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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


3重の意味を持つ村



◆□◆


 闇に没した窓の外を眺めながら、草間 武彦は欠伸を噛み殺した。
 つい先ほどまで柔らかな夢の世界にいたらしく、髪の毛にはところどころ寝癖がついていた。
 「・・・もう直ぐか・・・?」
 壁にかけられた時計を見上げながらそう呟き、再び欠伸を噛み殺す。
 「ったく、アイツはいつもコレだ。どうせならもっと早くから言って欲しいんだがな。」
 「それは悪かったわね。」
 そんな声が聞こえた瞬間、武彦の目の前にポタリと1滴の水が零れた。そこから細かい霧が広がり、興信所の中を白くボヤケさせ・・・その中心から、1人の少女が姿を現した。
 太ももの付け根まで伸びた漆黒の髪、淡い紫の瞳・・・
 「でも、先に知らせたはずだけど?」
 「俺が言いたいのは、もっと前に知らせろって事だよ。1,2時間前とかじゃなく、せめて前日とか・・・」
 「無理ね。」
 スパンと武彦の訴えを跳ね除ける少女。
 それに対して盛大な溜息をつくと、頭を抱えた。この少女――― 外見年齢的には“少女”だが実年齢は人の域を超えている ―――がそう言う性格なのはよく知っている。もう何度となく同じような注意をしているのだが、一向に聞き入れられる兆しは無い。
 「で?今日は何の依頼だ?」
 「ちょっとね、とある村に行って欲しいのよ。」
 「村?」
 少女が目の前のソファーに座り、武彦も向かい側に腰を下ろす。零が居れば、お茶の1つくらいは出て来るのだろうが・・・生憎零は自室だ。日付が変わろうとしている時間帯なだけに、眠っているのかそれとも本でも読んでいるのか、武彦には分かり得ない事ではあったが・・・。
 「守梨(かみなし)村って知って・・・ないわよね?」
 「・・・初めて聞く名前だな。」
 「山のおっくの方、超辺鄙な場所にある村なんだけど・・・その村ね、国が認知してない村なの。」
 「は?」
 「つまり、何て言うのかな?違法な村?うーん違うなぁ。でも、税金払ってないのだけは確かね。」
 「んで?」
 「その村ってね、2重の意味を持つ村って言われていて・・・『守無』と『神無』って意味があるのよ。」
 守りが無い・・・と、神が無い・・・。
 武彦は、テーブルの上に置いてあった紙にさらさらとその2つの言葉を並べた。
 「古来より、数十年に1度“守(神)の祈り”って言う儀式があるらしいの。」
 「どんな儀式なんだ?」
 「人を神にする儀式よ。特別な能力を持った子供を、神に仕立てる儀式。」
 「子供を神に・・・?」
 「特別な力を持った子供は、魂が特別。つまり、神になるべき魂を宿した人の姿。人の姿を壊せば魂は天に昇り、神となる。」
 「子供を殺すのか?」
 「単刀直入に言えばね。低俗でアホらしい考えだと、私は思うわ。何が神よ。1人の人を殺す事でしか助からない命なんて、助からなくて良いわ。犠牲を払う事でしか得られない恵も、生も、全てはまやかしに過ぎないのだから。」
 苦々しい表情で少女はそう言うと、深い溜息をついた。
 「殺すではなく、解き放つ・・・なんだろ?村人からしてみれば。」
 「そうね。きっとそう言う考えを持っているんだと思うわ。」
 1つだけ大きく頷くと、少女は髪を肩から払った。
 「それで、結局依頼内容は?」
 「今晩から明日の朝にかけて“守(神)の祈り”が行われるの。対象の子供は、ただの勘の良い少年。特別な能力は保持していない。」
 「調べたのか?」
 「調べなくても分かるわよ。それで、貴方にはそれを止めてもらいたいの。」
 「子供の魂を救うために?」
 「それもあるわ。あと1つ・・・守(神)の祈りが行われた年は、全国的に災害が多い年なの。地震に台風、洪水に・・・」
 「関係は?」
 「ないとは言い切れない。もしかしたら関係は無いのかも知れない。それでも、可能性の芽を摘む事に意義はある。」
 確かにそうかも知れないなと小さく口の中で呟いた後で、ハタと武彦は顔を上げた。
 「待て・・・今晩から明日の朝にかけて?」
 時計を見れば後1時間もしないうちに日付は明日へと変わる・・・
 「そう。だから、早速出かけてくれる?少年の年齢は14歳。まぁ、真っ白な浴衣を着ているから直ぐに分かるはずよ。」
 「俺1人でか?」
 「どちらでも?村人達を蹴散らしながら少年を保護できるのなら、問題はないわ。少年は村の中心にある5階建てのお屋敷のどこかにいるはずよ。これが村までの地図。今の時間だと車で行った方が早いわね。・・・健闘を祈るわ。」
 少女はそう言って立ち上がると、すいと左手で宙をなぞった。途端に少女の体を薄い霧が覆う・・・
 「どうしていつもギリギリになってから依頼を持ち込むんだ?」
 「救世主、英雄、全てギリギリになってからじゃないと登場しないものじゃない。その法則に乗っ取ってるだけ。」
 「俺は救世主でも、英雄でもない。」
 「でも、いずれ貴方はそう呼ばれる。解決した事件の1つ1つの大きさによって、呼び名は異なるけれども。」
 「あのなぁ・・・」
 「今回の村、私は3重の意味を持つ村だと思ってるわ。“守無”“神無”それ以外にもう1つ。」
 「お前には分かってるのか?」
 「情報提供者は、推理まではしないのが基本よ。そこから先は主役の役目。」
 「主役ね・・・。その役は、俺よりもお前のが向いていると思うがな。ユエ・・・」
 「怪奇探偵さんには負けますよ。」
 にっこりと微笑んだ後で、少女・・・ユエの身体は霧の中へと溶け消えた。
 「・・・どっちが“怪奇”だよ。」
 苦々しく呟いた後で、武彦はふっと視線を宙に彷徨わせた。それにしても・・・“3重の意味を持つ村”とはいったい何のだろうか?“神無”“守無”あともう1つ意味があると言うのだろうか?
 考えをめぐらせながら、武彦は受話器を左手に持った。


