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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇の羽根・桜書 T < 宿すは現 >



◆▽◆


 朽ちかける直前と言った雰囲気の廃屋を前に、桐生 暁は1つだけ小さく溜息をついた。
 目を閉じれば感じる、霊達の雰囲気―――
 この中を丸腰で入って行ったなんて、到底理解し得るモノではなかった。
 きっと、特別な能力のない人にでも分かるであろう、禍々しい雰囲気。
 人を近寄らせまいと渦巻く霊達の声の只中に、片桐 もなは突っ込んで行ったのだ。
 「まずは・・・」
 ポツリと呟いた言葉が風に揺れ、埃っぽい臭いのする工場の中へと歩を進める。
 「・・・危ない事になってなきゃいーケド・・・」
 足元に落ちていた木の板を靴の先でつついた後で、暁はそれを思い切り蹴った。




 普段通り夢幻館へと訪れた暁に、現の司である夢宮 麗夜が声をかけてきたのは酷く珍しい事だった。
 相変わらず美しい顔立ちに、育ちの良さそうな立ち振る舞い。男性と言うよりは女性に近い雰囲気を持った麗夜は、双子の姉である夢の司よりも美人だと言う噂なのだが・・・。
 双子なんだから、どっちもどっち・・・
 暁の意見はそうだった。
 「暁様は、霊達の只中に丸腰で突っ込んで行く少女の事をどう思いますか?」
 穏やかな笑みは、真意が見えないと言う意味では酷く冷たいものだった。
 「・・・それって、誰の事言ってんの?」
 「誰なのか、それは今の議論ではありません。俺が訊いているのは、そう言う場所に丸腰で―――」
 「もなちゃん?」
 暁の言葉に、麗夜はより一層艶やかな笑顔を浮かべた。
 「そう思われるのですか?」
 例え問いただしたとしても、真実なんて述べない。
 今は少女が誰であるかを訊いているのではなく、そう言う少女をどう思うのか、ただその1点だけなのだから。
 まるでそう言っているかのような表情に、暁は溜息をついた。
 もしも少女がもなであるとしたならば・・・
 「どこにいるの?」
 「誰がです?」
 「もなちゃん。今、何処にいるの?」
 「・・・この場所に行っていると思いますが。」
 にっこりと柔らかい表情を崩さずに、麗夜はすっと1枚の紙を差し出した。
 「行かれるおつもりですか?」
 「・・・それは、今の議論じゃないんだろ?」
 クスリと、小さく微笑む。
 それはある意味では麗夜と同種の微笑だった。
 ただ、全ての感情らしい感情を排除した麗夜独特の・・・いや、夢宮独特の笑みとは違い、暁の笑みにはキチンと人としての心が宿っていた。
 もしもなが事切れたとしても、ソレが定めだったのだと麗夜は言うだろう。
 麗夜にとってもなは、現の守護者。
 その役目から外れてしまえば、俺にとっても現にとっても、ただの他人になるのですよと・・・。
 勿論、それが真意なのかどうなのかは分からないけれども。
 「それでは、お答え願えませんか?」
 先ほどの質問に、明確な答えを述べよ。
 麗夜はそう言うと、すぅっと瞳を細めた。
 「危ないね。」
 それだけ言うと、暁は立ち上がった。
 カタリと椅子を鳴らし、机の上に乗ったメモを取ると、そのまま足早に扉の方へと進み―――
 「愚かだとは、言わないのですね。」
 「結局は、何をしたいのかを決めるのは自分・・・だろ?」
 立ち止まり、振り返る。
 相変わらずの笑顔を前に、暁はふわりと柔らかく微笑んだ。
 「他人がとやかく言う事じゃないと、俺は思うんだよね。」
 それだけ言うと、振り向かずに部屋を後にした・・・・・・・・・・・・。


