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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇の羽根・桜書 T < 宿すは現 >



◆▽◆


 「夢幻館で聞いた場所だと・・・ここか・・・!?」
 朽ちかける直前といった建物を前に、浅葱 漣は焦りにも似た気持ちを抱いていた。
 彼の持つ能力が告げる、異なる者の数は多い。
 中には手強そうな者もいるらしく、禍々しい雰囲気はきっと、誰でも感じるものだろう。
 霊達の拒絶の声を聞くのは、何も能力者ばかりではない。
 何の能力も持たない人にも感じる、俗に言う“嫌な雰囲気”を前に、漣は焦る気持ちを引き締めた。
 この中にいるはずの少女の気配を追う。
 霊達の存在が通じる先には、きっと彼女がいるはずだから・・・。
 どうか無事でいて欲しい・・・
 「全く・・・もなも無茶をするっ!」
 苦々しくそう呟くと、漣は唇を噛んだ。
 久々に本気で戦う事になるかも知れない。
 これだけの数を相手に、どこまで自分の力が及ぶか・・・いや、及ばせなければならない。
 「・・・同じ過ちを、繰り返しはしないっ!」
 決意にも似た声の響き。
 音に乗せた事で、曖昧だった漣の心が決まる。
 一刻も早く彼女を見つけなくては・・・。
 一呼吸置いた後で、漣は工場の中へと足を踏み入れた。




 夢と現実、現実と夢、そして・・・現実と現実が交錯する館。
 両開きの扉を開ければ飛び込んで来る、階上へと続く階段。
 その中ほどに、見慣れない少年が立っていた。
 どこか女性めいた色っぽさを秘めた少年は、夢幻館住人独特の顔の良さを持っており・・・精巧に作られた人形のような綺麗な顔には、薄い笑顔が張り付いていた。
 「初めまして。」
 にこやかにそう言いながら下りて来た少年が、漣の前まで来ると足を止めた。
 「初めまして。・・・ここの館の住人か?」
 「お初にお目にかかります。現の司をしている者です。」
 そう言った後で“夢宮 麗夜(ゆめみや・れいや)と申します”と言うと、丁寧に頭を下げた。
 「俺は浅葱 漣と言う。現の・・・と言う事は、もなの・・・?」
 「えぇ。もな様の守護を得ている者です。」
 ふわり
 その笑顔は綺麗なものだった。
 けれども、どこか冷たい印象を受ける。
 全ての感情を排除した、ただの顔の筋肉だけの笑顔とでも言うのだろうか・・・?
 「そうか。」
 頷いた後で、漣はふと、ある事に気がついた。
 しんと静まり返る夢幻館の中、普段ならば飛んで来るはずの少女の姿が無い。
 「今日はもなはどうしたんだ?」
 「仕事です。」
 麗夜はそう言うと、漣から視線をそらした。
 どこか遠くを見るような瞳で薄く口を開き
 「仕事には、危険が伴うのが常です。」
 断定口調でそう言うと、漣の手を取った。
 ひやりとした、血が通っているとは思えないほどに冷たい掌を前に、漣は手を引っ込める事が出来なかった。
 漣の掌を両手で包み、祈るように胸の前で組むと、瞳を閉ざした。
 「貴方様のお名前に偽りが無いのであれば、きっと彼女を助けられるはずです。」
 「何・・・?」
 「もな様を助けられる・・・貴方様ならば、きっとソレが出来ます。」
 確信したような響きを持つ言葉。
 けれど、漣にとってそんな事はどうでも良かった。
 それよりも・・・
 「もなを助けるとは、どう言う事なんだ?」
 「先ほど申し上げたはずです。仕事には、危険が伴うのが常だと。貴方様の“お仕事”と、もな様の“お仕事”に、如何ほどの差異が御座いましょうか。」
 「つまりは、もなに危険が迫っていると、そう言う事なのか?」
 「さようで御座います。」
 そう言うと、麗夜は漣の手を放し、すっと1枚の紙を差し出した。
 真っ白な紙に書かれた住所は馴染みのないもので・・・ここから遠いのだろうか?
 「もな様も、つい先ほどここを発たれたばかりです。」
 「危険を承知で、もなを行かせたのか?」
 漣の言葉には、力が篭っていた。
 低い、呟きにも似た声は、麗夜の言葉次第では荒げられる、その前兆のような静けさを含んでいた。
 「危険を承知で行ったのは・・・もな様のご意志ですので。」
 あくまでもなの意志だと言い放つ麗夜。
 言葉は冷たく、守護者と司と言う関係とは思えないほどに素っ気無い響きだった。
 漣が何を言っても聞き届けようとしないであろう、麗夜の柔らかい笑顔を前に、唇をかみ締めると紙に視線を滑らせた。
 頭に叩き込ませるかのように、何度も黒い文字の上に視線を滑らせ、漣は踵を返した。
 夢幻館の両開きの扉を押し開け―――
 甲高い、蝶番の悲鳴は、まるで少女の悲鳴のようだった。
 「守護者と司とは、どんな関係なのだ?」
 「言葉通りですよ。司を守るのが守護者の役目。俺は、守護者によって守られている現の司。」
 「役目に、感情は伴わないものなのか?」
 「・・・仕事に私情を持ち込むのは、適切とは思えません。」
 肩越しに聞こえて来る麗夜の声は、確かな断定の意を含んでいた。
 ・・・きっと、今でもあの独特の笑顔を浮かべているのだろう。
 漣はそう思うと、振り返らずに夢幻館を後にした。


