コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


フーリッシュ・グルーヴ

 指定されたファミリーレストランの窓側の席に、彼女は座っていた。
 今このファミレスでオススメの、苺のデザートをつついている。
 自然にそちらへと向けてしまいそうになる視線を修正しながら、シュライン・エマは彼女と背中合わせになる席につく。
 シュラインの席にとりあえずの珈琲が運ばれて来るまで、二人は黙ったままだった。
「これは私からの個人的な依頼です」 
 ウェイトレスが珈琲を置いて離れて行くのを確認してから、依頼者が後ろの席からそう切り出してきた。
 彼女はたまに草間興信所にも顔を出す。
 怪異を呼ぶ星回りを持って生まれているのだろう。
 所長の草間武彦と同じく。
 もっとも彼女の場合は、自ら好んで怪異へとその眼差しを向けているよう、シュラインには思えるのだが……。
 シュラインはテーブルの上に置かれた珈琲に視線を置いたまま、依頼者の言葉を聞く。
「今度の土曜日は4月1日ですよね」
「そうですね」
「エイプリル・フールですよね」
「……それが?」
 ――今時、小学生でもこんな馬鹿げたイベントに参加しているのか知れたものじゃないわ。
 だいたい嘘ってつこうと思ってつけるものじゃないでしょ。
 普通。ねぇ?
「草間さんをだましてみませんか?」
 どこか悪戯っぽい響きを持ってそれは耳に届いた。 
 シュラインは草間興信所で事務一切をこなしている。
 もちろん草間とも親しい間柄だ。
「あの人って結構反応が冷めてるっていうか、大声で驚いてる所ってあんまりないですよね」
 ――いい大人年齢の男が飛び上がって驚いてちゃまずいんじゃない?社会的にも、ね。
 シュラインは草間のこれまでの行動を思い浮かべながら、珈琲を口に運んだ。
「草間さんの驚いてる顔、見たいと思いませんか?」
 確かに草間は怪異事件に当たっても驚く事が無くなっていた。
 慣れ、とは怖ろしいものだとシュラインも思う。
 そして驚いた草間の姿に興味を示す自分に気が付いた。
 ――そうね……ちょっと見たいかも……。


 ――4月1日土曜日。午前10時26分。
 エイプリルフールの嘘は害がなくて、なおかつ午前中にというルールだとシュラインは記憶していた。
 タイムリミットまであと一時間半という所。
 ――ちょっと押してるわね……。
 ようやく草間が事務所に現われた。
「おはよう……」
 まだ半分眠っているのか、瞼が閉じかけている。
 昨夜遅くまで調査に出ていたらしい。
「おはよう武彦さん。寝癖直したら? 左側」
「お、スマン」
 鏡のある洗面所に向かう草間を見送りながら、シュラインはもう一度嘘の内容をシミュレーションし直す。
 そして事務デスクの下で、あらかじめ打っておいた携帯メールを送信した。
 メールの送信先はこの事務所のオーナーで、シュラインのエイプリルフールに協力してくれている。
 ――大家さんも暇……じゃない、付き合いがいいわよね。
 『草間が事務所に来ました』とのメールを受け取ったオーナーが、まもなく事務所に現われる。
 そして家賃の督促と、支払えなければ出て行けと言い渡す手はずになっている。
 ――実際はきちんと払えてるんだけどね。今月のお家賃も。
    ……来たわ!
 ドアの前に人影が立ったかと思うと、激しくノックされる。
「草間さん!!
そろそろ支払ってもらえないと困りますよウチも!!」
 顔色を変えた草間が慌ててドアに向かうのを、観葉植物で巧みに隠したカメラが依頼者の元へ送っている。
「え!? 聞いてないぞ!?
おい、シュライン、今までなんとか払ってきたんじゃなかったのか!?」
「いやね、シュラインさんには悪いけど、ウチもボランティアでここ貸してるんじゃないんでね」
 ふーー、と気持ち長めにため息をついてオーナーが言った。
 オーナーとシュラインを見比べる草間の顔色がざざっと青ざめていく。
「……ごめんなさい、言い出しにくくて……」
 ――大げさすぎるかしら?
 内心いつバレるかと冷や汗をかきながら、シュラインは殊更『資金繰りに苦労した薄給の事務員』を演じてみせる。
 全く嘘でもないのだけれど。
「……本当に?」
 現実を直視できず、何故か笑顔になりながら草間が呟いた。
 人は予想外の辛い事に当たると、笑いでバランスを取るようにできているようだ。
「まあシュラインさんを責めるのはやめにしなさいね?
一週間待つから、その間にいろいろ片付けてね」
「優しい言葉でキツイ内容だな、オーナー……」
 往生際悪く「だったらもう一ヶ月待ってくれよ」と言い出す草間に、オーナーが「あーダメダメ」と手を振った。
「この事務所の持ち主、来月変わるんでね。
今まで通りって訳にいかないんですよ」
「ちなみに何ていう方に?」
 言葉を向けるシュラインは、当然その先の答えを知っている。
 ――信じるかしらねぇ?
 荒唐無稽さがいっそ清々しい程だ。
「ああ、三下忠雄さんて雑誌の編集してるとかいう人ですよ」
「は!?」
 草間は三下という名前に聞き覚えがあったのか、咥えていたタバコを唇の端から落としそうになった。
 草間の知る三下は、月刊アトラスの編集員で、草間同様怪奇に縁はあっても金銭には縁のない青年だ。
「何で三下がオーナーになるんだよ!」
 一瞬オーナーの目が泳いだが、すぐに言葉をつなぐ。
「いや〜、気のいい富豪のご老人が三下さんを気に入ったとかで、ゆくゆくは後継者にって事らしいですよ。
ここはそのご老人が買って、三下さんに預けたんです」
「……何だその……小公女みたいなストーリーは……」
 草間のツッコミにも力がない。
 嘘としか思えないこの話を信じているらしい。
 ――男の子だから小公子なんじゃないかしらこの場合。
    でも碇編集長にびしびし使われてるあたり、屋根裏部屋で寒さに震えてる小公女っぽいかもしれないわね。
 そんな感想を持つシュラインの前で、草間は呆然と立ち尽くしている。
「じゃ、私は帰るからね」
 自分の役目は十分果たしたと判断したオーナーが、さり気なくシュラインに目くばせしつつ去って行った。
 パタン、と閉められたドアを目にしても、草間はその場に立ったままだ。
「武彦さん? ……ええと、ま、まだ一週間あるし! ね?」
「そうだな。引越しの準備にはちょうどいいよな……」
 どんよりとした表情の草間が答える。
 シュラインは一週間で家賃を工面すれば何とかなると伝えたかったのだが。
 ――うーん……こうなると、いつ嘘でしたって切り出していいかわからないわね……。
「まずは座ったら? 立ってても疲れちゃうし。
あ、珈琲淹れるわね!」
「ああ……この事務所で飲む最後の珈琲かもしれないな」
 デスクに載せられた珈琲カップを眺め、ふっと寂しそうに草間が笑った。
「お前にもきちんと月給払ってやれなくて、悪かったな……」
 ――た、武彦さん……!
 殊勝な言葉をかける草間に、シュラインもどう反応を返して良いかわからず、曖昧に笑った。
 労わりの言葉は素直に嬉しいのだが。
 ぐいっと珈琲を飲み干した草間が再び立ち上がる。
「さ、いつまでもくよくよしてられないよな。
引越しの準備しないとな!
まずはダンボール……いや、必要な物と不必要な物を分けるのが先か?」
 とりあえずデスク周りの整頓を始める草間が、背中を向けたままシュラインに言った。
「……事務所、無くなっても……一緒に働いてくれるか?」
 シュラインは思いがけない言葉に苦笑しながらも、草間の隣に立った。
 ――バカね……そんな当り前の事も、ちゃんとこっち向いて言えないなんて。
「決まってるでしょ?」
「……そうか」
 