◇▼◇


 もなの後を辿るのは容易い事だった。
 彼女の独特の雰囲気に誘われてか、それとも、その身に宿す現の力に魅せられてか、霊達の行き先は一方だった。
 暗い廃屋の中、ボロボロの壁を前に佇むその姿は、幻想的だった。
 霊達を引き連れて、ボンヤリと立ち尽くす1人の少女。
 茶色と言うよりはピンク色に近い髪を頭の高い位置で2つに結び、淡い色のリボンが髪に絡み付いて揺れている。
 膝上のスカートが弧を描いて広がる。
 暁の足音に気がついたのは、大分近づいてから。
 普段の彼女からは想像し得ないような鈍さだった。
 「・・・はれ?暁ちゃん・・・?」
 「そ、暁ちゃん。」
 どうしてここに居るの?
 きっとそう続くはずであろう言葉は飲み込まれた。
 暁がすぅっと瞳を細め、何かを掴み取るかのように空中を撫ぜた。
 ―――瞬間、突風が吹いた。
 目を閉じ、右手で髪を、左手でスカートを押さえていたもなが驚いたような表情で固まり・・・。
 「今の何??」
 「もなちゃん、悪い霊が憑いてたよ。」
 ニカっと微笑むと、ポンポンと頭を優しく撫ぜた。
 「・・・うわぁ・・・やっぱ、霊・・・いたんだぁ。」
 「ま、ね。」
 「でも・・・視えないから、害はないかなぁって・・・」
 「もなちゃん、例え自分が視えなくても、相手が視えていれば話は違うよ。」
 あまりにも楽観的な考えを口にするもなに、暁はほんの少しだけ眉根を寄せた。
 軽い調子で言った“悪い霊”の言葉だったが・・・決して間違いではない。
 憑かれ続けていたら、命に関わるかも知れない。
 ソレほどまでに危ないものもいた。
 「そっか・・・。うん、ちょっと反省・・・。でも、暁ちゃんはどうしてここに来たのぉ??」
 「あ、れい・・・・・・・・・」
 麗夜に言われて。
 果たしてそれを言っても良いものなのだろうか。
 夢宮独特の笑顔が脳裏を過ぎる―――
 「もなちゃんこそ、どうしてここに?」
 「仕事。」
 素っ気無くそう言うと、もなは視線を落とした。
 あまり触れてほしくなさそうな素振りに、口を閉ざす。
 「一番奥にね、用事があるの。」
 「一番奥?奥まで1人で行くつもりなの?」
 「そうだけど、何で?」
 先ほどもなに憑いていた霊は除霊した。
 それでも、周りには未だにもなに憑こうと機会を狙っている霊の気配を感じる・・・。
 「・・・ね、それってさ・・・俺も・・・行っちゃ駄目?」
 暁の急な申し出に、もなは大きな瞳をパチパチと瞬かせ、しばらく考え込むように視線を宙に彷徨わせた後で、戸惑うように頷いた。
 「駄目な事はない・・・けど、危ないよ?」
 「平気平気、危ないの慣れてるしぃ。それに・・・」
 「それに?」
 「こんな悪魔の巣窟に、もなちゃん1人で行かせたら危ないっしょ〜?」
 悪戯っぽい言葉に、もなが小さな笑い声を上げる。
 悪魔の巣窟って・・・それより、そんなか弱い子じゃないよぉ〜と言って、小さな掌を口の前に当てる。
 その仕草があまりにも子供っぽくて・・・暁は思わず頭を撫ぜていた。
 1つしか歳は違わないはずなのに“護ってあげなくては”と思わせる、もなの雰囲気はきっと天性の才なのだろう。
 「それじゃ、お付き合いいたしますよ。」
 「どうも有難う御座います。」
 キャハっと、女の子独特の高い笑い声を上げると、トテトテと走り出した。
 その足取りは決して軽やかなものではなく、小さな段差に躓いたり、落ちていた石に足を取られたり・・・
 それでも、早くも無く遅くも無く、暁の数歩手前を走るもな。
 暁の歩く速度に合わせるかのような走りは、まるでスキップをしているようだった。
 その後に続きながら、暁はなるべく明るく話し続けた。
 軽いノリで除霊をしながらの喋りだったが―――時折もなの笑い声が響く以外は、何も言葉は返って来なかった。
 その態度が、この先にある“仕事”の大きさを感じさせて・・・
 除霊をする手に力が篭ったのは、仕方のない事なのかも知れない。


