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<東京怪談・PCゲームノベル>


魔女と姫君 閑話休題







「へえ、また起きたんだ、アレが」
「そーなの。店内もめちゃくちゃになっちゃって、ようやく片付いたところなのよ」
 ルーリィは目の前で優雅に紅茶のカップを傾ける女性に愚痴を零している。
それを苦笑を浮かべながら聞いている女性、由良・皐月は宥めるように言う。
「もう少し早く来てれば、手伝いも出来たんだけどね、残念。疲れたでしょう、何か作ろうか?」
「本当? 嬉しいわ、最近ろくなもの食べてないの」
 皐月の申し出に、ルーリィは思わず顔を和ませる。

 由良・皐月はルーリィが少し前に知り合った、”家事手伝い”を本業にする女性だ。
すらりとした華奢な体、珍しい金色の瞳が猫を思わせる威風堂々とした20台中盤の女性。
そしてその本業故、主婦顔負けの腕前を持つので、ルーリィも彼女の申し出を甚く歓迎していた。
「何がいいかな、リースさんが寝込んでるのよね…。台所を貸してもらえれば、おじやでも作るわよ?」
「おじやって…おかゆみたいなモノよね。嬉しい、きっと喜ぶわ」
「おかゆよりも具沢山で、味もちゃんとついてるけどね。
必要なのはご飯と卵、あと葱とか生姜、他にはちょっとした野菜なんかがあれば十分よ。冷蔵庫の中身はどう?」
 皐月に言われた食材があるかどうか、ルーリィは宙で思い浮かべる。
それから、うん、と頷いて返す。
「大丈夫、確かそれぐらいならあったはず。ご飯、昨日の残りが炊飯器にあるんだけど…それでも良い?」
「十分。ばっちりよ」
 皐月はそう言うと、律儀に紅茶のカップを空にしてから立ち上がった。
そして”本業”の顔になり、ううん、と腕まくりをする。
「じゃあさっそく作ろうか。…その合間にでも、それの話を聞かせて頂戴?」
「え?」
 皐月をカウンターの後ろのリビングに案内しながら、ルーリィは首を傾げる。
皐月は、に、と笑って言った。
「アレの話よ。…また起きたんでしょう?」











「おじやなんてねえ、簡単なものよ。出汁があればすぐに出来るし―…あら、お出汁作り置きしてないの?
やっとくと便利よ、煮物やおでんなんかにも使えるから」
 皐月はルーリィに借りたエプロンをつけ、キッチンに立ち、なめらかに口を動かしながらてきぱきと動いていた。
ルーリィはその素晴らしい動作に、ただ唖然とするしかない。
「…それで、あのカリーナはリースさんに”定住”してるんだ?」
 冷ご飯を薄めた出汁で煮たせながら、皐月はルーリィに問う。
その様子を眺めていたルーリィは、はっとして何度も頷いた。
「あ、うん、そうなの。何故かしらね、居心地がいいのかしら?」
「私は、ああいうのはてっきり何人も渡り歩くクチだと思ってたんだけどね。
…ま、確かにあなたよりも居心地は良さそうね」
 ふふ、と笑って皐月は御玉を構える。ルーリィは褒められたのか、それともその逆なのか分からず、きょとん、としている。
「性格的にね、カリーナとあなたは似なさそうだな、と思って。
まあそれはいいのよ、こっちの話。…それで、カリーナのことが分かったんだって?」
「そう! うちの婆様がね、調べてくれたの」
 皐月は葱とほうれん草を手早く刻みながら、ルーリィに話の続きを促した。
「あれこれ話してたときの反応が気になってたのよねえ。
カリーナ自身が過去、人間に裏切られたとか―…下世話な話になるけど、三角関係で負けたとか。
そこらへんじゃないかと思ってたんだけど」
「うーん…近いようで遠いような。裏切られたのかは分からないし、そこに三角関係があったかも分からないんだけど。
でも人間の男性が関係してることは確かなのよ」
「へぇ?」
 皐月は片眉をあげ、仕上げに使う卵を割り、しゃかしゃかと手早くかき混ぜる。
「どういう関係?」
「それがねえ。…うちの村をね、創った魔女は三人いて、それぞれアンクル、コーシア、カルカツィアって名前なの。
婆様の調べによると、カリーナがこのカルカツィアらしいのよね」
「ふぅん」
 皐月はルーリィの一見遠回りな話に、特に不服を言わずに相槌を打った。
ルーリィはそれに安心し、先を続ける。
「その当時はまだちゃんと肉体もあって、割と普通の魔女だったみたいなんだけど―…或る日、人間の男性に恋をしてしまったんですって」
「きた。やっぱり恋愛絡みだと思ってたのよね」
 皐月は笑いを押し殺し、鍋の中の味を見る。
「うん、おいし。あ、リースさんって薄味好み?」
「えーと、どっちかっていうと濃いほうかしら」
「ふぅん。でも一応病人だし、薄いほうがいいよね」
 うん、と皐月は頷き、鍋の中を軽くかき混ぜる。…そろそろ出来上がりのようだ。
「それで?」
「えっとね、それで男性と一緒になろうと思って村を出たんだけど―…」
「迫害されて殺されてしまった。―…あたり?」
 皐月がにや、と笑ってそう言うので、ルーリィは目を丸くした。
キッチンの外で大人しく皐月の料理の様子を眺めていたが、我慢できずに身を乗り出して言う。
「正解! さすがねえ、察しが良いわ」
「ま、お約束ってやつだもの」
 皐月は肩をすくめ、先ほど用意していた溶き卵を、菜箸を伝わせながら円をかくように鍋にいれる。
ぐつぐつ、と沸き立ちながらさっと色づいていく鍋の中。
その様子を見つつ、数秒後に皐月はコンロの火を止めた。
「あ、ねえお椀か何かある?」
「ええ、こっちに」
 ルーリィはぱたぱたとキッチンに入り、食器棚から一人分の椀を取り出して皐月に手渡す。
皐月は短く礼を言い、御玉を使ってそれに装う。
「…殺されちゃった、って言ったけど。ていうことは、もう肉体はないのよねえ」
「……そうなの。彼女の魂は精神牢に入れられてたから今まで無事だったけど、さすがに肉体はもう滅んでるわ。
それに、その肝心の男性の行方も知れないし…一緒に迫害されたか、それとも裏切ったかも記録に残ってないの」
「ふぅん。そこらへんも鍵なのかもしれないわね」
 皐月はそう言いながら、みじん切りにした長葱をぱらぱらとふりかける。
ほわっとあがる湯気の中で、創りたてのおじやは大層美味しそうに見えた。
 思わずごくり、と喉を鳴らすルーリィを見て、皐月は可笑しそうに言う。
「お腹が減ってるなら、あなたにもあとで何か作ってあげるわよ」
「ホント!? あ、一応お昼は食べたのよ、ちゃんと…でもね、美味しそうだったから、つい」
 恥ずかしそうにルーリィはそういうが、皐月は全く気にしていない様子で返す。
「そう言ってもらえるのは、職業家事人としては本望よ。ま、まずは病人に、ね」
 皐月は熱を持っているだろうお椀をサッとお盆の上に置き、よいしょ、と両手で掲げた。
ルーリィはそれぐらい手伝う、と申し出たのだが、食べさせるのも家事人の役目だ、と皐月は笑って答えた。