◇▼◇


 もなを捜し出すのはそれほど大変な事ではなかった。
 彼女の雰囲気にか、それとも彼女の華奢な身体に宿る現のためか、霊は彼女を取り囲むようにして存在していた。
 まずはもなを捜し出す事が最優先。
 漣は走った。
 纏わり憑くモノには目もくれずに、ただ前を向いて走り続けた。
 嫌な考えは尽きる事無く、最悪の“もしも”の光景が漣の脳裏を過ぎる。
 怪我をしていたら・・・倒れていたら・・・死んで、いたら・・・
 考えてはいけない。
 けれどこう言う時だからこそ、最悪の場面を考えてしまうのだろう。
 ――― ザっと、目の前が開けた。
 細い通路とは違い、かつてこの場所が部屋であったと思わせる、高い位置に取り付けられた窓からは薄く陽の光が入って来ていた。
 埃が光に照らされてキラキラと舞い、どこが幻想的な光景に見える。
 ボロボロの壁の前に立っていた少女が漣の足音に振り向き・・・
 「はれ?漣ちゃん・・・??」
 長い髪が弧を描いて揺れる。
 茶色よりはピンク色に近い淡い髪は、優しく空気を切り裂く。
 キョトンとした表情で、元々大きな瞳を更に大きく見開き―――
 漣は、走り寄るともなを抱きしめた。
 確かに感じる、温かな体温に、思わず感情がこみ上げて来そうになる。
 「どうしたの・・・?」
 心配するかのような音を含んだ声。
 こちらがどれほど心配していたのか、微塵も分かっていない響き・・・。
 それでも、良い。
 もなが無事だった。それだけで、全てはどうでも良い・・・。
 「・・・無茶をせず俺を頼ってくれ・・・」
 低い声は今にも泣き出しそうで、自分の声だと言うのに、どこか遠くから聞こえて来ている気がした。
 「漣ちゃん・・・」
 もなが漣の背中に手を回す。
 小さくて華奢な身体は、強く抱きしめてしまえば儚く壊れてしまいそうなほどに危なっかしい。
 「ゴメンネ・・・。心配・・・してくれたんだよね?」
 にっこりと・・・消え入ってしまいそうなほどに繊細な笑顔を浮かべると、漣の手をギュっと握った。
 「まさか、心配してもらえると思ってなかったの。」
 「何故だ?」
 「仕事は、危険なのが当たり前だから・・・。結果が、全てだから・・・」
 結果を出すためには、多少の危険は想定内。
 例え怪我をしようと、全ては最初から分かっている事。
 「だが・・・」
 「頼ってとか、初めて・・・言われたの。」
 そう言った後で小さく“もなは強いから”と付け加えた。
 その声の響きは、とても強そうには聞こえなかった。
 「俺で良ければ、いつでも頼ってくれて良い。」
 「うん・・・。あのね、本当はね・・・」
 そこまで言うと、もなが口篭った。
 恥ずかしそうに視線を左右に揺らし、言おうか言うまいかと考え込むその仕草は、あまりにも幼いものだった。
 「あのね・・・ずっと、怖かったんだぁ・・・」
 きっと、もなにも感じるのであろう。
 霊達の蠢く気配が、禍々しい雰囲気が。
 例え何の能力も持たない者にも感じるであろう、異質な存在の気配を前に、もなが何も感じないはずがない。
 「そうか・・・」
 繋いだ手が、微かに震えている事に気がついて・・・漣は手に力を込めた。
 「必ず、護る。」
 もなの瞳を真っ直ぐに見てそう言うと、漣は気持ちを落ち着かせた。
 自分が負傷する事は構わない。けれど、絶対にもなが負傷する事はあってはならない!
 必ず護ってみせる。
 絶対に・・・誓って・・・!
 1つ、心を決めさえすれば、後は実行するのみだ。
 術符を取り出し、結界を張る。
 久々の本気モードでの戦闘・・・けれど、殲滅よりも、もなの守護を・・・
 浅葱の名ではなく、漣と言う名において
 守ると誓ったのならば、如何して違える事が出来ようか―――


