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あなたの姿が見つからない
相変わらず、暇な日々が続く草間興信所。
そんなある日、一人の刑事が興信所にやってきた。
「警視庁捜査一課超常現象対策班 天海勝真・・・・・・?警視庁の刑事さんが、ウチみたいな興信所に何の御用ですか」
名刺を受け取った草間はちょっと嫌味を込めて尋ねた。
天海は懐から煙草を取り出して、黙って火をつけ、一息入れる。その顔は渋く厳しい。
「先日、都内である強盗殺人事件が起きた。テレビでも報道されたから知っているかもしれないが、飲食店に押し入って経営者を殺害して現金七百万円を奪って逃走した事件だ」
それなら草間もテレビで見た。
「しかし、その事件は犯人はもう逮捕されたじゃないですか」
確かに先週か、それよりももう少し前の報道番組で、“犯人無事逮捕”というものを見た記憶がある。
「それなんだがな・・・・・・」
天海は煙草を灰皿押し付けながら、相変わらずの渋い顔で言葉を続けてた。
「決定的な物証が無いんだよ。状況証拠や目撃証言などはあるんだが・・・・・・」
「いや、だからなんでウチに来るんです。あんた達で調べればいいでしょうに」
「手袋の中の指紋すら残っていないから困ってる。上の連中は、もしかしたらオカルト絡みじゃないかって疑いだしてな、それでうちの班に話が回ってきたんだよ」
草間はもう一度名刺を見る。“超常現象対策班”。
「俺達でも調べてみたんだが、どうにも証拠は出てこない。所詮俺達は対策班、なんていったってオカルトに関しちゃ素人だ。ここは怪奇探偵事務所なんて呼ばれてんだろ?」
「それは誤解だ、ウチは普通の興信所だ!」
がたっ、と思わず草間は椅子から立ち上がる。
何という事だ。いつの間に警察にまでこんな悪名が轟いていたとは。立ち上がったのはいいものの、その怒りをぶつける対象が無く、草間は抜いた刀のやり場に困ってしまった。
「警察が探偵に事件解決を依頼なんて恥になるだけだが、拘留期限ももうすぐで切れそうなんだ。対面ばかりを気にしちゃいられない。頼む、どうやって指紋が付かない様にしたのか解き明かして欲しい」
言って天海は頭を下げた。
「い、いや、そんな事を言われましても」
「謝礼金は出す。ちゃんと公安委員会で決められているからな」
「引き受けましょう」
“謝礼”という言葉にはとても弱い。
「とりあえず、唯一・・・・・・と言ってもいい手がかりはこれなんだ」
「・・・・・・なんですか、こりゃ」
手渡された長さ5センチほどのビニール製のポチ袋には、小さな半透明の欠片が入っていた。袋ごしに触れてみると感触はプラスチックで出来ているもののようだ。
「判らん。それを元手に謎を解いてくれ。頼む」
天海は頭を下げた。
草間としても謝礼という欲しいものがあるにせよ、ハードボイルドだと自称している手前、大の男に頭を下げられて断れるわけも無い。
そんなわけで、草間は指紋をどうやって消したのかを解き明かす事になったのだ。
「・・・・・・指紋が残っていない程度でオカルトと結びつけるのもどうかしら・・・・・・」
手元の書類を手早く片付けながら、シュライン・エマは思わずポツリと呟いた。声のトーンには、呆れという要素が混じっている。確かに、シュラインの主張は尤もだ。その言葉は天海の耳にも入った。
「それにはな、ワケがあるんだよ」
「あ、ごめんなさい。聞こえてしまいました?」
申し訳なさそうにシュラインは謝る。が、天海は別に傷付いたりしている様子はなかった。
「いや、あんたに悪気があるとは思えんし・・・・・・実はな」
二本目の煙草に火をつけて、天海は粛々と語りだした。
「強行班が勿論担当だったさ、最初はな。だか犯人はさっさと捕まったのはいいものの、決定的な証拠が出ないまま拘留期限が迫って来た時に、デカいヤマが起きたのさ」
「ヤマって、Mountainのかい?」
