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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去ノ爪痕



◆□◆


 吹き荒ぶ風が、彼女の髪を靡かせる。
 いつもならばふわふわと舞っている髪なのに、どうしてだろう・・・・・・
 今日はぶわりと、まるで荒れ狂うかのようだ。
 振り返り、微笑んだ顔はいつもと同じ。
 それなのに・・・瞳の奥底では、静かな“ナニカ”が燃えていた。


   『彼を、殺したわね?』


 紡ぎ出された言葉は、感情を伴っていなかった。
 ただ音に乗せられただけの言葉は、吹いた風に直ぐに掻き消された――――


◇■◇


 暗く落ち込む空を見上げながら、菊坂 静は夢幻館までの道程を歩いていた。
 暖かいと言えば暖かい陽の光。冷たいと言われれば冷たい風。
 着る服に悩む時期の到来に、すれ違う人々の服装はバラバラだった。
 薄手のシャツ1枚で寒そうにしている者、コートを着込んでいるために暑そうにしている者・・・。
 突風が吹き、静は思わず目を閉じた。
 目の前を半透明のビニール袋が通り過ぎて行き、通りかかった車のフロントにぶつかると、そのまま道路に落ちた。
 車の往来が激しい大通りでは、そのビニール袋は瞬く間にぐしゃぐしゃになり・・・・・・・・・
 静はそこまで見ると、歩を進めた。
 緩い上り坂を右に曲がれば見えてくる、巨大な館。
 そこから感じる雰囲気はいつだって異質な雰囲気で・・・それでも、決して不快感はない。
 穏やかな春の日差しを思わせるかのような、温かい雰囲気を前に、静はほっと一息ついた。
 巨大な門から伸びる真っ白な道の先には、両開きの扉がデンと構えている。
 道の脇には今日も咲き狂う花々。
 それはどれも季節を違えているものばかり。
 一足早い蒲公英が、鮮やかな黄色を風に揺らしており、ふわりと香る百合の花の香りは、いつだってどこから香っているのか分からない。
 静は真っ白な道を進むと、両開きの扉をそっと押し開けた。
 甲高い蝶番の悲鳴がか細く響き、一番最初に飛び込んで来たのは階上へと続く階段。
 足元を見れば真っ赤な絨毯が、まるで血を吸ったかのように鮮やかな色をして横たわっており、右手にはホールへと続く扉、左手には長く続く廊下が伸びている。廊下に並ぶ扉は、どれも皆一様に同じモノで・・・。毎回思う、一種の異様さに静は苦笑を洩らした。
 それにしても・・・今日は誰も居ないのだろうか?
 普段ならば、両開きの扉を押し開ければ誰かしらが走って来る。
 それは、この館のマスコットと言っても過言ではない、ツインテールの可愛らしい少女だったり、穏やかな微笑を浮かべた外見こそは高校生にしか見えないこの館の支配人だったり、はたまた絶世のとついても間違いではないと思えるほどに美しい顔立ちをした青年だったり・・・もしくは、女性と見間違うほどに美しい外見を持ちながらも、その性格たるや・・・夢幻館1の変態と名高い青年だったり・・・。兎にも角にも、必ず誰かしらの迎えがあるはずなのだが・・・。
 暫くその場で待っていた静だったが・・・
 「ホールで待ってれば、誰かしら来る・・・よね?」
 小さく独り言を呟くと、右手の扉を押し開けた。
 住人達がよく集まるこの場所。
 並んだソファーに、大きなテーブル。左手にはキッチンがあり―――
 いつもと同じソファー、いつもと同じテーブル。
 その中で“ソレ”は一種の異様な雰囲気を放っていた。
 ホールの奥、いつもとは違う“扉”
 そんな場所に扉があったかどうか、記憶を手繰り寄せてみるものの、やはり記憶の中のホールにはそんな扉はない。
 夢幻館に数多に存在する扉とまったく同じ扉。
 ・・・この館にある扉の中には、未来にも過去にも繋がる扉があると言う・・・。
 それを言っていたのは、ここの支配人の青年だ。
 彼の言う事に間違いはない。
 特に館関連の事には、彼の右に出るものは居ない。
 この扉も、そう言う不思議な扉のうちの1つなのだろうか・・・。
 静は暫く考えた後で、扉の前まで歩み寄ると手を伸ばした。
 金色のノブに触れた瞬間、パチっと小さな衝撃が走る。
 ―――静電気かな・・・?
 あまり深くは考えずに、静はノブをゆっくりと押し下げ、扉を押した。


  その扉は夢幻館にある数多の扉と同じような扉だけれど・・・
  違う部分が1つだけあった
  それは言われて初めて気付くもので
  あまりにも小さなその“印”は見え難くて―――

    鍵穴の部分に悪魔の羽のマーク

  夢幻館にとって“悪魔の羽”が示すのは・・・・・・・・


◆□◆


 部屋の中に入った瞬間、扉が閉まった。
 パタンと微かな音を立てて閉まる扉に一抹の不安を覚えた静は、慌ててノブに手をかけ―――


     『え・・・?』


 幼い声の響きには、聞き覚えがあった。
 今でこそは、低くなってしまったが・・・
 ふっと振り返った先には、静が立っていた。
 勿論、今の静ではない。もっと幼い・・・そう、5歳くらいだろうか・・・?
 どこかの屋上の風景。
 ・・・病院の、屋上の風景・・・





