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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


+ 死神が落とした鎌 +



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「おや、丁度いいところに来てくれたじゃないか。あんた達ちょっと頼まれごとしてくんないかい?」


 アンティークショップに入ると、その店の主人である碧摩蓮が手に持っていたものを店に居た客三人に見せた。
 それは『鎌』。緩やかにカーブを描いた刃が特徴的のいかにもな鎌である。彼女はそれをくっと握り締めながら客を見遣る。それからその瞳を細めた。


「これはねぇ、『死神』が落とした鎌なんだよ。何人もの命がこの鋭い刃によって刈り取られた由緒正しき鎌さ。で、あんたに頼みたいことなんだがね。今夜零時丁度に死神がこれを受け取りに来るから、そいつにこの鎌を渡して欲しいのさ」


 自分で渡せば良いじゃないかと客の一人が言う。
 すると、彼女はこう言った。


「あいにく、あたしは今晩でかけるんでね。この店にいないのさ。ああ、怖いなら他にも誰か呼んでくるといい。……だが、くれぐれも死神を見ちゃいけないよ」


 鎌を持ち替え、彼女は刃の部分を己の首先に添えた。
 それから紅の塗られたその唇をそっと引き上げ、その美貌という気迫で客を押した。


「見たら最後、次の得物はあんたに移るからね」


 蓮の言葉に三人は一瞬言葉を失った。
 ……が。


「えー、じゃあバイト代代わりにちょっと値の張るブレスレットが欲しいなー!」


 きゃっと手を組み合わせて蓮におねだりをするのは月見里 千里(やまなし・ちさと)。
 彼女は買い物帰りにこのアンティークショップに寄っただけの女子高生。短髪でボーイッシュな外見がキュートな彼女はにっこり微笑みながら蓮ににじり寄る。蓮は呆れた顔で指を持ち上げた。


「まあ、今回の件に関してはあたしの都合だからねぇ。まあいい。其処のガラスケースから好きなのを一つ選びな。ただし、その中には曰く付きのもんも多く混じっているから、気をつけるんだね」
「はいはいはーいっとなっ!」
「で、他の二人は何が欲しいんだい?」


 蓮は残りの女性二名に声を掛ける。
 彼女達は互いに一瞬顔を見合わせた後、同時に首を振った。先に言葉を発したのは綾和泉・汐耶 (あやいずみ・せきや)。スーツ姿が良く似合うスレンダーな女性だ。彼女はくるっとショップの内部を見渡し、それから蓮に向き合った。


「私は特に要りません。用件が終わったら帰っても構わないなら……。あ、でも報酬として頂けるならこのショップ内部に置いてある本を読ませて頂ければと……」
「ああ、その程度なら構わないさ。好きにしな。ただし一応売り物なんでね、破いたり汚したりすることだけは避けておくれ」
「分かりました。あ、ところでまだ出掛けるまで時間あります? 夕食まだなので買って来ますね。出前でもいいんですが、この店にたどり着けるか微妙ですし。戸締りに関しては、鍵と連動する封印掛けておきますから」
「あたしはもう出かけるからねぇ。じゃあ悪いけど他の子達の分だけお願いするよ」
「分かりました」
「さて、あんたは?」


 最後に残ったのは金髪女性のレイベル・ラブ。
 長い髪の毛をかき上げた後、彼女はふむっと顎に手を当てて考え込む。返答に時間が掛かっていたので、蓮は外出着に手を伸ばし軽く羽織る。玄関先では綾和泉が出て行く音がした。


「私は特にないな」
「ああ、そうかい。じゃあ他の二人同様このショップの中で好きにするといい。欲しいものが出来たなら後から教えてくれればいいさ」
「分かった」
「じゃあ行って来るから後を頼んだよ」


 そう言って蓮はすたすたと店の外に出て行く。
 店の外はしっかりと『閉店』の札が掛けられていた。現時刻はまだ六時手前。約束の零時にはまだまだ時間があった。



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「さてっと、あたしはこれからどうしようっかなー。服はもう取りに戻ったし、ご飯も綾和泉さんに貰っちゃったしー……やっぱり此処は、ショップ探索かな!」


 ふっふーんっと楽しげにショップ内を探索する月見里。
 このショップの内部に置かれているものはその殆どが曰く付きのものであるというのに、彼女は恐れることなく手に取る。人形だったり、変な置物だったりと見ているだけでも結構楽しいらしい。鼻歌交じりで探索していると、ショップの中に置かれている時計が鳴った。


 ボーンボーン……。
 古びた音が静かに室内に響く。針を見遣れば時間は午後八時。まだまだ死神が訪れる時には程遠い。月見里はふと頭にピンっと電球を浮かべる。それからにぃっこりとまるで悪戯小僧のような笑顔を浮かべると、抜き足差し足である部屋に向かう。


