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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『風と竜が舞う大地・最終章』



○オープニング

 竜と人間の混血である、遠江・梓音(とおみ・しおん)の父親である竜也(ルーヤ)を探す為に、竜が生きる大地に足を踏み入れた一行。彼らは水竜の棲家で竜也の行方を知る事となった。
 最後の目的地は、竜也が探そうとしていた、万病を治す薬草のある、地竜の住む谷。竜の中で最も獰猛で、異種族を嫌う地竜の谷へ行き、一行は無事に薬草を手に入れる事が出来るだろうか。
 そして、竜也は果たして元の姿に戻る事が出来るだろうか?



「もう、あとには引けないんだ」
 地竜の棲家である谷が近づくにつれて、梓音は少し弱気な声を出していた。
「ここで弱気になったらいけないよ。もう少しで、父親に会えるのだから」
 梓音と同じく、竜王の血を引く姫巫女の水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや)が、今までになく強い口調で言う。千剣破も竜の血を引く存在だというから、余計に勇気付けてあげたくなるのかもしれない。
「そうよね。この先何があるかなんてわからないけど、でも、梓音君はお母さんの為にここに来る事を決意したのでしょう?この場所が危険がある事は、もう初めからわかっているはずよ」
 草間興信所の事務員であり、数々の依頼をこなしているシュライン・エマ(しゅらいん・えま)も、梓音を励ました。ここまできたら、とにかくやるしかないと、エマは思っていたのであった。
 一番臆病になっているのは、梓音かもしれない。エマはこれまでにも、様々な依頼でかなりの修羅場を潜り抜けてきたし、千剣破も退魔関係の依頼を何度も受けているという。
 梓音は立場こそ複雑な場所にあるけれども、今までは普通の高校生として生活しており、このような危険に立ち向かうのはこれが初めてなのだろう。水竜の老人に危険だと言われ、心の中で一人静かに震えている、それが今の梓音なのかもしれない。
「強気でいこうよ。ここで自分に負けてどうするの。お母さんを助けたいんだよね?」
 梓音を覗き込むようにして、千剣破が答えた。
「そうだ。母親を助けたい。それに、父親も」
 搾り出したような細い声で、梓音が答えた。
「一人じゃないわ。私達がいるもの。それに、地竜達が必ずしも邪悪な生き物とは限らないと思うの」
 今度はエマが答えた。
「それは、どうしてそう思うの?」
 千剣破が不思議そうにたずねてくる。
「いくつか疑問点があるのよ。まず、あのお爺さんはルーヤさんは地竜の棲家のそばにある薬草を取りにいって、石になったと言ったでしょう?」
 エマがそう言ったので、千剣破と梓音が同時に頷いた。
「それなのに、石にされたままの状態でどうして異界の出口にいたのかしら?一体、誰がルーヤさんをあの場所へ運んだのかなって」
 エマがキレ長の目を、さらに細めて続ける。
「水竜達が運んだのかもしれないけれど、もしかしたら地竜達が運んだのかも。だって、水竜達が気づいた時には、すでにあの状態であったのでしょう?谷と異界の出入り口は少し距離があるわ」
「じゃあ、もしかして地竜達は?」
 今度は梓音が、少し元気を取り戻した表情でエマを見つめた。
「予測でしかないから、油断はしてはいけないわよ?もしそうだとしたら、わざわざ人界に近くに置くなんてきっと根は優しいのだと思うの」
「石にして、あの場所へ置いたってことになるね、それだと」
 千剣破が何かを考えながら答えた。
「異分子を嫌うのだって、万病に効く草を狙ってくる輩がいるからこそかも。その草自体が、地竜達にとって特別大切なものだとしたら、警戒心強くなって当然なのではないかしら?大切なものは、守りたいものよ。その為なら、きっと乱暴な手段だって使うわ」
「もしそうだとしたら、悪いのは竜也さんって事になるね」
 静かな声で、千剣破が答えた。
 エマのは自分の考えが必ずしも正解とは思っていなかったが、真実が明らかでない以上、色々な考えを巡らせて、それぞれの対処方法を探しておくのは得策と言えるだろう。
「それなら尚更、竜也さんを元に戻すのは難しいかも。ずっとどうしようか考えているんだけど、草を手に入れるよりも、竜也さんを元に戻す方が難しそうだね」
 だんだん近づいてくる大きな谷を見上げながら、千剣破が言う。
「石になる術をかけた竜を探し出して、とも思ったけど、どの竜が仇かわからないし、それは方法としては危険だと思う。それに、もしこちらを薬草を盗む泥棒とでも思っているのなら、地竜達は問答無用で攻撃してくるかもしれない」
「そうね。泥棒は撃退される可能性が高いわね」
 エマは千剣破と顔を合わせ、眉を寄せていた。
「でも、力のある草、次代の地竜一部等は考え過ぎかもだけど、危惧は持ってるわ。何より、誰かが大切にしてる物を盗むって行為は、胸張っていえる事なのかしら?」
 エマはまっすぐに梓音を見つめ、真剣な表情で話を続けた。
「盗もうと思えば川辺近くだけに種族的にも、ルーヤさん上手くやれたと思うわ。そうじゃないんだもの、そんな手段取らなかったって事なんじゃない?」
「親父は、母を助けたいだけだったのだと思う。その為に、危険を承知で地竜の谷へ入ったんだ。親父にとって母は大切な人だ。エマさん、俺はどうすればいいんだろう?父も母も助けたい。地竜達を怒らせたりはしたくない。全部がうまく運び、まるく収まるのを期待するのは、欲ばりだろうか?」
 思いつめた表情の梓音は、エマを見つめて静かに返事をした。
「そんな事ないと思う。それに、それが一番の解決の結果よね。水竜と接した時と同じように、話を聞いてみない?一頭で居る地竜に聞くのよ。私たちの狙いは薬草ではない事を伝えて、ルーヤさんが石にされた経緯等聞くの。あのことは、それからでも遅くはないんじゃないかしら。何度でも何度でも…」
 静かに言うエマに、千剣破が言葉を返した。
「でも、緊急の事も考えて、すぐに対処出来るようにはしておかないといけないよ」
「ええ、それはもちろんそうね」
 エマが頷くのを確認してから、次は千剣破が言葉を発し始める。
「草を取るだけだったら、時間はかかるけど、上流で水をせき止めてから一気にそれを解放し、水辺の草地まで水を溢れさせ、どさくさで草を取るっていう手があるね」
「なるほど。それはいいかもしれないな。だが、かなり体力いるぞ」
 ずっと二人の話を聞いていた梓音が、軽く頷いて見せた。
「問題はさっきも言ったけど、竜也を助ける方法なんだよね。水を操って薬草を土ごと根こそぎ下流に持っていくのが安全策ではあるけど、もしも、取った薬草が石になった竜也さんに効かなかった場合、術をかけた竜を探すしかないでしょう?」
 再び梓音の表情が曇った。
「いや、もう考えていててもしょうがないね、こうなったら」
 表情の暗くなった梓音を見て、千剣破がそれを吹き飛ばすかのような明るい声を出した。
「そんなに暗くならないで。梓音も、自分のせいでとか気にしてるみたいだし、あたし達に気を使ってくれているのは良くわかるよ。だけど、大人しくしててくれなんて言わせないよ?命がかかっているんだし、こっちも遠慮はしないからね」
 その言葉には、梓音も自分達に負けないくらい頑張れと、千剣破の激励が隠されていた。やむを得ない事もあるだろう。
 その時エマは、千剣破が何かを覚悟したような表情を見せた気がしたのであった。



