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<東京怪談・PCゲームノベル>


糖叫戒團

 闇に浮かび上がるのは一つの人影。
 月光を背に、着物の裾が僅かにはためく。
 元より闇に溶け込んでいたかのような、原初よりそこに在ったかのような存在。
「……やっと、見つけたわ」
 搾り出すような声は、まだ若い女性のものだった。細い、高い声。ソプラノかアルトかと問われたら、ソプラノ寄りな外見を彷彿とさせる声。
 彼女が立つのは、廃墟の屋上。あと一歩でも踏み出したら真っ逆さまに落ちる危険な場所で、真下に広がる光景を視野に入れていた。そこにいるのは、黒いフードを身につけた怪しい集団。その数は数十。一般的な組織にしては少ない方かもしれないが、その上にあると考えられる黒幕を視野にいれれば、そのような悠長なことは言っていられない。黒いフードの奥のタイツのようなものは赤の割合が明らかに多いのが少しばかり気に掛かるが。それは全身タイツのような、或いは某テレビ番組で放映されていた人が文字を象るコーナーのときに着ていた衣装のようなもの。
 つまるところただの全身タイツには変わりはないのだが、そこはツッコンではいけない。なぜならそれは神聖なる戦闘衣装にして、制服、或いは極上の衣にも等しいとも言えるのだから。
「ただの変態集団、ってとこは、誰も言わないのかしらね」
 世界の甘いものを奪い尽くすために活動している『糖叫戒團』。その本部に乗り込んだ栗原真澄は、足元で繰り広げられている儀式めいた行為に可愛らしく首を捻った。見たところ、それは小学校で定番となっている朝礼というものに近い。その大人版、というのだろうか。一種の宗教で、代表者だか教祖だかが偉い言葉を信者に向けて述べている行為にも近いと言えば、確かにそうだとも思える。
 一人の大人が多数の大人に何かを話している。
 真澄はその程度の解釈で思考を止めることにし、ひらりと屋根の上から地上へと舞い降りた。
 定番に「お前は誰だ!」とでも問われるかと思い仰々しい名乗り文句を考えていたのだが、誰一人として彼女に問うものはいない。むしろ、完全に無視しているとも言える。こほん、と古臭い咳をすると、ようやく近くにいた赤タイツ黒フード包みがびくりと後ずさる。
「……申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?」
 丁寧に尋ねられ調子を崩す。「栗原真澄です」と普通の反応を返してしまった自分に嫌悪感を抱きつつ、握っていた竹竿を集団に向けて構えた。尋ねた団員だけでなく、その場にいた団員が一斉に彼女の方へ視線をやる。最前列で演説をしていたフードが、
「そこ、前を向きなさい」
 等と呑気なことを言っている。これは本当に朝礼の類なのか? 時刻は夜だけれども。
「そこ……ん、新入りかな。その格好だと目立つから、指定の団服に着替えなさい」
「あ、あたしはそういうつもりじゃなくて……」
「見学だったのかい? なら、こっちの方が見やすいから、こちらの方に」
「だーかーらー」
 このままだと永遠に彼らのペースに乗せられ続ける。それだけは御免だというように、竹竿を地面に叩き付けた。しんと周囲が静まり返る。
「あなた達ね、糖分を問答無用で奪っている連中っていうのは。そんなことされたら、甘いものが大好きな女の子から楽しみを奪うようなものよ。何を考えてそんなことする訳? 理由によっては、問答無用で叩きのめすわよ! 覚悟しなさい!」
 びしっと向けた竹竿の先には、同時にびくっと驚いた団員。
 ……主人に叩かれそうになって、怯えた犬みたいだ、これじゃあ。
 やり辛さを残したまま、真澄は団長の方に矛先を向けた。
「答えなさい! 回答次第ではその身、どうなっても知らないわよ……」
「例えば」
 団長は言葉を遮る。真澄は開いたままの口を、そのままに閉じる。少しだけ、やりやすい展開になった。
「強盗は金が欲しくて、銀行で金を奪う。ならば我らが甘味物を強奪する理由も、分かるであろう?」
「甘いものが、欲しいから?」
「それもある。だがしかし、そうすることで世界の甘味物生産量が減り、甘味物が高騰したところで我らが強奪していた甘味物を放出することで経済的平衡が崩れ、そしていずれ世界経済は崩壊する。――我々が望むのは、それなのだよ」
「……」
 てっきり、もっとくだらない理由だと決め付けていた真澄は、その理想の大きさに、ナントか団を名乗っている割には世界征服でない現実的な理想に、どうしたものかと考えあぐねた。現実的かと思えば、実は全くそうでないという事実からもついでに目を逸らしておく。考えて、考えて。
「……栗原真澄、成敗しまーす」
 甘味物がなくなることは、いずれにせよ死活問題だ。それだけに焦点を当てて、動けばいいか、と。もっと単純な理屈でどうこうしたかったんだけどね、と呟き、隠し持っていたビールをぐいと一息で飲んだ。
「ましゅみ、いっきましゅー」
 呂律が既に上手く回っていない。酒に対しての耐性が全くといってもいいほどにない真澄に取っては、酔っ払い一つで奇異な笑みを出しながら「糖叫戒團」へと竹竿を振り回していった。

 翌日、怪我による欠席者多数により「糖叫戒團」は活動停止を一時宣言する。
 しかしそれも、退院すると同時に復帰する団員らによって、次第に活動は再開されていった。

「結局は、さ。何がしたかったんだろう」
 世界経済の破綻を世界征服だとするなら、それはそれで辻褄は合わなくもないのだが。ちらりと店の外を見やると、見慣れた全身タイツが真澄に向かって手を振っていた。
「……」
 例の一件以来、真澄は一部の団員に姉御として慕われてしまっていた。それは決して喜ばしいこととは言えず、悲しいこととしか言いようがない。
 そのせいで客足は微妙に遠ざかっているのも、また事実。
「……一度、本気で壊滅させに行こうかな」
 冗談を含まない声で真澄は言う。
 阿修羅にも似た視線に、それまで手を振っていた団員は思わず動きを止めた。

 負けるな、「糖叫戒團」。
 一人の女性に壊滅される運命だとしても、くじけるな。
 明日はきっと、ホームランだ。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2356/栗原真純/女性/22歳/甘味処『ゑびす』店長】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

コメディなのかシュールなのか、はたまたシリアスなのか。
ジャンルがどこに属すのが全く分からなくなってしまいました。
(基本)コメディ路線は始めて挑ませていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