ちょこりと天海の隣に座っている、すでに季節外れになっている真っ黒なコートを着た、外国人が尋ねる。顔立ちはある種神々しさを感じるほどに整っている。その髪は長く、膝元までありそうだ。髪の先に結ばれているピンクのリボンがちょっぴり可愛らしい。
「事件の事だよ。判んねぇならクチ挟むな」
苦々しく煙草のフィルターを噛みながら、天海が八つ当たりをする。シュラインは彼の様なタイプには慣れているのか、放置のままで話の続きを尋ねた。
「それで?事件が起きたからって、どうしてオカルト関係か、という事になったの?」
「いやな、そのヤマってのが、巷で話題の連続殺人事件だよ。こっちもテレビで知っていると思うんだが・・・・・・」
その事件なら、シュラインも草間も知っている。この東京で今一番騒がれている事件だろう。こちらの犯人はまだ不明のままで、犠牲者が増え続けている。
「みんなその事件にかかりきりなんだよ。で、俺達対策班は万年暇な部署でな。事件の大きさの関係で、俺達に押し付け・・・・・・もとい、オハチが回って来たって事さ」
ははぁ、とシュラインはやはり呆れた。
言い方は変えても、結局押付けたという事だ。
これならまだ短絡的にオカルトと結び付けていた方がマシだったかもしれない。被害者や遺族にしてみれば、きちんと捜査してもらい、ちゃんと犯人を立件してもらいたいだろうに。
「そんで、これが数少ない手がかり、ねぇ」
目線までポチ袋を持ち上げた草間が、ため息交じりで呟いた。
「そうだ、天海さん、と仰いましたっけ。これは何処で見つかった物なのですか?」
「ん?ああ、これは確か・・・・・・」
懐から安っぽい手帳を出し、ページをぱらぱらとめくる。目的のページまで少しあったようで、何枚かめくった。
「被害者の近く、だな。被害者が仰向けに倒れていて、向かって右側頭部の辺りだ。厳密に言えば、右耳のちょい上辺りだな」
「手袋は何処で?」
「そいつは、犯人の自宅で押収したんだ。これが、その手袋だ」
持ってきたちょっと大きめの黒いバッグから、天海はやはりビニール袋に入れられた黒い手袋をシュラインに差し出した。刑事のカンか、草間などよりもシュラインの方がよっぽど力になってくれると判断したらしい。そのカンは、十中八九、正しい。
シュラインは手袋を受け取る。袋には白いラベルが張っており、“証拠品・手袋”とお世辞にも丁寧とはいえない字で書かれていた。
手袋は一見普通の大量に市販されている黒皮の手袋のように見えたが、左人差し指の辺りに裂け目があった。位置的には第一関節の少し上辺り、斜めに一センチあまりのものだ。傷がつく途中で滑ったのか、斜めに開いている。そしてその周りは、色が少し濃かった。
「犯人のものと思われる血が付着している。現に犯人は人差し指を包帯でグルグル巻きにしてやがった」
「血・・・・・・」
殺人事件なのだから、てっきり被害者のものかと見当をつけたのだが、犯人も怪我を負った様だ。
「犯人の服装はどうだったのかしら?どんな服、着ていたんですか?」
「服装は・・・・・・っとと、ここか。黒のハイネックセーターに黒いスラックス。ついでに黒い目出し帽まで揃えてた。本部じゃ、完全な計画犯罪って扱いになってる」
「ところで、この欠片、何の樹脂で出来ているんですか?」
「え」
−暫しの沈黙。草間興信所に重たい沈黙が流れ・・・・・・るかと思いきや、天海の隣に陣取っている金髪の男がぴちゃぴちゃと舐めているチュッパチャップスの音が響き渡る。それがかえって切ない。
当然調べているものだと、シュラインは認知していたのだが、哀しいかな、どうやら違ったようだ。
自然とため息がこぼれる。こんな事でいいのだろうか、この国の捜査機関は・・・・・・。
「そ、そういえば、この手袋、犯行に使用されたのは確かなんですか?」
慌ててシュラインは別の話題を振った。何事も無かったように、というのは無理でも少し話を逸らしたくなる空気が満ちていた。
「え、あ、いや、ちょっと待てよ・・・・・・」
言いつつ、天海はまた手帳をめくり始める。またもしばしの沈黙。シュラインと草間は顔を合わせる。ひょっとして、なんの証拠も無く“犯行に使用された”と、断定されたのだろうか?
