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<東京怪談・PCゲームノベル>


羊の誘惑 〜Auberge Ain〜にて



 普段は室内での仕事が多い法条風槻は久しぶりに見た青い空を眩しげに見上げ、サングラスをバッグから取りだしかけた。
 シャープな輪郭に、細い造作。
 風に遊ばせる長い髪は光を受けて輝いている。
 グラスに隠された緑の瞳には知性が感じられた。
 久しぶりの外出で人と会う仕事を済ませて、今は気ままに散策している最中だ。
 仕事中は気にならないのだが、仕事を終えた途端、仕事兼自宅である住居の惨状が目に入ってくるのだ。
 どうするか考えようとして、敢えて無かったことにする。
 とはいえ、帰宅すれば片づけなければいけないのだが、仕事を終えた開放感に暫く堪能していたかった。
 仕事中、息抜きに電話をしたアトラス編集部の碇麗香がいっていた、気になる情報を確かめるべく、風槻は編集部へ足を運ぶことにした。
 碇とは職業柄出入りする回数も多く、気軽に話をする仲だ。
 年が近いせいもあるだろう。
 今日も碇はデスクで、三下相手に原稿の書き直しを命じていた。
「これで三回目。つぎにへたれた原稿持ってきたら、シュレッダーにかけるわよ」
「そ、そんなぁぁ!」
 三下としては精一杯の原稿内容なのだ。
 怖い部分を書くのが怖くて、すっ飛ばしたりしてしまうのだ。
 それはアトラス編集部としてはかなり致命的なのだが、トラブル体質が時に大スクープを引き寄せるのも確かだった。
 三下はすっかりしょげて、自分のデスクへとふらふらと戻ると、ボールペンを持ちうんうん唸り始めた。
 風槻は、毎度のやり取りを目にして、苦笑した。
 そんな風槻の様子をきっちり視界に収めていた碇は、
「今日はどうしたの?」
「前にいっていた不思議なホテル、気になって。一人で行って本当に遭遇したとしても、信憑性がないでしょ。だから麗香を誘いに来たってわけ。でも、その前にどうやって行くか、が問題なんだけどね」
 風槻はサングラスをすっと取り、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
 風槻へ椅子を勧めると、碇はサーバーで入れたコーヒーを手渡す。
「あぁ、あなたにいった奴ね。あれから誰も行かないから、取材も何も進んでいないわよ。というより、たどり着けないっていう意味だけど。もし、あなたが行くのなら取材に行くのもいいかもね。ちょうど締切分の原稿チェックは終わったし、一日くらい身体は空くわ」
「三下のは?」
 原稿書き直し、っていってたのを思いだし、ふと訊ねた。
「もちろん、次回まわしよ。締切までは頑張って貰うわ。次のネタにすれば良いだけだし」
 そのことを三下が知るよしもなく、せっせと締切に間に合うように必死で原稿を書いている。
「三下自体ネタだし」
 さっくりと風槻はいう。
「どこか怪奇事件のネタに放り込めば、面白い反応はするんだけど、体験レポーターじゃないしね」
「ふむ。ま、三下はおいて、と。折角だからホテルでのんびりしたかったんだけど、行き方知らないんじゃ無理だよね」
「んー、いま行かないと次、風槻と予定が合うか分からないものね。最適な人間がいるから、彼に聞きましょ」
「彼って?」
「甘味大王。ソフィアっていうんだけど。連絡すればそう時間をかけずに来るはずよ」
「甘い物好きなの?」
「そう。取材の報酬もお金じゃなく、有名店や隠れた名店のお菓子だもの。幸いここはスイーツを紹介するページもあるし、ほかの編集部にも聞けば幾らでもあるし」
 そういいながら、電話の受話器を取り、碇はソフィアに連絡を取った。