◇■◇


 ヘッドライトが暗い夜道を明るく染め上げる。
 決して進み易く無い道は、昼間に降った雨の影響でぬかるんでおり、度々タイヤを泥の中にとられそうになる。
 その度に冷たい汗を流しながら、武彦はハンドルを握っていた。
 「武彦さん、次の分かれ道を右ね。」
 「右だな・・・?」
 助手席に座るシュライン エマの言葉に1つだけ頷くと、武彦はハンドルを右にきった。
 山道は細くでこぼこで、突き上げる振動が腰に痛い。
 「なぁんか、道なき道を行くって感じ?」
 「一応道ではあるんだけど・・・」
 月浦 魁の言葉にシュラインが言葉を濁す。
 片側1車線なんて贅沢な道ではない。
 前方から軽自動車の一台でも来ればアウトな道に、武彦の手がしっとりと汗で濡れる。
 「でも、この時間だし・・・誰も来ないと思うけどな。」
 香坂 丹が左手首に巻きついた華奢な腕時計を見詰めるとそう言った。
 如何せん、現在の時刻はとうに夜中の0時を回っていた。
 つまり、武彦が電話を入れた翌日になっているわけであって・・・
 「こんな夜中に呼び出しがあるとは、私も思って無かったわ。」
 ポソリとシュラインが呟いた言葉に、武彦はグっと詰まった。
 「俺だって、こんな夜中に仕事が入るとは思ってなかったんだよ・・・」
 「それにしてもこの依頼・・・誰から頼まれたんですか?」
 後部座席に座る、秋月 律花が窓の外を眺めながらそう言い、チラリと武彦に視線を向ける。
 「あ・・・ちょっとな、知り合いから・・・」
 「こんな夜中に頼まれて、承諾するくらいの仲の良い人・・・なのよね?」
 シュラインの言葉に、武彦が冷や汗を流す。
 興信所の事務員と化しているシュラインには、嘘なんてつけるはずが無い。もしついたとしても、全てはお見通し・・・になってしまうだろう。けれど、彼女の事をどう説明したら良いものかも分からず、武彦は悶々と言い訳に近い言葉を練っていた。
 「もしかして、草間さんのコレ?」
 魁が身体を乗り出して武彦の目の前に小指を突き出し―――
 「うわっ!!月浦!あぶっ・・・あぶなっ・・・!!!」
 突然の出来事に動揺した武彦がむちゃくちゃにハンドルをきり・・・車が蛇行する。
 「草間さんっ!危ないじゃないですかっ!」
 「安全運転でお願いします。」
 「武彦さん、きちんと前見て、前。」
 女性陣の真っ当かつ正当な言葉を前に、武彦は渋々頷いた。
 だって月浦が・・・なんて言い訳をしたところで、聞き入れてはもらえないだろう。
 「悪かった。」
 素直に謝罪の言葉を述べると、ハンドルを慎重にきっていく。
 「でもさぁ、本当・・・依頼主って誰なわけ?」
 「どんな事をしている人なんです?」
 「草間さんと、相当仲が良いんですよね?」
 「いつも興信所に依頼を持ち込んでくれる誰かなのかしら?」
 質問の嵐に武彦は顔を顰めた。
 どう言ったら良いものか・・・いっそ最初から全部話すべきか・・・。
 ここに来るまでの間に、ユエが言っていた事は全て話した。
 村の事も、儀式の事も、助けなければならない子供の事も・・・ただ、ユエに関しては一切触れていなかった。
 それが一行には非常に不思議なようだ。
 まぁ、確かに無理もないだろう。
 「依頼主の事よりも、村の第3の意味とやらを考えた方が良くないか?そろそろ村に着く頃だろ・・・?」
 「そうね。」
 武彦の言葉にシュラインが頷き、直ぐ後で
 「まぁ、依頼主の事は後で訊くとして・・・」
 そう言ってニッコリと冷たい笑顔を浮かべた。
 逃がさないわよと暗に言っているかのような笑顔に向かって張り付いた表情を向けた後で、武彦はハンドルを左にきった。
 「守梨村の第3の意味かー。」
 丹が小さくそう呟くと、視線を落とした。
