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<東京怪談・PCゲームノベル>


Change The World(後編)

〜 入試の日 〜

 暮れも差し迫った、ある日のこと。
 守崎啓斗(もりさき・けいと)と守崎北斗(もりさき・ほくと)は、再び東郷大学を訪れていた。

 この日、東郷大学では入学試験が行われていた。
 いろいろな意味ですっかり有名になったこの大学への入学を考える生徒は、実は決して少なくない。
 とはいえ、その中にはあくまで興味本位でこの大学を目指してみる者も多く、そういった冷やかし同然の輩は、ほとんどが構内に最初の一歩を踏み入れたその日のうちにこの大学への進学を断念するため、実際に入試にまで来る受験生の数は必ずしも多くはない。

 そして、啓斗と北斗も、その「入試にまで来た受験生」に含まれていた。
 けれども、彼らが向かうのは、他の受験生たちが向かう試験会場ではない。

 二人が向かったのは――本館、学長室である。

 以前の学園祭の時に、二人は一度学長の東郷十三郎(とうごう・じゅうざぶろう)に会っていた。
「悪党連合」と称する組織のパワードスーツと戦い、彼らの陰謀を見事打ち砕いた啓斗たちは、その戦いぶりを認められて、十三郎から直々に「特別な入学案内」を手渡されていたのである。
 通常「ゴールド入学案内」と呼ばれるこの案内に同封されていた願書を使って出願すれば、通常の試験のかわりに、学長による面接のみで合否が判定されるという、これまたものすごいシステムになっているのだが――啓斗たちにとっては、これはいろいろな意味で好都合なシステムだった。

 何と言っても、邪魔の入らない状態で、あの学長と話が出来るのだから。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 東郷十三郎という男 〜

 東郷十三郎は、学長室の奥の椅子にどっかりと腰を下ろして、二人が来るのを待っていた。
「お主たちか。待っていたぞ」
 腰を下ろしたままだというのに、そのすさまじい威圧感は通常の人間の域を遙かに超えている。
 肝っ玉の小さい人間ならその場で腰を抜かすか、直ちに回れ右して逃げ出しても全く不思議ではない。
 もっとも、その程度の人間に、十三郎が「ゴールド入学案内」を渡すことは、まずないだろうが。

「面接と言ってもそう堅苦しく考えることはない。まずは座れ」
 彼の言葉に従って、ちょうど十三郎と向かい合う形で置かれた椅子に腰を下ろす。

 それから、もう一度顔を上げて十三郎の方を見つめ……彼と目が合った時、啓斗はあることに気がついた。

 この男は、死人だ。

 と言っても、別に本当に死んでいるとか、ゾンビや何かの類であるというわけではない。
 すでに死を受け入れ、生に対する執着や、死に対する恐れを捨て去っている、ということである。

 そして、普通の生活を送っている人間が、このような境地に達することは、まずない。
 長きにわたって死と隣り合わせの状況に耐え、それでも正気を失わず、生と死の狭間を見切った者でなければ、このような精神状態にはまずなり得ない。

 一体、彼はどのような人物なのだろう?

 啓斗が不思議に思っていると、十三郎がいきなりこう尋ねてきた。
「何かわしに聞きたいことがあるのではないか?」
「……え?」
 啓斗はどうにか動揺を隠しきれたようだが、感情が顔や態度に出るタイプの北斗があからさまに反応してしまう。
 その様子に、十三郎はにやりと笑ってこう続けた。
「隠さずともよい。それしきのこと、目を見ればわかる」
 この男、やはりただ者ではない。
 かくなる上は、小細工抜きで正々堂々と訊いてみるより他あるまい。
 そう覚悟を決めて、啓斗はゆっくりと口を開いた。

「では、正直にお尋ねします」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 少年の影 〜

 ここで、話はあの学園祭の夜に遡る。

 異空間から、啓斗たちが戻ってきたのは――なんと、この学長室だった。

 ちょうど学長が留守にしていたこともあり、啓斗たちは速やかにこの部屋を後にしようと考えたのだが――隣の部屋から微かに聞こえてきた声が、その足を止めさせた。

「……で、どう? 今年の新入生は」

 聞こえてきたのは、どこかで聞き覚えのある少年の声。
 北斗もそのことに気づいたらしく、目で「どうする?」と問いかけてくる。
 そんな彼を手で制すると、啓斗はさらにもう少し声の聞こえてくる方へと近づいてみた。