だとすると、本当にこの国の捜査機関は根本から見直す必要があるかもしれない。
「グダグダだね☆」
どことなくウキウキとした様子で、金髪の男は言う。喋る時には口から飴を出すので、不愉快な音はしない。
「ところで、あんた誰」
尤もな草間の質問に、彼は胸を張って答えた。
「僕は流離いの自由人さ☆ 名前はケヴィン・トリックロンド。ヨロシクしてあげるよ、皆々様♪」
文字通り目の前で横にVサインをして、男−ケヴィンはポーズを決める。ポーズ自体は決まっている。決まっているというか、様になっている。しかし先程から続く冷ややかな空気が拭われる事は無かった。腰をくいっと横に上げているが、シュラインと草間からは羨望の眼差しではなく、ちょっと哀しい目で見られているが、ケヴィンは全く意に介している様子はない。
「実は僕ねぇ、事件のあったお店に居たんだぁ♪」
「え!?」
「本当か、ええと・・・・・・コスナー!」
「武彦さん、名前しか合っていないわ。ケヴィン・コスナー氏は俳優よ」
こめかみを押さえながらシュラインが冷静に突っ込みを入れる。草間には、ケヴィンといえば、俳優の名前が真っ先に思いつくらしい。件の俳優の大ファンであるので、仕方がないといえばそうなるのだが、名乗られてから一分も経っていないのに間違えるのは人としてどうだろう。
「それより、トリックロンドさん、お店に居たっていう事は、事件、目撃されたんですか?」
「ケヴィンでいいよ〜ん」
「あ、じゃあ、ケヴィンさん」
言い直すシュラインに満足したように笑い、ケヴィンはチュッパチャップスを舐めながら話を続けた。笑った顔は、男性であるのに花の様だ。
「実は僕ね、日本に来るの八十年振りなんだけど、困った事に今のお金持ち合わせてなくて。ちょっと泳いだ東京湾で取れた魚を持って、そのお店に行ったんだ。料理してもらおうと思って。お店のご主人はちゃんと料理してくれてね、僕はそこで久しぶりの食事をしてたわけなんだ」
「じゃあ、犯行を目撃なさったの!?」
てっきり夜中に進入していたものだと先入観を持っていたシュラインは驚いた。それは草間も同様だったようで、ケヴィンの話を珍しく真剣な面持ちで聞いている。
「してないよ」
あっけらかんとケヴィンは言った。飴を舐めながら、にこにこと笑っている。
「だって今・・・・・・」
「ご主人の料理が美味しすぎて事件見てなかった」
・・・・・・。
シュラインはため息を吐きながら顔に手を当て、草間はがっくりとうなだれた。そんな二人の様子をケヴィンはけらけらと笑って見ている。
「何日かして、こちらのDetectiveが捜査に来ていて、少し話をしているうちに仲良くなったからね、ちょっと捜査協力を〜、って」
「一方的にな」
苦々しく答えた天海は、どこかに電話をしているようだ。先程まで座っていた興信所の安物のソファから離れて、窓際に立って薄手のトレンチコートのポケットに手を突っ込んでいる。
「僕さぁ、ちょっと思ったんだけどね。実は使った手袋を裏返しにして嵌めて作業したんじゃないかなって」
「という事は、本当は表側に指紋がついているという事?」
先程までの言動とは違い、割合まともな言質である。
「いやまぁ僕だってそんな事無いと思うよ?もしかしたら、そんなとんち的な展開だったりして〜☆ ってちょっと思ったんだよぅ」
今度は親指をビシっと立てたポーズをつける。ケヴィンという男は黙っていれば絶世の傾世とも言えるほどの美貌であるのに、それを感じさせない所が凄い。
「でも、ケヴィンさんの言われる事も確かかもしれないわ。だってとっても盲点じゃない?」
シュラインの賛同を得て、ケヴィンは嬉しそうだ。テーブルに身を乗り出して目を輝かせて喜んでいる。