 快諾ともいっても良いくらいの嬉しそうな声が受話器から漏れてきた時には、風槻と碇は編集部とは違う場所に立っていた。
 左右に樹木が立ち並ぶ長い道に転移できたのを確かめるとソフィアは挨拶をした。
「俺はソフィア・ヴァレリー。よろしく」
 ソフィアの容姿が思っていたイメージと違う、と内心風槻は呟く。
「法条風槻。ソフィアって呼ぶけれどいい? 嫌ならさんつけするけど。堅苦しいの好きじゃないの」
「ん? どちらも構わないよ。ところであまり驚かないんだねぇ」
 大抵、急に空間移動するとまずは驚くのだが、この二人は流石に肝が据わっているのか若干眉を寄せたくらいだった。
「怪奇現象に遭遇したらまずは状況判断。で、取材よ」
「ゆっくりとしたい」
「このまま真っ直ぐ進めばすぐに館に着くから」
 霧に紛れて良くは見えないが、確かにうっすらと建物の影が見える。
「だったら、館の目の前に移動してくれればよかったのに」
 確かに、と風槻も思う。
 碇が、周囲に何も無いのを見て取ると、早く行くわよ、とヒールの音も高らかに足を勧めた。



 扉は音もなく開くと、風槻と碇はソフィアにエスコートされて館内へ。
 かつん、と響くヒールの音。
 落ち着いた内装を持つ様式に、歴史を感じさせる調度品。
 風槻はぴかぴかに磨かれた家具をみて、掃除が大変そうだと素朴に思う。
 突然迷い込み、どことなく落ち着かない気分にさせていた心が平穏を取り戻す。
 玄関ホールで誰か居ないかと風槻は声をかけようとした時、奥から現れた人物に気付き、声をかけた。
 その人物は、丁寧にお辞儀をし、言った。
「ようこそ、Auberge Ainへ。今宵の料理と遭遇する出来事が貴方をお待ちしていました」
 男は夜の正礼装である燕尾服に身を包んでいる。
「法条風槻様、碇麗香様、ソフィア・ヴァレリー様の三名様ですね。お部屋にご案内を致します」
 男は風槻たちを見て確認したあと、宿泊する部屋へと先導していく。
 途中、落ち着いた色合いの風景画や彫像をゆっくりと眺めながら、宿泊部屋へと辿り着いた。
「こちらより順番に法条様、碇様、ヴァレリー様となっております」
「私は館内を散策するわ。後で会いましょ」
 碇は部屋の位置を確認して、そのまま踵を返す。
 まずは取材ということなのだろう。
「俺はスイーツ食べにサロンに行くけれど、風槻さんはどうする?」
 ソフィアの問いに、どうしようかと風槻は思案し、宿泊する自分の部屋の扉を開けた。
 落ち着きのある臙脂色で纏められた室内。
 天鵞絨のカーテンが引かれた室内は、硝子の洋燈に照らされて暖かさを感じさせる。
 凄くゆっくりと眠れそうな安眠のオーラのようなものが部屋から感じられて、風槻は引き寄せられるように入っていく。
 その様子を見ていたソフィアは、部屋で休憩すると思ったのか、何もいわずに姿を消した。
 手触りの良い天鵞絨に頬を寄せ、ベッドの上に置かれたクッションを腕に抱く。
 ぽて、と身体を横たえる。
 ストレートの黒髪がさらりと放射状に広がる。
 そのまま夢の世界に旅立ってしまいそうだった。
 仕事中は気を張りつめていたが、仕事が終わったいま、存分に寝ても良いのだ。
 自宅は片づけを待つ状態で、ベッドの辺りも随分と本や資料に埋もれている。
 掃除をするのも一苦労な状態だが、ここはゆっくりと眠れそうだった。
 風槻はまずは人間の三大欲の一つ、睡眠を満たすことにした。



 熟睡している筈なのに、妙に冴えた自分がそこに立っていた。
 夢の中。
 そうだと判断したのは、眠れない時に思わず数えてしまう羊がゲートが空くのを順番待ちで鈴なりになっていたからだ。
 羊の札には番号が振ってあった。
 もこもこの羊がゲートから一頭はじき出され、自分の順番でないのに気づき、慌ててゲートに戻る。
 そんな仕草を思わず面白そうに見ていた風槻は、羊が沢山いるのはもしかして睡眠不足の人の夢の中なのだろうかと考えた。
 それは自分だった。
 風槻はぎゅうぎゅう詰めになっている羊を、せめて半分にしようと柵を開け放ち、半分くらいの数に減らした。
 羊の数だけ睡魔が勢いよくやってくる。
 風槻は更に深く眠りに落ちていった。
 最後に出てきた羊はピンク色で、めぇぇ〜とないていた。
 片隅ある重さを感じる何かが少し軽くなった気がした。



