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あくまのえみ てんしのえみ
黒崎家。資産のある由緒正しい旧家。
そこに、兄弟が居る。
兄は親から見放されており、仲が悪い。
しかし、弟の黒崎・綾斗(くろさき・あやと)は対照的に親と仲がよい。
黒崎綾斗は物覚えが良く、天才的な感性と知性を持って生まれた。そのため、両親は彼を大事に育てた。其れが歪みをもたらしていることを気づかず。
――僕は兄さまのこと愛しているよ
――だから……
春。
黒崎家は、久々に家族がそろった。祖父の計らいによるモノである。
先に帰ってきているのは、綾斗であった。
「ただいま! パパ、ママ」
「おかえり、綾斗」
「あやくん。大丈夫だった? 一緒にご飯食べようね」
「うん!」
ぱっと見では、とても仲の良い親子。
悪い意味では、甘やかしすぎ。
其れを感じ取れるのは、此処にいる全員である。
兄はその場には居ない事にするか、怯える対象であるが、綾斗は出来が良いために持て囃される。神童とかと甘やかされているため彼はかなりゆがんでいるのだ。
――今は幸せではない。
――そんなことを分かっているんだ。
食事中に家を立つ兄。怯える両親を見て、
「パパ、あのね」
と、何事もなかったかのように父親に話しかける。
それから空気が“和やかに”なった。
「欲しいモノはあるか?」
「あした、お洋服買いに行きましょうね」
「うん、僕これが欲しい」
「何でも買ってあげるよ。綾斗は賢いからな」
と、父親は綾斗の頭を撫でる。
母親は、ご機嫌に笑う。
綾斗は天使のような、可愛い笑みを見せていた。
しかし、綾斗にも遠くから見ている祖父からも、幸せとはかけ離れていた。
本当の幸せって何だろう?
僕はこういう事かな? とおもうけど?
豪華な部屋にTVゲームで遊んでいる綾斗。ゲームをしながら色々考えていた。
縁側で兄と祖父を見てから、考えていたのだ。
可哀想な兄さま。
僕も実は愛されてないんだ。
色々買ってもらえるけど。
甘えられるけど。
実は違う。
あれは、嘘だもん。
自然とコントローラを持つ手の力が強くなる。
こんな家はいやだ。
本当の温かみもない。
僕はこれでも良いけど。
兄さまは可哀想だ。
パパもママも、僕たちを本当に愛せない可哀想な人たち。
負い目を追って僕に接する。
でもね、便利だし。そんな有利な事なんて無いもんね。
おじいちゃんに育てられた、兄さま。
結局人を恨んで、仕返しできない。
人の良い兄さま。
大好きな兄さま。
僕が兄さまを知ってるんだ。
パパとママが僕と遊んでくれている時、兄さまは隠れて見ていたこと。
羨ましがっていたこと。
僕は知っている。
彼の顔に笑みがこぼれる。
それは、人に見せる笑みではない。
おそらく誰が見ても寒気がするだろう、という笑みだった。
「あやくん、おふろはいろうか?」
母親がノックして綾斗に訊いた。
「うん、まま!」
と、寒気がする笑みから一転、可愛い笑みを見せる綾斗だ。
風呂に入った後、温かいカフェオレを飲みお菓子を食べる。一息ついている綾斗だが、今回の家族の食事でまだ想う。
この家は、僕のモノ。
全て僕のモノ。
でも、此処には兄さまには何もない。
可哀想な兄さま。
僕の先より生まれてきたのに何もないなんて。
可哀想に。
彼にとってその“可哀想”とは、何であろうか誰も知るよしもない。
親と談話しても、彼の頭の中では兄を思うことだった。
目の前にいるのは有象無象、良き道具。
彼が彼にしたのは、それら。
歪なる愛情。
両親も見抜けない、彼の闇。
でもね、兄さまはうらやましい。
僕にない何かを持っている。
独りじゃなくなった。
居候先。
遊びに行く場所。
悪友親友、恋人未満。
僕のモノじゃなくなる。
大好きなお兄さまは僕のモノ。
其れを全部、無くしてしまえば……
知らぬうちに、綾斗は笑う。
あくまのえみを
其れは親には分からない。
心は離れているのだから……。
僕は兄さまの事が大好きだよ。
どんな目にあっても人を恨めない優しい兄さま……だから、
兄さまから全て奪ってあげるんだ……。
そうすれば、兄さまには僕だけしか残らないから。兄さまは僕のモノでしょ?
彼の本音。
歪な愛情。
物質的なモノ全てを手に入れる強欲。
其れを与えたのは、この悲しき家だ。
人としての、当たり前のモノ。
本当のモノが与えられなかった、悲しき子供達。
愛情、友情、信頼。
温かいモノが此処にはない。
冷たい家族の中で、彼は何を見ていたのか?
其れを推し量れるモノは数少ない。
家族の闇は、彼のうちに確実に育っている……
END
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