいなかった青年が隣に立っているではないか。雰囲気はあきらっぽい。トヨミチはとりあえず自己紹介をお願いした。

 「……すみません、名前はなんとおっしゃいますか?」
 「九竜 啓だ。」
 「さっきまでのあきらクンと同じなのかな?」
 「ああ、同じだ。本来は俺が啓なんだが……今はそれを説明している暇はない。ほら、お迎えが来た。」

 啓が指差す先には小さな妖精・フェアリーがやってくる。そして「レインズが作り出した楽し〜い空間で遊ぼうよ!」と語りかけてきた。シュラインもトヨミチもキーワードである『彼岸花畑』を口にしようとするが、蓮がそれを制して「遊園地に行きたい」と答える。大人たちは予想外の展開に驚く。

 「ちょ、ちょっとぉ。遊んでる場合じゃないのよ。さっきまで冷め〜た反応してたくせに。」
 「精神的に傷ついた子どもたちが、自分から進んで一直線に彼岸花畑に行ったとはどうしても思えないんだ。」
 「なるほど。なかなかいい読みだな。」
 「百聞は一見にしかずってね。試しにボクはジェットコースターにでも乗ってみるよ。」
 「よく言うよ。感想はもう用意してるくせに。」

 トヨミチが小柄な蓮の肩を膝で軽く突くと、少年は不敵な笑みを見せた。彼とはどこまで考え方が同じなのか……蓮は陽気に振る舞う相手の心を少しずつ見通そうとする。きっと彼の気持ちや行動は心を閉ざした子どもたちのためになるはずだ。なぜかそんな確信があった。そして4人は宙を舞う妖精に遊園地へと案内される。
 システムの中は常に楽しい仕掛けでいっぱいだ。ビックリ箱のように開く電話ボックスに玉乗りの下手なピエロ。いかにも子どもたちが喜びそうな要素が盛り込まれている。蓮はその中にあるジェットコースターに乗った。レールの先は現実世界では設計不可能なループなどが存在し、仮想空間の性質を十二分に生かしたものである。しかし5分後……彼は「また来てね!」と楽しそうに手を振るお姉さんやぬいぐるみたちに一瞥もくれず、さっさとみんなのところへと戻ってきた。仲間たちはしばしベンチでくつろいでいたが、蓮が帰ってくるとさっそく感想を聞く。

 「ぜひ蓮君から生の感想を聞きたいね、俺としては。」
 「イマイチだね。精神だけが遊んでも、体がなければ頬を打つ風までは感じられない。確かにあり得ない構造の部分は迫力があって楽しめたけど、高鳴る心臓の鼓動が聞こえないんじゃ楽しくもなんともないさ。痛みも苦しみも楽しさも幸せも……心と体が揃っていてこそ真に感じられるものだって、改めて思い知らされたよ。だからって、乗って損をしたとは思わない。いい教訓になったよ。」
 「さて体験談も手に入ったところで、さっそくレインズにお会いしましょうか。『この世はすべて舞台、男も女も役者に過ぎない』ってことをお教えしなくては。」
 「あら、その言葉はシェークスピアだったかしら。なかなか洒落たこと言うじゃない。」

 シュラインとトヨミチが談笑している頃、啓は観覧車やゴーカートなどを見て「あきらならはしゃぎそうだな……」と呟いた。精神世界では自動的に啓が主導権を握ってしまう。彼がこの場でアトラクションを楽しめないことが気にかかったらしい。本当は啓がこの世界に魅力を感じないから、余計そう感じてしまうのだろう。蓮も「パンフレットを見た時から楽しみにしてたからね〜」と何気なく言うと、青年は憂いを帯びた声で「そうか」と答えた。
 そんな4人の周りを飛んでいたフェアリーが突然にして意思を持ったかのように動き出す。シュラインはこれを待っていた。今までろくに相手もしなかった妖精に声をかける。

