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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇の羽根・桜書 T < 宿すは現 >



◆▽◆


 「ここが・・・そうね。」
 火宮 翔子はそう呟くと、目の前に聳える建物を見上げた。
 朽ちかける直前と言った建物を前に、中から感じる禍々しい雰囲気に、翔子はそっと溜息ともつかぬ息を吐き出した。
 この中を丸腰で入って行ったとは・・・
 とても、翔子には出来ない。
 きっと何の力も持たない者でも感じるであろう、俗に言う“イヤな雰囲気”に、きっと片桐 もなも気付いただろう。
 霊と対抗する力を持たないとは言っても、もなは現の守護者だ。
 その身に宿した現の力は、霊の力を感知できないほどに鈍いものだとは到底思えない。
 「現の力も、霊に対抗できれば良いのに・・・」
 そうは言うものの、出来ないものは出来ないもの。仕方がないと諦める他無い。
 「きっともなちゃんなら大丈夫だとは思うけれど。」
 急いで合流した方が良いだろう。
 夢幻の魔物とやらと対峙する前に、もなが負傷していたら分が悪い。
 「夢幻の魔物を送り返す事は、もなちゃんにしか出来ないって言うし。」
 翔子はそう呟くと、1歩踏み出した。
 砂埃が風に舞い、翔子の長い髪を大きく靡かせる。
 右手で髪を押さえると、開け放たれた扉の中に入って行った・・・・・・・・・




 この館の支配人の沖坂 奏都の呼び出しに、翔子は気を引き締めていた。
 普段ならば滅多に掛かって来ない奏都からの電話・・・お願いしたい事があるんですと言う、緊張したような声色に一抹の“予感”を感じた翔子は夢幻館に急行した。
 「それで、奏都さん・・・お願いしたい事って?」
 目の前に座る奏都が唇を噛み締めた後で、どこから話したら良いものかと視線を宙に彷徨わせる。
 翔子と奏都は同じ歳ではあるが・・・何時見ても、彼は高校生程度にしか見えない。
 けれど中身はいたって大人で、翔子も彼の持ってくる“情報”にはそれなりに信頼をしていた。
 「結論から言ってしまえば、翔子さんにもなさんの援護をお願いしたいんです。」
 「もなちゃんの?」
 「えぇ、もなさんは今、仕事でとある工場へと赴いているのですが・・・。」
 奏都はそこまで言うと、言葉を切った。
 「夢幻の魔物が現の扉から出て行ってしまったんです。それを現へと送り返すべく、もな様に行って頂いたのですが・・・」
 繊細な声が響き、振り返った先には夢宮 麗夜の姿があった。
 相変わらず美しいその少年は、病的に白い顔をしながら奏都の隣に腰を下ろした。
 「夢幻の魔物の周囲には、霊が集まりやすいんです。」
 「そうなの・・・?」
 「えぇ。・・・しかし、もな様には霊と対抗する能力がない・・・。」
 「あ・・・危ないじゃないっ!」
 「仕事と言うものは、そう言うものです。もな様も、危険を承知で行きましたし・・・。」
 「ですから、翔子さんにはそのバックアップを頼みたいんです。」
 「えぇ、良いわ。それで、もなちゃんは?」
 「先ほど発たれました。」
 麗夜がそう言って、話しの内容とは似つかわしくない穏やかな笑顔を浮かべた。
 はっと息を呑むほどに美しい笑顔の中央、瞳の奥底は微塵も笑んでいない・・・・・・
 「もな様は、夢幻の魔物さえ送り返せば良いと思っています。勿論、たかが霊如きにもな様がやられるとは思ってませんが。」
 「・・・麗夜さん、口を慎んでください。」
 「奏都様も、そう思っておられるのでしょう?ここの支配人であられる貴方様のお言葉に逆らう心は微塵も御座いませんけれども。」
 クスクスと小さく声を上げて笑うと、麗夜は立ち上がった。
 「翔子様、どうかもな様をお救い下さいませ。」
 「・・・それは、麗夜さんの本心?」
 「本心に、聞こえますか?」
 麗夜はそうとだけ言うと、部屋を後にした。
 2通りに聞こえる言葉は、翔子の耳について離れなかった。
 “もな様をお救い下さいませ”
 それは、麗夜の本心なのだろうか?
 それとも、本心ではないのだろうか?
 「奏都さん・・・」
 「すみません。きっと、機嫌が宜しくなかったのでしょう・・・。ああ見えて、麗夜さんもまだまだ子供ですので。」
 「そう・・・」
 「夢幻の魔物を送り返す事は、もなさんにしか出来ません。・・・最も、もなさん以外に、麗夜さんも出来ますが・・・」
 「現を宿す者同士ってわけね。」
 「元来、もなさんにはそのような力はないのですが・・・」
 ポツリと呟いた一言を、翔子は聞き逃さなかった。
 本来ならもなの力ではない“夢幻の魔物を送り返す力”
 もなの力ではないとするならば、考えられる力の持ち主は1人だけ・・・
 ――― 夢宮 麗夜・・・・・
 「麗夜さんは、現の世界を身に宿す者・・・必要最小限の外出しか、認められておりません。」
 「そうなの?」
 「・・・翔子さん、すぐにもここに向かって頂けませんか?」
 奏都はそう言うと、すっと1枚の紙を差し出した。
 見慣れない住所の書かれたそれは、綺麗で繊細な文字で・・・奏都の文字ではなかった。
 「奏都さん、これを書いたのって・・・」
 「麗夜さんです。」
 ・・・よく分からない人。
 でも、多分・・・根は悪い人ではないのよね・・・?
 翔子はそう思うと、奏都と短い会話を交わした後に、夢幻館を後にした。


