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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


飛ばないボール

□Opening
「世間様じゃ、『わーるどかっぷ』だの何だの言われてますけどね」
 ふぅ、と。
 草間・武彦の目の前で、ソレはため息をついたように感じられた。
 いや、決して本当にため息を吐いたのでは無い。
「あっしだって、たまには室内で優雅に遊びたいって、思うモンでさぁ」
 現実を激しく逃避したい。
 そんな思いから、何本目かの煙草に火を灯した武彦の様子など、全くお構いなしにソレは話しつづけた。
「ボールさん、可哀想……」
 何をどう解釈すれば、そんな結論に達するのか。
 武彦の目の前に座り、ソレ――つまり、喋り続けるサッカーボールを抱え、草間・零が呟いた。どうやっても飛ばない・跳ねないボールを偶然零が見つけて来たのはつい先ほど。零は、それからじっと武彦を見る。
「そんなもの、勝手にその辺を転がせておけ」
 武彦は、いやぁな予感を拭い去るように、零とボールから目を逸らした。
「旦那は分かっちゃいません、室内遊戯と言ったら、相手がいてこそでしょう」
 しかし、断固としてボールは武彦の案を拒否した。
「じゃあお前は、室内で遊ばない限り飛ばないと言うのか? ああ?」
 たかがボールの分際でと、武彦はイライラしながらソレを睨みつけたのだが……、
「勿論でさぁ、室内で遊んでもらうまで、絶対飛びませんぜ、あっしは」
 我が意を得たりと、ボールはふんぞり返るばかりだった。
 いや、決して本当にふんぞり返ったのでは無いのだけれども。

■02
 事情を知り、黒・冥月は静かに眉をひそめた。
 それから、ぺしり、と武彦の額をはたく。
「あ? これは解決しなければいけない問題なのか?」
 何をするんだと額に手をやる武彦に向かい、まくし立てた。
「こいつが飛ばないと世界が滅ぶのか?」
 そして、腕を組みちろりとボールを流し見た。
「いや、まったく俺もそう思うんだが、なぁ?」
 まだ、大袈裟に額をさすっている。
 武彦は、どこまで真剣なのか分からないような真剣な表情で零を見た。
「……?」
 零は、しかし、首をちょっと傾げにっこりほほ笑むばかりだった。
「ボールでも何でも己の存在意義を違える様になったら終りだ」
 ふ、と。
 冥月は、冷めた目で呟いた。
 つまりは、飛ばないボールなど、何の意味も無い。
 いや、本当に、冥月のボールを見る目は、それはもう冷たいものだった。

□04
「おい、ボール、私の影の中で永遠に封印されるか破裂させられて成仏するか……」
 下賎な輩を見下ろすような鋭い口調で黒・冥月はボールを睨みつけ、ぎりと片方の手でボールを掴み上げた。己の存在価値を自ら否定するボールに、冥月は容赦無しだ。
「好きな方を選べ」
 封印か破裂か。
 せめて、好きなほうを選択できるだけでも幸いと思うしかない。そんな冥月の冷たい態度に、ボールは慌てたように声を上げた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと、皆さん、黙ってないで助けてくださいよっ」
 おうおうと、ボールの声がこだまする室内。
 シュライン・エマは、その様子をどうしたものかしらね? と呑気にほほ笑んだ。
 草摩・色は、どうしよっかな〜とか何とかニヤニヤ笑いながら、それでも冥月に近づいた。
「まぁまぁ、折角、皆居るんだしここは堪えてやろうぜ?」
 だいたい、封印も破裂も、それでは最後に蹴り上げる事が出来ないじゃないかと、ボールの事はさておいて、色は、そう言う理由で軽く冥月を止めに入る。
「何ですかい、ひっかかる物言いでさーね……」
 冥月の手から色の手へ渡ったボールは、ぶつぶつと不平を口にした。
「……、何? 何か言ったか?」
「いいえいいえ、何にもありません、さぁ、よろしくお願いしやすよ」
 色はじろりとボールを睨みつけたが、最後にこのボールを蹴飛ばす爽快感を思い描き、頷いて考え始めた。
「ええと、……コイン弾き、とか?」
 そこへ、シュラインも提案をはじめる。
「コイン? 弾いてどうするんですかい?」
「回転させたコインをね、ボールさんが転がって押さえるの、で、裏表を当てる」
 ボールの疑問に指先をくるりと回しながら、シュラインが答えた。
「頑張れよ、ボール」
 皆がそう言うのでは仕方が無い。冥月は、ひらひらと手を振って武彦の隣へ移動した。
 憮然とソファに座り込み、武彦を睨む。
「お前の怪奇探偵ぶりも大概にしておけよ、……大体こんな事に私を呼ぶな」
 ああ、馬鹿らしいと冥月がぼやく。
「そう言うな、手伝ってくれるのが男同士の友情だろ?」
 新しい煙草をふかしながら、武彦は真面目な顔でまっすぐ冥月を見つめた。
 至極真面目で、不謹慎。
「誰が、男だっ」
 今度は、額をはたくだけでは済まされない。
 冥月の鉄拳が武彦の顔面に飛んだ。
 くすくすくす、と。その様子をおかしそうに見つめるシュライン。
「あーあ、やられちゃったなぁ」
 と、色もボールの事などすっかり忘れたように笑い出した。
「ちょいと、あっしの事は、どうなったんですかい?」
 皆に取り残されたように、慌ててボールがブーイングを送った。