◆▽◆


 細い通路を抜けた先、開けた場所に来るともなは足を止めた。
 割れた窓ガラスが床の上でキラキラと儚い光を発している。
 ・・・風が吹き、もなの髪を揺らす。
 「怖がらずに、出ておいで。」
 優しい声色は、諭すように甘い響きだった。
 「・・・貴方が素直に帰ってくれると言うのならば、傷つけるような事はしないと、約束するわ。」
 どこか大人びた口調に、漣は思わずもなの顔を覗き込んでいた。
 「・・・・・・・!!!!」
 柔らかい笑顔を浮かべたもなの口元。
 瞳も優しく細められ・・・それなのに、顔色は真っ青だった。
 「もなっ!?」
 「大丈夫・・・」
 「大丈夫なわけ無いだろ!」
 「・・・だって!これは・・・これは、もなにしか出来ない事なんだもんっ!」
 イヤイヤをするように頭を振り、その度に香る、甘いシャンプーの匂い。
 埃っぽいこの工場の中で、一時の夢を見せてくれるかのような香りだった。
 「これが、役目なんだもん・・・」
 もながそう呟いた時だった。
 漣の背後で微かな物音が響き、振り向いた先には長い脚が見えた。
 ぶよぶよと膨らんだ真っ白な脚、ダラリと伸びた長い手は床を擦っている。
 1歩1歩と進んで来る度に、グシャっと濡れたものが落ちるような足音が響く。
 窓から差し込む薄い陽の光に照らされたソレは、あまりにも異形だった。
 長い髪と、身体に張り付くような汚れた白い布・・・ワンピースなのだろうか・・・。
 様変わりはしているが、かつて人であった者であろう。
 「・・・夢幻の魔物。貴方を、現の扉の中に帰します。」
 「それがもなの“仕事”か?」
 「そう。夢幻の魔物が現在に及ぼす影響は計り知れないの。何故なら、ここに居るべき存在ではないから。」
 もなが右太ももに手を滑らせる。
 掌サイズの拳銃を取り出すと、すっと構えた。
 銃口を真っ直ぐ夢幻の魔物へと突きつけると、引き金に指を掛けた。
 ――― 暫しの間
 見れば銃を握る手が微かに震えていた。
 定まらない銃口は、引き金に掛けた指に戸惑いをもたらす。
 「今度、会う時はきっと敵同士。貴方の言った言葉が、まさか実現するなんて思わなかった。」
 「もなの知り合いなのか?」
 「友達だったの。」
 今は見る影もないけれど、以前はとても可愛らしい女の子だった。
 昔を懐かしむようにそう言うと、もなは唇を噛んだ。
 どうしてもなの友人が夢幻の魔物になってしまったのか、知る由も無いけれども―――
 「それでも、戦わねばならない。そう言う事か?」
 コクリと1つだけ頷いたもなの頭を、漣は優しく撫ぜた。
 仕事と記憶の間で揺れる感情は、とても純粋で綺麗なものに思える・・・。
 友との記憶は朧気に、優しい笑顔は今も胸の奥に。
 「必要ならば、目を閉じていれば良い。」
 「・・・え?」
 決心したように微笑むと、漣はもなの銃を下ろさせた。
 驚きに染まる瞳の前に手をかざすと、視界を遮る。
 もなの周囲に結界を張り、漣は夢幻の魔物と対峙した。
 もなを護ると誓ったのは、何も身体だけではない。
 心も、もなの一部なのだから・・・護る。
 哀しい思いも、辛い思いも、彼女を傷つけるものだから・・・・・・
 「漣ちゃん・・・?」
 不安そうに揺れる声に、漣は振り向かなかった。
 術符を握り、精神を統一する。
 それほど威力があるわけではない術符。
 きっと、もなの銃の方が殺傷能力は高いのだろう。
 それでも・・・・・・・・・
 長い腕が伸びる。
 あまりにも早い動きに、刹那の焦りを感じるものの、漣はギリギリのところで避けた。
 「殺さないで・・・ね・・・」
 「あぁ・・・」
 漣は頷くと、集中力を高めた。


