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<東京怪談・PCゲームノベル>


■猫の王様お倒れになる■



 いわゆる家猫の弛緩して腹を曝け出すという無防備な、お前本当に猫か猫なのか、と持ち上げて問い質したくなる寝姿な猫の王様。
 その上に茶々さんが乗っかって更にその上に乗っているのは――日常の彼女の姿からはなかなか繋がらない満たされて蕩けた笑顔で茶々さんごと抱き締めて腹毛に頬を埋めているのは、そう、シュライン・エマ。
 草間興信所の頼れる敏腕事務員兼調査員……の、はずなのだけれども。
 依頼他、諸々の仕事を冷静かつ迅速に片付け必要ならば協力を求め報酬交渉もお手のもの。草間兄妹の生活費さえ彼女がおらねば捻出されないのではないかと評される程の金銭感覚他色々を溢れる程に所有する彼女は今現在、それらの表現から非常に程遠い空気に浸かりきっていた。

 それは一言でいうならまさに春。日向ぼっこしている猫な感じ。
 あの陽だまりに前足の先を曲げて蹲る、とぐろを巻くようにして微睡む、そんな瞬間の閉ざされて独特のラインを描く目もとや笑っているような口元の猫達を思い浮かべてみるといい。その空気にシュラインはぴったりとはまりこむのだ。

 あー、とか、うー、とか、第一声に悩む唸りさえ遠慮がちにしながら困惑するのは、巻き込んでやるとばかりに電話をかけた最初の相手が草間武彦だった為に結果的に彼女を招くことになったアルバート。
 事情を聞いたシュラインの提案で食事をあける皿と水、それからスポイトを探し出して(そもそも翻訳稼業の男の部屋にスポイトはそうそう転がっていないのだ)戻ってみればやたら弛緩しきった世界が展開されているのはどうすればいいのだろう。
「というか、俺の居ない間にどれだけ歩み寄ったのかなこの人」
「――あら」
 おっといけない。
 第一声は思ったことがぽろりと零れてしまったようだ。
 大人一人と子供二人とそれから標準サイズの猫多数の視線が集まる中で、アルバートはんんと控えめに咳を落として一同の傍に寄る。さりげなく猫から離れるかと思われたシュラインは、多少気恥ずかしそうな様子があるものの相変わらず巨大猫の前足を掴んだまま……流石に腹毛に埋もれて抱きつくのはアルバートの声が洩れた時点でやめたけれども。
「茶々さんまで乗せて何をやってるかと思った……」
「あんまりふかふかだから、抱き締めてる間につい、ね」
「なるほど」
 まあ茶々さんは可愛いから抱っこはしたくなるなぁとぽつりとアルバートが零す。
 猫の前足の毛並みに沿って撫で、ときに肉球をつつきながらシュラインが何とも言いがたい視線を水を入れた器を床に置く彼を見た。その先では他の猫達が器に寄るのを眺めつつ「シィも可愛いからね」と笑いかけるその横顔。
 ふ、と生温い気持ちを自覚しながら持ち上げた前足をそっと握ってみる。
『ぇぷん』
 猫の顔の造りのせいだけではない、明らかに幸せそうな寝顔。
 握り返すように前足が小さく曲げられて柔らかい肉球の感触がシュラインの手の平を包んだ。
『ぷふ』
 頬の毛がヒゲと一緒にぴくぴく動いて寝たり立ったり。
 ちらりと眺める腹毛は相変わらずふくふくとした曲線を覆って時折微かな風に揺れて。
 その向こうでは尻尾がゆらり。
 唇の両端が、軽く噛むように締められているのをシュラインは自覚していたのだ。
 だって、だってそうしないと。
 くぁ、と猫の王様の向こうで一匹の猫が大きな欠伸。


