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幽霊たちの卒業式
四菱桜(よつびし・さくら)は、この頃不思議な雰囲気を体育館で感じるようになっていた。
「なんだろう?」
三月のこの時期。終業式などなど使われることも多い体育館で感じる妙な感じ。
好奇心旺盛な桜は、体育館のあちこちを調べ始めた。
そして、体育館の隅にひっそりと書かれているものを見つけた――
『私たちも、卒業したい』
「血文字だ、血文字……っ」
桜は興奮した。まだ新しい血文字に違いない。
「誰かが卒業したがっている……! きっと卒業前に死んでしまった人たちなのだろうな!」
そう思うととてもかわいそうだった。
「よし! 出てきてくれるのか分からんが、卒業式を行ってやろう!」
桜はそう決めた。そして、手伝ってくれる人々をさがした――
**********
桜はまず、パソコンで『ネット上で怪奇現象と言えばここ!』のゴーストネットOFFに助っ人募集と書き込んでから、色々とツテを頼ろうとした。
と――
「わっ!」
「うおっ!」
学園内で、誰かとぶつかって、桜は転倒した。
「うわっ! 悪ぃ悪ぃ。ちょっと学園探索中だったんだけどよ」
ぶつかった相手は二十歳かそこらのがっしりした青年だった。
「い、いや、こちらもゼンポウフチュウイ……申し訳なかった」
桜は生真面目にそう答え、青年が手を貸してくれるのを素直に受けて立ち上がる。
「つーか嬢ちゃん、こんなとこで何やってんだ?」
ひとりで学園内をうろついている小学生の桜に、青年は訊いてきた。
「うむ」
桜はうなずいた。「私は四菱桜と言う。あなたは?」
「俺か? 俺は五代真(ごだい・まこと)ってんだ」
「真ちゃんか」
ちゃんづけされて、真はずるっとすべりかけた。しかしすんでのところでとどまり、苦笑いをする。
「ま、まあそうだな。で、何やってんだ?」
「実は……」
桜は真を、体育館まで連れて行った。
そして、体育館の血文字を見せた。
「ふぅん……卒業したがってる幽霊か」
「卒業する前に亡くなった幽霊だと思うのだが、どうだろう」
「ああ、あんたの言う通り、卒業前に死んじまったんだろうな」
真はうんうんうなずいた。「それが心残りで成仏できないんだ。俺たちで卒業式ができればいいんだけど……」
「そうなんだ! できることならしてやりたい……!」
桜は力強く歳上の青年に訴えた。
真はくしゃくしゃと桜の髪を撫でて、
「うし。考えても仕方がない、俺たちで卒業式を行おう!」
幽霊を成仏させるには無念を晴らせばいいって言うしさ。そう言って、真は笑った。
桜は再びパソコン室に向かい、パソコンでゴーストネットOFFに真と約束したことを書き込んだ。
それは、「○○日○○時、神聖都学園放課後、体育館にて卒業式を行う。手伝ってくれる人は学園入り口に集まってくれたし」という内容だった。
ゴーストネットOFFの効果は絶大だった。
書き込んだ時間通りに、何人もの人物が神聖都学園の入り口に集まってくれた。
「俺は神聖都学園の生徒じゃないんですが、お手伝いします」
丁寧に言って礼をしたのは、櫻紫桜(さくら・しおう)という高校生だった。
「俺も。ついでに妹と友達も連れてきた」
女の子連れで来たのは額に赤いバンダナを巻いた阿佐人悠輔(あざと・ゆうすけ)。その妹だという広瀬(ひろせ)ファイリアは、
「幽霊さんたちの無念を晴らしてあげたいです!」
と力いっぱい、元気いっぱい。笑顔満面でそう言った。
他に、悠輔の友達だと言う数人が、少し怯えたような、楽しそうなような、笑顔なような顔で立っている。
「私も……」
最後に、斎藤智恵子(さいとう・ちえこ)がそっと優しい笑みを浮かべた。
彼女は魔法使いであるらしかった。
「どんな魔法を使っても死んでしまった者を生き返らせることはできませんが、せめて、少しでも幸せな形で送り出してあげればと思いますから」
高校生組みは全員が制服である。智恵子などは、「失礼になりますから」といつも以上に制服を整えて着ていた。
「よしよし。これだけいりゃ充分だろ、桜」
