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<東京怪談ノベル(シングル)>


【続・大人気分】
 春の嵐が過ぎ去り、そろそろ花の便りが繚乱になる。そんなある日の事だった。
「おはよー‥‥」
 多少げんなりした表情で、教室の扉をくぐる浅海・紅珠。今日も賑やかなクラスでは、数日ぶりの登場に、こんな声がかかる。
「お? もうジンマシンはいいのか?」
「ああ。酷い目に合った‥‥」
 クラスメイトの台詞に、不機嫌そうな声で答える彼女。パッチテストをやらなかったおかげで、皮膚がカブれて偉い目にあったのが、その原因だ。
「おはよう。今日も可愛いなー」
「いーなー、やってくれてー」
 もう1つの原因である、クラスの美少女ちゃんは、本日母親にやってもらったと思しき縦ロールをご披露中だ。もっとも、周囲にいるのは、うらやましそうな女の子や取り巻きなのだが。
(くっそー。俺だって、かぶれさえなければっ)
 そう思う紅珠。まぁ、アレルギー反応と言うのは、体調と精神力に依存する部分も多いそうなので、次もまたなるとは限らないのだが。
 しかし、仲間になるわけにも行かず、ぺらぺらと喋っているクラスメイトの話に、耳を傾けるだけになってしまう紅珠。と、そこへ、こんな会話が飛び込んできた。
「わぁ、爪も綺麗〜。マニュキア?」
「ううん。磨いただけだよ」
 どうやら、件の少女は、今度は爪の手入れを始めたらしい。首を伸ばして覗き見ると、その子の爪は、まるで何かを塗ったかのように、艶やかな輝きを放っている。
(そうか! お肌がかぶれるなら、かぶれない場所でやればいいんだ!)
 それを見て、はたと自分のおててを観察する紅珠。元気で駆け回るそのおてては、ちょっとやそっとの刺激では、へこたれそうにない。
(爪ならかぶれない! えぇと、ネイルアートだ! あれなら俺でも出来るし、ショッピングセンターまで行かなくても、かっこ可愛いの売ってる!)
 春の新色フェアとか言うポスターが、べたべたと貼ってあったのを思い出す紅珠。確か、近所のコンビニでは、化粧品の取り扱いもやっていた筈だ。しかも、結構リーズナブルな。
「何か浅海が燃えている‥‥」
 うふふふと不気味な笑みを浮かべて、授業に臨む彼女に、クラスメイトは怯えたように顔を見合わせるのだった。

 放課後。
「ただいまー。いってきまーす」
「おー」
 早々に帰宅した紅珠は、ランドセルを部屋に放り投げると、小遣いを握り締めて、近所のコンビニへと向かった。キャンペーンだかコラボレーションだか知らないが、お姫様っぽいキャラクターの宣伝するマニュキアは、どれもパールの入った、小学生にしては少々大胆な色ばかりだ。
「‥‥‥‥マニュキアって、結構高い‥‥もんだな‥‥」
 ショーケースの前で、顔を引きつらせる紅珠。この間見た化粧品よりは、遥かに安いが、それでも小学生の金銭感覚からすれば、お値段の張るものである。
(どうしよう。俺の小遣いじゃ、1本しか買えない‥‥)
 握り締めたお財布には、500円玉が2枚。この後、各種必要道具を揃える事を考えると、無茶は出来なかった。
(候補は、これとこれとこれ‥‥。あ〜! 悩む〜!!)
 並んだマニキュアは、どれも魅力的な色だ。サンプルとして並んだネイルチップに、自分の指を当てながら、悩むこと30分。
「か、買っちゃった〜☆」
 紅珠が選んだのは、ビビットな赤いマニュキアだった。念願の化粧品ゲットに、自然と顔も綻ぶ。女性が欲しいものを手に入れて、うきうきとしてしまうのは、年齢を問わない模様。
(次は、えーと‥‥、ベース&トップコートで‥‥。えぇと、どれ買ったらいいんだろう‥‥)
 早速使おうと思ったものの、コンビニの本棚に並んでいる女性誌には、ソレだけでは足りない事が記されている。かと言って、店で買えば、お小遣いはあっという間にレッドゾーンへ突入だ。
「紅ペンなくしちゃってさー」
「ここで買うより、向こうの100均で買った方が安くない?」
 と、紅珠は、入ってきた女性客が、そんな話をしているのを耳にする。
(そうだ。確か爪切りは、駅前の店で売ってたっけ。あそこなら、なんかあるかもしれない!)