◇▼◇


 割れた窓ガラスが床に散乱し、歩くたびにパキリと微かな音が聞こえて来る。
 翔子は右手に退魔加工の施されたナイフを握りながら、奥へ奥へと進んでいた。
 とにかく、今は一刻を争う。
 霊達の気配は一定方向へと伸びており・・・その先にもながいる事は容易に想像がつく。
 もな特有の雰囲気にか、それともその身に宿した現の力に惹かれてか・・・
 浮遊霊を1体1体律儀に相手をしている時間の余裕なんて無い。
 向かってきた霊とだけ戦えば良いわ。
 そう思っていたのだが・・・
 如何せん霊は皆、翔子の事が見えていないかのごとく通り過ぎて行く。
 良かったのか悪かったのか―――
 翔子は一戦も交える事無く、1つの部屋に出た。
 ボロボロの壁は今にも崩れそうで、ひび割れた窓から入ってくる陽の光りは穏やかだ。
 キラキラと、光の中で埃が舞い、儚い輝きを発しては揺れている。
 「もなちゃん!」
 「・・・あれ?翔子ちゃん?」
 翔子の声にもなが振り返り、キョトンと瞳を大きくさせる。
 茶色よりもピンク色に近い長い髪が、頭の高い位置で結ばれ、髪に絡むリボンは淡い桃色だった。
 「どうして??」
 「奏都さんから、もなちゃんの援護を頼まれたの。」
 「・・・ふえぇぇ!?奏都ちゃんがぁ??」
 驚きに染まる表情。
 一応、怪我はないかともなの身体を調べ・・・
 「あら?」
 翔子の瞳に、真っ白な包帯が映った。
 「もなちゃん、ケガでもしたの?」
 左手首に巻かれた包帯の白が、全体的に淡いピンク色のイメージがある彼女の中で、一種の異様な輝きを発しているように思う。
 「あ・・・コレは・・・」
 右手で左手首を庇うようにつかみ、視線を彷徨わせる・・・
 「そう・・・ちょっと、ケガしちゃって・・・」
 嘘だろう。
 翔子は直ぐにそう思った。
 ―――言いたくない事の類なのだろうか・・・
 もしかして“夢幻の魔物を送り返す力”と何か関係があるのだろうか・・・?
 とは言え、翔子はそれ以上はなにも訊かなかった。
 恐らく、訊いたところで答えてはくれないだろう。
 「心配してくれて、ありがと・・・」
 ふわりと、柔らかい笑顔を浮かべるもなの頭を、翔子は無意識のうちに撫ぜていた。
 普段の翔子ともなの関係は・・・友達・・・だろう。
 けれど、時々妹みたいだと思う時もあって―――
 美味しそうにお菓子を食べている時とか、もなちゃん特有の笑顔を見せる時とか、本当、16とは思えないわ・・・。
 勿論、外見だって小学生くらいにしか見えないのだが・・・
 「夢幻の魔物を現に送り返すのよね?」
 「うん。」
 「夢幻の魔物が居るのは奥・・・かしら?」
 「そうだね。多分、奥だよ・・・」
 「それじゃぁ、道案内を頼めるかしら?」
 「・・・翔子ちゃんが先頭で??」
 「もなちゃん、霊・・・視えないんでしょう?」
 「うわぁ・・・やっぱ、霊・・・いるんだぁ??」
 「結構危険なのも、ね。」
 「うぅ・・・ごめんねぇ・・・。あたし、視えなくって・・・」
 「謝る事じゃないわ。だって、私は夢幻の魔物を現に送り返す力は持たないんですもの。」
 翔子はそう言うと、符を取り出した。
 「まずは、ここに溜まった霊を一掃するわ。」
 周囲には延焼しないように設定された炎術符を一気に放ち、溜まった霊を炎で除霊する・・・。
 燃える、霊の様子はまさに地獄絵図で・・・
 翔子は視線をそらした。
 「うわぁ・・・なんか、パチパチしてて綺麗だねぇ。」
 そらしたそこでもなと視線が合い、彼女はそう言って微笑むと、無邪気に手を叩いた。
 ・・・そうか、もなちゃんには霊が見えないから・・・
 この地獄絵図が、もなの瞳で見たらどんなに綺麗な光景に見えているのだろうか・・・。
 翔子はそう思いながら、右手にナイフを滑らせた。
 残った霊を、ナイフの銀色の光が捕らえた時―――霊は、空へと還る。