「今科研に問い合わせたんだがな、プラスチックは現行で検査中らしい。もうじき検査結果は出るようだから、俺の所に電話貰える様に頼んでおいた」
バチンと携帯電話を畳んだ天海が再びソファに座る。その天海にシュラインはケヴィンの説を話した。
「手袋の表側か・・・・・・この能天気野郎の言う事にしちゃ、確かに一理あるな」
「えへへ☆やだなぁ、みんな褒めないでよぅ」
照れている証拠にほんのり頬が赤い。全く謙虚そうには見えないが、照れるという感情はあるらしい。
「ちょっと待ってろ。鑑識に問い合わせてみる」
また携帯電話を取り出し、電話をかける。リダイヤル機能を使っているのか、方向キーを一・二度使っただけですぐに耳に電話を当てる。
「ちょっと思ったんだけど、もしかして、その手袋、本当に手に嵌めて使ったのかしら?」
「どういう意味だ、シュライン」
「ん、別の用途で使ったんだとしたら、そもそも指紋なんて付かないのじゃないかしらって」
「Missシュライン、そのヨートってどんなヨート?」
わくわくした様子でケヴィンは立ったままのシュラインを見上げる。その視線を受けて、シュラインは困った顔で笑った。
「だから、ちょっと思っただけ。・・・・・・うーん、例えば、手袋の上にまた手袋を嵌めていて、この手袋はその上に嵌めていた手袋だったから指紋が付いていない・・・・・・とか」
自信薄だという事がよく判るが、確かにそれなら指紋は付かないな、と草間は納得した。
「残念だったな、ケヴィン・トリックロンド。手袋の表にも指紋は付いていねぇとさ」
「おや残念」
全然残念そうな態度ではなく、むしろケヴィンの表情は「そうこなくっちゃ☆」と言わんばかりのものだった。完全にこの状況を楽しんでいる。
「そういえば天海さん、被害者の死因や状況証拠については伺っていませんでしたよね」
「ああ、そうだったな」
煙草に火をつけ始めたばかりだったが、天海は煙草を灰皿において手帳を三度開く。
「えーと、被害者は野津・敬三(五十九)、小料理屋浜野を経営。連れ合いとは二年前に死別していて男やもめ。息子夫婦は現在福岡在住。で、死因は出血多量に因るショック死。刺された部位は腹部で、凶器は出刃包丁。犯人が持ち込んだものと推測それてる。店の包丁は全て揃っていたし、被害者を発見した当時、凶器は刺さったままだった」
ここまでは別段珍しいともいえない、殺人事件としては、言い方は悪いがありふれているものの様だ。
天海は話を続ける。真剣に聞いているのはシュラインだけの様だ。ケヴィンはまだ判るが、草間にはもう少しシャンとしてもらわないと困る。ので、シュラインは目の前に座っている草間の後ろ髪をぎゅっと引っ張った。
「ぎゃっ」
「真面目に聞きなさい」
「・・・・・・はい」
お前が聞いてるからいいかなぁ、と思ってさ。
小さく草間は呟いたが、そういう問題ではない。シュラインは睨むわけでもなく、無言で草間を見つめた。その無言の圧力に負けてか、草間はちょっと反省したように肩を小さくした。
「で、手袋を使用したと思われる根拠は・・・・・・おっと、ちゃんとあったぜ。一ページ飛ばしてた。えーと、家宅捜索した際にタンスの奥から出てきて、尚且つ血痕が微量ながら付着していたという点を考慮して、だそうだ」
「そういえば、そもそもなんでそのCriminalは逮捕されちゃったのさ」
濡れた音を立てて、ケヴィンがチュッパチャップスを口から出す。随分長く舐めているわりには、あまり小さくなっていない。
「そいつぁ、ちょっと長くなるんだが。そもそも浜野に七百万って大金があったのは、臨時収入でな。その話をした相手は一人。午前中の開店準備中の店内でだ。話を聞いた相手は事件当時町内会の会合に出ていたっていう完璧な不在証明−アリバイがある。で、その臨時収入の話を聞くことが出来たのが他に一人。犯人の島崎・良助だけ。島崎は浜野にビールを卸している酒屋の定員でな。ビールを運んでいる最中に店から聞こえてきたその話を聞いて、犯行に至った。っていうのが本部の見解だ」