真が、きっちりとフォーマルスーツを着た格好で桜にそう言った。
桜は興奮した様子で、
「うむ……! ありがとう、みんな……!」
と嬉しそうに破顔した。
「体育館は借りられるんだろうな? 当然」
「それはもちろん」
桜は胸を張った。「ボクの名前を知ってるかい? 四菱って言うんだ!」
四菱。それは大企業の名だ。
それをもってすれば、たしかに学園側も、体育館ぐらい簡単に貸してくれるだろう。
しかし――
「え? 体育館?」
用務員のおじさんは、突然の話に渋い顔をした。
「そんな突然言われてもねえ……簡単には開けられないよ」
「ボクは四菱だぞ!」
憤然とする桜の横から、ファイリアが、
「お願いします……! ファイは長期入院していたここの生徒で、友達と一緒に卒業式を迎えられなかったから、せめて――同じ学園じゃなくても友達に手伝ってもらって、ここの体育館で卒業式したいです……!」
ファイリアの熱心な頼み込みに、用務員はふうむとうなった。
桜は小学生だが、ファイリアは高校生には見える。
周りにいる人間も、フォーマルスーツを着た青年がひとりに、他は全員他校とは言え高校生だ。
「……仕方ないなあ……今回だけだぞ」
おじさんは折れた。ファイリアが「やった!」と桜と手を取り合って喜ぶ。
その笑顔に、用務員のおじさんも少しだけ笑った。
「悪いが、あまり汚さんようにしてくれよ。掃除は大変なんでねえ」
「もちろん、任せてくれ」
真がそう言って、用務員のおじさんと握手をした。
体育館に入り、真はうーむと腕を組んでうなった。
「さて……まずはどうするよ?」
「ああ……」
ファイリアが、体育館に入るなり、寂しそうな顔をした。
「いるです。五人いるです。そこに……」
「ファイリア。たしかに五人か?」
義理の兄である悠輔が問う。ファイリアはうなずいた。
「へえ、そっちの子は幽霊が見えるのか?」
「見えます。触ることもできるです」
「俺も見えます」
と紫桜が言った。
「まあ……それならよかったわ」
智恵子がほっと胸をなでおろした。「卒業証書を作ろうと思っていたんです。お二人なら、手渡しできるのでしょうか?」
「多分できると思うです。えっと、名前は……田中勇気君、畑中理恵子さん、伊藤瀬女さん、九重翠さん、土井健二君……」
ファイリアが名前を告げていく。その傍らで、智恵子がさらさらと用意してあった卒業証書に名前を書き込んでいく。ちなみに、証書は智恵子だけでなく真も持っていて、五枚ちょうどあった。
「よし、準備OK」
真が背筋をぴっと伸ばした。
智恵子と紫桜が花束を用意していた。これも都合よく合わせて五人分。
悠輔は友人たちに指示をして、在校生のように並ぶようにさせた。
悠輔が連れてきた友人たちは計十人。それに真たちを含めたら十六人。卒業生五人に対してはほどよい在校生数だろう。
「まずは国歌斉唱……っ」
桜がむんっと背筋を伸ばして言う。
「まてまて、時間がもったいない。他の曲行こうぜ」
「そ、そうか?」
桜はうーんとうなった。智恵子がやわらかく微笑んで、
「私がピアノ伴奏をします。蛍の光や仰げば尊しなどいかがでしょうか? あと、こちらの校歌など……」
「ここの校歌は知らないけどな」
悠輔がつぶやく。
桜が慌てて、
「ほら、あそこに歌詞が書いてある」
と体育館の壁の上のほうを指差し、「ええと、今から練習しよう! 智恵子ちゃんは、校歌の伴奏……していただけるか?」
「ええ、前にお聞きしたことがありますから。何とかなると思います」
ピアノは、体育館の舞台袖にしまわれていた。
紫桜と真と悠輔が、それを引っ張り出した。
それからは在校生組み十六人で校歌の練習。
紫桜がつぶやいた。
「……五人が、もう半分泣いていますね」
「うん」
ファイリアが同意した。彼女はもらい泣きなのか、すでに泣きかかっていた。
「よし、今度こそ準備OKだな」
真の言葉に、智恵子がピアノの椅子に座りなおす。
真の、せーのというかけごえに、校歌の伴奏が始まる。
十六人は即興で覚えた神聖都学園の校歌を、見事斉唱し終えた。
その次に、仰げば尊し――
「お」