 3人は川辺を歩き、深い谷へと入っていった。殺風景な岩だけの谷をずっと歩き続けると、やがて草が地面に生えている場所に辿りつき、先へ進めば進むほど草は多くなっていった。
「川の中を進みましょう。危険かもしれないから」
 その千剣破の言葉に従って、水竜の棲家へ行った時と同じように、一行は川の中を進んでいった。水はこの場所も濁っているが、水竜の棲家付近に比べると、川の幅は広くなっている。
「あ!」
 エマは驚きのあまり声を出してしまった。
 一瞬だけであるが、3人がいる川底のすぐ上の水面に、竜が顔をつけていたのだ。おそらくは、水を飲んでいたのだろう。竜の顔しか見えなかったが、その鋭い牙が何よりも目を引いた。
「ここはもう、地竜達の住処のようね」
 エマが静かに答えた。
「さて、まずは様子を見ないと」
 千剣破とエマ、梓音は一緒に川底から足場を探し、水面へと顔を出した。そこは確かに竜の住む大地であった。地竜と呼ばれる翼のない竜達が、川のそばにいる。
 そのどれもが、鋭い牙と爪を持っており、あれで攻撃されたらただでは済まされないだろう。川のすぐそばには、白い色の草が沢山生えていた。
「あれが薬草なのかしら?」
 小声でエマが言った。
「たぶん、そうじゃないかな。他に、それっぽいのはないし」
 千剣破も首を傾げて答えた。竜は10匹程いるように見えた。息を殺してしばらく様子を見つめていたが、どの竜も獰猛そうに見え、とても話を聞けるとは思えななかった。
「どう、エマさん。話は出来そう?」
 竜の様子を見つつ、千剣破がエマにそう尋ねた時、後ろから爆発のような音が響き渡った。
「え!?」
 3人は同時に叫び、その揺れで川底へと転落した。そして、川底に数個の石の魚が落ちてきたことに気がついた。それは明らかに、今石にされた魚であった。
「見つかったの!?」
 エマが声を上げた。
「ひとまず、逃げましょう!」
 そのエマの一声により、3人は川底を一気に走り、もと来た方向へと走った。しかし、水面から飛んでくる光の爆発はやむ事がなく、川の魚や鳥といった生き物が次々に石化していく。
 自分達がしつこく追いかけられている事は明らかであった。ずっと走り続けていくうちに、心臓が壊れてしまいそうなほどに激しく脈打ったが、それでも3人は走り続けた。
 しばらくすると、光の爆発がしなくなった。川底で様子を伺い、何も音や振動が感じられなくなったところで、エマ達は水面から顔を出した。
「もう、いないみたい」
 エマは一気に緊張感が抜けた。危険だとは思っていたが、まさかいきなりそうなるとは思わなかったのだ。
「まさかあんなに早く気づかれるとはね。でも困ったね。あれじゃあ、地竜達のそばには近づけないよ」
「そうね。話を聞いてくれるのもいるかもしれないけど、それどころではない感じだわ」
 千剣破にそう返事をしたエマは、目を伏せている。
「こうなったら、やっぱりあの力を使うしかないか」
 千剣破は覚悟を決めていた。自分に隠されている最後の力を、今こそ使う時だと思った。それを使えば、自分の命さえも危なくなるかもしれない。しかし、もう方法は他にないのだ。
「いや、千剣破さん。危険な事はしないでくれ。俺の為に、千剣破さんを失いたくはない」
 そう言って千剣破の肩を優しく叩いたのは、梓音であった。
「千剣破さん、それにエマさんは、俺の大切な仲間だからな」
「そうは言っても、どうするのよ?薬草は取れないし、地竜はあんなだし、八方塞りじゃない!」
 千剣破が声を上げると、梓音が1本の白い草を取り出して見せた。
「梓音君?いつの間にそれを!?」
 エマが驚きの表情を見せる。
「さっき、水面で地竜達の様子を見ただろ?その時、俺のすぐ横の水に浮かんでいたんだ。これだけ1本な」
「そうだったの。運が良かったのね。でも、それだけじゃお母さんは助けられそうだけど、お父さんは」
 エマがそう言った時、突然地響きがした。一瞬、何が起こったかわからなかったが、その状況はすぐに理解する事が出来た。
 地竜が追いかけてきたのだ。
「またなの!?」
 エマが悲鳴のような声をあげた。
「安全なところはないってのかよ!しつこすぎる!」
 梓音が叫んだところで、地竜の動きは止まらない。まるで獲物を追うハンターのように、目を光らせてこちらへ向かってくるのだ。
「逃げましょ!」
「いや、もうこうなったらこれしかない!」
 エマの言葉を遮って、千剣破が叫んだ。
「エマ、梓音。あとのあたしを頼むよ!」
 一体彼女は、何をするのかと思っていたが、その答えはすぐにわかった。千剣破が何かの力を使い、このあたり一帯に大洪水を起こした。エマは、地竜が流され、その水が地竜達の棲家へ一気に押し寄せる光景を見つめていた。
 その力の代償なのだろうか。しばらくしてエマは、千剣破が次第に力を失って地面に倒れていく姿を見たのだった。