 今まで育ててくれた人の死に、静は悲しみを抑え切れなかった。
 けれど、その悲しみは表情に表れる事は無く・・・すぐ隣に立っていた女性が溢した涙が、あまりにも綺麗に見えた。
 『静君、ちょっと・・・良いかしら?』
 穏やかに微笑む女性は、彼の恋人。
 父のように慕っていた男性の愛する人。将来的に、母親代わりになってくれる・・・そんな人だった。
 女性の後に続いて、病院の廊下を上がる。
 1歩1歩、踏みしめるように進み・・・銀色の薄い扉を開け放つと、その先は空に最も近い場所。
 冷たい風が静の髪を揺らし、それ以上に、彼女の長い髪を梳かす。
 靡く髪を手で押さえながら、彼女はふわりと柔らかい微笑を浮かべた。
 いつもと同じ笑顔。
 それなのに・・・瞳の奥に光るものは、以前までの優しい光ではない。

     『彼を、殺したわね?』

 『え・・・?』
 困惑する静に近づくと、彼女はそっと静の髪を撫ぜた。
 そして・・・
 今にも泣き出しそうな、それでも確かに見え隠れする狂気。
 不思議な瞳の色をたたえたまま、彼女は静の首に手をかけた。
 柔らかく静に触れていた手は、凄まじい力で細い首を絞め・・・静はパニックに陥った。
 苦しくて、悲しくて、怖くて―――――
 咄嗟の事だった。
 それほど、考えている時間はなかった。
 静は、彼女に・・・・・・・・・幻を見せた・・・・・・・・・。
 首に回していた手から力が抜け、静はその場に崩れ落ちた。
 言葉にならない“ナニカ”を呟きながら彼女が微笑み・・・そして、柵を乗り越えると、そのまま下へ―――


    鈍い音が、遠くから、静の耳に聞こえて来た


 刹那、染まる世界は真っ暗で・・・何も見えない世界は、酷く孤独で・・・
 置いていかないで欲しい、一人にしないで欲しい、一緒に・・・行きたい・・・!!
 静の心の中は、ぐちゃぐちゃだった。けれど、どこかでは酷く落ち着いていた。
 一緒に行きたい。
 その心は、言うなれば純粋なものだったから・・・
 立ち上がり、柵にしがみ付く。
 この柵を越えれば、彼女も、彼も、待っているはずだから―――――
 『静君っ!!!』
 『先生っ!!静君がっ・・・!!!!』
 『静君、駄目っ!!!!』
 華奢な身体を押さえられ、それでももがく。
 今ここで生きてしまったなら・・・きっと、彼と彼女には追いつけなくなってしまうから。
 行かないで・・・僕を置いて・・・イカナイデ・・・・


   『・・・・・・・・・・・・!!!!!!』


 何かを叫びかけて、静は気を失った―――


◇■◇


 パチンと、電源が切れるような音がして、目の前の映像が真っ黒に染まった。
 なんて懐かしい・・・痛い、記憶・・・。
 静はそう思うとふっと俯き

   カタン

 聞こえて来た微かな物音に、顔を上げた。
 「・・・魅琴さん?」
 「あっ・・・」
 小さく声を洩らすと、神崎 魅琴は苦々しい表情で口元に手を当てた。
 言葉を探しているようだが・・・きっと、かけるべき言葉なんてないのだろう。
 もしも静が逆の立場だったとしても、言葉なんて見つからない・・・。
 ・・・何を言っても、見てしまったものは見てしまったもの。
 起こってしまった過去を変える事は出来ない。
 だからこそ・・・
 「別に、気にしなくて良いよ。」
 にっこりと微笑むと、静はそう言った。
 普段と同じような笑顔で、普段と同じ口調で―――

 『彼を、殺したわね?』
 聞こえて来る声は、あまりにも耳の直ぐ近くで
 感じる風は、あの日の香り。
 靡く髪を押さえながら、目の前で彼女が・・・

 「・・・・・・・・っ・・・・・・!!!!」

 冷静さを保とうと思った。
 魅琴は何も悪くないから。
 ここで静がパニックを起した場合、魅琴を困らせる事になるのは確実で・・・
 迷惑をかけたくないから、迷惑は、かけられないから・・・。
 でも、それは無理だった。
 鮮明に思い出された記憶はあまりにも静の心を締め付けるものだった。
 崩れ落ちる身体。
 魅琴が目を見開き―――
 「おい、静・・・!?」
 ―――呼吸が詰まる・・・。息を吸おうとするから、息が吸えなくなる。そんな事は静にも分かっていた。
 息を吸おうとするのではなく、息を吐こうとする。そうすれば呼吸は出来る。
 ・・・けれど、知っているのと“出来る”のとは違った。
 息を吸おうともがく心が、全ての機能を低下させる。今の静には、息を吸い込むどころか吐く事も出来ない・・・。
 「静・・・!?」
 抱き起こし、呼吸が止まっているのを見て、魅琴が咄嗟に背後を振り返り・・・きっと、館には誰も居ないのだろう。
 その瞳が焦りと混乱に濁る。
 「・・・・・・っ・・・悪く、思うなよ・・・?」
 魅琴はそう呟くと、静の身体を抱きかかえ、そっと唇を重ねた。
 ふぅっと、温かい息を吹き込み―――
 「お前のための部屋じゃねぇよ・・・」
 唇を離してそう言うと、再び唇を合わせた・・・・・・・・・。



   夢幻館にとって、悪魔の羽が示す意味は

         『戒め』

   この部屋を創った人が、他の住人に送るメッセージ



   この部屋を創ったのは

            ダレ・・・・・・・・???



          ≪END≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  5566/菊坂 静 /男性/15歳/高校生、「気狂い屋」


  NPC/神崎 魅琴/男性/19歳/夢幻館の雇われボディーガード


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『過去ノ爪痕』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 キスまでOKと言う事で・・・調子に乗って入れてみました(苦笑)
 で・・・でも、人工呼吸です・・・(苦しい言い訳)
 他の住人に見られたらどうなるのだろうなぁと思いつつ執筆いたしました(笑)


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。