◆▽◆


 細い通路を抜けた先、開けた場所でもなが止まるように翔子に声をかけた。
 ガラスの割れた窓から冷たい風がなだれ込み、埃を舞い上げる。
 陽の光はそれなりの強さを持っているにも拘らず、風は切り裂くように鋭い・・・。
 もなが1歩、翔子よりも前に出た。
 「・・・来たよ。」
 素っ気無い言葉。
 けれど、声の響きは柔らかかった。
 翔子よりも大分小さいもなの顔を覗き込み・・・その表情に、翔子は目を丸くした。
 ふわり
 まるで、昔を懐かしむかのような、優しい笑顔。
 瞳はどこか遠くを見詰めており、視線の先は定まっていない。
 「もなちゃん・・・?」
 「怖がらないで、出てきて。貴方が素直に現に戻ると言うのなら、あたしは何もしない。」
 「もなちゃんの知り合いなの?」
 「友達だったの。凄く前・・・そう、凄く・・・凄く前・・・。」
 16と言う少女が言うにはあまりにも“最近”過ぎる“凄く凄く昔”
 世間的に見れば、そうなのだろう。
 けれど・・・時間と言うものは個人に与えられるものだ。
 同じ時ではあれど、人と自分の時間の尺度は違う。
 例え他人から見れば短時間であろうとも、大切なのは自分がどう思うか・・・だ。
 もなが凄く遠くと言うからには、彼女の時間の尺度的には酷く昔の事なのだろう。
 「今は・・・違うの?」
 「あたしは、夢幻の魔物を現に帰すのが役目。例えソレが誰であろうと、仕事は仕事だよ。」
 割り切った考えを、翔子は嫌いではなかった。
 仕事は仕事。
 そうやって割り切ってしまえば、楽だから・・・・・・
 でも・・・
 それは余りにも悲しい割り切り方ではないだろうか?
 「もなちゃんは・・・」
 それで良いの?本当に?
 そう紡ごうとした言葉は、グシャっと言う濡れた足音に掻き消された。
 音のした方を振り返る。
 ぶよぶよとした白い脚に、ダラリと伸びた手。
 手が床を擦り、ナメクジが這ったような跡を床に描く。
 ―――姿が、陽の光にさらされる。
 薄汚れた白い布を身に纏い、長い髪を垂らした・・・その姿は、人であった者の姿だ。
 「これが、夢幻の魔物・・・?」
 「そう。現に飲まれた者の末路。貴方は、もう人じゃない。」
 もなが右太ももに手を滑らせる。
 掌サイズの拳銃を構え・・・真っ直ぐに、夢幻の魔物に突きつける。
 「大人しく帰ると言うのなら・・・何もしない。あたしはただ、現の扉を開くだけ。」
 「ノーの場合は・・・?」
 翔子の言葉に、もなが小さく息を洩らした。
 それはまるで、鼻で笑ったかのような音で―――
 「言わなくても、分かるでしょう?翔子ちゃんなら・・・」
 「拳銃を突きつけて、穏便に話し合いなんて・・・ちょっと考えられないわね。」
 そう言った瞬間だった。
 長い手が翔子ともなの丁度間に振り下ろされ―――
 「もなちゃん、戦えるの?」
 「・・・思い出は、思い出のまま・・・綺麗な方が、あたしは好き。」
 難なく攻撃を避けたもながそう言い、引き金を引く。
 微塵も迷うことの無い動作に、翔子はほっと胸を撫ぜ下ろすとナイフを取り出した。
 「翔子ちゃんの援護をするよ。」
 もながそう言って左太ももに手を滑らせ、左手にも拳銃を構える。
 「そうしてもらえると有り難いわ。」
 ヒット&アウェイ戦法を得意とする翔子と、遠距離攻撃に長けているもな。
 今回が始めての協力攻撃ではない。
 ・・・以前も数度手を組んだことがあり・・・もなも翔子も、互いの戦法を良く心得ていた。
 互いの隙を埋める形での連携攻撃は、向かうところ敵無し・・・だ。