「うむ。期待外れも多かったが、予想外の傑物も多い。
 当初の目論見とはだいぶ違うが、まあ結果的にはほぼ期待通りといったところか」
 こちらの声は、間違いなく東郷十三郎の声である。
 その報告を受けて、今度は最初の声が楽しそうに笑った。
「そっか。次はどんなことが起こるか、期待してるよ」
 その声は――間違いなく、虹野輝晶(にじの・てるあき)のものだった。

 輝晶とは、すでに草間を通じて何度か会っているが、なんともとらえどころのない相手で、いつもいつもいいように引っ張り回されている。

 そんな彼について、もしわかっていることが多少でもあるとすれば。
 彼が、決して見た目通りのただの少年などではないということと。
 彼が周囲の迷惑などを一切考慮せずに、自分の好きなことをやろうとする人物であるということ。
 とにかく、その二点に尽きた。

 その彼が、この東郷大学と接点を持ち、あの学長と普通にため口で話している。
 これは、一体何を意味しているのだろう?

 その謎を解き明かすには、どちらかに直接合って話を聞くより他にない。
 そして、輝晶に話を聞こうとしても、適当にはぐらかされることは火を見るより明らかである。
 そうなれば――どうにかして、十三郎に話を聞くしかないだろう。

 それが、二人が東郷大学の入学試験を受けに来た本当の理由だった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 戦人の夢 〜

「なるほど。そのことか」
 啓斗の話を聞いても、十三郎は顔色一つ変えなかった。
「私たちも彼について詳しく知っているわけではありません。
 しかし、彼が十二分に警戒すべき相手であることくらいは、わかっているつもりです」
「ふむ」
 特に話したくないという様子ではないが、何か話してくれそうな気配もない。
 いずれにせよ、このままでは埒があかない。
 そう考えて、北斗は真っ正直に質問してみることにした。
「学長、ひょっとしてアイツの正体知ってるのか?」
「もちろん察しはついている。
 わしがそんなことを気にするほど度量の小さい男に見えるか?」
 帰ってきたのは、あまりにもスケールの大きすぎる答え。
「そんなこと、って……」
 つい返す言葉に窮してしまったが、北斗が開いた突破口を啓斗が有効に活用する。
「確かにそうですね。では、彼との関係は?」
「関係か。
 あえて言うなら、理解者であり、盟友でもある、といったところか」
 これまた、十三郎以外にはできない答えである。
 あのつかみ所のない輝晶を「理解者」と呼び、まして「盟友」になることなど、普通の人間にはとてもできない。

 とはいえ、十三郎が輝晶のことをどう思っているかと、輝晶が十三郎のことをどう思っているかはまた別問題である。
 北斗がそのことを指摘しようとした時、十三郎が再び口を開いた。

「わしは、この手で多くの可能性の芽をつみ取ってきた」

 すでに、ある程度想像はついていたが。
 やはり、彼のもとの姿は――戦人。

「後悔しているとは言わん。
 仕方なかったなどという言い訳もせん。
 全てはわしが、わし自ら選んだ道だ」

 そう語る瞳に迷いがないことが、その言葉に嘘がないことの何よりの証。

「ただ……こう思うことがある。
 わしがつみ取ってきた可能性の芽の中に、この世界を変えうるモノがあったのではないか? と」

 そこまで言って、彼は不意に席を立ち、窓際へと向かった。

「恐らく、わしがつみ取らずとも、その芽が大きく育つことはなかっただろう。
 まして花を咲かせ、実をつけることなど、環境を考えれば望むべくもない」

 今日自分が殺さなくても、明日には誰かに殺される。それが戦場というものである。
 そういった場面を何度も目にしていくうちに、彼は「死人」となったのだろう。

「だからこそ、わしは作りたかった。
 人の全ての可能性を育てうる場所を。
 そして……わしは知りたいのだ。
 人の可能性の限界を……人に一体どこまでのことができるのかを」

 それは、本当に途方もない発想で――その上、ただの思いつきに過ぎない。
 それなのに、十三郎はそれを現実のものとしてしまった。

 そう、この東郷大学という形で。

「ヤツは、全てができてからふらりと現れるようになった。
 自分ならば眠っている才能を見つけ出せると言った。
 わしはそうできるならそうしてくれるように頼んだ。それだけだ」