真が目を細めてつぶやいた。「俺にも見え始めた。五人が」
「俺もです」
悠輔が言った。
他の悠輔の友人たちも、ざわざわと騒ぎ始めた。――幽霊を見るのは初めての人間が多いらしい。
「じゃあ、一番歳上として俺が卒業証書を渡すかなっ」
真は壇上に上がり、校長のように胸を張る。
悠輔が司会席にあたる場所でマイクを持ち、幽霊たちの名前を呼んでいく。
「伊藤瀬女」
「はい」
――返事があった。
智恵子が、ピアノで優しい伴奏を続ける中……
真が、
「えーと、難しいのはぬき。伊藤瀬女殿、卒業おめでとう!」
そう言って、書きたての卒業証書を幽霊に渡すしぐさをする。
――ありがとうございます。
卒業証書が、受け取られた。
伊藤瀬女は、丁寧に真に礼をして、そして司会席の悠輔に礼をし、それから在校生たちに礼をした。
壇上から降りてくると、そこでは紫桜が花束を持って待っている。
花束が――彼女に贈られた。
――ありがとう……ございます。
ううっと、ファイリアが泣き出した。
瀬女のお礼の言葉が、すでに涙声だったから。
「九重翠」
「はい」
「田中勇気」
「はい」
「土井健二」
「はい」
「畑中理恵子」
「はい」
五人の名前が呼び終わり――
五人は、伊藤瀬女にならって丁寧にその場の全員に礼をして、証書と花束を受けとって行く。
『在校生』の誰もが――
その脇に、証書を抱える五人の卒業生の姿を、見ていた。
桜がふと、つぶやいた。
「思い出した……たしか高等部に、五人で遊びに行って事故に巻き込まれたっていう話があった……」
「今はいい」
悠輔が静かにつぶやいた。
ん、と桜は前を向いた。
最後に、蛍の光の斉唱――
智恵子のピアノ伴奏に乗せて、在校生がおごそかに歌いだす。
と。
声が――
優しい声が――
涙声の声が――
十六人とは確実に違う声が――
重なって、体育館に響きわたって。
ファイリアは涙声になって、すでに歌えなかった。
他にも、悠輔が連れてきた人間の数人が、ファイリアと同じように歌えなくなっていた。
優しい音色の蛍の光が、
優しい余韻を残して空気に消えていく。
「卒業式か……」
真が穏やかな表情でつぶやいた。
「何か、懐かしくなってきたな。寂しいけど、いいもんだ」
「みんな、穏やかに逝けますか」
紫桜が五人に向かって優しく問いかける。
五人がうなずいて、その輪郭がぼんやりしかけたとき――
「待って!」
声があがった。
涙声の、ファイリアの声だった。
「お兄ちゃん、いいよね?」
悠輔に何かの許可を取ろうとしている。
悠輔は少し考えた後、
「……分かった。好きにしろ、無理しないていどにな」
とどこか苦笑するように言った。
ファイリアは飛び上がって喜んだ。
「何をなさるのだ?」
桜が尋ねる。
「みんな、外に出て……!」
ファイリアに促されて、全員は外に出た。
近くに、まだ開花には遠そうな桜の木が何本もあった。
ファイリアは――
指先に魔力をこめて、空中に小さな星型の魔方陣を描き出した。
そしてそれを通して、
「桜よ、咲いて……!」
声を、放った。
一斉に――
桜の花が、ばっと開花した。
世闇の下、満開の桜並木。
ひらひらと――
夜に散る、花吹雪とともに。
「ああ……」
誰ともなく、感動したように声をあげる。
「何て素敵……!」
智恵子が両手を組み合わせてうっとりと声をあげる。
「気が利いてるなあ」
真が感嘆するように言い、
「素晴らしいことができるものですね」
紫桜が掌に桜の花びらを受け止めてつぶやいた。
「桜だ、桜だ……!」
桜が、はしゃいで桜吹雪を全身に受ける。
「よくやったな、ファイリア」
悠輔が妹の頭を撫でる。
「えへへっ」
ファイリアが嬉しそうに笑った。
「喜んで、くれるかなっ」
尋ねた先は、輪郭が消えかかっている五人――
五人は反応しなかった。ただ、一斉に花をつけた桜を呆然と見つめるのみ。
ファイリアの顔が曇る。
「……喜んでもらえなかったかなあ?」
「まさか」
悠輔がかすかに笑った。
「……彼らは忘れないさ、今日のことを。この桜並木を。……俺たちが今日のことを忘れないのと同じように」
やがて我に返った土井健二がととととっとファイリアの元に走ってきて、