 ――だって、にやけるのだ。顔が。


 その唇から頬からその内側から微妙な力加減で笑みを抑えるシュライン・エマ。


** *** *


 さて、少し遡ってみよう。

 事情を聞いて草間武彦に代わり招かれてくれたシュラインが最初に確かめたのは「王様は貰った物を取り置きしておいたのではないか」ということだった。
 原因とおぼしきマタタビ酒の製作者は外出中であるが、その魔女志望娘の作品は基本的にというか今迄の経験からすれば一日程度の効果時間のはずなのだ。茶々さんが飲酒を見たのが四日前、再訪問して様子が違って覗いて発覚、というその時間はあまりに長過ぎる。
「だからね、この効きが深過ぎるのは、王様が取り置き分をひっそり起きて飲んでまた倒れた……なんていう可能性もあるんじゃないかと思って」
 奥歯を噛み締めているような頬の強張りを時折見せながら(つまり緩む表情を堪えていたのだろう)シュラインがそう言えば、しばらく考えるように天井を見てから妖精さんは首を振った。横に踊る赤毛を追って猫達が頭をくるくる動かすのがまたシュラインの頬に力を込める。
「飲んでないです」
 茶々さんの返答に続けて「んんにゃっ」と元気に鳴く猫までいて意味もなくシュラインの視線が彷徨う。アルバートと椎名は王様の腹の上によじ登った猫を下ろしていたので、敏腕事務員様の挙動不審気味な態度には気付かなかった。
「見てくるですか?」
「そうね、お願いできるかしら」
「はい」
 どれだけ猫に意識が向いていようと、猫達のふかふかした毛並みに気が取られようと。
 声は親しい者でなくば気付かない程度の震えに留める辺りが流石である。
 アルバートの部屋経由で王様の住居に移動した茶々さんを見送って、それから猫の王様を見る。
 思い出したように「あふ」だとか「けぷ」だとか幸せそうな声を洩らしている王様のふかふかの……それを見るシュラインの表情はどこか少女めいて普段とは異なる空気を漂わせていたのだけれど、哀しいかな、そのとき居たのは椎名と子供好き男だけであった。
 その子供好き男アルバートが王様の寝そべる位置をずらして――室内に運び入れたところでシュラインが到着したので――柔らかいタオルケットに乗せてやったのを確かめる。
「食事とかどうなのかしら」
「……さあ……」
 サイズだけでも明らかに普通の猫じゃないし気持ち良さそうに寝ている様子から失念していた。
 そういうことだろうと読み取ってシュラインは、床に置いておいた袋を示す。
「猫の食事持って来たから、これで問題ないなら食べやすくして口の中に入れるのはどうかしら――栄養取れないで衰弱、というのも有り得るし」
「ああ、そうか。うん多分大丈夫だろうね」
「スポイトなんかもあればお願いしたいわ」
「……あればね」
 まず皿用意してくるよ、とすぐに立ち上がるアルバートの背に声をかけてからシュラインは相変わらず幸福そうに寝こける王様へ顔を向けた。ちょろちょろと他の普通サイズな標準猫がうろついている。
「だめよ、王様重いじゃないの」
 ね?と小さめの猫が王様の腹に上るのを止める隣で今も猫と無言の交流中なのは椎名。
 それにしても、ともう一人の子供が大人しくしているのを確認してから、彼女が黒髪の奥から青い瞳を向けるのは結局デカ猫の腹だ。そう、猫の王様はデカ猫。
 実を言えばシュラインの憧れなデカ猫。
 その腹が上下して毛を揺らす。
 猫達が乗るということは何かクッションみたいなのだろうか。触っても気にならない程に熟睡しているのだろうか。いや熟睡だ。頭をがつがつぶつけつつ運ばれて来たはずなのだから。
『ぅぁ、ぷ』
 少し王様の口が開いて舌が覗く。ヒゲが跳ねる。
 ああ揺れる腹毛は密できっと王様はダブルコートの猫なのだ。

 そろりと。

 シュラインはついにその腹に手を伸ばす。
 いや別にそんな葛藤はしていない。ただ軽い、本当に軽い興奮を自覚しつつあっさり腕を伸ばしている。指先が目指すのは当然ながら王様の腹というか腹毛。
「うわぁ……」
 感動の声だ。
 まさしく感動の声。瞳はきらきらと子供達の純真さを湛えて王様を見、唇はついに綻びその満ち足りた声を溢れさせる。
 もふり。
 綺麗に整えられた爪が毛に隠れて指も隠れて――ああ、ふかふかだ。ふわふわだ。ぽんと小さく押さえてみればもふもふと何か奇妙な安らぎを覚える感触が。
「……わはは」
 奥から「スポイトスポイト」と呪文紛いの声が聞こえるが、シュラインはそのまま王様と称されるぶっちゃけデカ猫を構い倒していた。ふかふかふわふわ。
「王様やっぱり四日前に全部飲んでるです」
「お帰りなさい茶々さん」
 そうして程好く気持ちまで蕩けたところで戻ってきたのが茶々さん。
 ちょいちょいと優しく手招きする見知った興信所の所員なシュラインに、なんの警戒を抱こうか。
「えい」
 ぎゅーっと王様とセットで抱き締められて、そして茶々さんごとシュラインが王様の腹毛に顔を埋めてみたところでアルバートが戻ったのである。


