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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


鬼につかまったメイド

「っちはっと」
 草間探偵事務所に現れるなりちゃっと手をあげた青年の姿を見て、草間武彦はすぐさまドアを閉じようとした。
「つれないなあ草間さん」
 青年はすばやく隙間から中にすべりこんで、「すべりこみセーフ」などとぬかす。
「何をしにきた……っ」
 草間が青年――如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)をにらみつけると、青年は肩にかついでいた風呂敷包の荷物をどっこらせと勝手に草間のデスクに置いた。
「何だそりゃ」
「仕事の依頼」
「そりゃそうだろうが……お前のことだから、またくだらない怪奇関係なんだろう」
「下らないとはひどいな、草間さん」
 草間より五歳ほど若い青年は、にっと笑って、風呂敷包みを解いた。
 ――絵画だ。
 草間はぞっと背筋に悪寒が走るのを感じた。
 ――鬼の絵が描かれた絵画。
 その鬼の手に――なぜかメイドがわしづかみにされている。
「これ、うちのメイド」
「はあ!?」
「この絵、親戚からうちのお嬢様に嫌がらせで送りつけられた品なんだけどな。この鬼が実体化して――メイドをつかまえて絵に戻っちまって」
 どうにかしてくれよ、と竜矢は苦笑して言った。
「あんたと俺の人脈で。何とか助けてやらないと」
「……方法は分かっているのか?」
「俺の家に来てくれ」
 竜矢は自分の胸を指差し、「そうしたらうちの姫が魔寄せ能力で鬼を引きずりだす。そこを叩いてほしい。メイドを傷つけずに。ちなみに俺は、魔寄せをやってる姫の護りで手がいっぱいになると思うからそこのところよろしく」
 と、青年は言った。
 草間はやけくそ気味に、くわえていた煙草を灰皿に押し付けてもみ消し、電話へと手を伸ばした――

     **********

「絵に描かれた鬼が魔か呪を帯びたのか、鬼を絵に封じたのか……出入り可能なあたり元々は絵なのかしらね」
 草間探偵事務所の事務員シュライン・エマは、まじまじと絵画を見ながらつぶやいた。
 と、そこへ――
 バン!
「はあ、はあ……」
 勢いよく事務所のドアが開いたかと思ったら、ひとりの女性が肩で息をしながらそこにいた。
「メイドさんが化け物にとらわれてるって本当ですか!!!」
「……どちら様?」
 竜矢が草間に訊く。
 草間は一言で答えた。
「メイドおたく」
「失礼な! 私は清く正しく、メイド服のあり方を追究しているだけです!」
「――怪物にメイドが捕まってると言っただけで電話切りやがってな」
 草間は怒鳴り返してきた彼女を呆れたように見た。
 彼女の名は静修院樟葉(せいしゅういん・くずは)。古風な服装をした美少女である。
 普段は衣装店を営んでおり、特にメイド服に関しては――我を忘れる。
「落ち着け、樟葉」
 草間はどうどうと鼻息の荒い樟葉をなだめた。「お前、やたら着くの早かったな」
「陰陽術の『転移』でこちらのビルに来させていただきました!」
「……ああ、そうか」
 陰陽術かあ、と竜矢が感心したようにうなる。
「それは頼りになりそうだ。俺は如月竜矢。よろしく」
「どうも。私は静修院樟葉と申します」
 ようやく落ち着いてきたらしい、樟葉は丁寧に竜矢に礼をする。
「他には誰を呼んだの? 武彦さん」
 シュラインが尋ねた。
「他にだなあ、まず空木崎と――」
「ごめんください、草間さん」
 噂をすればなんとやら、ちゃんとドアをノックしてひとりの青年が顔を出した。
 空木崎辰一(うつぎざき・しんいち)。とある神社の宮司である。
「あ、竜矢さんもいらしてたんですか」
 竜矢とも顔見知りの彼はお互いに会釈をすると、
「どうしたんですか? 絵画に鬼が入っていると聞いたのですが」
「そのままその通りだよ」
 草間が肩をすくめる。
 竜矢が説明をすると、辰一はうなずいた。
「絵から抜け出た鬼がメイドさんを捕まえて絵に戻ったと……それで竜矢さんは協力を要請しにいらっしゃったんですね。個人的にはメイド服には関わり合いたくないですが、それとこれとは話が別です」
「メイド服に関わりあいたくない!?」
 樟葉がまたもやご乱心した。「何てこと、何てこと! あなたそれでも男!? メイド服の素晴らしさを分からないのですか……!」
「……ええと、こちらはどちら様……」
 ――樟葉のことを紹介されて、辰一は苦笑した。
「申し訳ないですが、メイド服にはいい思い出がないのですよ」
「そんなもの、メイド服のかわいらしさで吹き飛ばしてしまえばいいのですよ!」
 ああ……と樟葉は自分の世界に入り始める。
「メイド服! あの素敵なコスチューム……長いたけに白いエプロン、ああ、清楚で美しい整い方!」
「あのー」
 竜矢がおそるおそる手をあげた。
「うちのメイド服は……スカートのたけは長くないんですが」
「何ですって!?」
 竜矢は絵の中に捕まっているメイドを指差す。
 たしかに、スカートは膝下程度のメイド服だった。
 とたん、樟葉のやる気はしゅううううとしぼんでいった。
「こんなのはメイドが着るメイド服ではないです!」
 ぷんぷんと怒り出す樟葉の隣で、
「ええと、メイド服は苦手ですが――」
「苦手は克服すべきものです!」
「苦手ですが! それとこれとは話が別です、協力します」
 辰一は樟葉の妨害にもめげずに言葉を言い終えた。
「ありがたい、よろしくお願いします」
 竜矢は辰一の手を握る。
 辰一は微笑んだ。
「武彦さん、助っ人はこれだけ?」
 シュラインが再び草間に訊く。
「いや、あと二人――」
「お邪魔いたしますわ」
「邪魔するぜ」
 ふいに事務所のドアが開き、和服の美少女とひょろりとした長身の男が姿を現した。

