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[ 雪月花１ 当て無き旅人 ]
――秋の空の下
ずっとずっと探してた。
独りの旅が何時からか二人になった。
誰かが隣にいる、そのことはお互いの支えになった。
嬉かった。ただ…嬉しかった。それを声や態度に表すことは滅多に無かったけれど。
当ての無いこの旅に、俺たちは『みちづれ』がほしかった。
あまい 甘いモノを追い求め…あなたは何処までついて来れる？
「ねぇ……柾葵、先はまだ遠い？」
声に出すは一人の少年の声。声変わりは疾うに済んでいるはずだが青年と言うにはその声は高い。しかしその見かけは十分青年と言えるものを持っていた。表情にはまだ幼さを残してはいるが、身長は成人男性の平均を超えている。
ただ、掛けたサングラスの奥に見える目は、その表情に似合わず冷ややかにも思えた。
そして、その少年の隣に立つ彼より更に背のある一人の男性。柾葵と呼ばれた青年は、ただ少年の問いかけに首を縦に振る。しかし一瞬の後それが少年には見えていないことに気づき、そっと少年の右手を取った。
「洸……、まだ 遠い……？」
掌に書かれた文字を読み取り、洸と名前を書かれた少年は苦笑する。
「うん、判ってるよ柾葵。でも俺、そろそろ疲れたんだ」
言うと同時、少年の膝が崩れ、青年がそれを必死で支えようとした。
しかしゆらぎ、やがて落ちゆく二つの影――…‥
ゆら ゆらり。
緑がかった黒い髪。細工されし着物は揺れる。
ふわ ふわり。
その歩みは、まだ見ぬ二人が歩いた道をなぞり。
厚底ブーツ特有の足音を響かせ歩いていた彼女はやがて、不意にその歩みを止めた。
同時、辺りはひっそりと静まり返る。
彼女の目の前には人が居た。
「――――大丈夫、かな……」
そっと近寄ると、しゃがみ込む。確かに大きな男が二人、うつ伏せと仰向けの状態で倒れている。近くには持ち物なのか、鞄が二つあった。
「……生きてる、よね？」
驚き、どうすれば良いかと考え迷う。しかし次の瞬間、彼女の目はただ二人をジッと見つめていた。観察、と言う言葉が相応しいほどに。
初めの内は少し遠目に。やがてもう少し近づいて。二人の口元にそっと手を近づけた。
「……ちゃんと生きてる、ね」
思わず観察結果を呟くと、彼女はスッと立ち上がり。道の真ん中で眠る少年と青年にくるりと背を向け走り出した。
彼女が向かったのは、近くにあった筈のコンビニエンスストア。
店の明かりを見つけ入るなり、水や軽食を入り口で手にした籠へと入れていく。
「こんなのも食べるかな？ これも、いいかな？」
あれやこれやと手に取ると、会計を済ませ元の場所へと急いだ。そこにはまだ、見つけた時と同じ状態の二人が居る。
「……うーん、まだ起きないのかな？」
ビニール袋を片手に彼女は首を傾げると、そのまま「よいしょ」と倒れている二人の間に入り、座り込んだ。
彼女から見て右に青年、左に少年、中央に自分。なんとも傍目から見れば妙な図が出来上がった――が、彼女は少し満足気である。
陽はゆっくりと落ちていき、辺りは陰ってきた。何よりコンクリートに座るのも寒いこの季節この時間。倒れている二人はいつ寒さで目覚めるか――彼女はその瞬間を待っていた。
「だって、運べない…もんね」
出来ることならば、此処よりも少しはマシな場所へ運んであげたいとも思う。しかしそれは、目の前で倒れている二人と自分を見れば、最早行動に移す前から無理だと分かりきっていた。
「――でもほんと、いつ起きるかな？」
十数分後、中々目覚めない二人に早くも彼女は痺れを切らし始める。手に持ち続けていたビニール袋は早々に地面に置かれていた。
「……」
小さな身動きと同時、目に入ったのは仰向けの青年。
棗はゆっくりと右を向き、彼に手が届く程度にその身を乗り出した。
「…………ぇぃ」
そのまま掛け声と同時、彼女の右手が青年の鼻を塞いだ。
「―――― っ」
暫く後、言葉になりきらない何かが開けられた口から出ると、今度は開いた口を左手で塞ぐ。
「起きる？ 起きる？」
それは少し楽しそうに、両手で彼の鼻と口を塞ぎ。微かな笑みを浮かべては彼の目覚めを待つ。
しかし、少しの間苦しそうな表情を見せていたものの、青年が目覚める気配は一向になく。
「…………起きない」