◇▼◇


 動かなくなった夢幻の魔物を見て、もなが視線を落とした。
 散乱した術符の残りが風に舞い、かさかさと微かな音を立てる。
 漣はその場に座り込むと、左肩を押さえた。
 ゆるゆると、流れる鮮血が何故だか色鮮やかで・・・
 「漣ちゃん・・・怪我・・・」
 視線を上げたもながパタパタと走り寄ると、そっと肩に触れた。
 鋭い痛みが走り、思わず顔を顰め
 「・・・っ・・・」
 「ごめんね!?」
 「大丈夫だ・・・」
 「ちょっと痛いかも知れないけど、治せるから・・・」
 もながそう言って、左手を漣の肩にかざした。
 熱い“何か”が肩に触れ、すっと痛みが引いて行く。
 「出来た・・・。初めてだから、ちょっとドキドキだったけど、上手く行って良かった。」
 安堵したような表情を浮かべると、ほっと胸を撫で下ろす。
 上手く行かない可能性もあったのだろうか・・・?
 漣は苦笑しながら左肩に視線を向けた。
 服は破れているものの、傷口はない。
 「・・・凄いな・・・」
 「うん。凄いよね。」
 「随分と他人事のように言うんだな。」
 「もなの力じゃないから。」
 どう言う事だ?
 そう問いかけようとした漣の言葉を遮るように、漣の前に立ちはだかると左手首に巻かれた包帯を取った。
 「目、瞑ってた方が良いかも・・・」
 もなの言葉が聞こえた瞬間、突風が吹いた。
 あまりに強い風に、庇うように顔の前で手をクロスさせ―――
 刹那の暗闇
 目を開けた時には、夢幻の魔物は跡形も無く姿を消していた。
 「もな・・・っ!!」
 立ち尽くすもなの足元、広がる、赤い水溜り。
 パタパタと、足元に落ちる赤い水滴。
 ふらりと崩れ落ちる身体を、漣は抱きとめた。
 左手首から下を真っ赤に染め、血溜まりの中には染まった包帯がゆらゆらと浮いているのが見える。
 真っ青な顔をしたもなが、ギュっと漣の服を掴む。
 血を吸い込んで染まる服の色を見詰めながら、混乱する頭を何とか落ち着かせる。
 「大丈夫、暫くすれば・・・治るから。」
 「だが・・・」
 「大丈夫・・・大丈夫だから・・・」
 うわ言のようにそう呟きながら、もなはすっと瞳を閉じた。
 「大丈夫だと、思わせて・・・」
 意識が闇に飲まれたのだろう。
 もなの身体が途端に重くなる。
 ・・・けれど、それはあまりにも軽すぎる重みだった。

  “大丈夫だと、思わせて”

 決して大丈夫ではないけれど、それでも・・・思っていれば、大丈夫だから・・・。
 矛盾した健気さに、漣はもなの身体を強く抱きしめた。


◆▽◆


 「・・・もな、もう起き上がって大丈夫なの?」
 「うん。・・・漣ちゃんは・・・?」
 「さっき帰ったよ。凄い色々訊かれた。」
 「答えなかったんでしょ?」
 「随分冷たい言い方をするんだね。」
 「そう?」
 「全ては仕事だからですませたよ。酷くね、君の事心配していたよ。」
 「お兄ちゃんだから・・・」
 「お兄ちゃん?お兄ちゃんって、もなの?」
 「そうだけど?」
 「へぇ。もなは随分図太いんだね。」
 「何が言いたいの?」
 「・・・別に、言いたい事なんてないよ。仕事さえしてくれれば、俺に文句は無いし。」
 「仕事は、ちゃんと・・・やるよ。」


   「俺にとっても、もなにとっても、互いの価値なんてその程度だしね・・・・・・」



          ≪ END ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  5658/浅葱 漣/男性/17歳/高校生/守護術師


  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『闇の羽根・桜書 T < 宿すは現 >』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 宿すは現、如何でしたでしょうか?
 全体的に暗い雰囲気・・・ですが、ふわりと温かい感情も描けていればと思います。
 兄妹関係と言う事で、もなは1人称が『もな』になっております。
 漣様ともなの絆のようなものを描けていれば・・・と思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。