「蓮さんのプライベートって結構気になるのよねぇーっ。不思議な雰囲気を背負っているから尚更尚更っ! さぁーってと、此処が私室っぽいけど……」


 月見里はノブに手を掛け、ゆっくり回す。
 しかし。


「あ、あれ?! 鍵なんて付いてないのにどうして開かないわけー!?」


 ガチャガチャガチャガチャ!!
 勢い良くノブを回し、そのままぐーっと体重を掛けるように押す。もちろん『押しても駄目なら引いてみな』もやってみた。しかしうんともすんとも言わない。扉には施錠出来るようなものなんて何もない。
 だったらただ一つ。
 蓮本人が何か術を掛けて行ったとしか思えない。


「ショップ内は自由だけど、私室は駄目ってこと!? なんだかちょっとムカつくなぁー!!」


 両手を真上にあげてぶーっと膨れる。
 だが目に入ったものを見て、再びにぃっと微笑む。彼女はイスを持ってきて座ると、『其れ』イコール電話に手を伸ばした。携帯電話で長電話をするのはお金が掛かる。でも憂さ晴らしは必要。指先をボタンの上に乗せてピッポッパ。通信音を聞きながら、相手が出るのを待った。


「あ、もしもしあたし、千里ー。ちょっと聞いてよー」



■■■■■



「……しかし、このショップは本当に変なものだらけだな」


 レイベルは店の中を見遣りながら一人呟く。
 奥の方からは月見里が友達と電話する声が聞こえてくる。所々耳に入ってくる会話を聞くと、どうやら愚痴を言っているようだ。しかし、関係のないレイベルは話の内容を無視することにした。


「ふむ。これは……何だか見たことがあるような? 気のせいか?」


 手に取ったのは変わった置物。
 人の形のようなそうでないような……本当に変としか表現のしようのないものだった。彼女は其れを持ち上げ、上下左右と全方向から見遣る。観察が終わったのか、そっと元の場所に置くと、更に次の物に手を伸ばす。
 綾和泉から貰ったコーヒー缶を時々思い出したように手に取り、口に注ぐ。苦いその味が眠気を軽く飛ばしてくれるので丁度良かった。



 ボーンボーン……。


「ああ、もう十時か」


 レイベルは壁の上方に掛けられている時計を見上げながら呟く。
 死神が来るといわれている時刻までは後二時間。ふと真横を見れば、其処には綾和泉の姿が在った。彼女は何処からか取ってきたらしいイスに腰掛けながらショップに置いてある古書を読み漁っていた。他の二人に渡したものと同じコーヒー缶が傍の棚に置かれていて、時々手を伸ばしている。


「死神の鎌、か」


 蓮がそう言って置いていった鎌の傍まで寄る。
 其れは布に厳重に包まれ、レジの脇に置かれていた。彼女は布を軽く解き、出てきた刃に指を伸ばす。それから切っ先の方にまでゆっくりと滑らせた。皮が切れる気配に眉を顰める。そっと指を引けば、薄皮一枚程度だが確かに傷が付いていた。もちろん、その程度ならば血は出ない。


「確かに手入れは良くされている。それに……これは紋章か?」


 彼女は静かに笑う。
 それから飾りらしきものに手を触れ、なぞった。それから窓の方を向き、既に暗くなっている街並みを見つめた。ガラス窓に手をかけ、ゆっくりと開く。外から流れ込んできた空気が僅かに身体を冷やした。


「……死神、か」


 この薄暗く寂しげなショップとは対照的に、街はイルミネーションで溢れ、騒がしかった。



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「で、あの人いつまであそこで本読んでるわけ?」
「……私が見た時からずっとあの形だぞ」
「もうすぐ零時だっていうのに……は、もしかして約束破り!?」
「いや、単純に集中しすぎているだけだろう」


 月見里は蓮から預かった鎌を手に真正面を見る。
 レイベルもまた同じ様に正面を見ていた。
 彼女達が見ているのは当初の目的である死神……ではなく、古書を読みふけっている綾和泉の姿であった。イスに腰掛けたまま一歩も動こうとしない彼女は既に数時間はほぼ同じポーズを取り続けている。疲れないんだろうかと二人は正直呆れていた。
 当の本人はそんな彼女達の声も届いていないらしく、手先が忙しく動いたまま。
 時計を見ればもう十一時五十八分。約束の零時までもう目の前だ。


「死神ってどんなのかなー」
「見る気か?」
「えー、見ちゃ駄目って言われてるじゃないっ」
「じゃあそういう話をするんじゃない。見るのかと思ってしまうからな」
「ぶー。ほら童話とかの死神ってさー、黒いマントを羽織っててどろどろしてる感じじゃない? そんなのが来るのかなーって思って」
「見ないなら気にすることじゃないだろうに」
「想像するのはタダよ、ターダ!」


 ふふんっと月見里は自身の手首を見る。
 其処には蓮から報酬とばかりに頂いたブレスレットがきっちり付けられていた。細い手首に赤い宝石がはめ込まれた貴金属が良く映える。手を降る度にシャラシャラと音を立てるそれに月見里は満足そうだった。


 ボーンボーン……。


 はっと月見里とレイベルは音に反応するかのように顔を持ち上げる。
 時計はきっちりと零時を指し示していた。そして鐘がなり終わるか否か。


 バンっ!!