そのまま上を向いていた彼の首が、力なくカクンと右側へと倒れたところで手を離す。
「残念」
ポツリ呟くと今度は左を向くが、少年はサングラスをかけたままうつ伏せの状態で、彼女とは逆の方を見ている。
「――――…‥」
言葉もなく、彼女は空を仰いだ。そこにはいつの間にか、無数の星が輝きだしている。
人通りなど全く無いこの道。冷たい風に吹かれ一人、二人の目覚めをただ待つ時間。それが少し。少しだけ、寂しく思え始めてくる。
パタリと。彼女もその場に倒れたのはそれから数分後の事。少し歪な川の字のように、そのまま一緒に寝てしまった。とは言え、目を閉じるわけでもなく。時折二人を見ながら、目の前に広がる夜空を眺めている。
「――……んっ…ん？ ま、さき？」
「あ……」
結局最初に目覚めたのは少年の方だった。声を上げながら、上半身をゆっくりと起こす。それにつられ、棗も起き上がる。
小さく声を上げた彼女に反応したのか、その顔がゆっくりと彼女の方を見た。
「まさき？ 隣で寝てる人のことかな？」
思わずそう告げれば、少年は彼女の方を見たままその表情を固くさせる。深い青色のサングラス故、その目つきまでは見えないが、どうにも彼女をキッと睨むように見ている気がした。
「――っ、…あなたは誰……」
警戒心を露にした言葉。それに彼女はにっこり笑顔を浮かべ言う。
「私？ 私は比嘉耶 棗っていうの」
そう名前を言った彼女――棗に、少年は『違う…』と言いたそうな顔をしながらももう一つ問う。
「俺の連れはその辺りに居ますか？ 俺よりもでかくて厚着してる奴」
少年の言葉に棗はただジッと、右側に倒れている青年を見ていた。
彼よりは確かに大きくて、この季節にはまだ早い黒のロングコートを着ている。どう見ても彼、だろう。
「もう起きてくださいよー。ずっと寝てたら風邪引いちゃうよ？」
そっと揺さぶり、次にはその頬をペチペチと軽く叩いた。
「…ちょっ、柾葵どうなって……るんですか？」
どうも棗の行動と言動が今一理解できていないのか、少年は棗に問うものの、答えはすぐに出る。
「―――― っ ？」
一つ咳き込み、青年が目を覚ました。
「あ、よかったー。起きなかったらどうしようかと思っちゃった。おはようございます」
青年の頬から手を離し安堵の息を吐くと、棗は二人の間に上手く座り直した。
やがて青年の目が棗を捕らえると彼は何を思ってか、ただ眉間に少し皺を寄せる。
「それにしても二人揃って良い夢でも、みてた？」
棗は青年の視線に気づかずか、気づいていてそれなのか。どうやら話を続けていくらしい。
「いや、柾葵はともかく俺はそんなんじゃ――」
思わず少年が冷静に突っ込みを入れても、彼女はやはり言葉を続けた。
「でも道端で寝ちゃ駄目だよ、危ないし……ぁ、お腹空いて倒れてたのかな？」
「そうじゃ――」
「はい、これあげる」
苦笑交じりの少年の声を遮り棗が二人の前に出したのは、足元においてあった袋だ。勿論そこには、コンビニエンスストアで買ってきた様々な物が入っている。
「……なん、ですか？」
「!!!!」
動揺した少年とは違い、青年の方は眉間から皺を無くし、座ったまま棗に一歩程身体を近寄った。
「ちゃんと二人分ありますからねー、はい」
言いながら棗は袋の中身を出していく。三人の前にはあっという間にペットボトルの水にパンにおにぎりが広げられ、ちょっとしたピクニック気分になる。
少年は硬直しているものの、やがて青年がコートのポケットからメモ帳とペンを取り出した。
「メモするの？」
覗き込む棗を横目で見ながらも、青年はメモ用紙にサラサラと何かを書いていき、やがてピリッと一枚破ると彼女へ渡す。
手渡されたメモ用紙を見ると、なにやら綺麗な文字が書いてあった。
『遠慮なく頂くな…えーとおまえ、名前は？』
それが自分へ向けられている言葉だと気づき、棗は名を告げる。
そうすれば又すぐにメモ用紙が一枚と、メモ帳とペンを差し出された。
『ひがやなつめ…って字は？』
書いて欲しい、ということらしい。彼はメモに文字を書いてる最中から今まで、パンを美味しそうに食べていた。
「えっと、『比嘉耶 棗』と」
書けば青年は満足したようで。笑みを浮かべると更にもう一枚のメモ用紙を渡してきた。
『サンキュ。俺は柾葵な、まさき。そっちはもう聞いたか？洸。』