「それが状況証拠、ですか?」
「あとは、犯行後に店から出てきた犯人を目撃したって人が居てな。その人が第一発見者で通報者なんだが。背格好や、目の印象から、数枚の写真の中から島崎を当てたんでな。任意で引っ張って、今は被疑者として拘留中ってわけだ」
大雑把な捜査だが、まあまるきり見当違いというわけではなさそうだ。
「これ、結構柔らかいな」
ぷにぷにと草間が袋越しにプラスチックをいじる。半透明のそれはいじられるがままに形を変えていく。
「ゼラチンとかだったりしてネ☆」
「まさか」
本気の要素が微塵も感じられない口調でケヴィンは言い、本気でないと察しているシュラインが苦笑しながら応える。
「もしかして、全く関係が無いのかもしれないのよね」
偶然現場の、被害者の近くに落ちていただけのものなのかもしれない、そういう可能性は確かにゼロではなかった。
「指紋を消す方法ねぇ。あれだ、薬品とかで手を焼けば残らないんじゃないの?」
投げやりに草間が言う。
「残念ながら、今現在、島崎の指にはちゃんと指紋が残ってるよ。一応採取したんだ」
ちっ、と舌打ちをして、草間は煙草に火をつけようとしたが、ケヴィンが横からさらっていった。煙草でも吸うのか、と興味津々でケヴィンを見つめる。
ケヴィンはおもむろに煙草のフィルターを剥がした。それも、鬼気迫るほどの表情で真剣に。草間だけでなく、シュライン、天海もその作業に見入る。
灰皿の上にはパラパラと煙草の葉が舞い落ちる。皿の底が見えないほど積もった灰の上に茶色の葉がなかなかに映える。
ケヴィンは真剣にフィルターを剥いている。何のために、とはちょっと聞きづらい空気だった。声をかけるのも躊躇うほどに、部屋の空気は緊張していた。
動いたのは突然だった。
フィルターだけならともかく、紙巻煙草の紙を外せば葉は当然支えを失って落ちる。
ばらばらと制止の無くなった葉が灰の上に細い円錐の形を失い落ちる。
「ああ〜・・・・・・キレイな棒になると思ったのに」
がくり。ケヴィンは肩を落とす。
・・・・・・。
シュラインは緊張してその作業を見ていた自分が情けなくなった。
「それだけの為に貴重な一本をお前はァァァァ!」
落ち込んでいるケヴィンの胸元を草間が掴む。一昔前の因縁をつけて回るオニイサンの様だ。それをシュラインがまた抑えるのだが、その静止も脱力していてあんまりやる気が感じられない。
「だってさ、あの紙外したらどうなるのか気になって。もしかしたら、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲みたくなるかと思って」
「なんですか、そのどこかで聞いたことのある長ったらしい名称は」
心なしかシュラインのこめかみに怒りマークが浮かんでいるような気がする。怒った時のシュラインは実は結構怖いので、それを熟知している草間の背筋に一筋のしずくが流れる。一応笑っているつもりだが、傍から見ると口元が引きつっているのがよく判る。怒ったらそんなに怖いのか、シュライン・エマ。というか、そこまで怒られる事をしているのか、草間・武彦。
「ー忘れかけてたが、俺は依頼人なんだが、依頼の解決はしてもらえんのか?」
「「あ」」
期せずしてシュラインと草間の声が重なる。シュラインは慌てて咳払いをし、草間は明後日の方向を向いて口笛なんぞを吹く。
「えぇと、思うのだけど、セロハンテープを指と手に巻いて手袋をすれば、指紋は付かないわよね」
「ふむ・・・・・・なるほどな」