 おやつを買いに行く店で、手入れ用品のコーナーがあった事を思い出した紅珠。マニキュアをポシェットに納め、その足で駅前の100円ショップへと向かった。
「わぁ‥‥」
 思わず歓声を上げる紅珠。ずらりと並んだネイルアートグッズ。全て100円。ベース&トップコートは言うに及ばず、鮮やかなポリッシュも、専用筆も全て100円。
(って、マニュキアも売ってるじゃんか! まぁ、オバサン色ばっかりだから、いいけどさ‥‥)
 そこへ来て、色はここで揃えれば良かったと後悔するのだが、それはそれ、新色代だと思えば、腹もたたない。
(へー、本もあるんだ)
 見れば、最近はこう言った店で用具を揃え、自宅でアートを始める御仁も少なくないらしく、『カラフル!』だの『素敵なネイルアート』と言った文字の躍った教則本が、これまた一冊100円で並んでいた。
(えぇと、必要な物は‥‥)
 感心しつつ、紅珠は、早速周辺のあれこれを物色し始める。
「小学生が化粧だって」
「まだ早いってカンジー」
 学校帰りの制服組が、ちらちらと揶揄するような視線を送ってくるが、そんなものは心の中で(余計なお世話だ!!!)と悪態をついて、無視する事にした。
(えと、必須なのはベース&トップコート‥‥。これはセットになってるから、1本で良いだろ。後、ウッドスティックと、あと‥‥うわ、全部買ったら、予算オーバーだ!)
 置かれていた本を拝借して、それを片手に、必要そうなものを、買い物籠へ放り込む紅珠。しかし、一口にネイルアートと言っても、結構色々なものが必要で、教則本通りに買ったら、あっという間に小遣いの範疇を越えてしまう。
「合計500円になります。ありがとうございましたー」
「うう、今月のお小遣いが消えちゃった‥‥」
 30分後、悩みに悩んで彼女が購入したのは、ベース&トップコート、シール数種類に、ラインストーンのセット、そして失敗した時用の除光液だった。
(後は、家にあるので何とかしよう‥‥。竹串くらいはあったよな‥‥。爪楊枝もあったと思うし‥‥)
 細かい所をやる筆は、家にある串や楊枝で。コットンパフはティッシュで代用すればいいやとの考えからだそうで。
「ただいまー。パソコン借りるねー」
 一言断って、電源を入れる紅珠。
「ネイルアート‥‥っと」
 検索をかければ、教本代わりになるサイトが、ごろごろと表示される。
(へぇ、結構沢山あるんだね)
 そのサイトにも、基本的なネイルの塗り方から、かなり本格的なものまで、誰でも出来る様に、方法が記されている。
「よし、これにしよう!」
 その中から、彼女が選んだのは、キャンディの様にカラフルで、シロップの様に甘い印象の、グラデーションのかかった塗り方だった。
(まずはベースコートから‥‥)
 どのサイトでも、本格的に塗る前に、ベースコートを塗りなさいと書いてある。透明なその液体を、紅珠は慎重に、自分の爪へと乗せる。
「あ」
 が、小さな爪に粘性の高いたっぷりとした液体。慣れていない紅珠は、小指の上で、ダマを作ってしまう。慌てて伸ばすものの、でこぼこになってしまった。
「上手く行かない‥‥。えぇん、やっぱりスポンジ買っておけばよかったかも〜」
 おまけに、爪の周囲にまで液体が飛び散ってしまい、泣きそうな声でそう呟く紅珠。
「お嬢、何してるんだ?」
「毛づくろい」
「おー、色気づいてきたな」
 帰ってくるなり、部屋にこもりっきりの彼女に、仕事で来ていた野郎どもがくすくすと、微笑ましく見守っている。
「そこ、聞こえてるよ!!」
「うはーい」
 そんな野次馬を一喝して散らすと、紅珠は深呼吸1つして、自分にこう言い聞かせる。
(落ち着け。除光液はあるんだから、落とせばいいんだ)
 除光液は買ってある。ティッシュは、新しい箱を1つ開封した。ふき取れば、最初からやり直せる。
(あ、そうだ。今度はちゃんとパッチテストやっておかないと!)