「ピンクの羊?」
 興味が湧いたのか碇は聞き返す。
「そう、ピンク。色付きひよこみたいに、ピンク色に染めてるのかもしれないけど」
「ピンクね」
 碇が紅茶を口に含み目を伏せる。
 何かあったかと記憶を探っているのだろう。
「ピンクかぁ。良かったですね。色付き羊って、悪夢を食べてくれるんですよ。漠ならぬ、悪夢食いの羊。見た目可愛いけど、肉食。人間界の生き物じゃないし。どちらかというと天獄の生き物」
 ソフィアが羊について説明をする。
「天獄の生き物?」
 風槻はコーヒーカップをソーサーに置き、聞き慣れない言葉を聞き返す。
「悪夢って天獄にしかいないんだよね。よく食べるのは獄が属の方だけど。悪夢をため込んでいるから、美味しいらしいよ。俺は甘い物の方が好きだけど。風槻さんなら、わかると思うけれど」
「そう?」
 何に対して言われているのか分からず、風槻は軽くながす。
 自身も気付いていない透視能力を指していたのだが、気付かず使っている以上、ソフィアはそれ以上突っ込むことはしなかった。
「夢に出てきたってことは、そのピンクの羊、ずっとあたしの夢に出てくるってこと?」
「はぐれない限り、普通の夢羊と一緒に出てくるから」
「それはちょっと……、だって肉食っていったじゃない」
「姿形の似ている夢羊は食べないですよ。食べるのは重ーい悪夢をお腹が空いたら食べるだけ」
「他に迷惑かけないのなら別にいいか」
「ペットみたいな物だと思えば」
「ペットっていうにはちょっと凶暴だけどね」
「悪夢食いの羊は風槻さんが眠っている時、近くで美味しそうな悪夢を持っている人に惹かれて出て行く時もあるよ。気ままな羊だから」
「放牧してるみたい」
「ああ、正にそんな感じです」
 甘さ控えめのティラミスを口に運び、風槻は手間の掛からない生き物の飼い主になったと思うことにした。
「あ。」
「何?」
「ここでなら、悪夢食いの羊料理して貰えるけど?」
「羊肉は嫌いだから、あたしは食べないわよ」
「そうなんですか。羊も運が良いなぁ」
「次回、料理に羊料理があれば私が試すわ。今はルッコラとパスタの食べ過ぎで満腹だから」
 碇は羊の味に興味が湧いたらしい。
 悪夢の食べた羊は美味しいのかどうか疑問だが、碇は一度言葉にすると実行するタイプだ。
 その時には遠くで見ていることにしようと心の中で決めた風槻だった。



 その夜。
 夢の中でピンク色の羊はめぇぇとないて、嬉しそうにぐるぐる回っていた。
 館でも珍しい悪夢食いの羊は、珍しく食用にされずに済んだ。
 嬉しかったのだろう。
 悪夢食いの羊はいつのまにか風槻のペットになり、夢の中、夢羊と一緒に飛んでいた。
 ピンク色の羊、悪くないか、と呟いた。



END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6235/法条・風槻/女性/25歳/情報請負人】

【公式NPC】
【碇・麗香】
【三下・忠雄】

【NPC】
【ソフィア・ヴァレリー/男性/23歳/記述者】

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■         ライター通信          ■
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>法条風槻さま
こんばんは。竜城英理です。
〜Auberge Ain〜にて、参加ありがとう御座いました。
年齢的に碇さんが近いと思い、ご一緒して頂きました。
ピンクの羊は当分の間、住んでいるかも知れませんが、害はないので。
夢の中でぐるぐるしているだけです。
では、今回のノベルが何処かの場面ひとつでもお気に召す所があれば幸いです。
依頼や、シチュで又お会いできることを願っております。