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<東京怪談・PCゲームノベル>


交差する刻 〜Auberge Ain〜にて 



 青く澄み渡った空は、住み慣れた日本とは違った色を見せている。
 比嘉耶棗は、赤い絨毯の上をゆっくりと歩いていた。
 歩くたびに自分でアレンジした着物の裾がひらひらと揺れ、透き通った布が光で煌めいている。
 棗は、長い廊下の途中で立ち止まり、開け放たれた長細い窓の外を見た。
 光が一瞬、鋭い矢となって棗の青い瞳を射る。
 瞳を瞬かせて、明るさに慣れると棗は気を取り直して、眺めた。
 遠く地平線まで見渡せる館は崖っぷちに建っており、館以外周囲には何も無かった。
「あ、…猫…」
 緑豊かな庭を黒猫が、優雅さを感じさせるなめらかな動きで歩いていく。
 午睡のために暖かく日当たりの良い場所を探しているのだろうか。
 棗は黒猫を動きを瞳で追う。
 やがて黒猫は昼寝に最適な場所を見つけたらしく、樹の枝に飛び乗った。
 黒猫の短い旅を見届けた棗は、自分も一緒に楽しませてくれた猫に微笑みを送り、再び館の中を散策し始めた。



「何処なのかな……、ここ。誰も居ないし」
 てくてくてく。
 歩いてみても、人気のない館の中は外の明るさと対照的に何処か寒々しい雰囲気を醸し出してい、余計に誰かいないかと探してしまう。
 人がいれば、印象が変わるだろうが、今はまだ棗だけだった。
「疲れちゃった」
 廊下の奥まで辿り着いた棗は、地下へ続く階段を見つけ下っていく。
「こういう洋風の建物って……、地下に厨房があったりしたんだよね…」
 前に観た中世を扱った洋画に出てきた建物を思いだし、記憶をなぞる。
 壁に掛けられた蝋燭の灯りが棗の影を投影する。
 途中まで階段の数を数えていたが、予想通り厨房が現れたのに棗はほっとした。
 クイズの正解を見た気持ちだ。
 中に立ち入ると、棗は水が貯蔵された素焼きの大きな水瓶に食器棚に並べられていた色ガラスのコップを手にして、裾が水で濡れないように気を付けながら水を汲む。
 蒼いガラスの中で揺らめく水を綺麗だと思いながら眺めたあと、乾いていた喉を潤した棗はもう一杯水を汲んだ。
 そして、水瓶のそばにある木のテーブルの上に置く。
 空より、水が入っている方が綺麗だと思ったからだ。
 厨房には食材が豊富にあり、普段なら食事の用意などをしているのだろう。
 美味しそうな料理が作り出されるのを待っている食材を見る。
 だが、誰も居ない今、棗は様子がおかしいことに気がつきはじめた。

 開けられたままの窓。
 蝋燭の灯り。
 置かれたままの食材。

 何か緊急事態があったのだろうか。
 誰でも出かける時には火の元、戸締まりはするものだ。
 さっき外を見た時には何も感じなかったが、誰も居ないということは何か危険が迫っていると考えた方が良さそうだった。
 動物も危険が迫ると安全な場所へと逃げるという。
「動物……、猫はどうなのかな。連れて行った方がいいのかしら」
 動物よりも自分の心配をした方が良いのだが、棗はこの館の中でただ一匹の生き物である黒猫のことが気になっていた。
 心配を吹っ飛ばすくらいの轟音が響いたのは、そんな時だった。
 ごぉぉぉん!
 地下にまで響く音に、棗は天井を見上げた。
「地震…!?」
 地下は生き埋めになってはいけないと、棗は一階へと戻る。
 そして、先程覗いた窓とは別の窓から、外を見た。
 海に船が数隻現れていた。
 船からは剣を持った人間が降りて、この館を目指してやってきていた。
 数分もすれば辿り着きそうだった。
 どうみても襲撃にしか見えなかった棗は、何処かに隠れようと上階を目指す。
 館に入って来るにしても、一階から探して行くだろうと考え、上へ行くことにしたのだ。
 個人所有の島だから、みんな逃げて誰も居なかったのかも知れなかった。
 そうなると逃げ道は何処にもなかった。
 急ぎ追い立てられる気持ちに苛立つ。
 普段はゆっくりとして過ごすのが好きな棗にとって、優雅な時が流れていると思っていた空間が侵されていくのは嫌だった。
 目尻に自然と滲んだ涙をそのままに、棗は階段を駆け上がった。