「わたくし、鹿沼(かぬま)・デルフェスと申します」
 黒髪に和服の美少女は丁寧に礼をした。
「俺は……なんだお嬢の護衛か。挨拶するまでもねえな」
 長身の男、フランシスは竜矢を見てそう言った。
 お嬢とは、竜矢の主である少女、葛織紫鶴(くずおり・しづる)を指す。
「初めましてデルフェスさん。お久しぶりですフランシスさん」
 竜矢が挨拶をする。
「デルフェスのほうは、たまにうちに手伝いに来てもらってるんだよ」
 草間がそう竜矢に言った。
「ものが絵画と聞いて急いでやってまいりましたわ。うちのお店はアンティークショップですの。……ああ、この絵画ですのね。素晴らしい……!」
 デルフェスは鬼の絵を見て、瞳を輝かせた。
「何だぁ、この絵?」
 フランシスがまじまじと絵を見て、不気味そうに眉根を寄せた。
 ――竜矢からの説明を受けて、フランシスはぼりぼりと首の後ろをかいた。
「お嬢の親戚は暗ぇなあ。しゃあねえ、いっちょ付き合ってやるよ」
「わたくし、持ち込まれた鬼が実体化するという絵画と聞いて、思わずお店に並べたいと思いましたの」
「こ、これを?」
 竜矢がおそれをなしたように一歩退いた。「どんなお店なんだ……」
「こんな素敵な絵画、滅多にございませんわ」
「そ、そりゃあ、滅多にないだろうけど……」
 デルフェスはどこまでもにっこりと微笑んでいる。
 美少女なだけにその笑顔がますます怖い。
「と、とりあえず作戦を練りませんか」
 辰一が口を挟んできた。
「鬼……敵は手ごわいです。綿密に作戦を練らないと」
「そうねえ……これは油絵かしら」
 シュラインがじいっと絵画の表面を見ながら何事かを考えている。
「油絵……油絵……絵が実体化した鬼なら、溶剤も効くのかも」
「溶かしてしまっては困りますわ!」
 デルフェスが声をあげた。「わたくし、鬼がいる状態のこの絵画がほしいのです」
「そ、そう……もろくなる程度でいいのだけれど……メイドさんを手放してくれるくらいに」
「メイドは救いだします!」
 樟葉が宣言した。「そして、正しいメイド服の在り方を教えるのです……!」
 目的が何か間違っている。
「身体能力は、当然高いわね。ええと……人の不可聴音域の音も聞こえるかもしれないわ。それで不愉快な音を立てて動き鈍らせられるかやってみる」
 音にかけては右に出る者のいないシュライン。絵画の表面を撫でながらそう言った。
「鬼ったって明確な弱点がないもんなあ」
 フランシスが、長い手をあごにかけてふうんとうなった。
「この国じゃ妖怪も神みてぇなもんだし、ブチ殺すのはまずそうだ」
「そうですわ、殺されては困ります」
 別の意味でデルフェスが同意した。
「そこでよ、一種の封印でどうよ。精進潔斎もしてねえ生身のメイドと、清められたヒトガタを交換すんだよ。嫁が欲しけりゃこいつのがいいぜ、ってよ」
「お嫁にメイドを選んだ……! この鬼は目がありますね!」
 樟葉はズレたことを言った。
「その後……まあメイドを無事返してもらえたらよ、絵の中に戻して……上から注連縄」
「なるほど。それでしたら僕の神社から出します」
「注連縄……邪魔ですわ」
 デルフェスが舌打ちしそうな声音で言う。
 フランシスが一歩退いた。
「いや、なんだ。この際霊力より決まりごとの力を借りて……鬼だって卑しくもある種の神だからよ」
「邪魔ですわ……」
「……神々のルールに従ってもらおうとだな……」
「フランシス、まあそう怯えるな」
 草間がため息をついた。「デルフェス。少しは我慢しろ。注連縄付きもなかなかオツだろうよ」
「………」
 デルフェスはそこはかとなく怖いオーラを放ちながらも、黙り込んだ。
「で、神々のルールと言うと?」
 辰一がフランシスに尋ねる。
「天の岩屋戸のくだりにもあるとおり、かの天照大神でさえ注連縄を張ったところにはおいそれとは近づけねえ。つまり向こう側からこっち側へ入れねえようにしようっていう理屈よ」
「なるほど」
 神社の宮司である辰一は熱心にうなずいた。
「出られなくなったらつまらない……」
 デルフェスがまだつぶやいていたが、放っておいた。
「事が済んだら鬼神として祀っとけ。大事にすりゃ意外と役に立つかもよ?」
「わたくしが引き取らせていただきます」
 デルフェスは即座に言った。
「まあそのあたりはうちの姫と交渉してください」
 竜矢は苦笑した。
「じゃあ私は溶剤、空木崎さんには注連縄を用意してもらって、さっそく如月さんのお宅へ向かいましょうか?」
 と、シュラインがそうまとめた。
 草間が、ふうと煙草の煙を吐き、
「………。俺は何をすればいいんだ?」