メモを読み終わると、棗は青年――柾葵を見てにっこり微笑み、少年――洸を見てもう一度微笑んだ。
しかし洸はその表情を変えることも無く。ただ、淡々と告げた。
「一応助けてもらったみたいなのでお礼は言いますけど……別に礼は出来ませんよ？」
その言葉に棗の笑みが曇る。
「一緒に、食べない？」
それは洸の対応にではなく。彼が一向に食べようとはしないことに対して悲しんでいる。
「うっ……分かり、ましたよ…食べりゃ良いんでしょう？」
言うや否や、洸も柾葵と同じようにパンを手に取ると袋を開け、やがて水を口にした。
「それにしても……どうしてお腹空いて倒れるまで歩いていたの？ 私ならそうなる前にそうだね、チョコ食べながら休憩するよ」
『此処最近ろくに休めてなくてな。洸が体力無くなって俺が腹減って同時に限界だったんだ。
でも、もっと先へと進まないともうすぐ冬だからな‥そうなると足が進まなくなるから急いでたんだ。』
パンを一つ食べ終えおにぎりに手をつけ始めた柾葵が、又一枚のメモ用紙を手渡してくる。その意味に棗は首を傾げた。
「……旅の途中、なんですよ。だから、これ頂いたら俺達もう行くんで」
言いながら洸は残りのパンを口へと運ぶ。
「たび……二人で…」
棗は洸の言葉をそっと反芻し、考える。
「お前もとっとと呑み込め。もう行くぞ……じゃ、お世話になりました」
『まぁ、色々思うこともあったけど……ありがとな。美味かった。』
言いながら、或いはメモ用紙を渡した後二人は立ち上がった。棗から見れば最早巨体。それを未だ座ったまま見上げ。
「えっと、私も一緒に行っていいかな？」
ポツリと言葉を向けた。
「――――……どういう、事ですか？」
その言葉が自分達に向けられているとは思いもしなかったのだろう。柾葵が反応を示さなかったのは勿論の事、洸も少しした後に棗を見下ろし、今のが本当に自分達に向けられていた言葉なのかも確認するよう言った。
だからこそ棗ももう一度。今度は洸の目を見て言う。
「二人の旅に同行したいなって思って」
「っ……あの、…少し思ってたんですけど、多分あなたが想像してるような楽しいもんじゃないですよ。第一皆他人同士だし、行く当てもない。あなたがそこについて来る理由だとか、目的だとかが俺には――」
『分からない』、それが当たり前の考えだった。ただそんな事など彼女にとって問題ではなかったようだ。
「うーん、目的だったら美味なチョコ探し…だね」
その言葉に、洸は完全に言葉を失う。
代わりに、なのか。今度は柾葵がペンを持ち、文字を書いていた。
『チョコ、好きなのか？』
渡されたメモに記されていたその言葉に、棗は大きく頷き。「チョコ好き」と、ただ一言告げる。
するとそれを聞いた柾葵も同意するかのよう頷き、洸の方を見た。
そのまま柾葵の手が洸の手を取り、その掌に人差し指で何かを書き始める。
「……なら良いんじゃないか？ ――て、おっ前……無責任だな!?」
それが文字だと気づいたのは洸の発した言葉から。先に言ったのが、恐らく柾葵が洸の掌に書いた言葉なのだろう。
そして返って来た言葉に、柾葵は頭を左右に大きく振った。その様は少し見た目の姿に似合わない。駄々を捏ねる子供に思えた。
「でもそれって要するにね、私にも当ては無いんだよ。だから、一緒でもいいんじゃないかな。あ、迷惑はかけないからね。私はチョコ探すだけだから」
棗の言葉に、洸はもう何度目か。小さく息を吐くと彼女に背を向けた。
シンと辺りは静まり返る。その中で彼は、それはそれは…小さな声で言う。
「言いたいことは何となく分かるけど――俺達と行くって事は、あなたはみちづれになる……」
そこには聞き慣れぬ言葉が出た。『道連れ』。棗は突然出てきたその言葉の意味を理解しようと、そっと心の中で言葉を復唱する。
「それでも 良いんですか？」
彼女の中で答えは出ない。けれどそれ程まで執拗に、彼は旅への同行を拒んでいるように思えた。或いは、それ程まで慎重になる必要があるのか。
「あのねっ、私はさっきから良いって言っ――」
しかし少しばかり反抗するよう言いかけたその言葉を、横から伸びてきた柾葵の手が無言のままに静止させた。
ゆっくりと振り返った洸は最初棗を、次に柾葵を見て前を向き直す。
「……分かった、二対一じゃ分が悪いし…もう俺は知らないから。あなたがそれを望むならどうぞ好きに」
