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戦士達の休日
魔の者によって被害を受けている個人、もしくは組織から依頼を受けて、その元凶を狩る。
それが、火宮翔子(ひのみや・しょうこ)の仕事である。
今月に入ってから、彼女の仕事はすこぶる好調だった。
すでに十分な量の仕事をこなし――彼女の仕事が十分あったということは、それだけ大勢の魔の者が跳梁していたということでもあるのだから、必ずしも手放しでは喜べないのだが――いくつもの事件を無事に解決していた彼女ではあったが、さすがに仕事続きだったせいか、やや疲れを感じるようになってきた。
幸い、引き受けていた依頼は全て一段落し、これまでの報酬のおかげで懐もだいぶ暖かい。
疲れはあるが、肉体的なものよりも精神的なものの占める比重が大きい。
これは、リフレッシュ休暇を取るにはちょうどいいタイミングだろう。
そう考えて、翔子はふらりと街へ出た。
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翔子が向かったのは、彼女の行きつけのデパートだった。
せっかくだから、洋服でも見てみよう。
そう思って中に入ろうとした時、後ろの方から彼女の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、翔子さん!」
振り返ってみると、人なつこい笑みを浮かべた金髪の女性が小走りでこちらに駆け寄ってくるのが目に入った。
服装のせいか、以前会った時とはやや印象が違うが、その紅色の瞳は見間違えようもない。
「あなたは……MINAさんよね?」
翔子の言葉に、女性は嬉しそうに頷く。
「はい。あの時はお世話になりました」
IO2日本支部・「A」対策班所属のサイボーグエージェント、MINA。
翔子は以前、とある事件の際に彼女と共同戦線を張ったことがあった。
その時にすっかり仲良くなり、再会を願って別れたのだが、あの時の「次はもっと穏やかな場面で」という言葉が、こんなにも早く現実になるとはさすがに思っていなかった。
「今日はお仕事じゃないみたいですね。お買い物ですか?」
MINAのその問いに、翔子は一度頷いてからこう聞き返す。
「ええ。ということは、あなたも?」
「はい。せっかくの休みなので、夏物の服でも見てみようかと思って」
気持ちはすでに洋服売り場に飛んでいるのか、幸せそうな表情を浮かべるMINA。
「実は私もそうなのよ。そうだ、よかったら一緒に行かない?」
翔子がそう提案すると、MINAは嬉しそうに頷いた。
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店内に入り、化粧品売り場の間を抜ける。
「MINAさんってお化粧は普通にするの?」
「ええ。結構お化粧の乗りもいい方らしいですよ」
そんなことを話しながらエレベーターホールにたどり着くと、ちょうど上りのエレベーターが到着したところだった。
幸い、前に待っていた人が全員乗っても、あと三人くらいなら乗れそうなくらいの余裕はある。
「二人なら十分乗れそうね」
「そうですね。乗っちゃいましょう」
二人は一度頷き合うと、他の客に続いてエレベーターに乗り込んだ。
と。
突然、ブザーの音が鳴り響いた。
エレベーターの重量オーバーを告げるブザーである。
「え、っと……?」
翔子とMINAも驚いたが、エレベーターに乗っていた他の客もびっくりしたらしい。
この人数、この顔ぶれならどう見ても乗れるはずなのに、一体何故重量オーバーになったのだろう?
原因を探して、怪訝そうな顔でエレベーターの中を見回す者もいたが……いずれにせよ、翔子たち二人が直接の引き金であることにかわりはない。
二人が降りるとブザーは嘘のように鳴りやみ、エレベーターは二人を残して上へ向かってしまった。
はたして、他の乗客たちは、ブザーが鳴った理由に気づいただろうか?