** *** *


「まあ気持ちは解らないでもないけど」
「そうね、本当に触り心地も良くて」

 擂り潰した猫のエサとスポイトに入れた水。
 王様にそれらを与えながら大の大人二人が話すのは、先程の『どれだけ歩み寄ったのかなこの人』という話題だ。スポイト捜索している間のことを話すシュラインを、いささか物珍しげに横目で見るアルバート。
 よっぽど幸福だったんだな、とただそればかりの感想。他に何を思えよう。
「アルコールというかマタタビというか、分解の助けになるかしら」
「しないよりマシってことで」
「確かにね」
 猫達が王様の傍やまたしても腹の上に乗って二人が手を動かすのを見ている。
 流石に腹の上はお子様二人にお願いして排除して頂きつつだ。

『朝霧ちゃんに確認取った方が確実で安心よね』

 色々な意味でね、と言われて王様はまだまだ寝こけていらっしゃる現在。
 シュラインとアルバートはお子様達と猫達に見守られつつ、王様が衰弱しないようにと食事をせっせせっせと口元にお運びしているという次第。
 救いは巻き込まれた興信所の事務員様が非常に幸福そうであることだろうか。
 むしろうきうきというか、うっとりというか、時々手を休めては王様の前足を持ってみたり腹毛を撫でてみたり頬毛をくすぐってみたり。

 意外な一面というか興信所の所長に見せてやりたいああでもどうせ長い付き合いならどこかで見たこともあるかな、などとぐるぐると考えながらアルバートはスポイトへ水を吸い上げる。
 彼の視界の中ではお子様二人が猫達と交流を深めていて、その非常に非常に愛らしい様子にへろりと頬が緩んだ。
「……ねえ、アルバートさん」
 この日だけで何度目だろう。
 彼の子供大好きオーラを生温く眺めるシュラインは、王様の食事を一度置くと彼に呼びかける。
 はい?と振り返る彼の表情がまだ蕩けているのを苦笑しながら静かにそっと、肩に手を乗せてこう告げた。心底からの思いを篭めて。
「頑張れ」
「え?」
「一線越えちゃ、駄目よ?」
「は」
 色々な意味でこの男、ちょっと心配だ。
 何度も目にしてはいるがアルバートの子供好きっぷりは、いまいち世間一般から見ると危険域な印象を抱かせるのである。いやそういった意味だけの心配ではないけれど、ないけれど、やはり心配だ。
 唐突な彼女の発言に理解しかねるアルバートの肩を「気にしなくていいから」と言いつつぽんぽんと更に繰り返して叩き、ついでに言葉も重ねて告げた。

「とにかく、頑張って」
「……ありがとう」
『えぷぅ』

 解らないなりに頷いたアルバートの声に重ねて王様が、例の満足そうな吐息を洩らす。
 瞬間に蕩けたシュラインの顔を見ながら、この子供好き男は「あなたもね」と返そうかと思いもしたのだが――なんとなく飲み込んでおいた。
 ただ非常になにやら不穏な心配のされ方な気はしたが、それも問い詰めずにおこう。
「とにかく四日間も酔っ払って寝てるなら、栄養も不足してるはずだもの」
 至福、と顔に書いていそうな様子で再び王様に食事をさせているシュラインをちらりと見、それからお子様二人と猫達を見、そしてアルバートはなんとなく蛍光灯を見た。

「朝霧ちゃん、そろそろだと思うけど遅い……」



 ――その塚本朝霧であるが。

「ところでこれ、人間用の試作品だったりしない?」
「マタタビだし違うとは思うけど……俺には朝霧ちゃんの発想はちょっと」
「うーん……違うならいいんだけど」
「気になることが?」
「そうじゃなくて、人間用が元々だったなら武彦さんが危ないでしょう?」
「――ああ。そうか」
「重々気をつけてもらわなくちゃ」
「飲んで意識不明になるのはまずいね」
「とても困るわ。勿論、なんとかするけど」

 そんな会話を、猫の王様のふかふか具合に喜ぶシュラインとお子様二人の愛らしさに喜ぶアルバートが交わしていた頃に。

「あーそっか、人間用で昏睡か。む、ちょっといいな」

 当人、廊下でばっちり聞いてうんうんとなにやら閃きつつあったりしたことは、大人達も子供達も猫達も誰も知らなかった。



 草間武彦が被害を受けるのかは、酔って寝こける猫の王様さえも知らない。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 猫の王様の腹毛は柔らかかったでしょうか。
 意外な一面を見せて下さりありがとうございます。ライター珠洲です。
 なにやらひたすらに猫との関わりばかりの描写ですが、むしろシュライン様は草間氏のその後まで心配なさるかもしれませんね。所長の無事については頑張って守ってあげて下さいませ。
 アルバートについては、本人が正常なつもりですから……!