 真剣に考え込んでいるらしい顔をミラー越しに覗きながら、シュラインが言葉を紡ぐ。
 「神な死・・・とか・・・。」
 「神な死?」
 「そのまま過ぎかしら。」
 「いや、そんな事は無いと思うが・・・どうしてそう思う?」
 武彦の言葉に、シュラインが言葉を探す。
 キリリとした目を細め・・・
 「ただ子供を殺す事で反対に神をその地から離してる・・・そんな印象もあって、自分達が第1、第2の意味の村にしてるんじゃないか、そう思ったの。」
 「子供を殺す事で、神が更に遠退き・・・その結果、自分達で第1、第2の意味にしている・・・そう言う事ですか?」
 「でも、それだったら子供を殺すのをやめれば良いのに・・・。」
 丹の言葉に頷き・・・けれど、因習と言うものはそう言うものなのだと、律花が言葉を紡いだ。
 「魂は力。肉体はそれを律する舵。神だ人だ、そんな事に関わらずそれら切り離せば、あるのは死、のみだもの。」
 「なぁんか、難しーね。」
 俺にはさっぱりだと魁が呟き、肩を竦めて溜息をつく。
 「私は、主上じゃないかと思うんです。」
 「・・・おかみ?」
 「って、あの旅館とかに居る??」
 「それは女将な。月浦が言っているのは“おんなしょう”と書く方で、秋月が言っているのは“ぬしうえ”って書く方・・・だろ?」
 「えぇ。」
 「あぁ、主上か。」
 要領を得たらしい魁に向かって律花がほんの少しだけ微笑み、説明の続きを口に出す。
 「主上ない・・・権力者に従わない、つまり、守梨村は所謂まつろわぬ民の末裔達なのではないかと。」
 「まつろわぬ民の末裔?」
 「えぇ。権力者側も、従わない者を認めるわけにはいかず、公式資料には存在しない・・・。最初から神がいなかったのならば、そもそも神と言う概念が存在しないはず。」
 「時の権力者を神とイコールにしていると?」
 「勿論、全てが同じと言うわけではないと思います。ただ・・・歴史的にも権力を持つ者は、時に神と言われる時がある事も、否定できないかと。」
 「確かにそうね。」
 律花とシュラインの言葉に、魁が不思議そうな視線を丹に向ける。
 今の言葉の全てが理解できたかと問うているかのような視線に、丹が困ったように軽く首を振る。
 全てが分かったわけではないが、ニュアンス程度には理解できた。そんな表情だった。
 「神と言う概念が存在しないのに、村の名や儀式が残っていることこそ・・・かつては村に神が居た事の証拠。」
 「でも、それなら何で神様は居なくなってしまったの?」
 「1つの仮説として、かつて権力者との闘争の中で村の神である、宗教的指導者が不当に殺されてしまった・・・そう考えると、守の祈りが生贄を捧げるような儀式であり、それが行われた歳には天変地異が続く事にも説明がつきます。」
 「あ、そっか・・・。天変地異・・・。」
 「そこまでは行かないまでも、地震や台風が多い年と被っているとはユ・・・っと、依頼主も言ってたな。」
 武彦がそう言って、右手で頭をかく。
 危うくペロっと言ってしまいそうになった名前を何とか飲み込み・・・一同の視線が痛く突き刺さるが、今の議題はそこではないため、直ぐに話は元に戻る。
 「つまり、守の祈りとは村の守り神となる子供への祈りであると同時にお上である、時の権力者への呪いではないかと・・・。」
 「うーん、なかなか奥が深いわね。」
 「難しいな。」
 魁がそう言って一呼吸置いた後で、言葉を紡ぐ。
 「俺はもっと・・・単純だけど、天無とかじゃないかなーって。」
 「うん・・・私も、それほど難しい意味は考えてなかったなぁ・・・。」
 「香坂はどう思うんだ?」
 「昔、能力者が村のために命を捨てたとか、特殊な能力を持った人を村人が殺した事があって、その呪いを恐れて定期的に同じ事を繰り返しているとか・・・。」