 窓の外を眺めている十三郎の表情は、こちらからは見えない。
 だが、その表情が少しも変わっていないであろうことは、容易に想像がついた。

「そして、その成果は?」
「成果はあった。
 あれ以来、眠れる奇才が着実にここに集まり、次々と目を覚ましつつある。
 この調子なら、十年……いや、五年もあれば、世界を変えうる発明の二つや三つは出てこよう」

 これが、十三郎の望んだものなのだろうか?
 そこまではわからないが、少なくともそれにかなり近いところまで辿り着いていることは確かだ。

 しかし、だからこそ、北斗にはある不安があった。

「けど、アイツにとっちゃ、それすらもただの遊びかもしれない。
 途中で飽きてぶっ壊そうとしないとは言い切れないんじゃないか?」

 そう。
 全てがうまく行くことを、はたして輝晶が認めるだろうか?
 例え今は理解者であり、盟友であったとしても、気紛れな彼は何の理由もなく突然敵に回りかねない。

 けれども、十三郎にとっては、すでにそれすら了解済みのことであった。
「愚問だな。初めから壊されることを恐れて何が作れる?」





 ことここに至って、二人はようやく理解した。

 東郷十三郎という男は、自らの生死どころか、ほとんど全てのものに対する執着を断ち切っている。
 そしてそれ故に、彼にとっては何ものも本当の意味での障害とはなり得ないのだ。

 彼は失うことを恐れない。
 傷つくことを恐れない。
 死ぬことすら恐れてはいない。

 ただ、やりたいと思った通りにやって、目指したいと思ったところを目指すのみ。
 途中で倒れることを恐れないからこそ、彼を止めることは難しい。

 そして、それは――輝晶と、少し似ていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そして 〜

「ちょうど時間が来たようだな」
 椅子に戻ると、十三郎は時計を一瞥してそう言った。

 話すべきことは話した。
 つまり、そういうことなのだろう。

「ありがとうございました」
 席を立って、一度深々と頭を下げる啓斗。
 北斗が慌ててそれに続こうとすると、それを押しとどめるかのように十三郎がこう宣言した。

「面接の結果を発表する」

 思わぬ一言に、顔を見合わせる啓斗と北斗。
 ここでつい先ほどまで行われていたことを、面接とはとうてい呼べまい。
 ところが、十三郎はあれをもって合否を判断するつもりらしい。

「もとより期待などしていなかったのかもしれんが、受けた以上結果くらいは聞いて帰れ」

 言われてみれば、その言葉にも一理ある。
 確かに、もとより期待などしてはいなかったが――いざ結果を告げられるとなると、さすがの北斗も緊張せずにはいられなかった。

 そんな二人を、十三郎はもう一度鋭い目つきで見つめ……やがて、ゆっくりと口を開いた。

「守崎啓斗、守崎北斗。
 以上二名、特待生として東郷大学への入学を許可する」

「……え?」

 合格のワケがない。そう思っていた。
 それなのに、合格と判定された上に、特待生待遇とは。

「学費はいらん。来たければ来るがいい。
 わしがしていることは何か。わしがしようとしていることは何か。
 それが知りたければ、内側から確かめてみよ。その機会をやろう」

 そう話を締めくくって、豪快に笑う十三郎。
 そんな彼の様子に、二人はもう一度顔を見合わせ――十三郎の方に向き直って、もう一度頭を下げた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0568 /  守崎・北斗  / 男性 /  17 / 高校生(忍)
 0554 /  守崎・啓斗  / 男性 /  17 / 高校生(忍)

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

・このノベルの構成について
 今回のノベルは特殊な構造になっており、北斗さんと啓斗さんには全く違ったものが納品されています。
 北斗さん側に納品されたものが前編、啓斗さん側に納品されたものが後編となっておりますので、その順番にお読みいただけますようお願いいたします。

・個別通信(守崎啓斗様)
 このたびはご参加ありがとうございました。
 このような話になりましたが、いかがでしたでしょうか?

「プリズム」はともかく、「スフィア」は多分東郷大学とは何の関わりもない可能性が高いと思われます。
 性格的に、こういう賑やかすぎるところは苦手でしょうから。
 もしプリズム以外にも誰かがいるとするなら、「ヘリックス」あたりが教師に紛れ込んでいるくらいではないかと。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。