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花見ウィズ茸
ひらひら、と桜の花弁が舞った。薄紅色に彩られた風が、行き交う人々の頬を優しく撫でていく。
びゅう、と吹く風はまだ少しだけ冷たい。だが、それ以上に太陽は暖かく降り注いでいる。冷たい風を暖めるかのように。
藤井・蘭(ふじい らん)は手をそっと伸ばす。優しく手を繋がれ、一緒にいる人たちと空を見上げる。ひらひらと舞う薄紅色の花弁が、青空に良く映える。満開にはなっていないものの、八分咲きくらいの桜の花は春の訪れを褒め称えているかのようだ。
美しい世界、暖かな空、優しい掌。
ひらひらと舞い散る薄紅色の桜を、蘭はその大きな目に焼き付ける。いつでも、鮮明に思い出せるように……。
「……綺麗だったのー」
家族と花見に行った数日後の出来事だった。その時の写真を絵葉書風に加工し、プリントアウトしたものを貰ったのである。葉書をじっと見つめ、蘭はぽつりと漏らす。
「キャサリンちゃんにも、見せたいのー」
薄紅色は、キャサリンの赤い傘に良く映えるかもしれない。以前一緒に花見をした時、嬉しそうにしていたのを思い出したのだ。
きっと、桜の花を見たらまた喜ぶだろう。
「キャサリンちゃん、呼んでみるのー!」
ぱあ、と蘭は顔をほころばせる。そして絵葉書として使うために、住所と名前を書き入れた。更に通信蘭の所にもちゃんと書き込む。
一緒にお花見に行こう、と。
書き上げた絵葉書を見つめ、蘭はにこっと笑った。そして切手を貼り、ポストへと投函した。
「これで、一緒にいけるのー」
蘭はそういうと、急いで帰って準備を始めた。お花見に必要になるであろうもの達を。
敷物になるシート、一緒に写真を撮る為のカメラ、家族に頼んで作ってもらうお弁当と水筒。勿論、おやつも忘れてはならない必須アイテムだ。
「おやつは三百円までなのー」
蘭はそういうと、満面の笑みを浮かべる。何処からか仕入れた情報が、蘭の楽しみな心を更に掻き立てるのだった。
更に数日後、キャサリンから了承の返事を貰い、お花見の日取りも決めた。蘭が家族に頼み込み、お弁当もおやつもばっちり完備だ。
出かける前、蘭は忘れ物が無いかどうかを熊のリュックを開けて確認する。お弁当、水筒、シート、カメラ、ハンカチとティッシュ。勿論、おやつもばっちり入っている。
「忘れ物はないのー」
蘭はそういうと、まっすぐにキャサリンとの待ち合わせ場所に向かう。目印となる銅像の前で、ぴょこんぴょこんと動く赤い物体が視界の端に映った。
まるで、銅像から寄生したかのようなキャサリンの姿である。
「キャサリンちゃん、早いのー」
蘭がそう言って駆け寄ると、キャサリンはぴょんぴょんと跳ねてからぐにぐにと照れたように体をくねらせた。
嬉しいという感情表現のように見える。
「キャサリンちゃんも、楽しみだったのー?」
蘭が小首をかしげながら尋ねると、キャサリンはこっくりと傘を縦に振った。よっぽど嬉しかったらしい。蘭もつられて嬉しくなり、満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、一緒にお花見にいくのー」
ぐにっ。
再びキャサリンが大きく傘を縦に振った。
蘭は植物の気持ちが分かるのだけれど、キャサリンの気持ちは何となくしか分からない。それはキャサリンが菌類だからであろうか。
「この前僕がいった所はねー、凄く綺麗だったのー」
ぐに、とキャサリンが小首をかしげているかのようなジェスチャーをする。今から行く所はどうなのか、と聞いているかのようだ。蘭はそれを察し、にこっと笑う。
「今日行く所もきっと綺麗なのー」
キャサリンがぴょこんと飛び上がる。綺麗な桜を見るのが、本当に楽しみなようだ。
「キャサリンちゃん、今日行く所以外の桜を見たりしたの?」
てくてくと歩きながら尋ねると、キャサリンは少しだけ迷った後に傘を横に振った。
「前、お花見をみんなでした所はー?」
蘭の問いに、キャサリンがぐにっと小首をかしげる。
「前やったの。おにぎりが一杯あって、楽しかったのー」