 やっぱりそう言う方向に話は進むのか・・・
 武彦が呟いた一言が何故だか胸に響く。
 最初から分かっていた事だったのだろうか・・・?
 「あと、儀式があった年は災害が多いって話しだから、悪神・悪魔信仰がある村で定期的にその信仰対象へ生贄を捧げているとか!・・・少しオカルトチックだね。」
 「・・・オカルトねぇ・・・」
 「どの場合も儀式を行う前には何か兆候がありそう。・・・子供の選定とか、時間が必要だし・・・。私が思いつくのはコレくらいだなー。」
 「兆候は、あったと思うぞ。勿論、依頼主がはっきりソレを言ったわけじゃないが・・・相当前からマークしていた村らしいからな。」
 武彦がそう言って、ブレーキをゆっくりと踏んだ。
 ゆるゆると車が速度を落とし、小さな振動の後でピタリと止まると、武彦はライトを消した。
 すかさずシュラインが懐中電灯を取り出して、それぞれに手渡した。
 「あそこ・・・光が見えるの分かるか?あれが守梨村だ。」
 「あ、そっか。見つかっちゃうとちょっと危険だもんね・・・。」
 「とりあえず、皆にはインカムを渡しておくわね。もし村ではぐれた時とか、手分けしなくちゃならないような事態に陥った時なんかのために。」
 「儀式は村の中央にある5階建ての建物で行われているらしい。入れば直ぐに分かるだろう・・・。」
 「どこで行われているかはわからないのかしら・・・?」
 シュラインの言葉に、武彦が首を傾げる。
 そこは登場人物達が推理しなくてはならない部分だ。
 ・・・情報提供者は推理まではしない。当たり前のようでどこかずれている言葉だが・・・。
 「儀式の終了時刻までそれほど余裕は無い。屋敷をくまなく探している時間はない。」
 「つまり、タイムリミットがあるっつー事?」
 「そんなところだな。」
 「私は、建物の中で一番天に近い場所・・・天井裏なんてあるか分からないけれど、そう言う場所に居るんじゃないかなって思うのだけれど・・・。」
 「俺も、天に近い場所だと思うな。屋上とか・・・。」
 「器を壊す時、外に出す場合も考えうるし・・・」
 「生贄の定石に則って考えるなら、禊中の浴場ですとか、そこに居ないのならば・・・やはり“上”に少しでも近い場所・・・最上階にいるのではないかと。」
 「つまりは、屋敷の上部分って事か?」
 5階や、あればそれ以上の階にいるのではないだろうか。
 そんな推理が飛び交う中、丹だけが違う意見を述べた。
 「私は、最上階にはいない気がするな・・・。」
 「どうしてだ?」
 「人から神へって、上に昇るイメージだから、最上階に居る事はないと思うの。」
 その言葉に、シュラインと律花が視線を交わした。
 何かを感じ取った表情を見て、武彦と魁もその意を理解する。
 「1階の奥とか、あるなら地下にいる気がするな・・・。もしこの説が正しいなら、最上階って人の出入りも殆ど無いんじゃないかな?神聖な場所って思ってるから・・・。」
 「・・・天に昇り神となる、か・・・。」
 丹が言い終わった直後、まるで独り言のような口調でシュラインがそう言うと、ふっと視線を落とした。
 「時間毎に上の階へと昇らせている・・・とかかしら?」
 「えっと・・・そうじゃないかなぁと・・・」
 シュラインの真っ直ぐな瞳に、思わず丹が俯き―――
 「香坂、でかしたな。」
 「・・・そうね。守梨・・・そう、そう言う意味なの・・・。」
 「とりあえず、屋敷に行くぞ。推理をしていて何時の間にか儀式が終わってましたなんて、洒落にならないしな。」
 「そうですね。」
 それぞれが一番近いドアを開け、外へと出る。
 冷たい夜の空気は凛と澄んでおり、煌々と照る月の光はどこか幻想的でさえあった。