□05
「まぁ、ボールでも出来そうなのは……、卓上系?」
 いくつかの提案の後、ボールは色のこの言葉に反応を返した。
「卓上系……、と言いやすと、アレですね、友人同士向かい合って勝負し、友情を深めると言う……」
 きらり、ボールの目が光る感じ。
「んー、将棋とか、オセロ?」
 しかし、ボールの内なる盛り上がりをあまり気にする事も無く、色はありきたりなゲームの提案を続けた。
「オセロと言うとアレですかい、白と黒のコマで、陣地を取り合うと言う魅惑のゲーム……」
 その一つに、ボールはうっとりするような口調で食いついて来た。
 その様子に、色は肩をすくめシュラインを見た。
 シュラインも、仕方がないと言う風に頷き、ソファでくつろぐ武彦と冥月に視線を伸ばす。
「武彦さん……、オセロって確か、あったわよね……、それから、ボールさんと向かい合う机も居るんだけど」
 きょろきょろ、適当な机を探すが、ボールと人間が向かい合える机……、そんな都合の良いものなどここには無かった。
「わかった、私が準備しよう」
 それくらいの協力ならば、良いか、と言う妥協。
 冥月は、ふっと息を吐き出し、片手を床についた。
 光を腕で遮り、その影を力とする。
 影は、冥月の思い描いたように膨らみ、そこに出来たのはシンプルなテーブルセットだった。
 人間が座る側の椅子は低く、ボール用の椅子は丁度机と同じ位の高さに調節されている。
「まぁ、ありがとう」
 見事なテーブルセットに、シュラインは丁寧にお礼を言い、早速ボールをセットした。
「……、全部、黒なんだな」
「影だからな」
 色は、椅子を引きながらテーブルの感触を確かめ、冥月を見た。
 冥月は、ふっと口元に一瞬笑みを浮かべ、肩をすくめる。
 結局、ボールとオセロで対戦する。その大役は色が受け持つ事になった。

□07
「ねぇねぇ、どうかしら?」
 笑顔でシュラインはソファの二人に手を振った。その隣には、これも笑顔の零。
 冥月は、影でテーブルを作ってからは、ゆったりとソファでくつろいでいた。のだけれども、いつの間にそんな事になって居たのだろうか。
 シュラインの言葉に、冥月が見たものは……。
 頭に、新聞紙の兜をかぶり。
 ボール自体には、太い眉とプリティな瞳が描写され。
 身体の部分は、折り重なった着物のような素敵衣装。
 そんな、どうしようもないボールの勇ましい姿だった。
「あいつら……、やりおった」
 武彦は、シュラインへぐっと親指を立て、ナイスとサインを返した。
「……、ふ」
 思わず、冥月の口から笑みがこぼれる。
「お、兄さん、ツボだったか?」
 武彦が、そんな冥月の様子を見て、ぽんぽんと肩を叩いた。
「だから、誰が、兄さんかっ」
 冥月の裏拳は、武彦の頬にすぱーんと、決まった。
 くすくすくす、その様子を、シュラインは面白そうに笑った。
「何ですかい、ようやく、あっしの魅力に気が付きなすったんでぇ?」
 ボールは、皆を見回し、一人感慨深げに頷いたのだった。