恐らく彼らは気づかなかっただろうが、翔子にはおおよその見当がついていた。
サイボーグであるMINAの体重は、見た目よりもはるかに重いのである。
「ええと、MINAさんって……」
「ええ……他の人より、ちょっとだけ重いかもしれません」
本当に「ちょっとだけ重い」程度なら、多分ブザーは鳴らなかっただろう。
軽く見積もっても、見た目から想像される体重の倍くらいはあると思われるが……まあ、それは言わぬが花というものだ。
「隣に階段があるし、そっちで行きましょうか。
どうせ、そんなに上の階じゃないし」
翔子がそう提案すると、MINAもすぐに気を取り直した。
「そうですね」
目指す売り場は三階。
そこまでのほんの僅かな間に、トラブルなど起こるはずがない。
普通に考えれば、そのはずなのだが……甘かった。
あまり前方に気をつけていなかったせいか、ちょうど踊り場にさしかかったところで、上から大急ぎで階段を駆け下りてきた人物とぶつかってしまったのである。
それも、相手はかなりがっしりとした大柄な男性。
本来ならば、MINAの方がバランスを崩し、下手をすれば階段から転落……というケースだ。
ところが。
常人を遙かに超えた重量とパワーを持つMINAは、その程度ではびくともしなかった。
逆に、ぶつかってきた男の方が見事にはねとばされ……相手が女性、それも明らかに自分よりはるかに小柄な相手であることに気づいて、怒ることも謝ることもできずにただただ呆然とした表情を浮かべる。
一方MINAの方はと言うと、先ほどのエレベーターに続いてのこの事態に、これまた愕然としていた。
ここは翔子がどうにかしてフォローしたいところだが、とっさにはどうしていいかわからず、気まずい空気が辺りに満ちる。
急いでいたことを思い出した男が大急ぎで下に行ってくれたことによって、とりあえずその状況は終わりを告げたが……目的の三階についた時には、MINAはすっかり気落ちしてしまっていた。
「この身体になってから、もう結構経つんですけど……いっこうに、こういうことが減らないんですよね」
そう呟いて、MINAが大きなため息をつく。
確かに、立て続けに起きたハプニングによって彼女の受けたショックは想像して余りあるが、これではとても「楽しくショッピング」などという空気ではない。
下手に励ましても効果があるかは怪しいし、一体どうしたものだろう。
何か、いい方法はないだろうか?
翔子が辺りを見回すと、ちょうどフロアの隅にある喫茶店が目に飛び込んできた。
「あ、そうだ。MINAさんって、普通に食事とかはできるのよね?」
「え? ええ、お腹も空きますし、味もわかりますけど」
やや唐突な感じで切り出した翔子に、戸惑いながらも答えるMINA。
「それなら、お買い物の前にあそこで甘い物でも食べましょうか?」
そう言いながら喫茶店の方を指すと、MINAは相変わらず怪訝そうな表情のまま小さく頷いた。
「そうですね、そうしましょうか」
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「私はこれと、それから紅茶を。MINAさんは?」
「あ、あたしも同じものをお願いします」
二人でケーキと紅茶を注文し、運ばれてくるのを待つ。
その間も、相変わらずMINAは浮かない表情を浮かべていた。
何か話しかけようにも、なかなかちょうどいい話題が見つからない。
どうしたものか、と思っているうちに、店員がケーキと紅茶を運んできた。
「食べましょうか」
「ええ」
とりあえず、ケーキを一口、口に運ぶ。
味の方は……思っていた以上に美味しい。
「あ……ここのケーキ、おいしいですね」
少し驚いたような顔をするMINA。
「そうね。結構期待はしてたけど、それ以上だわ」
翔子がそう答えると、MINAはにっこりと微笑んだ。
「あたし、結構ここのデパートよく来るんですけど、ここの喫茶店には入ったことなかったんです。
翔子さんが誘ってくれなかったら、ずっとこんないいお店に気づかないところでした」
どうやら、すっかり機嫌の方も直ったらしい。
やはり、美味しいケーキの力は偉大である。
……が。
偉大すぎる力は、予期せぬ副作用をももたらしてしまった。
ケーキを食べ終わると、MINAは近くを通りかかった店員を呼び止めて、早速ケーキの追加注文を始めたのである。
「これと、これと、それからこれと……」
選んで注文するというより、ほとんど上から順番に頼んでいる感じさえある。
「そんなに食べて大丈夫なの?」
心配になって翔子がそう尋ねると、MINAは楽しそうに笑ってこう答えたのだった。
「大丈夫です。あたし、『太らない体質』ですから」
これには、翔子も苦笑するより他なかった。
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その後。
二人はゆっくりと買い物を楽しみ、気に入った服を何着か買った。
「あたし、こんな楽しい休日は久しぶりです」
MINAの言葉に、翔子も軽く頷く。
ただデパートに買い物に来て、たまたま友人と会っただけ。
普通に考えれば、それほど大層なことではないのだろう。
けれども、翔子も、MINAも、明日にはまた死と隣り合わせの危険な仕事に戻らねばならない身である。
だからこそ、その緊張から逃れることのできるひとときがこんなに貴重で。
その感覚を共有できる友人がいてくれることが、こんなにも幸せなのだ。
「……駅、着いちゃいましたね」
少し寂しそうにつぶやくMINA。
もうすぐこの幸せなひとときは終わり、また日常が始まる。
それでも。
「それじゃ、また会いましょう」
このひとときが、日々の疲れの癒しになる。
そして、こんなひとときがあることが、日常を乗り越えていく力になる。
「ええ。できれば、そう遠くないうちに」
その言葉が現実になることを、翔子は心の中で願った。
この前の言葉が、今日現実になったように。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3974 / 火宮・翔子 / 女性 / 23 / ハンター
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
休日ということで、わりとのんびりした雰囲気が出せるようにと思って書いてみましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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