「すげぇな、何て力だ」
 千剣破の力により、何もかもが流された光景を見つめ、梓音が息を呑んだ。先程自分達に襲いかかってきた地竜は水に流されてしまい、今は何も残っていない。
「やっぱり、こうするしかなかったのかしらね」
「そうでないと、俺達が殺されていたかもしれない。エマさん、やっぱり地竜は根っからの凶暴な種族だ。だってあの時、俺達は川の中にいただけなんだぞ?」「そうね。でも、やっぱりよくわからないわ」
 梓音は力尽きた千剣破を抱きかかえ、エマとともに人間界の入り口に向かっていた。千剣破が引き起こした洪水により、地竜達は溺れているはずである。
 しかし、だからといって地竜が全滅したとは限らないのだ。戻れば再び危険な状況になるかもしれない。今は竜也に魔法をかけた竜が倒れた事を確かめる為、石像のある場所へ行く事が精一杯であった。
 それに、この世界には他の竜もいるのだ。危険がなくなったとは言い切れないだろう。
 人間界の入り口であり、この世界の出口がある崖の上に辿り着いた時、梓音は石像がなくなっている事に気づいた。
「いないぞっ!?」
「梓音君、あれ」
 叫ぶ梓音に、エマが囁いた。エマに指し示されて見た先に、一人の男性が立っている。この竜の大地を見下ろし、ただ静かに佇んでいた。
「もしかして、親父か?俺だ、わかるか?梓音だ!」
 梓音がそう尋ねると、その男性はゆっくりと振り向いた。どことなく、梓音を思わせるような顔立ちに、もはや間違いはないだろう。
「梓音?あの、赤ん坊だった梓音?」
「もう、迷惑かけんなよ。お前のおかげで、俺やお袋、それに俺の友達がどんだけ苦労したことか」
 梓音のその言葉にはどこか感情的な、涙の混じった声が聞こえていた。
「一体、どうして元の姿に戻ったの?」
 エマがその男性、梓音の父、竜也に尋ねた。
「私に術をかけた竜が、死亡したからだと思われます。術を解くとは思えませんし」
 静かな声で、竜也が答えた。
「では、千剣破ちゃんの力で?千剣破ちゃんが、洪水を引き起こして、地竜達を溺れさせたのよ」
 死んだように気を失っている千剣破を見つめながら、エマが続けた。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれません。地竜は泳ぐ事は出来ませんが、強靭な体を誇っています。彼女がどのような攻撃を仕掛けたのか私にはわかりませんが、とにかく、礼を言います。貴方達には本当に心から感謝します」
 竜也が深々と頭を下げ、そして千剣破に近づき、彼女の首に白い首飾りをかけた。
「それは何だ?」
 梓音が尋ねた。
「これは、竜の首飾りだよ。私の父親竜の牙から作られたもので、その魔力で持ち主を守るでしょう。これは、ほんのお礼の1つに過ぎませんが」
 竜也はエマと、梓音にも首飾りをかけながら言った。
「妻の病気を治す為、地竜の棲家へ行きました。そこに薬草があるのは、昔から知っていましたから。ところが、地竜達に見つかってしまい、人間の世界へ一度逃げようと思ったところ、私はこの場所で追いかけてきた地竜の術にやられてしまいました。妻と息子に、長い間迷惑をかけたのは、私の力不足でしょう」
「そうか…」
 梓音は何も言えなかった。あれこれと、父親を悪く思った事を、いまさらながら後悔していた。
「私の父親が人間を守ったように、私も妻を守りたかった。幼い息子が、母親がいないのを悲しがらせたくはありませんでしたから。だけど、それが返って良くなかった」
 顔を伏せる竜也に、エマが優しく言う。
「いいじゃないの、こうして無事に戻ったのだから。ね、早く戻りましょう。お母さん、きっと心配しているわ。そのあとの事は、それからゆっくり話せばいいじゃない?」
「そうだな、エマさんの言うとおりだ。帰ろう…親父。これ以上心配をかけちゃいけない。それに俺、あの谷の薬草を取ってきたんだ。これで、お袋の病気も治るよな?」
 梓音はそう言ってエマと千剣破に、初めて笑顔を見せた。何か大切なものを得た、満足げな笑顔であった。
「そうだな、梓音。それにエマさん、千剣破さん。行きましょう、私達の世界へ。私は竜ですが、心は人なんです。それに、大切なものがありますから。それをもう、決して手放さない為にも」