 「サーチ完了ね、風槻さん。」
 『もちろんよ。フェアリーはレインズの案内役。すべてのゲートを開くパスワードを知っていたわ。あとの操作は渋江さんに任せたから、あたしも今からそっちに向かう。くれぐれも気をつけて、相手は自律したシステムの一端だから。下手に怒らせたら、一撃で殺されるかもしれないわよ。』
 「ぞっとしない話だね。それって大人だから? それとも子どもだから?」
 『現実社会には、子どもみたいな大人もいるけど。』
 「笑えないジョークね。風槻さんも気をつけて、ゲートが開いたとなれば何を仕掛けてくるかわからないから。」
 『そのゲート……申し訳ないんだけど今の時点では一方通行なの。レインズを説得しない限りは脱出できないわ。覚悟はいい?』
 「本気で俺たちを止めるつもりなら、もっとはっきりした文句で言えばいいだろう?」

 啓のツッコミを軽い笑いで切り返す風槻。フェアリーは小さなスティックを操って、夕焼け空に染まった空間への入り口を開く。ここが問題の彼岸花畑なのだ。4人はゲートが閉じないうちに突入する。たくさんのトンボが真っ赤な空に舞う小高い丘へとワープした彼らを待ち受けていたのは、たくさんの子どもたちとその中心にいる女神・レインズだった。その姿は子どもたちの想像するやさしいお姉さんといった感じで、どちらかといえば幼児向け番組に出てきそうな顔立ちをしている。ところがその服装はすべての子どもたちを安息の地へと導かんとする威圧感に溢れていた。いくら純白を基調とした衣をまとっていても、この思考までは気高く感じない。少なくともこの4人はそうだった。
 子どもたちはこの場に現れた4人に視線を向ける。興味を奪われたレインズは目くじらを立てて怒った。柔らかな夕日が包み込む場所で、いよいよ論戦が始まる。

 『あ、あなたたちは……なぜこんなところに来たのですか!』
 「レインズ、私たちはあんたを止めに来たのよ。」
 「シュラインさん、みんな。ここは俺に任せてくれ。まずは、子どもたちに訴えかける。」

 トヨミチは両者の間に立った。もちろん子どもの視線を集めるための努力は惜しまない。芝居を始める前に少し微笑み、皆の注目を集める。そして静かに目を閉じ、つぶらな瞳が自分に向けられたのを感じとると即興の芝居を始めた。


  何もかもを失った少年がひとり。この世界の真ん中に立たされた。
  物心ついた時から誰もいない。だから食べ物も自分で取るしかない。
  誰もが持っているものを、彼は持っていなかった。何も、何も……

  いつも空腹や死と隣り合わせ。でも、少年は決して絶望しない。
  昼間は木々から舞い落ちる葉を追いかけ、夜になると星の数を数えた。

  毎日をそう過ごしていたある日、自分と同じ境遇の仔犬に出会った。
  彼はいつも鳴いていた。きっと親と放されたのだろう。かわいそうだ。
  でも、少年は言った。とびきりの……明るい笑顔で。
   「今日からは、もうひとりじゃないね。」
  人間と動物って関係じゃない。ひとりとひとり。通じ合えると思った。
  仔犬は鳴いた。大きく、元気な声で。
  少年は、今日もひとりの誰かと出会うために……どこかへ歩き続ける。


 時には生きる喜びを熱く語り、時にはもう戻らない悲しみを切々と語るトヨミチ。彼の細やかな演技や表現豊かな表情から、感受性豊かな子どもたちは無限の世界を思い描く。そしてすべてを演じ切り、彼は静かにお辞儀をした。そして一度頭を上げると、この事件を引き起こした張本人であり、心の底では憎く感じているレインズに対しても礼をする。それにはちゃんとした理由があった。彼女は一度も自分の芝居を止めようとはしなかったからである。何を思ったかはわからないが、相手はただじっとトヨミチを見ていた。
 そんな彼にひとりの少年が駆け寄る。そしてストレートに自分の持つ疑問をトヨミチにぶつけた。

 「僕は……ひとりじゃないの?」
 「ああ、ひとりじゃないさ。ひとりぼっちなんかじゃない。」

 その言葉で子どもたちが徐々に動き出す。ひとり、またひとりとレインズの傍を離れていく……トヨミチの演技は子どもたちの心に響いたのだ。

 『ま、また辛い現実に戻ってどうするの! 何も変わりはしないわ。ひとりが辛くないわけないじゃない!』
 「確かにここにいる子どもたちは苦しんでいるかもしれない。一生かけても癒えない傷なのかもしれない。でも、ボクなら『殺す』なんて短絡的なことはしてあげない。そんなことで甘やかしたりなんかしない。」
 『私が、あ、甘やかしてるっていうの?!』
 「この子たちは……この苦しみを乗り越えなきゃいけないんだ。」