 館の主人の寝室なのだろう、豪華な調度品に天蓋のついた寝台があった。
 隣の部屋へと続く扉を開けて、奥へ奥へと入っていく。
 棗は部屋を見渡し、隠れるところが少ないのを諦めると、タペストリーの影に隠れた。
 人が居るのを気取られないように棗は息を潜め、じっとする。
 誰も現れないのに安心した棗は暫くすると緊張の糸が切れ、眠りに落ちた。
 遠くで猫が啼いていた。

「金目の物は全部持っていけ!」
「うっす」
 室内に乱雑な足音が響き、部屋を掘り返していく。
「これも持っていけ」
 棗が隠れているタペストリーを壁から引きちぎるように引っ張った。
 布を手にした男が、絶句する。
 まさか女が隠れているとは思わないだろう。
 突然開けた視界に、棗は瞳を擦った。
「ん……」
「お頭、女ですぜ!」
 男の声に目が覚めた棗は、驚いて男を見た。
 下心を滲ませた男の表情は、棗を急速に現実を認識させた。
 逃げることができないだろうかと、決して触れられないように警戒をし、状況を把握する。
 男は三人いた。
 頭と呼ばれる男と、その手下と思われる男が二人。
 危険な状況でなければ、これが海賊なんだろうと実感できたが、自分が危険な目に遭おうとしている今はそんなどころでは無かった。
 が。
 壁に手をつけた拍子に棗の姿は一瞬にして消えた。
「くそっ、隠し扉だっ!」
 壁の向こうで、男が悔しがっていた。
 棗は一体何が起こったのか、訳が分からずぺたんと座り込んでいた。
「隠し扉…、驚いた」
 だが、灯りも何も無いその通路で棗は硬直した。
 暗闇は苦手だった。
 泣きそうになるのを無理やり胸に押し込め、棗は立ち上がる。
 後ろには海賊の男、前には暗闇。
 隠し扉というからには先は出口に繋がっていると信じたかった。
 恐怖心を振り切るように棗は一歩、踏み出した。
 暗闇は直ぐに途切れた。
 ばんっ、と押し開けるとそこは空中庭園に繋がっていた。
 崖に突き出す場所にあるその庭園は、視覚的に分からないように隠された道を上手く隠していた。
 その先には海に繋がっており、洞窟奥に船着き場があった。
 棗は強風に煽られながら、道へと向かう。
 だが、時間を稼げたのはここまでだった。
 海賊たちが追いかけてきたのだ。
「捕まえろ!」
 足の速さは明白だった。
 棗はもう駄目だと覚悟した時、黒い生き物が前に立って威嚇した。
 黒豹だった。
 艶やかな毛並みを見て、黒猫のことを思い出す。
「こいつ、邪魔だ。殺してしまえ!」
 いくら戦闘能力の高い黒豹だとはいえ、相手は三人もいる。
 大丈夫だろうかと心配した時、空間が微かに歪み、男が現れた。
 長い金髪に、白いスーツを着た優雅な男だった。
 目は閉じられたままだったが、男は危なげない歩みで棗の側に近づく。
「あなたが館から出てくるのを待っていました。今の内に戻りましょう」
 白い手袋に包まれた手を差し出す。
「ここは何処…?」
 助けに来た男に棗は聞く。
「あなたは訪れるはずだった館とは違う、別の時代の館に入り込まれたのです。館は同じものなのですが、時代と次元がずれていました」
「そうなの……」
 棗は差し出した男の手を取り、
「あなたの…名前は?」
 確認するように棗は男の顔を見上げる。
「クラーク・マージナル」
 口に笑みを刻み、棗を安心させる。
 目を開いていたらどんな色なのかな、と気になったが今は安全な場所へ向かうことが先だった。
 クラークは黒豹に先導をさせると、男達には別の生き物を召喚し包囲させる。
 棗の瞳には見えなかったが、瞬間、男達は切り刻まれて海の藻屑と消えた。



 微かな眩暈とともに別の空間へと渡り終えると、クラークは少しじっとしていた。
 棗の様子が落ち着くのを待っているのだ。
 黒豹が棗を見上げていた。
「もう、大丈夫……。ありがとう」
「迎えにあがっただけです。特になにもしていませんよ。………もう暫くこのままでいますか」
 ほっとしたのか棗は涙をにじませていた。
 クラークが差し出したハンカチを受け取り、涙を拭く。
「ありがとう、多分……大丈夫」
 言葉と裏腹に、不安そうな表情を浮かべた棗にクラークは安心させるように、言葉をゆっくりと紡いだ。
「では、館まで手を繋いで散歩しましょう。人は人に触れて安心を感じると聞きます。同じように、とはいきませんが、私で良ければ」
「……お願い、しようかな…」
 二人と一頭は散歩を楽しみながら館へと向かった。