◆▽◆


 細い廊下を進んだ先、少しだけ開けた場所に出るともなが足を止めた。
 立て付けの悪い窓ガラスがカタカタと小刻みに揺れ、割れた窓からは冷たい風が入って来る。
 風が吹く度に舞い上がる埃が、薄く入って来る陽の光に照らされてキラキラと光る。
 「・・・さてと・・・」
 もなの長い髪が微かに揺れる。
 その度に香る、甘いシャンプーの匂いが、砂埃の合間に緩やかに漂う。
 「暁ちゃん、下がってた方が良いかも。」
 「どして?」
 「んー・・・危険・・・だから?」
 曖昧にもなが微笑んだ時、奥の方から低い唸り声が聞こえて来た。
 人と言うにはあまりにも獣じみていて、獣と言うにはあまりにも人の発音に近い、そんな声だった。
 「何・・・?」
 闇に目を凝らす。
 ドシャっと、重たい物が床を踏みしめる音がし・・・段々と、奥に居る者が姿を現す。
 ぶよぶよに膨れた脚が現れ、ダラリと長い手は床につきそうなほどだ。
 覚束ない足取りで、1歩1歩踏みしめるように進んで来たその者を見た時、暁は思わず言葉を失った。
 崩れた顔、長く伸びた髪、ボロボロではあるが、ワンピースを着ている―――――それはまさしく“人”だった。
 人であった者の姿だった。
 「・・・もなちゃん・・・?」
 「久しぶりだね。」
 アレは何?
 そう訊こうとした暁は、言葉を飲み込んだ。
 懐かしい友人に会ったような、ふわりと柔らかい表情を浮かべるもな。
 その笑顔は、この状況にはあまりにも似つかわしくないもののように思えた・・・。
 「・・・久しぶり、だね・・・」
 「もなちゃんの知り合いなの?」
 再度同じ言葉を繰り返したもなに、暁はそう尋ねた。
 声が震えそうになるのを必死に押し殺す。
 それは、異形の姿をした“人”に対しての恐怖ではなく、この状況でその笑顔が浮かぶもなに対しての恐怖に近かった。
 ふわり・・・
 本当に嬉しそうな笑顔。
 会えて嬉しいと、今にも口に出しそうな表情。
 ――― 遥か昔、人であったであろう面影を残すだけの人物に向かって浮かべる表情・・・
 「友達・・・だったの。」
 「そうなんだ・・・?」
 「でも、この場に居ちゃいけない子なの。」
 「・・・どう言う事?」
 「夢幻の魔物。貴方の居るべき場所は、現の扉の中。だって、貴方はもう・・・人じゃないんですもの。」
 にっこり、優しい笑顔。
 穏やかな口調は、いつもの元気で可愛らしい口調ではなかった。
 「仕事なの。貴方を送り返すのが。現の世界へ・・・強制的に送り返さなくちゃ。でも、今のままじゃ帰ってくれないでしょう?」
 「どうするの?」
 「弱らせて、送り返すの。」
 「友達を?」
 「・・・友達・・・“だった”の。」
 真っ直ぐに暁の目を見て言うもなの表情は、頑なだった。
 仕事だから、友達でも・・・送り返す。
 仕事に感情はイラナイ。
 そう言っているかのような瞳に、暁はもなの腕を取った。
 「話し合いとかでさ、解決できないの?自主的に帰ってもらうとか・・・」
 「できないよ。」
 「でも・・・仕事とかじゃなくてさ、もなちゃんはそれで良いわけ?友達なんでしょ?」
 「しつこいよ。友達だった。過去だよ!過去を今に置き換えないで!」
 強い口調で言うもなに、それ以上に厳しい口調になる。
 「仕事って、人に決められた事だろ!?結局、自分がどうしたいのか、最終的にはソレじゃないのか!?人を理由にしない、自分の考えで動く・・・それが・・・」
 「組織はあたしの意見なんて求めてない!これは仕事よ!あたしは組織の中に身を置く存在・・・組織では、個人の意見は尊重しないの!わかる!?現在に影響を及ぼすと考えられる生命体の排除!それが例え自分の親であろうと兄弟であろうと、排除すべきものは排除するの!」
 「それが・・・もなちゃんの考え?」
 「そう。」
 「俺は、それが正しいのか正しくないのかワカンネーし、正誤の基準なんて、人それぞれだと思う。だから・・・」
 動き出した夢幻の魔物。