「それなら、犯行後に取って丸めて捨ててしまえば、指紋が付かないのではないかしら」
「刑事さん、そんなゴミは落ちてなかったのか?」
「ちょっと待てよ・・・・・・残念だな。不審なゴミは出ていないそうだ」
残念そうに天海が煙を吐く。それは伝染して新しく煙草に火をつけていた草間に伝わり、シュラインにも肩を落とさせた。ケヴィンはチュッパチャップスを舐めるのに飽きたのか、ガリガリと音を立てて食べ終えたようで、棒をゴミ箱に放り投げようとして失敗していた。
「テヘ☆失敗失敗」
「照れてごまかそうとしても駄目です。ちゃんとゴミ箱に捨てて下さいね」
たしなめる様に言われて、ケヴィンも大人しくちゃんと棒をゴミ箱に捨てた。シュラインが雑巾を持ってきて床を拭こうとしたが、そこはそれ、本人がちゃんと事後処理をした。コートの裾と長い黄金の髪を捲し上げている。拭き終わると嬉しそうにシュラインに雑巾を返した。その様子がまるで母親の手伝いをした子供のようだったので、シュラインが“ご苦労様”と労うと、とても嬉しそうに笑ってソファに戻った。
「そうだ、私カステラを頂いたの。お茶請けに出しなおしますね」
慌ててシュラインは台所へと戻る。
天海が興信所に来た当初は、一つの皿におかきを用意してあったのだが、誰がいつの間に食べたのか、カラッポになっている。
「カステラだってよ。気張っていこーぜ」
「オウ」
無駄に気合を入れる草間に賛同するケヴィン。天海はなんだか少し哀しくなった。
「どうぞ。端っこだからちょっとベタベタしてるから、お手拭使って下さいね」
三分もしない内に、均等に切られたカステラを持ってシュラインが戻ってきた。お盆に皿を四枚乗せて、各々の前に丁寧な手付きで配る。
「シュライン、お前の分は」
「お盆に乗り切らなかったから、台所に置いてあるわよ」
配り終えた後、シュラインは台所に戻り彼女用の皿を持って、自分の机に座った。興信所のソファはあまり大きくないので、四人も座ったら一杯になってしまう。シュラインの机はソファから程近いので、このまま話しを続けても問題は無い。
フォークが添えられていたのにもかかわらず、ケヴィンは手掴みでカステラを食べている。行儀が悪いぞ、と草間に言われているが、その草間自身も皿の上とはいえボロボロとカステラがこぼれているので、あまり人の事は言えない。
ケヴィンは湯飲みに両手を添えて丁寧にお茶を飲み干した。音を立てて飲まない辺りはきちんとしている。
何やら手を気にしている。ちょっとベタベタするのが気になるのか添えていた手を離して、手の平と甲を何度もひっくり返す。
そんな時、湯飲みがつるっとケヴィンの手から落ちた。
かつーん、と高い音を立ててきれいに二つに割れた。
「ああっ」
「あらら」
「おいおい」
「大丈夫か?」
草間は足を上げて欠片を踏まないようにしている。シュラインはまた台所に戻りほうきとちりとりを持ってくる。
「ごめんね、ごめんね、Missシュライン」
先程までの調子とは全く違い、しくしくと泣きながらケヴィンはシュラインに謝る。やたら浮かれた様子といい、すぐに泣くところといい、全く子供の様だ。
そう思うと少し可愛らしく見えてくるので、シュラインは頭を撫でて慰めてあげた。
「捨てんの、それ」
「割れちゃったもの。仕方ないわよ」
「接着剤でくっつければまだ使えるんじゃないか?」
欠片を持ってくっつけようとしている。草間の貧乏性は何処までも行き渡っている。これではハードボイルドになる日は相変わらず遠いままだ。
しかし。
草間の一言で、シュラインははた、と気付いた。
「もしかして、これ・・・・・・接着剤か何かではないかしら?」
ビニール袋を取り上げ、しげしげと見つめる。
「武彦さん、さっきこれ触った時柔らかいって言ってたじゃない?」