「…ま、私はね」
 ルーリィに案内してもらって二階に行く階段をのぼりながら、皐月が口を開く。
「こうして顔を合わせる相手が第一なのよね。だからカリーナのことよりも、まずあなたたちのことが心配なのよ」
「…え?」
 先に二階の廊下にあがっていたルーリィは、皐月の言葉に振り向いた。
皐月はとんとん、と軽やかに階段をのぼりながら続ける。
「この店のこともそうだし、リースさん本人の負担も大きいでしょう。
今後私が遭遇するかどうかは分からないけれど、カリーナを構いすぎて、自分たちの養生を忘れないでね?」
「……皐月さん」
 ルーリィはまるで母親のような皐月の言葉に、思わずほろりと心が和む。
だが皐月本人は、あくまで普段の口調で続けた。
「ちゃんとご飯食べて、ちゃんと良く寝ること。分かった?」
 その言葉に、ルーリィはふっと笑顔を浮かべ、大きく頷いた。
「勿論! 肝に免じておきます。あ、でも」
「うん?」
 きょとん、と首をかしげた皐月に、ルーリィはニッと笑って言った。
「時々は、美味しい料理を作りに来てくれると嬉しいな! だって何よりもの滋養は、あったかいお母さんの家庭料理なんですもの」
「……まだそんな歳じゃないんだけどね」
 皐月は思わず苦笑を浮かべたが、その顔はまんざらでもない様子だった。
「…さ、じゃあお母さんがおじやを食べさせてあげましょうかね」
「ふふ、ありがとう! リースの部屋はこっちよ」
 ルーリィに誘われその部屋に向かいながら、皐月は久しぶりに”あーん”でもやってやろうかと、ひそかに考えていた。













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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【5696|由良・皐月|女性|24歳|家事手伝】


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▼ ライター通信
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 お久しぶりです、今回はご参加ありがとうございました!
お久しぶりなのに短めのノベルになってしまいましたが…
皐月さんの家事人っぷりを出せたらいいな、と思いつつ。

 連作のほうのNPCたちの様子も気にかけて下さってありがとうございます…!
皐月さんに心配かけまいと頑張りますので、
また宜しければそちらのほうにもご参加下さると嬉しく思います。

 それでは、またお会いできることを祈って。