 正面扉が大きな音を立てて開く音がした。
 見てはいけないと言われている二人は慌てて下を向く。入ってきた風と共にかさかさと葉っぱも吹き込んでくる。綾和泉は相変わらず読書に夢中らしく、死神の訪問に気がついていないらしい。本から視線を外さないあたり、ある意味凄い神経だと二人は思う。


『此処の主人に私の鎌を拾って頂いたとのことで参った。私の鎌は何処かな?』
「それは此処にある。此処の主人は今外出中なので、私達が預かった」
『では返して頂こう』
「待って。貴方がこの鎌の持ち主だと言う証拠は? 本当の持ち主じゃない限りは返さないからね!」
『……確かに、その方の主張も筋が通ってる。じゃあまず……其れを頂こうか』


 そう言って死神は手を伸ばす。
 布が擦れる音がした後、月見里の手首に相手の指先が触れた。布地から垣間見えたもの、それはまるで枯れ木のようにガサガサな皮膚。いや、皮膚で覆われている分まだ良かったのかもしれない。見ようによっては骨と大差なかったのだから。
 その不気味さに思わず月見里は手を引く。だが、手首に嵌めていたブレスレットは既に無かった。慌てて見れば、死神の手の中でブレスレットはざらりと音を立てて砂に還って行く。それからさぁっと砂が舞い、何かを形作った。


『この紋章がその鎌に刻まれているはずだが?』


 砂で形作られたのは確かに鎌に飾り付けられていた紋章。
 其れを見たレイベルは月見里から鎌を取り、彼女は決して死神を見ないように気をつけながら死神に向けて差し出した。
 しかし、月見里は死神を見てみたいという自身の好奇心が擽られ、ばっと顔を持ち上げる。レイベルが慌てて手を差し伸べ、顔を塞ぐ。
 対して死神が彼女達を見つめ……。


―――― その瞬間、時間が凍った。



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 翌日。


「……あの子は馬鹿かい? あたしがあれほど見るなって言ったのに……」


 アンティークショップ・レンに戻ってきた蓮は部屋の中を見て一言言った。


「蓮さんお帰りなさい。用事は済みましたか?」
「ああ、済んだよ。今回は本当に急に頼み込んで済まなかったね」
「いえいえ、私も此処の古書を沢山楽しませて頂きましたからおあいこです」


 綾和泉は持っていた古書を持ち上げ、嬉しそうに微笑む。
 冷めてしまったコーヒーを一気に煽り飲んでビニール袋の中にゴミとして入れた。蓮ははぁあっとため息を吐く。それからゆっくりと足を進ませ、転がっている其れの前でしゃがみ込んだ。
 ぐったりと弛緩した手を掴み、持ち上げる。ぱっと手を離せばそのまま床に落ちた。


「で、……レイベル、死神の方は帰ってくれたんだね?」
「ああ、帰った」
「じゃあいいとするかな。……で、これはどうすればいいんだい?」
「だって騒がしかったから、つい。本当は死神にする予定だったんですけど……逃げられちゃって」
「つい、じゃないよ。綾和泉、あんたの『封印』は結構きついんだからね。煩かったから死神の動きを封じたかったんだろうけど、その影響でこの子は……」
「んにゃぁ〜……」


 蓮は眠っているらしい月見里の頭をぽんっと叩く。
 時刻は午前八時を回ったところ。つまり、朝である。


「まあ、この子が死ななくて良かったと言う事でミスは見逃して下さい」
「眠っているだけならいいさ。はい、二人ともお疲れさん。もう帰ってくれて構わないよ」
「お疲れ様でした。それでは」
「では失礼する」


 お辞儀をしてすたすたと出て行く二人。
 各自目的のものを購入するのは忘れない。


「ふにゃぁ……すぴー……」
「馬鹿な子だよ。今回は運が良かったから良いけれど、好奇心は身を滅ぼすというのにねぇ。さて店を開店前までには起きて貰わないとね」


 蓮はもう一度ぽんっと月見里の頭を叩く。
 彼女はふみぃーだかふにゃーだか変な寝言を呟いた。



……Fin





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0606 / レイベル・ラブ / 女 / 395歳 / ストリートドクター】
【0165 / 月見里・千里 (やまなし・ちさと) / 女 / 16歳 / 女子高校生】
【1449 / 綾和泉・汐耶 (あやいずみ・せきや) / 女 / 23歳 / 都立図書館司書】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。発注有難う御座いましたv
 発注分の最後が死神を見るとの事でしたので、このように回避させて頂きましたっ。元気溌剌な女性とのことでしたので、その部分が出ていると嬉しいですv