 それから数週間後が過ぎた。
 エマはいつもと同じように、草間興信所での様々な雑務や依頼をこなし、千剣破はもう少しで大事に至るところであったが、地竜の谷の薬草を半分煎じて飲んだおかげで、ようやく意識を取り戻した。
 しばらくはほとんど動けない状態になってしまった為、梓音が千剣破の心配をしてわずかながらの看病を続けていた。
 梓音の母、利香は少しずつだが回復をし、親子3人で東京の外れで静かに暮らしている。梓音達親子が、どんな会話をしていたのかはわからない。
 けれども、これから空いてしまった時間を埋める事はいくらでも出来るだろう。竜と人間といえども、家族なのだから。(終)



◇登場人物◆

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3446/水鏡・千剣破/女性/17歳/女子高生(竜の姫巫女)】

【NPC/遠江・梓音/男性/16歳/高校生】

◇ライター通信◆

シュライン・エマ様

 シナリオへの最後まで参加して頂き、ありがとうございました。WRの朝霧です。私のこれまでのシナリオの中でも、1位、2位とも思えるぐらいのシリアスシナリオでしたが、とても思い出に残るものとなりました。
 竜の大地の物語はこれにて完結です。エマさんは何度も書かせて頂いてますが、セリフがとても好きです。今回の竜に対するセリフも、これはとてもいいなあ、と思いながらプレイングを読んでおりました。地竜は本当に獰猛な生き物として登場させたので、話し合いは出来ませんでしたけれどもね。優しい感じのエマさんが凄く良いです。
 それでは、今回は本当にどうもありがとうございました!