その頬にちゅっとキスをした。
「!」
ファイリアはどんと健二を突き飛ばした。
「おおお女の子の顔に、何する、のっ」
真っ赤になって怒るファイリアの横で、悠輔が銀のバンダナを取り出して、
「……もっと簡単に成仏したいやつはこい。やってやる」
銀のバンダナを硬く変化させ、健二を威嚇した。
「お兄ちゃーん」
ファイリアが悠輔に抱きつく。悠輔が妹の背中をぽんぽんと叩く。
「こらこら。今回はこいつらを穏やかに成仏させるのが目的だぜ」
真が口を挟んできた。
紫桜が、五人をじっと見ていた。
智恵子が、心にじんとくる寂しさを感じていた。
「……もう、お別れの時間、なのですね……」
「えっ……」
桜が驚いたように智恵子を見る。「も、もうなのか!?」
「卒業式は終わってしまいましたので」
紫桜がしんみりと言う。
「………!」
しん、と辺りが静まりかえった。
誰もが、思う。今この瞬間時間が止まればいいのにと――
「なんつーかなあ……そうだ、ほら」
真が、ぴっと指を立てた。
「最後にもう一度、蛍の光でも歌おうぜ!」
反対する者はいない――
魔法の力で咲いた桜は、散るのも早い。
しかし、その桜吹雪が美しく。
その中で歌われる優しい蛍の光……
――ありがとう
――ありがとう……
五人の輪郭が、すうと薄くなっていく。
天に、昇るように……
「逝っちまうんだな……」
「ええ……」
真の寂しそうなつぶやきに、紫桜が応え。
「ファイ、役に立てたかなあ?」
「当然だろう」
妹の問いに兄が答え。
「わ、私がしようとしたことは間違っていたか……?」
「いいえ、桜さんのしようとしたことは正しいことです」
泣きそうな桜の声に、智恵子が答え。
「穏やかな……顔、してる、ね」
ファイリアがつぶやいた。
「きっと……忘れないでいてくれるでしょう」
紫桜がつぶやいた。
「――俺たちも忘れねえぞ!」
真が叫んだ。
桜吹雪の中、夜空に向かって。
それを皮切りに、何人もの人間が泣き出した。
忘れないよ、忘れないよと誰もが繰り返しながら……
**********
ファイリアの咲かせた桜がすべて散って消えていく。
「今日はありがとう、皆」
桜がにっこりと笑った。
「全部、お前さんが考えたことから始まったんだぜ」
くしゃくしゃと桜の頭をなでて、真が言う。
「ええ。すべての始まりは桜さんからでした」
紫桜が穏やかな笑みを浮かべて言った。
「えへへ、そうかな」
「ファイ、嬉しいな」
ファイリアがにっこりと微笑んだ。「こんな素敵な行事に参加できて、嬉しいな」
「ファイリアが喜ぶようなことに参加できて俺も嬉しいよ」
悠輔が、自分の連れてきた友人たちに礼を言う。
何人もの人間が、目を赤く腫らしながら、帰っていった。
「とても素敵な……卒業式でしたね」
智恵子が胸に手を当てた。
「きっと……忘れません。私たちは、あの五人を忘れません……」
「ああ!」
桜が天を仰ぐ。
――五人の笑顔が、そこにあるような気がした。
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1335/五代・真/男/20歳/バックパッカー】
【4567/斎藤・智恵子/女/16歳/高校生】
【5453/櫻・紫桜/男15歳/高校生】
【5973/阿佐人・悠輔/男/17歳/高校生】
【6029/広瀬・ファイリア/女/17歳/家事手伝い(トラブルメーカー)】
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■ ライター通信 ■
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広瀬ファイリア様
お久しぶりです、笠城夢斗です。
今回は素敵なプレイングでのご参加ありがとうございました!
後半部分での盛り上げはすべてファイリアさんのおかげです。とても感謝していますvありがとうございました。
またお会いできますよう……
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