「あ、ああ。でもなんで接着剤が落ちてたんだよ」
「これきっとボンドよ。これを、手袋の内側か、指の腹に塗りつけて乾かして使ったのよ。手袋には傷があったわよね。怪我をしたから一時的に手袋を外して、その拍子に落ちたのではないかしら」
湯飲みを片付けるのを後回しにして、シュラインは天海に言った。そのとき丁度、天海の携帯が鳴る。
「はい天海。あ、出ました?・・・・・・はい、はいはい」
出ました、という事は、もしかしたら問い合わせていたこのプラスチックの成分が出たのかもしれない。
「これの成分出たぞ。主成分はアクリル系モノマーと4-META、ほかにアセトンと水を70%も含む、って事だ。−ボンドだな。お嬢さん、あんたの言う通りみたいだな」
一安心したように天海は言った。
「という事は、事件解決の糸口を見つけたんだから、謝礼金出るよな!?」
草間が息巻く。
「なに言ってんだ、謝礼を渡すのはお嬢さんにだ。探偵、お前は何もしてないじゃねぇか」
「違うっ。シュラインはウチの社員だ!だからウチに謝礼が来ることになるだろ!」
「私は構いませんけど・・・・・・」
遠慮がちにシュラインがまだビニール袋を持ちながら言う。今月も苦しいことは苦しいので、貰える分は貰っておきたい。侘しい本音だ。
「ま、お嬢さんがいいって言うならいいけどな。これが確定したってワケでもないからな。先に言っとくけど」
皮肉っぽく言う天海に、しかし草間は御機嫌な笑みだ。証拠品をバッグに戻し、ビニール袋をシュラインから受け取り、天海は一言礼を言って興信所を後にした。
「そういえばさぁ」
「うわっ、びっくりした」
まだ少し涙目で、ケヴィンは不思議そうに誰にとも無く問いかける。
「僕にはシャレイって出ないの?」
「出るか、お前がなに協力したんだよ」
「よく判んないけど、シャレイ欲しい」
「謝礼は事件解決に協力したヤツが貰えんの。で、今回はシュラインが決定打を出しただろ?個人で協力したって言うよりもウチの興信所員としての協力したわけだから、ウチに謝礼がくるわけ。あんだーすたん?」
「発音悪いよ、Mr.探偵」
「涙しながら言うなっ!」
低レベル極まりない二人の会話を聞きながら、シュラインはくすりと笑った。
なんのかんの言いつつ、今日も平和だと感じた。
ケヴィンと草間は“謝礼”について喧々囂々(一方的に)と話し合っている。そんな様子もほのぼのとしていて自然と笑みがこぼれた。
後日。
天海が再び興信所にやってきた。なぜかケヴィンも付いてきた。相変わらずちょっと・・・・・・かなり能天気そうで、チュッパチャップスを口に入れている。余程好きなのだろうか。そして黒いコートも変わらない。もう大概暑いと思うのだが、本人は気にしていないようだ。
「よう、その節はお世話様」
「いらっしゃい、天海さん。結局どうなりましたか?」
灰皿に煙草を押し付けながら、天海はどっかりとソファに座る。ケヴィンもさも当たり前のように隣に座り、シュラインが淹れたお茶を飴を舐めながら器用に飲む。
「指紋は出るには出たんだが、照合できるほどは出なかった。その代わり、ルミノール反応が出てな。島崎の血液とDNA判定したら見事に一致したよ。それを元に追求してやったら、自供した。指紋を消した方法も、お嬢さん、あんたが言った通りだったよ。ありがとな」
「謝礼は!謝礼は貰えるんだろうな!?」
鼻息荒い草間を呆れながら見やり、天海はシュラインに向かって言った。
「あんたも大変だな。こんな貧乏そうな事務所で働いてるなんてな」
「余計なお世話だッ!」
「アッハッハ、落ち着きなよ、Mr.探偵〜☆」
こんな風景もシュラインはすっかり見慣れてしまった。
「ほらよ。これが謝礼だ。今回はありがとうな」
