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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間即席無料相談会

「俺は久し振りに暇だ。よって、何でも相談を聞いてやろうと思う」

 久しく訪れた平穏な日、或いは仕事がなく手持ち無沙汰な日、或いは気紛れ。そう遜色しても全く違わない日。草間武彦の言葉に零は手にしていた年代物のルービックキューブを弄るのを止め、
「特に相談したいこともないです」
 再び手元の遊戯に夢中になる。
 これも一種の暇潰しなんだろうな、と思ってはいるものの、武彦の気紛れによって腹の内を曝すのも笑顔一つの拒否で済むなら安いものだ。悩みはある。だからと言って、暇潰しの材料にされるのも困り者だ。
 最近の不可解且つ厄介な依頼と事件に比べれば、それは大したことでもないのは事実。でも暇過ぎる、というのも問題だ。
「なら折角ですし、今日は無料相談会にしたらどうです? そうすれば、少しは人も来ますし、暇も潰せると思いますし」
「名案だ。よし、零。宣伝してこい」
 ……前言撤回。暇に越したことはない。
 零は渋々と初期状態になりかけの遊具をソファの端に置き、近くにあったチラシの裏にマジックで<本日無料相談会〜お気軽にどうぞ〜>と書く。興信所の入り口にテープで貼り、良しと小さく頷く。
 この程度なら暇さ加減が変わることも然してないだろう。
 知り合いでも構わないが、このノリに付き合ってくれるオトナが来ればいいな、と。零は自分のお人好しさを少しだけ呪って、部屋の中に戻っていった。