 すっきり事務所が片付いたところで、シュラインは「今日は何の日か知ってるわよね?」と切り出した。
「4月1日……あ!!」
「エイプリルフールだったの。ごめんなさい!」
 最初は嘘をつき通して放置しようかと考えたのだが、あまりに深刻に受け止めてしまった草間が可哀想に思えてきて、結局12時ちょうどにねたばらしをしてしまった。
 草間は騙されていたと知ったが怒らず、
「じゃあまだ、この事務所で働けるんだな……」
と呟いただけだった。
 その顔は少し嬉しそうに、隠しカメラが捉えていた。


 ――後日、再びファミリーレストラン。
 前回と同じ席に依頼者は座っていた。
 今度はその向かいにシュラインも座る。
「お待たせしました」
「いえ、そんなに待ってませんから」
 テーブルには前回とは違った苺のデザートが置かれている。
 ――私も同じ物頼もうかしら。
 迷ったが、結局シュラインは珈琲だけを頼んだ。
「それで……ご期待に添えましたか?」
 予想外に草間が騙されてしまい、シュラインの方が驚いてしまった。
「あ、それはもう! 面白かったですよ!
オーナーさんもシュラインさんも演技上手ですね!」
 ――人を騙すのが上手いって褒められるの、複雑だわね。
「これ、お約束のマルボロです」
 依頼者はテーブルの下から5カートン分のマルボロを出して見せた。
 5カートンともなると結構かさばる。
 ――これ、持ち帰った時何て武彦さんに言い訳すればいいのかしら。
    パチンコで大勝ちしたとか?
    しばらく隠しておいた方が、タバコもセーブできていいかもしれないわね。
「それから、これも」
 依頼者はバッグから一枚のデータディスクを取り出して、シュラインの前に置く。
「隠しカメラが写した映像のデータです。
もう一度見ちゃった映像ですから、私が持ってても仕方ないと思うんですよね」
 依頼者は「照れた草間さんも見れた事ですし」と笑った。
「照れた?」
「シュラインさんからは見えなかったんですけど、カメラはばっちり捉えてますよ!
正直、いい雰囲気出てたのをデバガメしてるのは心苦しかったです」
 ――いい雰囲気、だったかしら?
 それは後で確認するとして、シュラインは珈琲を運んできたウェイトレスにメニューを追加注文した。
「春のお勧め苺デザート、全部ね」


(終)


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

シュライン・エマ様

いつもご参加ありがとうございます。
「何故それを信じますか!?」という内容を信じる草間に、こっちが驚くという内容になりました。
しかし事務所も片付いて一石二鳥です(笑)
アイテムとして映像データディスクを贈りますのでお納め下さい。
少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
ご注文ありがとうございました!