懐から取り出された白い封筒をありがたく草間は受け取る。今回のように警察に捜査協力をして功績を立てていけば、必ずや“怪奇探偵”などという不名誉な称号からはオサラバできる筈だ。これはその為の布石の第一歩なのだ。
「それじゃ、失礼して」
ウキウキとしながら封筒を開けると、そこには紙幣が一枚。
この人物は。
新渡戸稲造、だった。
新渡戸稲造。旧五千円札の肖像。札幌農学校に進学し、 そこで生涯を通じた合理主義・自由主義・国際人としての基礎を培い、 卒業後はアメリカ、ドイツへ留学して農学・経済学などを学んだあと、 国際的な教育者として多くの人材を育てた人。
それはともかく。
「・・・・・・ちょっ、刑事さん、これ金額間違えてない?」
ちょっぴり汗をかきつつ草間が問いかける。
「公安委員会で決められている金額だからな」
爽やかさが五、六倍増した(当社比)笑顔で天海は返す。
反応からして、草間はその十倍くらいはもらえると踏んでいたのだろう。シュラインはこのくらいだろうと見切りをつけていたので、少ない、と感じることはなかったのだが、草間は少々高く見積もりすぎていたようだ。
「あれれ、Mr.探偵、いらないんなら僕が貰うよ?」
「いらないわけないだろっ!!」
封筒に手を差し伸べるケヴィンを振り払い、封筒を懐に入れようとして、シュラインに手渡す。
「じゃ、これ。口座にいれておいてくれ」
「はい」
たかが五千円、されど五千円。この五千円がその内生きてくると今は信じよう。
「じゃ、俺ぁ行くわ。今回は本当に助かったよ。またなんかあったらヨロシクな」
「今度はもっと謝礼下さいよ」
「そりゃ公安委員会に言ってくれ」
愉快そうに笑いながら天海は後ろ手を振って興信所を後にした。
「次は俺が颯爽と事件解決してやる」
悔しそうに草間がコーヒーを飲み干した。まだ少し熱かったらしく、舌を少し火傷した様で、“アチチ”と言ってカップから口を離した。
「事件解決をすれば、きっと普通の依頼も来るようになるわよ。そうしたら、もっと依頼量がもらえると思うわよ」
「和製シャーロック・ホームズになる日も近いかもね、Mr.探偵。そうしたら、僕もまた手伝ってあげるよ♪」
「お前がなに手伝ったよ。−だがまぁ、和製シャーロックというのは、悪くない気分だな」
くるりくるりと古ぼけた回転椅子で回りながら、途端に上機嫌になった草間は鼻歌まで歌い出した。草間もおだてれば木に登る、と言った所か。
「そうだわ。ケヴィンさん、頂いたおかきがあるの。食べていかれます?」
「わぁい、僕、おかき大好きだよ〜!ありがとー、Missシュライン。今飴食べちゃうね♪」
がりがりと盛大な音を立てて、チュッパチャップスが砕かれていく。彼の歯はとても丈夫なようだ。
台所からシュラインが、皿に山盛りにされたおかきを持って戻ってきた。
草間には新しいコーヒー、ケヴィンには新しいお茶を出し、自分には紅茶を淹れた。
事件が片付いた草間興信所で、打ち上げ代わりのお茶会が始まった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5826 / ケヴィン・トリックロンド / 男性 /137歳 /自由人/蟲使い】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、そしていつもお世話になっております。八雲 志信と申します。
今回ご参加頂き誠にありがとうございます。
謎解きをメインのストーリーにしましたが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
またご縁がある事をお祈り申し上げます。
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