「将来の夢、か。確かに、深刻な問題だな」
 夕刻が近付いても訪れない依頼人に平時と同じ怠惰さを感じながらも、時計と睨めっこを幾度となく繰り返していた零はその頃になってようやく入り口のチラシを剥がしにと腰を上げた。武彦の視線にめげずに進みかけた丁度そのとき、興信所のドアを叩く音が聞こえた。絵の具の色というよりは海や空を引き合いに出した方がしっくりくる青の髪が、開かれたドアの向こうから現れる。
「こんにちは」
 零は嬉しそうに海原みなもに駆け寄り、挨拶を交わす。振り返ると武彦が何とも言えない顔をしていたのだが、構わず部屋へと招き入れた。依頼の質は兎も角、レベルは低いとしか判断していないのだろう。事実間違いではないのだろうが、探偵業は仮にも客商売であるという一面もある。アカラサマに顔に出してはまずいのではないか、と零は表情を変えずに思った。 
「張り紙、見てくれたんですよね?」
 有無を言わさぬ問いにみなもは一瞬だけ思考し、すぐに肯定した。
「本当、誰も来なくて困っていたんですよ。みなもちゃん、本当にありがとう」
 ……嫌味の成分は何パーセント含有しているのですか、零さん。
 ……当社比三割増しです、武彦さん。
 視線だけで会話をする兄妹に気付かないかのように、みなもは相談の内容について、自身の不安について口にした。それはあまりにも年相応な普通すぎるもので、兄妹が普段から非日常的なことにしか関わっていないことを自覚させるものであった。
「あたし、今、少し、悩んでいて。草間さんって子供の頃何になりたかったですか? やっぱり探偵さんですか。あたしは今、将来何をやっていいのか、何をやるべきなのか、何がやりたのか。そんなあたしが今何をするべきなのか、何をしたらいいのか、何がしたいのか。家族にも相談したんですけど、あんまり参考にならなくて。先輩とか先生とか色々な人にも相談して、その内分かるとか見つかるとか好きなことが出来るとか人生に目的なんてないとか色々言ってもらえました。結局、人に相談しても自分で答えを出して納得しなければならないことなんだとは分かってはいるんですけど。いえ、答えなんてないのかもしれません。色々なアルバイトもして色々な人に出会って色々な事を知っても、やっぱり分からなくて。……すいません。混乱しちゃっていて」
 一息で不安を口にするみなもに、武彦は「ふむ」と考える仕草をする。それから一転して、おどけた仕草に変わる。
「将来、か。……零、俺どうだったっけ?」
「どうだった、て訊かれても、私も困ります。自分が何になりたかったとか、お兄さん全然話してくれた記憶がないですからね」
「そう、なんですか?」
「うん。それでも、私は厭じゃなかったですけどね。お兄さんが探偵であってもそうでなくても、私はその助手であることは既に決めてましたからね。生活が苦しいのは、ちょっと困りますけど」
「……ゴメンナサイ」
「ちゃんと夢を持って、それに向かっていけるのって、確かに理想だと思います。小さい頃になりたかった夢を叶えるために進むのって、勇気がいると思います。でも、現実はそうもいかないのが事実です。障害、例えば環境、経済状況、社会情勢、能力の限界、不意の事故、不可抗力、突然の死……夢を夢で終わらせる可能性の方が、高すぎます」
「零らしからぬ、ヘビーな意見だな」
 武彦の意見に、零は「そうかも」と困った口調になる。
「それでも、夢は叶わないから夢なんです。叶う夢なんて、必要ありません。私は、今は叶わない夢を欲しいと思ってます」
 だからと言って、夢を夢のままで終わらせるつもりはない。夢という名であるにせよ、目標というにも等しいのだから、と零は続ける。夢だから、と安易に諦めるのではなく、それを目指して少しずつ自身をレベルアップさせていくのだと。
「所詮は、子供言うクダラナイ言ですけどね」
「いえ、そう言えるのって、素敵だと思います」
「それに、だ。俺からも一言」
 それまで無言で煙草をふかしていた武彦は、怠惰さと緩慢さを残しつつも姿勢を正し、体重を前の方へとずらした。僅かにみなもと距離が近付く。
「何事も焦るなってことだ。もし何も見つからなければ、最悪ウチに来ればいい。今を愉しむって言葉は陳腐かもしれないが、目的も目標もなく、この瞬間瞬間を愉しむってのも、存外悪くない。このまま大往生したとしても、後悔なんてしないんだろうって思うしな、俺は」
「でもそれも、素敵な選択肢ですよね」
「ああ。でも確かなのは、どうにもこうにも結局は本人次第だ、ってことだ。でも選択肢は多いに越したことはない、というのが俺の持論。そっちの方が、さっき零の言った障害ってのも減るだろうしな」
「難しいですね、先のことを考えるのって」
「でも先のことを考えないと、いつか転ぶぜ」
 みなもの前に、零はジュースを置いた。彼女自身も自分の分を手に、ソファに腰掛けた。
 例えば。
 例えば零にとって今「そこ」にいる理由が、武彦がいるからという理由でも、彼は許してくれるのだろうか。決して自分のためとは言い切れない理由でも、可としてくれるのだろうか。
「それでも、この場所だけは譲る気はありませんけどね」
 それだけが、唯一の信念。
 そのために選び取った、今。
 そのために進んできた、過去。
 私にとっては、それで充分です。
 なりたいものとか、目指す場所とか、進みたい道とか。見つけるのは、どうやっても自分しか出来ない。だから、何も手助けすることは出来ない。それでも、選択肢を与えることは出来る。もしかしたら、その中に夢を見出させることが出来るかもしれない。
 今出来るのは、或いは一緒に進むこと。
 それだけしか出来ないけれども、ね。
 私に言えるのはそれだけとでも言うように、零は胸を張って言った。みなもはその言葉を、少しだけ嬉しそうに聞いていた。
 そこでみなもは、はたと思い出したように疑問を口にした。
「草間さん、それで結局子供の頃は何になりたかったんですか?」
 ぎくりとアカラサマに振るわせた肩に、零は少しだけ冷ややかな視線を送る。みなもの穏やかな純粋な視線と相成って、観念したように武彦は小さく溜息を漏らして、呟いた。
「…………」
 答え、に。
「……本当に、夢、ですね」
 零は笑いと共にその言葉を返す。ああやっぱりこの人に聞いて良かった、と。心の底で思いながら、みなもは一つだけ綺麗な笑みを返した。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1252/海原みなも/女性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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お久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

果たして彼らに結論が導けたのかは定かではありませんが、一つの途中経過、或いは一つの考え方として捉えて下さい。
実際に直面している問題でもありますので、キーを叩きながら幾度となく考えされられました。
登場人物に感情移入しているのではないのですが、思考を委託している、と。
そんなニュアンスのような心持ちで書かせていただきました。
数学のようにはっきりとした答えはないにしろ、答えへと至る方法が幾通りもあるのがこのような問いの面白さなのかもしれません。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