□Ending
「ふぅ、もう打つ手がありやせん……、残念ですが完敗でさぁ」
 最後の黒を置き終えて、ボールは深くため息をついた。
 ため息をつくポーズをしたかったのか、ちょっとだけ動いたその時には、がさりと新聞紙の擦れ合う音がする。
「楽しかった?」
 ボールの代わりに、盤上にコマを置いていたシュラインは、それを丁寧に仕舞いながらボールに問いかける。
「ええ、おかげで初めてオセロが出来ました、満足でさぁ」
 勝負には負けてしまったが、ボールの中には清々しいものが流れていた。
 これならば、また、飛べそうだ。
 がさりがさりと、新聞紙を擦れ合わせながら、ボールは何度も頷いた。
「つまり、無事解決?」
 その様子に、まず、にこやかに色が新聞紙の兜をそっと取り払った。
「満足したなら、もう良いな?」
 次に、冥月が、ボールを掴み上げる。
 冥月が手元でボールを弾ませてみる。どうやら、もう物理法則に逆らう事無く飛び跳ねそうだ。
「ええ、あっしは、満足で……」
 色に描かれた凛々しい眉を、上に向け、ボールは……、見上げた二人の顔色を見てギョッとした。
「ちょ、ちょっと……、皆さん……何を……」
 しかし、容赦は無し。
 冥月は手にしたボールを一度ぽんと床に投げつけ弾力を確かめる。
 何度かボールを弾ませた後、かっ、と窓枠めがけて蹴り上げた。
 綺麗に跳ね上がったボールは、窓枠に跳ねかえりもう一度、床でバウンドする。
「最後は、決めさせてもらうっ」
「ちょ〜っとぉ〜、待って……」
 ボールの悲鳴など、誰も気にはしなかった。
 構えていた色が、勢いを増すよう、全体重をかけ思い切りボールを蹴り込む。
「待てーっ、窓は……」
 最後に、武彦の悲痛な悲鳴が響いたような気がしたけれども。
 ボールは、窓をガシャリとぶち抜き、きらり大空高く飛び去った。
「ふぅ、気が済んだ」
 冥月の満足げな呟き。
「よっしゃぁ、飛んだぁ」
 色の爽快な歓声。
「……、ああ、もう少しデコレーションすれば良かったかも」
 シュラインのちょっぴり残念そうな思い。
 武彦の『まどのがらすだいが……』と言うぶつぶつした呟きは、それら全てにかき消されたのだった。
 めでたしめでたし。
<End>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 2778 / 黒・冥月 / 女 / 20 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒 】
【 2675 / 草摩・色 / 男 / 15 / 中学生 】

(※:登場人物一覧は発注順で表示させていただきました。)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターのかぎです。この度は、至極わがままなボールにお付き合いくださりありがとうございました。ボールは無事、飛ぶ事が出来ました。沢山遊んでもらえて、満足したからでしょう。めでたい事この上ないです。
 □部分が集合描写、■部分が個別描写になります(シーン参加PC様が二人以上を集合描写としています)。後ろにつく番号は、時系列番号になりますので、番号が不揃いですが、他の方が一体何をされていたのか、よろしければ読み比べなどしてみてください。

■黒・冥月様
 はじめまして、初めてのご参加有難うございます。武彦氏とのやり取りはイメージ通りに行っていましたか? 能力の方も使っていただきましたが、いかがでしたでしょう。楽しんで頂ければ幸いです。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。