更にいうと、その時のキャサリンは桜の花に軽い嫉妬心を抱いて姿を消していた。皆で捜索し、見つけ出してからお花見を開催したのだ。
あの時も、ひらひらと薄紅色の花弁が優雅に舞っていた。
キャサリンは、ぐにっと頷いた。その時のことを、思い出したのだろう。
「あ、キャサリンちゃん!桜なのー」
蘭は目の前に広がる薄紅色の世界に気付き、指差した。キャサリンもそちらを見て、ぴょんと飛び上がる。
ひらひら、と桜の花弁が風に乗って舞っている。
「綺麗なのー」
ぐに、とキャサリンも頷く。道端に咲く、大きな桜の木に二人はしばし見とれた。歩を進めるごとに、道沿いに小ぶりな桜の木が植えられていた。それらも確かに美しい薄紅色の花を咲かせているのだが、何よりも真正面に聳え立つ一本の巨大な桜の木に目を奪われて仕方が無かった。
美しい世界。
ひらひらと舞い散る薄紅色。
空を見上げれば、青空が広がっている。そんな中、蘭とキャサリンはてくてくと歩いている。口に、笑みを携えて。
「キャサリンちゃん、あの桜の木の下で一休みするのー」
蘭がそういうと、キャサリンはぐにっと頷いた。蘭はキャサリンが同意してくれた事が嬉しくて、にこっと笑う。
「まるで、桜のトンネルなのー」
キャサリンが嬉しそうにぐにっと頷く。ぴょんぴょんと飛び跳ねる様は、その美しさに喜んでいる以外の何ものでもないジェスチャーである。
そうして目の前に立つ桜の木に、二人はようやく辿り着く。
「ついたのー」
蘭がそう言って見上げると、遠くから見た以上に桜の木は大きかった。
「綺麗なのー」
ぐに。
嬉しそうに言う蘭と、同じく嬉しそうに頷くキャサリン。
『ありがとう』
ふと、声が聞こえた。蘭は「ほえ?」と言いながらきょろきょろと辺りを見回す。
「キャサリンちゃん、何か聞こえたのー?」
蘭の問いに、キャサリンは傘を横に振る。そしてぐにっと小首を傾げた。
「僕にも分からないのー」
『私だ、可愛い子』
再び聞こえた声に、蘭はそっと見上げる。その声は、確かに上から聞こえてきたのだ。そして暫くし、気付いた。
「桜の木さんなのー?」
キャサリンが不思議そうにぐにっと傘を傾げる。すると、桜の枝が反応するようにぎしぎしと撓り、ひらひらと桜の花弁を舞わせた。
「ここで、お弁当とか食べていいのー?」
『構わないよ』
快諾してくれた桜の木に「ありがとうなのー」と礼をいい、蘭は熊のリュックから持ってきたものを取り出す。シートを広げ、伸ばすのはキャサリンが傘と体を使って器用に成し遂げた。
「キャサリンちゃん、ありがとうなのー」
蘭はにこっと笑ってそう言い、お弁当を広げて水筒を取り出した。ぱかっと音をさせながら開け、コップに注ぐとそれは薄紅色の色をしたお茶だった。
「桜茶なのー」
ぐにぐに、とキャサリンが頷く。蘭はもう一つコップを取り出し、こぽこぽと音をさせながら注ぐ。そして桜茶の入ったコップをキャサリンの前に置いた。
「かんぱい、なのー」
ぐにっ。キャサリンはコップを持てない為、傘を縦に曲げる事で乾杯の意を伝えた。
ひらひらと舞う薄紅色の中で、きらきらと花の間から光っている太陽の光を浴び、家族が作ってくれた弁当を食べ、キャサリンと二人で乾杯をする。
その時間が妙に胸をくすぐって、楽しい。
「キャサリンちゃん、楽しいのー」
蘭の言葉に、ぐにっとキャサリンは頷く。
「桜の木さん、ありがとうなのー」
ざわ、と桜の木が揺れる。優しい声で『どういたしまして』と言っている。
「また、こうして一緒に桜を見れたらいいのー」
蘭はそう言い、お弁当に入っていたおにぎりを口に頬張る。中身はシーチキンだった。
「あ、そうそう。この後はおやつを食べるのー。三百円までなのー。それで写真も一緒に撮るのー!」
蘭が頬に米粒をつけたままで言うと、キャサリンはぐにっと頷いてからぴょんと跳ね上がった。
薄紅色の風が優しく頬を撫でるのに、喜びを確かに感じるのだった。
<茸と一緒のお花見を楽しみ・了>
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