◇▼◇


 「中々手強かったわね・・・」
 「夢幻の魔物だからね。」
 乱れた呼吸を整えると、翔子はもなを振り返った。
 「それで?どうやって送り返すの?」
 目の前に倒れる夢幻の魔物は、それでもまだ息絶えていない。
 もな曰く、殺してしまうと厄介な事になってしまうらしい。
 ・・・まぁ、存在するだけで害のある夢幻の魔物だし・・・
 それを滅してしまったとあらば、どれほどの害がこの世界に降り注ぐのだろうか。
 ぐったりと力なく横たわる夢幻の魔物のそばに立つと、もなが翔子に数歩下がるように声をかけた。
 ―――何が起こるのだろうか?
 そう思った瞬間だった。
 突風が、翔子の身体を強く包み込んだ。
 あまりの風の強さに、目を閉じ・・・靡く髪が、後ろへと引っ張られる・・・
 ふっと風が止んだ時、目を開ければそこに夢幻の魔物の姿はなく―――
 「もなちゃん!?」
 変わりに、血の湖の中に倒れ込むもなの姿があった。
 もなが左手首にしていた真っ白な包帯がゆらゆらと揺れ、赤く染まって行く。
 顔を見やれば真っ青で・・・
 「大丈夫・・・」
 「そんなわけないでしょう!?」
 これはいったいどう言う事なのだろうか・・・?
 夢幻の魔物を送り返すとは、一体・・・
 「とりあえず、止血をしないと!」
 「大丈夫。すぐ、止まるよ。」
 「でも・・・」
 「大丈夫なの。全部、分かってた事だから・・・」
 「分かってた事?」
 「そう。こうなる事も、全部・・・だから、平気・・・」
 ふわりと儚い笑顔を浮かべた後で、もなが身体から力が抜けた。
 血溜まりの中に倒れる前に身体を受け止め―――
 軽すぎる重みに、翔子の胸が締め付けられた。
 華奢な腰をぐっと掴み、もなの身体を抱き上げると強く・・・抱きしめた。


◆▽◆


 「翔子ちゃんは、もう帰ったの?」
 「ついさっきね。」
 「・・・翔子ちゃんに助けを求めたのって、麗夜ちゃんなの?」
 「俺?まさか。奏都だよ。」
 「どうして嘘をつくの?」
 「嘘なんてついて、なにか俺に得な事があると思う?」
 「それが分からないから訊いてるの。」
 「俺に訊かれても分からないよ。」
 「ねぇ、麗夜ちゃんにとって、現の守護者はあくまで守護者でしょう?」
 「・・・もな・・・どうして嘘だと思うわけ?」
 「何が?」
 「奏都が助けを呼んだんじゃないと、どうして言い切れるわけ?」
 「あの人の中に、あたしはいないから。あの人にとって、大切なのはあたしじゃない。」
 「俺と美麗だとでも言いたいわけ?まさか、冗談。」
 「そんな事言わないよ。あの人にとって大切なのは、二人・・・あたしが知り得る限りでは、二人だよ。」
 「ふっ・・・だろうね。」
 「ね、だから・・・どうしてあたしを助けたの?麗夜ちゃん?」
 「なぁもな・・・。どうしてそうも俺を良い人にしたがるんだ?」
 「良いも悪いも無い。麗夜ちゃんが作ってる、夢宮麗夜を壊してあげたいと思うの。」


     「ねぇ、何をそんなに無理しているの・・・・・・?」



          ≪ END ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター


  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『闇の羽根・桜書 T < 宿すは現 >』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 さて、如何でしたでしょうか・・・。
 麗夜の性格が凄くキツイものになっておりますが(苦笑)
 翔子様ともなとの連携攻撃は、かなり強いのだろうなぁと思いつつ執筆させていただきました。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。