◆□◆


  守りが無いのは神が居ないせい
  神が居ないのは天がないせい
  天が無いのは“上”がないせい


    上が無いから神は天へと昇れない
 

  神が天へと昇れば守が村を包み込む


    上へと昇り、神へなり、守をもたらす


  始まりは一番下
  始まりは地獄より
  地獄を出て地上へと舞い降り、空へと飛び立つ ―――


◇■◇


 まるで死んでいるかのような村だった。
 明かりを発するのは中央のお屋敷のみで、周囲の平屋建ての家々には一筋の光もない。
 風すらも遠慮がちに吹いてくるこの村の中で、時折聞こえて来る鳥の羽ばたきが酷く耳につく。
 「子供が最初は1階、ないし地下にいたと想定して・・・儀式が始まってから既に時間はかなりたってるぞ?」
 「今はどの階に居るのかしら・・・」
 「聞いてみるわ。」
 律花の言葉に、シュランがそっと目を閉じると全神経を耳へと集中させた。
 人の心音、足音・・・儀式の声・・・どこか不思議な響きを持った言葉達・・不安げな鼓動、今にも泣き出しそうな呼吸・・・
 「4階付近かしら・・・」
 「すっげー。この距離から聞こえんの?」
 「えぇ。」
 魁の言葉にシュラインが困ったように頷くと、でも・・・と言葉を続ける。
 「中には人が沢山居たわ。少年の周りに、沢山。」
 「穏便に話し合いで解決・・・なんてできないもんね。」
 「強行手段と言っても・・・」
 律花がそう言って、一同を見詰める。
 強行手段に出ても大丈夫そうなメンバーとは少し言い難い。
 「あー・・・。村人だけじゃなくて、俺の傍に居る奴も巻き添えくうかもだけど。」
 魁がそう言って言葉を切り、チラリと武彦を見詰める。
 その視線は“多分あんたな?”と言っているかのようで・・・
 「・・・吹っ飛ば・・・」
 「やめてくれ。」
 豪快に吹っ飛ぶ自分の姿を想像したのか、そう言うと苦々しい表情で眉を顰めた。
 「んじゃ、村人をその場に固定しとくから、その間になんとかして下さいねーっと。」
 後半部分は主に女性3人に向けられていた。
 「そんな事出来るんですか?」
 「出来るんですー。歌・・・かな?」
 律花の問いにそう答えると、チラリとシュラインに視線を向けた。
 「耳栓は必要かしら?」
 「んー・・・かな?あ、あと、飲みもんとかあると嬉しいかも。」
 「私、水持ってるけど・・・水でも大丈夫?」
 「うん、へーき。ありがとー!」
 「飲み物がないと駄目なのか?」
 「別に駄目じゃないけど、ほら、喉嗄れるとエ・・・」
 「月浦・・・!分かったから、分かったからそれ以上はなにも言うな・・・」
 痛々しい視線を向ける武彦と、少々引き気味の女性陣達。
 「・・・あれ?ココ、ツッコミ所なんだけど・・・。」
 あれぇ?もしかして俺、はずしたくさい?
 と首を傾げる魁に苦笑すると、武彦が立ち上がった。
 「4階以外・・・1階や2階に人の気配はあるか?」
 「いいえ。ないけれど・・・」
 「けれど?」
 「なんだかおかしい気がするわ。明確には言えないけれども。」
 「もしかしたら、何か結界のようなものが張られているのかも知れませんね。」
 「そうなったら厄介だね・・・。でも、進むしかないもんね?」
 丹の言葉に武彦が強く頷き、一言声をかけると一行は走り出した。



 お屋敷の扉をそっと開け、中へとなだれ込む。
 ガランとした1階部分は赤い絨毯が敷いてあり、階上へと伸びる階段の中央には不思議な模様が浮かんでいた。
 つい今しがた描いたかのような模様は見慣れないもので・・・
 「儀式が通過したと言う印か何かか?」
 「どうでしょう・・・。」
 「よく見ると、周りが焦げてるね・・・」
 丹がそう言って、模様の一番外側の円を指差した。
 黒々と書かれたそれは、確かに丹の言うとおり焦げて濃い茶色へと変化している。
 「これが結界の印のようなものなのでしょうか。」
 「でも、どうして破られているのかしら・・・。」
 「あれじゃん?外からの侵入者を阻むためじゃなくて、上る為に破って・・・あれ?」
 何かを言いかけた魁が言葉を濁す。
 どうやら自分の中でもこんがらがってきたらしい。
 「そうですよ・・・!これが上の祈りなんですよ!」
 「つまり、最初から結界はあった・・・そう言う事ね?」
 律花の声にシュラインがいち早く状況を理解し、未だにこんがらがっているらしい丹と魁に視線を向ける。
 「一気に上には上がれないようになってるって事ね。」
 「あぁ・・・そっか・・・!」
 「おい、こっちに隠し扉があるぞ。」
 1階部分を調べていた武彦がそう言って、綺麗な絵画がかけられている扉を押した。
 何の抵抗もなく扉は半回転し、階下へと伸びる暗い階段が見える。
 「水音がするな・・・」
 「地下部分で禊でもするのではないでしょうか・・・。」
 「どんな方法で結界を破りながら進んでいるのかは分からないけれど、早く行かないと大変な事になりそうね。」
 「シュライン、まだ連中は4階にいるのか?」
 「えぇ。気配は動いてないわ。・・・少年のものかしら・・・酷く怯えているわ。」
 「早く助けてあげないと・・・」
 丹がそう言って、ぎゅっと胸の前で手を合わせた。
 祈るかのようなその仕草に、律花がポンと肩を叩く。
 「絶対、大丈夫です。・・・頑張りましょう!」
 「そうだね・・・絶対、助ける・・・」
 「んじゃ、早いとこ行って終わらせよーぜ?」
 魁が階段を1歩1歩踏みしめるようにして進み、豪華な金色のノブに手をかけた。
 ゆっくりと右に回し、押し開ける。
 甲高い蝶番の悲鳴が耳につくが、それもほんの刹那の間だけだった。すぐに扉が上げる重たい軋みに音は変わり、広い部屋が姿を現した。