 蓮は堂々とレインズに立ち向かう。その姿を見て、トヨミチはニヤリと笑った。ここまで同じ考えだったとは思わなかったからだ。少年は間を置いてから話を続ける。

 「不公平だよね。理不尽だよね。ボクだってそう思うさ。だけど……でも、小さくても自分で幸せをつかんだ時、喜びを感じられる心と体を残しておいてあげたい。だから、ボクはここに来た。キミの薄っぺらで甘ったれな感傷にその子たちを巻き込ませやしない。」
 「もう会えない苦しみから、叶わない願いから解放するのが目的らしいな。じゃあこれから誰かと出会う喜びはどう補ってやるんだ。たくさんの夢も希望も全部奪い取ってしまうつもりか!」
 『苦しいの……あの子たちにはあまりにも深い傷なの。これから出会う幸せなんか、ホントはひとつもないかもしれない。出会ったところでたいしたものじゃないかもしれない。だったら苦しまずに、ここで眠るように……眠るように……』
 「言え。その先を言えばいい。遠慮なく言えばいいじゃないか。なぜ戸惑うんだ。言え。」

 蓮とトヨミチが訴えかけているところに啓が割って入る。レインズは虚を突かれた。彼女は子どもたちに何を施そうとしているのかを知っている。明言などできない。できるはずがないのだ。啓の予想通り、彼女は言葉を濁す。

 『永遠の安息を……みんなに……』
 「子どもたちよりも先に、お前が逃げるのか?」
 『そ、そんなことない……』
 「ならば子どもたちに言って聞かせろ。お前がすることを。」

 啓の凛とした声はレインズから思考力を奪うには十分すぎた。あの蓮でさえも彼の迫力に舌を巻く。子どもたちはそのやり取りを呆然と見守っていた。そしてとどめに熱演後のトヨミチが自論を展開する。落ちない夕日はスポットライトのように役者を照らす。

 「有史以来、繰り返し悲劇が上演され続けている。その理由がお前にわかるか? それが人間にとって必要なことだからだよ。人は悲劇を書き、演じ、観て、同じ人間の持つ業の深さに絶望する、心を痛める、涙を流す。けど、それでも希望を捨てずに悲劇の後も生きていける。それが古代ギリシャの時代から人間に備わっている力だ。だから俺は……こんな作られた理想郷なんて認めない!」
 『痛みを覚えて……生きる?』
 「そうよ。レインズ、あたしのこと知ってるでしょ。もし知らなかったら、データを入れてあるから検索しなさいよ。」

 何かに目覚めようとする彼女の前に、ひとりの女性が歩み出る。ゆっくりとした足取りで男たちの合間を縫って姿を現したのは、遅れてこの世界に入り込んだ風槻だった。彼女は「お待たせ」と仲間に微笑みを振りまくと、再び歩を進める。

 「あなたが安息を与えようとした子どもたちのデータを見せてもらった。確かにみんな辛い目に遭ってる。でもその子たちが自分から永遠を望むことなんて、そんなにあることかしら。ここにいるみんなはかなり小さな子だし、その結論にまでは行きつかないと思う。誰かがそれを示唆しない限りはね。レインズ、あなたはそれがみんなにとって最善の策だと考えたんでしょ。あ、別にここでウソをつく必要はないわ。もうあたしもシュラインさんも、みんなわかってることだから。」
 『そ、そう。だけど……』

 まるで人間のような抑揚をつけて喋るレインズの変化を読み取ったのはシュラインだ。すかさず前に出て言葉をかける。

 「今、『だけど』って言ったわね。レインズ……あなたは変わりつつあるわ。みんなの正直な意見をぶつけられて、自分を顧みる余裕が生まれたのよ。それは決して恥じることじゃない。人間だってそうだもの。間違いを犯せば、少なからず反省するものだから。」
 「あたしのトラウマ、もう知ってるよね。あたしはあたしなりにがんばってここまで治したつもり。ものすごく不幸な子どもたちの人生を終わらせるなんてダメ。そのために……あなたがいるんじゃないの?」
 『私が……?』
 「私はね、あなたにこの子たちの味方でいてほしい。精神的苦痛から子どもたちを導く人たちはその身に降りかかる不幸を体験し、どんな形でもそれを乗り越えた人たちだと思うの。そんな素敵な大人になるための準備とか避難場所をね、すべてを断ち切る空間にしてほしくない。あなたにも無限の可能性があるのよ。この子どもたちを救うことができる存在になれる……大きな大きな可能性が。」