 クラークと共に辿り着いた棗は立ちつくした。
 落ち着いた内装を持つ様式に、歴史を感じさせる調度品。
 突然迷い込み、どことなく落ち着かない気分にさせていた心が平穏を取り戻す。
 棗は玄関ホールで誰か居ないかと声をかけようとした時、奥から現れた人物に気付き、声をかけた。
 その人物は、丁寧にお辞儀をし、言った。
「ようこそ、Auberge Ainへ。今宵の料理と遭遇する出来事が貴方をお待ちしていました。………とはいえ、比嘉耶棗様には時代の違う館に召喚されたようで、申し訳ありませんでした」
「…クラークさんが助けに来てくれたから……、別に気にしないで」
 燕尾服を違和感なく着こなした男にいうと、手を繋いだままだったのを思いだし、ゆっくりと離す。
「もう……、大丈夫」
「では、私はここで失礼します」
 黒豹の頭に確認するように触れ、クラークは先に消える。
「ご案内致します」
 男が、棗を宿泊する部屋へと案内するために先導する。
 早く埃まみれになった身体をシャワーで流したかった。


 着ていた服はクリーニングしてくれるというので、棗は別の服を着ていた。
 透け感のある春らしいフェミニンな服だ。
「あ、お客さん」
 棗を見て、銀髪の男がいう。
「食べる? 和栗のモンブラン」
 男はにっこりと笑みを浮かべ、棗を誘った。
「美味しそう……」
 スイーツも美味しそうだが、美味しそうな表情を浮かべて食べる男を見て、食欲がそそられたというのもあった。
「紹介してなかったね、俺はソフィア・ヴァレリー。食べたいものいうといいよ。季節にあったものを頼むのがセオリーだけど、季節関係ないから。今の気候は春に設定しているみたいだけどね」
「変わった…、紅茶ね」
「これ? オレンジスライスを入れて作るシャリマティ。たまに飲みたくなるんだけど、自分で作るより、上手い人に淹れて貰った方がいいから」
「それはそうね……」
 上手い人が淹れるのと自分が淹れるのはやはり違う。
「俺はまだ何か頼むけれど、一緒に何を頼もう? それとも俺が選ぼうか?」
「……詳しそうだから、お願い…しようかな」
「じゃ、チョコレートムースと、カフェオレ。俺はチーズケーキで」
 給仕の男に慣れた手つきでメニューを見て、注文する。
「チョコ好き……」
「ここのはチョコムースが三層になっていてオススメ。見た目シンプルだけど、一粒で三粒美味しい気分になれて俺は好き。チョコにはカフェオレが一番合うと思うんだよね、俺は。好みの問題だと思うんだけど、どうかな」
 どうやら、甘い物好きの同士を見つけたと思っているソフィアは棗に親しげに話す。
 運ばれてきたムースにスプーンを差し入れ、口に含む。
「あ……、ほんと。癖になりそう…」
「良かったー、味覚が違う場合があるから一寸心配だったんだ。デザートは少しにしておかないとね。もうすぐ夕食始まるから。食後のデザートでまた色々紹介するね」
 棗は夕食も一緒に過ごす気らしいソフィアに嬉しく思いながら、お願いします、と答えた。

 夕食のあと、二人で食後のデザートと称して、かなりの数のスイーツ、日替わりのスイーツ全てを食していた二人をクラークが半ば呆れて眺めていた。
 甘味大王が二人居ますね、と内心呟いたのを棗が知る由もなかった。



END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6001/比嘉耶・棗/女性/18歳/気まぐれ人形作製者】

【NPC】
【クラーク・マージナル/男性/27歳/天が属領域侵攻司令官・占術師】
【ソフィア・ヴァレリー/男性/23歳/記述者】

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■         ライター通信          ■
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>比嘉耶棗さま
こんばんは。竜城英理です。
〜Auberge Ain〜にて、参加ありがとう御座いました。
ふわふわと砂糖菓子のようなイメージで、エスコート出来そうなNPCでいかせて頂きました。
過去に入り込んでしまって、ちょっと大変な目にあったりしましたが。
では、今回のノベルが何処かの場面ひとつでもお気に召す所があれば幸いです。
依頼や、シチュで又お会いできることを願っております。