 「うわ・・・」
 「どうしたの!?」
 魁の小さな悲鳴にシュラインが走り出し、他の面々も慌てて階段を上る。
 「気持ちわりぃ・・・なんだこれ。蝋人形か・・・?」
 開け放たれた扉の向こう、壁にズラリと並べられた子供達の人形を前に、魁が苦々しい表情で視線を下げた。
 「どれも、10代の子供ばかりですね。」
 律花がそう言って、一番手前にあった蝋人形をしげしげと眺めた。
 「でも、どうして皆真っ白な浴衣を着ているの・・・?」
 丹の言葉に、シュランが顔を上げ―――
 「裕都、13歳。4月23日、村を守るため神となった。」
 何かを言う前に、律花がそう言って蝋人形の台座を指差した。
 「ここにそう書いてあります。」
 「これが全部、神になった子供達って事か?」
 「すっげー数・・・」
 胸糞悪いと言うような表情を浮かべたまま魁がそう言い、武彦もやりきれないと言った表情で俯いた。
 「・・・こんなに小さい子も・・・」
 丹がそう言って、小さな少女の蝋人形に手を触れた。
 台座に書かれた年齢は10歳。
 冷たく硬い蝋の手触りに、丹は胸が締め付けられる思いだった。
 「ここも、結界が破られてるわ。」
 広間の奥にひっそりと佇む扉の前、床に描かれた円を指でなぞる。
 ゆっくりと扉を押し開けると、そこには階段があった。
 木のがっしりとした階段には赤い絨毯が敷かれており、美しい木目とはあまり似つかわしくなかった。
 階段を上る。
 蝋人形にされてしまった子供達も上ったであろう、長い階段・・・。
 時折ギっと、木が重みに耐えかねて悲痛な叫びを上げる。
 それがどこか物悲しくて ―――


 3階の部屋は、先ほどの部屋とは打って変わって小さく質素な部屋だった。
 長い木のテーブルの上や床には、乱雑にノートや本が置かれている。
 「随分慌てていたみたいね。」
 「・・・そうみたいですね・・・。」
 律花が手前にあった小さなノートを取り上げると、ペラリとページを捲った。

 1ページ目、白紙
 2ページ目、“かみになる、それは・・・よいこと”
 3ページ目、“おとーさんとおかーさんがまってるって、だれかいってた”
 4ページ目、“おにーちゃんは、ふたりのもとにいくんだよって、いってた”
 5ページ目、白紙
 6ページ目、白紙
 7ページ目、“おにーちゃん、いきたいって、いってた”

 小さな子供の字は全て平仮名で書かれていた。
 「・・・いきたい・・・」
 呟いた律花の声に、他の面々がノートを覗き込む。
 「・・・お父さんとお母さんが待ってる・・・」
 「“いきたい”は、どっちなんでしょうね。」
 丹が目を伏せて、2通りの漢字を掌になぞり書く。
 “行きたい”“生きたい”
 「さーね。もしかしたら、迷ってんのかも知れないぜ?」
 人の心は本人にしかわからない。
 ・・・もっと言ってしまえば、本人にさえよく分からないのかもしれない・・・。
 そうとでも言いた気な口調でそう言うと、魁が床から何かを拾い上げた。
 ポラロイドカメラで撮った写真だろうか・・・1枚は色褪せており、写真の端がセピア色へと変化している。
 写真には品の良さそうな着物を着た若い女性が産着にくるまれた赤ん坊を抱いており、その隣には人の良さそうな若い男性が立っている。
 どちらも柔らかな笑顔を浮かべており、その幸せさがひしひしと伝わってくる。
 もう1枚はつい最近・・・それこそ、ほんの数刻前に撮られたもののようだ。
 真っ白な浴衣を着た少年が不安げな面持ちで扉の前に佇んでいる。
 「これが今回の儀式の主役・・・だな。」
 「顔をしっかり覚えておいた方が良いわね。」
 「・・・あら?もう1枚写真が・・・」
 魁の足元に散らばった紙の中から1枚の写真を取り上げると、表へと返した。
 ――― どうやら夏に撮った写真らしい。
 巨大な向日葵の前に立つ、先ほどの写真の少年と小さな少女・・・。固く繋がれた手から、2人の仲の良さを窺い知る事が出来る。
 「半々って事か?」
 武彦が律花の手から写真を取ると、そっと写真を撫ぜた。
 「この子、妹か何かなにでしょうか・・・」
 「さぁな。」
 そう言って肩を竦めると、部屋の奥にポツンと佇む扉をそっと押し開けた。
 階上へと続く階段・・・ひんやりとした冷たい空気が部屋の中になだれ込んでくる。
 どこか、窓でも開いているのだろうか?
 夜特有の風の冷たさに、丹が思わず身を縮こまらせる。
 そっと、階段を上る。
 ・・・階上から聞こえて来る不思議な言葉は、意味を成していないかのようにさえ聞こえる。
 言葉と言葉の響きは聞きなれないもので、それでも・・・日本語であろう事は分かった。
 時折混じる『“かみ”』や『昇る』の言葉が、酷く新鮮に聞こえる。
 階段を上りきった先、豪華な扉の前に立つと、武彦が魁に視線を向けた。
 丹から貰った水を一口含み、コクリと飲むと、右手の親指を突き出した。
 シュラインが耳栓を丹と律花、そして武彦へと渡し・・・視線を合わせる。
 『 い く ぞ 』
 決して声には出さない言葉は、武彦の唇の形を微かに変えただけだった。
 ドアノブを右へと回す。
 ゆっくりとした動きは、あまりにも遅いもので・・・扉を押し開ける。キィっと言う甲高い音が響いた瞬間、魁が胸いっぱいに空気を吸い込んだ。