そう言うなり今度は「ったく、良いからもう先に進むよ」と、一人先を行く。それを柾葵が追った。
「ぁ、…」
そんな二人に、座ったままの棗は立ち上がり。二人の後をついていきながらも、ガサゴソと何かを探していた。
ひょんなことから……そんな言葉が最も似合う形で。けど二人の旅がこの瞬間、確かに三人になった。
嬉かった。本当は…不覚にも少し嬉しかったんですよ。『みちづれ』は多い方が良い。
例えそれが、俺からしたら少し変わって見えるあなた…だとしても。
当ての無いこの旅。本当は行く先がある事を俺は誰にも告げていない。そこが何処か、知る術がないから。
それに、あなたがそれまでついてくるなんて…この時の俺には想像も出来なかった。
想像など つかなかったんですよ――――。
三人での出発は朝日が昇る前。
洸はこの先向かう方向を早々に定め無言で歩いていた。柾葵はといえば、その後をただついていく。そんな二人に棗は少し大きめに声をかけた。
「ね、二人とも止まって。手、出してくださーい」
その言葉に、棗の少し前を行く柾葵がすぐ立ち止まり、振り返りながらすっと両手を棗の前へと出す。続いて柾葵の更に前を歩いていた洸がゆっくりと歩みを止め、「何ですか？」振り返った。そして戻ってくるなり、棗の手より少し離れた場所にまるで渋々と言った様子で片手を差し出す。
「はい、どうぞー」
そんな二人の掌に棗が落とした物は、昔懐かしの五円チョコ。
「何ですか、これ？」
「ん、五円チョコ。美味しいよ？」
すぐさまメモ帳を取り出し何かを書き出す柾葵とは逆に、洸は暫く考えた後ポツリと呟き再び歩く。
「チョコは……非常食に」
言いながら、洸は五円チョコを鞄の中にしまった。
『懐かしいな。んー、これってやっぱ"ご縁"にかけてんのか？
まぁ、何でもいいな。俺も甘いもん好きだから。この先美味いチョコ見つけたら教えろ？』
そうメモを渡しながら、柾葵は既にチョコを食べている。
「美味しい？」と聞けば、彼は嬉しそうにこくりと一つ、頷いた。
結局のところ、洸は二人を置いて行くことはなく。歩く速度を変えることは無いものの、二人との距離が離れれば足を止め。ただ一言声をかけた。
「後ろの二人、置いてくよ」
そんな言葉に二人顔を見合わせ。急いで洸を追いかける。
やがてゆっくりと朝日は昇り、藍色の空は明るさを増してゆく。
それに伴い、歩く三人の影が伸び始めた。
それはまだ 冬の訪れの遠い秋の出来事――…‥。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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→PC
[6001／比嘉耶・棗／女性／18歳／気まぐれ人形作製者]
→NPC
[ 洸(あきら)・男性・16歳・放浪者 ]
[ 柾葵(まさき)・男性・21歳・大学生 ]
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■ ライター通信 ■
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初めまして、こんにちは。亀ライターの李月です。この度は[ 雪月花１ 当て無き旅人 ]ご参加有難うございました。
設定を拝見して私自身が真っ先に惚れてしまいました(笑)書かせていただき有難うございました！
特にご指定がありませんでしたので、二人と均等にと言った感じで進みました。
洸の第一印象はなんとなく会話が成立しない、性格的に苦手なタイプ。
柾葵の方は…第一印象は微妙ながら、甘い物好き＋餌付け効果が出て洸よりは好感↑です。
そして旅への同行も有難うございます！同行の目的に見事柾葵が釣れて、押し切り勝ちで洸説得(?)と言った所です。
その他、口調行動など何か不都合などありましたら、ご連絡ください！
まだ歩き出し間もないこの世界は、途中離脱可能、追加シナリオも可能なプレイング次第世界です。
もしお気に召していただけ、次回に興味を持たれましたら引き続き二人の旅に同行していただれば嬉しいです。
それでは、又のご縁がありましたら…‥
李月蒼
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