 風槻が大きく頷く。シュラインの説得はレインズの記憶に刻まれているはずだ。何かをつかもうと必死に回路を動かしているのだろうか。彼女は静かにたたずんでいた。そんな時、ひとりの女の子がレインズに近づいた。そしてトヨミチが演じたように、彼女の腰に手を置く。気持ちだけはあの仔犬のようにレインズを高い高いしているのだろう。そんないたいけな少女が言った。

 「レインズも、ひとりじゃないよ。あたしがいるよ。あたしの名前を呼んでくれたもん。だからあたしも忘れない。」
 『ひとりじゃ……ない。ひとりじゃ、ない。』
 「ボクも覚えてるよ!」
 「わたしだって!」

 子どもたちがレインズの周りに駆け寄る。誰も彼女の悪口など言わない。親代わりになろうとした相手にそんなことを言うはずがない。自分を慕う子どもたちの姿を改めて見た時、瞳から一筋の光を流した……それと同時に、彼岸花畑の中心に光り輝くゲートが出現する。出口だ。5人は我が目を疑った。これがコンピュータのすることなのか、と。

 『みんな、また来てね。今度はここじゃなくて、もっと楽しいところ。私はみんなの好きなものを知ってるから。待ってるわ。』
 「レインズ、お前は涙を流すのか。俺にはとても信じられない。」
 「これで二度とバカな気は起こさないのなら、ボクはそれで構わないよ。」
 「あいつは……子どもたちに安息の意味を言わなかったんじゃない。言えなかったんだ。レインズ、その気持ちを絶対に忘れるな。」

 一時はその存在をも否定するような発言もした男たちも、子どもたちの笑顔に負けたのか、ほんの少し自分の考えを変えた。それはシュラインや風槻の考え方を踏まえた上でのことである。彼らが子どもたちを彼岸花畑から連れ帰ろうとする中、女性陣は夕暮れの陽を背に浴びたレインズに励ましの言葉をかけた。

 「あなたも子どもたちもこれからよ。ついでにあたしも。あたしもあなたを忘れない。」
 「レインズ……これからも子どもたちと喜びを分かち合って、一緒に成長していけばいいの。あなたはデータじゃない。記憶と心を持った人間よ。だからこれからも子どもたちの力になってあげて。」
 『これからさまざまな方法を考えます。ありがとう、シュラインさん。そして風槻さん。あと、私のために本気で怒ってくれた啓さんや蓮さん、トヨミチさんにもよろしく。いつかまた……お会いましょう。』
 「だったら、担当に大人用の椅子をおねだりしてよね。」

 風槻がゲートをくぐる際に言ったジョークにレインズは微笑んだ。そしてみんながそこから出て行くのを見送ると、彼女も背景とともに消えていく。二度とこの空間は現れることはないだろう。なぜなら……もうこんな場所は必要ないのだから。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

6205/三葉・トヨミチ   /男性/ 27歳/脚本・演出家
0086/シュライン・エマ  /女性/ 26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6235/法条・風槻     /女性/ 25歳/情報請負人
5201/九竜・啓      /男性/ 17歳/高校生&陰陽師
1790/瀬川・蓮      /男性/ 13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回はお時間を頂きまして申し訳ございません。
この作品は思いつきで考えたものです。「こんなのがあったらいいな〜」って感じで。
皆さんのプレイングを見て、自分はとんでもないものを書いたのだと反省しました。
世の中、なんでも便利ではいけないんですね……ホント、身に染みてわかりました。

シュラインさんはいつもどうも〜。風槻さんとのコンビネーションが好きです(笑)。
子どもたちだけでなく、レインズをも救うという発想がすごく身に染みました。
個性的なメンバーに勝るとも劣らない魅力がシュラインさんらしさなんでしょうね。

今回は本当にありがとうございました。皆さんの気持ちを全部書いたつもりです。
また通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界などでお会いしましょう!