◆□◆


 それはほんの刹那の出来事だった。
 魁が紡ぎ出す歌声は、酷く繊細なもので・・・その場に居た全員の動きを止めた。
 人々が円陣を組んでいるその中心に少年の鮮やかな白の浴衣の裾を見つけると、律花がその中心に走り込んだ。
 驚いた表情で固まる少年の手を引き ――― 華奢ではあるが、少年の身体はそれなりに重い。
 それを見ていた魁が少しだけ歌を変え・・・瞬間、少年の身体が動き出した。
 何かを言いかける少年の腕を無理に引っ張る。
 ――― 律花には見えていたのだ・・・
 結界の印が焼けて行くのを・・・
 どうしてだか分からないが、嫌な予感がした。
 結界が解けてしまえば、最上階へと続く扉が開く。そうなれば・・・何か悪い事が起こる・・・そんな気がしたのだ。
 人々を掻い潜って扉の方へと走り戻る。
 魁は楽しそうに歌を紡いでいる。
 歌が好きなのだろうか・・・?
 武彦が扉を押さえており ――― 丹とシュラインの姿がない・・・。
 シュラインは今後の事を考え、先に離脱しておき車がすぐに発進できるように準備をしていた。
 そして・・・万が一、村人達がこちらを追って来た場合の事を考えて、深い森の中に身を隠した。
 彼らが神の存在を信じているならば、少々仰々しい声や音を出して村人を慄かせ、逃走のサポートをしようと言うのだ。
 一方丹は・・・
 固まる村人達の中で何かを探しているようだった。
 必死に村人達の顔を確認し・・・走る。
 丹は結界が破られそうになっている事を知らないのだ・・・!!!
 律花が直ぐ隣に居た武彦にその事実を手に書いて教える。
 『結界が、破れそう』
 武彦の瞳が驚きに見開かれる。
 その様子を横目で見ながらも、魁は何とか歌に集中しようと勤めた。
 もしも魁の歌声が途切れてしまったならば・・・村人達は動き始める。すぐ近くに居る丹に襲い掛かるために・・・。
 『香坂・・・!!』
 きっと武彦はそう叫んだ。
 けれど、耳栓を通しての声は、丹の耳には聞こえて来ない。
 ちりちりと焼ける、結界の印・・・。
 律花の手に力がこもる。
 ぎゅっと・・・それに対して、少年が手を握り返してきた。
 まるで、大丈夫だと言っているかのような掌に、驚いて少年を見詰め ―――
 丹が村人達の中から何かを見つけたらしく、立ち止まった。
 魁が直ぐに歌を変え・・・丹が何かを連れて走り戻って来る・・・
 その右手は、小さな女の子の左手と繋がれていた。
 向日葵をバックに撮った写真に写っていた女の子だ。
 魁と武彦が、先に行けと言うように律花と丹の背を押した。
 子供を連れて走る2人の事を考えて、結界が解けるぎりぎりまではこの場に残って村人達の動きを止めようとする魁に付き添うように、武彦もじっとその時を待った。
 結界の印が焦げて行く・・・それと同時に、扉が開いて行く・・・ゆっくりと・・・
 魁の歌声が途切れた。
 武彦が耳栓を外し、魁の腕を引っ張り ―――
 徐々に開いて行く扉の向こう、無数の白い手がこちらに伸びてきているのを、見た・・・気がした・・・。
 けれどそれはほんの一瞬の事で、瞬きをした次の時には何もなかった。
 身体の自由を手に入れた村人達が走って来る。
 怒り、憎しみ、絶望
 そんなものを含んだ言葉のように聞こえたが、基本的には何を言っているのかは分からなかった。
 階段を駆け下り、散らかった部屋を通り過ぎ、再び階段を駆け下り、蝋人形の部屋を通り過ぎる。
 蝋人形の部屋で、先に行った律花と丹に追いついた。
 武彦が少年を抱き上げ、魁が少女を抱き上げ、車のある場所へと走る。
 村人達が迫り来る。
 2階から1階へと続く階段を駆け下り、開け放たれた扉から外に転がり出る。
 右手には森が広がり、漆黒の闇に没するそこはまるで深い穴のようにさえ見えた。
 月明かりしかない夜の光は薄暗く、足元は殆ど見えない。
 シュラインが気を利かせて車のライトをつけておいてくれたため、車の位置が曖昧になって梃子摺ると言う事はなかった。
 森に潜んだシュラインの直ぐ目の前を武彦達が通り過ぎる。
 それを確認した瞬間、シュラインは人とも獣ともつかぬような低い声を出した。
 ・・・まるで何かの咆哮・・・
 人では出せないその声に、村人達がたたらを踏む。
 それを見て、今度は甲高い声を出した。
 長く伸びるその声は、周囲の山々に木霊して不思議な響きを纏う。
 顔を見合わせる村人達を見て、シュラインは立ち上がった。
 車はシュラインの帰りを待っているかのように、まだ動いてはいない。
 明るく光るそちらに向かって、走り出す ―――――