 前回の教訓から、うっかり肌についてエラい目を見る危険性を覚えた紅珠。ティッシュに除光液をひとたらしし、自分の腕に押し付けてみた。
「なんかシンナーくさいぞ」
「うるさいなー。下だって同じだろ。俺は今、大事な作業の真っ最中なんだから、文句言うなー!」
 野次馬が文句を言うが、そんな事言ったら、仕事場なんかもっとすごい臭いがする。「へいへい」と散って行く大人達を見て、ぶつくさと文句言う紅珠。
「まったくどいつもこいつも‥‥。そろそろいいかなー」
 ティッシュをひっぺがしてみると、赤くも痒くもなっていない。どうやら大丈夫のようだ。
(んで、次は‥‥、ちょっとづつ塗って行く‥‥で良いんだったよな)
 試行錯誤する事数回。何とかベースコートを塗り終わり、乾いたなと思った紅珠は、いよいよメインの色であるパールビビットレッドの封を切る。
「あーもう! 左手は上手く行くのに、右手が上手く行かないーーー!」
 数分後、やっぱり悲鳴を上げる紅珠。大人でも、利き腕と反対側は上手く行かないと言う者もいるのだ。ましてや初めて色を塗る小学生なら、なおさらである。
(えぇと、トップコート塗る前に、シール張らないと‥‥)
 それでも、何とか綺麗に塗った紅珠は、そう言ってシールを指先に取り、爪の上に乗せた。
「げ‥‥。またやり直しだ‥‥」
 生乾きだったらしく、爪には自分の指紋がべったり。せっかく塗った模様も、既にぐちゃぐちゃになってしまっている。悲しい顔をする紅珠。
「どうしよう‥‥。何々‥‥、小さいものには、ピンセットを使え‥‥?」
 何度やっても、指紋が付いてしまう。調べて見ると、シールやラインストーンの様な小さなものには、ピンセットを使うと良いとの事。そう言えば、学校の授業で顕微鏡のカバーグラスをかける時も、ピンセット使ったっけ‥‥と思い出す紅珠。
「よし、出来た〜!!」
 教材で使うピンセットを引っ張り出し、チャレンジすることさらに数回。紅珠の爪が綺麗に染まる頃には、おやつの時間はとうに過ぎていた。
「完成したらしいな」
「えへへへ。見て見て〜」
 喜んで自慢しに行くと、「へー」「ほー」「ふーん」と、中々に感心された模様。好感触を得た紅珠は、クラスメイト達にも見せに行こうと、小学生の溜まり場になっている、近所の公園へと向かうのだった。

 ところが。
「浅海ー! ボールそっち行ったぞーーー!」
「へ? おわっ!」
 公園に入るなり、男子の声がして、サッカーボールがぶっ飛んで来る。その程度を受け止められないような軟弱者ではないので、キーパーよろしく受け止める紅珠。
「あっぶねぇなぁ! よく見てシュートしろよ」
「おー、悪ぃ悪ぃ」
 いつもの感覚で、飛んできたボールを蹴り返す紅珠。異変はその直後に起きた。
「あれ? 何かキラキラしたのついてる」
「え? あーーーー! しまったーーーーー!!」
 ボールを取りに来た男子がそう言った。見れば、せっかく取り付けたラインストーンが、ボールをキャッチした衝撃で剥がれ落ちてしまっている。
「せっかく苦労して貼り付けたのにー!」
 ぷりぷりと怒る紅珠。男子連中が「そんなに怒らなくても‥‥なぁ?」「うん‥‥」と話しているのも、耳には入っていない様子。
「あー。酷い目にあった‥‥。ただいまー」
 結局、爪を庇っていたせいで、ろくに遊べなかった紅珠。多少プリプリとしながら、家に帰ると。
「こらぁっ! 俺の大事な化粧品をぞんざいに扱うんじゃねぇ! まったく。乙女心がわかんねぇんだから‥‥」
 テーブルの上に置いてあった大事なネイルアートグッズが、まとめて適当に棚の端っこに積み上げられていた。慌てて引っ張り出し、机の本棚に並べなおす。まるで、お気に入りの人形を並べるかのように。
 災難はそれだけでは終わらなかった。紅の色づいた指先にツッコミが入ったのだ。
「なぁ、その爪‥‥学校付けてっていいのか?」
「そ、そう言えば‥‥っ」
 はたとカレンダーを見る紅珠。今日は平日。明日も平日。学校のある日。
「しくしく‥‥。せっかく3時間かけたのに‥‥」
 夕飯後、泣く泣く除光液を浸す彼女。こうして、紅珠のネイルアートは、僅か半日足らずで幕を閉じるのであった。
 がんばれ紅珠。負けるな紅珠。おされな魔女になる日まで。

●ライターより
教訓:お洒落の道は1日にして成らず。ちなみに俺は挫折しました(待て)。まぁ、女の子と生まれたからには、一度は通る道と言う奴ですな。
お気に召していただければ幸いです。