 長い腕が凄まじい速さでもなの方へと襲い掛かり・・・暁はもなの肩を引き寄せた。
 間一髪のところで腕が振り下ろされ―――
 「もなちゃんがそれで良いなら・・・」
 すぅっと目を細めると、全ての表情を消す。
 本当なら、説得で解決をしたかった。
 もながあれほど穏やかに微笑む相手なのだから・・・相当仲の良かった“友達”なのだろう。
 目の前の彼女に何があったのか、暁には知る由も無い。
 けれど・・・
 今、やるべき事は目の前の“敵”を現に送り返す事。
 今の自分では如何したら良いのか分からないから・・・説得が出来ないのであれば、昔のような無慈悲で現実主義な考えに切り替えるしかない。
 「殺さないでね。殺すと、面倒だから。」
 冷たい言葉。
 語尾が震えているのを、暁は聞かない事にした。
 「分かった。」
 躊躇っている間、待ってくれるほど相手は優しい存在ではない。
 地を蹴り走り出す。
 もなが右太ももから掌サイズの拳銃を取り出し、引き金をゆっくりと引く。
 乾いた音と共に鮮血が飛び散り、伸ばされた腕を軽く避けると、ベルト部分から小さなナイフを取り出した。
 舞うように、軽やかに。
 刻む線は、赤く伸び、頬についた血を親指で拭う。
 ナイフを大きく上下に振り、刃先についた血を振り落とす。
 甲高い、悲鳴にも似た声は・・・それでも獣の声に近かいように思えた。
 だからこそ、暁は躊躇う事なかった。
 「・・・もう良いよ・・・暁ちゃん。」
 もなの言葉にはっと気がついた時、既に敵の動きは遅くなっていた。
 大分弱っているらしく、足元には血溜まりが広がっている。
 「下がってて・・・!!」
 もなの声が聞こえた瞬間、暁の背後から突風が吹いた。
 それは、あまりにも強い風で―――
 瞳を閉ざす。
 刹那の沈黙・・・そして、ドサリと何か重たい物が落ちる音が響いた。
 「・・・もなちゃん・・・!?」
 振り返ったそこには、真っ赤な血溜まりの中央に崩れ落ちるもなの姿があった。
 真っ青な顔をして、左手首から下を真っ赤に染めて・・・
 「大丈夫。それより、暁ちゃん・・・やっぱ強いね。」
 「大丈夫なわけ・・・」
 「なんか、全部・・・割り切ってるみたいな顔だった。」
 ふわりと微笑むその表情は、まるで母親のようだった。
 優しいけれどどこか諭すような表情に、暁はもなの顔から視線をそらした。
 「自分に関係ないものは、ホント、どうでもいいんだ。」
 「・・・暁ちゃんらしくないね。」
 「や・・・今の俺を本当の俺だと思ってくれてもいいし。」
 「今も昔も、暁ちゃんは暁ちゃんだよ。」
 きっぱりとそう言うと、もなの身体から力が抜けた。
 血溜まりの中に沈む前に上半身を抱き止め・・・鮮血の中に、染まった包帯が浮いているのが見えた。


◇▼◇


 「懐かしい友人には会えた?」
 「会えたよ。凄い久しぶりだった・・・。」
 「俺の事、怒らないの?」
 「怒る?何故?」
 「言わなかったから。」
 「言う言わないの問題じゃない。仕事は仕事。そうでしょ?」
 「もなは強いね。」
 「麗夜ちゃんは弱いね。」
 「・・・もなのソレを強さと言うのなら、弱いのだろうね。」
 「強さ、だよ。」
 「そう思いたいのなら、思えば良い。人はそれを否定しないのだから。」


  「何が強くて、何が弱いのか。何が必要で、何が不必要なのか。選ぶのはいつだって自分なんだから。」





          ≪ END ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『闇の羽根・桜書 T < 宿すは現 >』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 宿すは現、如何でしたでしょうか?
 全体的に暗いイメージを・・・!と思いながら執筆いたしました。
 暁様の繊細な不安定さと、もなの弱さと強さを上手く描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。