◇■◇


 ライトに明るく染め上げられた山道を走る車内で、魁は目の前に座る少年の顔を覗き込んだ。
 未だに腑に落ちない顔をしている少年が、視線を上げ
 「・・・神が・・・」
 そう呟くと、視線を落とした。
 顔を見合わせる。
 少年は村の事を心配しているのだろうか・・・?
 「つかさぁ、まさか本当に儀式をすれば神になれるとか思ってるわけ?人がそう簡単に神になれるワケないっしょ。」
 「でも・・・」
 「死ぬなんて、一番簡単なんだよ。んな簡単に神ができて堪るか。」
 苦々しくそう呟くと、くしゃりと髪を弄った。
 背もたれに全体重を預け、深い息を吐き出す。
 「・・・人間は弱いんだから・・・。だから、自分に正直になんないとカワイソーだぜ?」
 「あたし、お兄ちゃんと一緒に居られるの・・・幸せよ?」
 丹の膝に乗っていた少女がそう言って、少年の方に手を差し伸べた。
 「やっぱり兄妹だったんですね・・・」
 律花がふわりと優しい視線を2人に向け、シュラインが考え込むように視線を落とした後で、丹へと向けた。
 「・・・結果的に、その女の子も連れて来て良かったわ。彼が居なくなった場合、その子が代わりにされてしまったかも知れないから・・・」
 「あの写真を見て、凄く仲が良さそうだったから・・・なんとなく、一緒に連れて行かなくちゃいけないって気になって探したんだけど・・・。良かった・・・」
 そう言って、膝の上に乗る少女の細い体をキュっと抱きしめる。
 「それにしても、あの結界の印・・・よく考えてみれば、どこかで見た気がします。」
 「あ、それ私も言おうと思ってた!なんだろう・・・何かの本に載ってた気がするんだけど・・・」
 律花と丹がそう言って考え込む。
 視線が車内を行ったり来たして、それでも何も見つからないらしく、視線が止まる。
 「随分古い形のように思いましたけれど・・・」
 「そー言やぁ、あの扉が開いた時、一瞬だけだけど中から手が伸びて来た気がするんだよね。」
 ポツリと魁が呟き、律花と丹が視線を合わせた。
 「「死者の封印・・・」」
 声が合わさる ―――
 「つー事は、俺が見たあの手って・・・子供の手・・・?」
 冷たいモノが落ちる車内に、武彦は一つだけ溜息とつくとハンドルをきった。
 「・・・2人とも、これから先、どこか行くところは?」
 武彦の言葉に、少年と少女が顔を見合わせた後で首を振った。
 あの村にしか知り合いは居ない。けれど・・・もう、村には戻れない・・・。
 「そうか。それなら、面倒を見てくれるっつー人がいるんだが。・・・ちょっと俺様思考の人なんだが、基本的には優しい・・・かな。ま、クセのある性格だが、慣れれば気にならなくなるだろう。」
 「そう、武彦さん、それって誰かしら?」
 「今回の事件の依頼をして来た、ユ・・・」
 はたと武彦が言葉につまり、ハンドルを持つ手に汗が滲む。
 「んで?その依頼人って、コレ??」
 魁がそう言って小指を突き出し・・・あぁ、また行きと同じ会話・・・と、丹と律花が苦笑しながら顔を見合わせる。
 「そろそろ依頼人の事を聞かせてくれないかしら?」
 「う・・・わ・・・や、ちょ・・・ちょっと待て・・・。とりあえず、興信所に着いてから・・・な?」
 「なーなー、その人、綺麗〜??」
 「月浦っ!ちょっ・・・!!」
 「あ!見てみて!陽が昇るよ!」
 丹の指先を追う。
 地平から頭を出した太陽は、不思議な色だった。
 赤と黄色とオレンジと白が混じったような色で、漆黒の闇を切り裂く光は強いものだった。
 「興信所に帰ったら、少し休みましょう。」
 「そうですね、少し疲れましたし・・・」
 「走ったから腹減った〜。つか、喉痛いかも・・・」
 「途中、どこかによって何か食べましょうか。勿論、武彦さんの奢りで・・・」
 「うぉっ・・・!?ちょ・・・ちょっと待てよ・・・」
 シュラインの言葉に、慌ててお財布の中を確認しようとして、ハンドルを変な方向にきる。
 車がふらふらと蛇行して山道を下り・・・
 「草間さん!財布よりハンドルっ!」
 「安全運転でお願いします・・・」
 「武彦さん、きちんと前見て、前・・・。」
 再びの同じような会話に、思わず視線を合わせ ―――
 笑い声が弾ける車内で、少年と少女は固く固く手を握り合っていた・・・



          ≪ END ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0086/シュライン エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


  6316/ 月浦  魁  /男性/18歳/ストリートミュージシャン


  6157/ 秋月  律花 /女性/21歳/大学生


  2394/ 香坂  丹 /女性/20歳/学生

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『3重の意味を持つ村』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 今回シュライン様には色々と動いていただきました。
 特に最後のシーンでは、車のライトを点けてくださったり、追いすがる村人達を撃退していただいたり・・・。
 あと、武彦さんとユエの事も少し勘繰って頂きました(苦笑)
 シュライン様のクールなイメージを上手く描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。