     **********

 如月竜矢の――正しくはその主、葛織紫鶴の屋敷は、しゃれにならない大邸宅である。
 洋館に広い庭。初めてくる樟葉やデルフェス、シュラインは圧倒された。
「この一部分でもうちの事務所に貸してほしいわね。ねえ武彦さん」
「そういう空しくなることを言うな……」
 草間が煙草をくわえたままがっくりと肩を落とした。
「ええと、まず樟葉さんにフランシスさん」
 竜矢は樟葉とフランシスのほうを振り返り、ふっとその手に針のようなものを取り出した。
「――あなたがたはこの家の結界に入れませんね? 先に防護結界を張らせていただきます」
 つと――
 妖魔である樟葉と、
 実は悪魔であるフランシスのふたりの、体のつぼに、
 竜矢は素早く針を刺す。
「………。痛くないものですね」
 不思議そうに樟葉は言った。
「なーんかむずがゆいんだよなぁ」
 フランシスが首の後ろをぼりぼりかいた。
 二人に刺した針を抜き、門のところで竜矢が指紋判定機に指を当てると、門がゆっくりと開いていく。
 と同時に、
「遅い!」
 若い女の子の怒鳴り声が飛んできた。
 赤と白の入り混じった不思議な長い髪。緑と青のフェアリーアイズ。
 腰に両手を当てて立っていたのは、そんな鮮やかな色彩を持つ少女だった。年のころは十三歳ほどだろうか。
「姫。お客様の前ですよ。今回の件の助っ人です」
 竜矢が苦笑いして、背後に立つ助っ人たちを示す。
 とたんに、『姫』――葛織紫鶴は慌てた顔になった。
「そ、それは失礼した! え、ええと私は葛織紫鶴。こ、今回はよろしく頼む――」
 突然カチコチになり、ぎこちなく洋風の礼をする。
「落ち着いてください紫鶴さん」
「よお、お嬢」
 顔見知りの辰一とフランシスが声をかけ、紫鶴はようやくほっとしたように表情をゆるませた。
「俺は草間武彦。よろしくな、姫君」
 草間がくわえ煙草で握手を求める。「話は竜矢に聞いてるよ、いつも」
「あなたが草間殿か。わ、私も竜矢に聞いている。よろしく頼む」
 紫鶴はぎこちないしぐさで草間の手を握った。
「あら……かわいいお嬢さんね」
 シュラインが口元をゆるませた。シュラインは草間の婚約者だが、さすがに相手の歳が若すぎて嫉妬する気にもならない。
「私はシュライン・エマ。よろしくね、姫君」
「し、紫鶴でいい。よろしく、ええと……シュラインがお名前か?」
「そうよ」
 よく姓と名を間違われるシュラインは、ちゃんと当てた紫鶴にそれだけで好意を持った。
「メイド服が似合いそうですね……」
 樟葉はじーっと紫鶴を見つめている。にらんでいると勘違いされそうなほどに。
「あ、あの、あなたは、」
「私は静修院樟葉。今回はメイドを救うために来ました」
「そ、そうか。ありがたい――」
「しかしあなたもメイド服が似合いそう……」
 きらりん。
 樟葉の輝く瞳に、紫鶴は「???」とはてなマークを飛ばす。
「わたくしは鹿沼デルフェスですわ。よろしくお願いいたします」
「よ、よろしく……」
「わたくしはあの絵が欲しくて今回のお話に参加させて頂きました。後で交渉させて下さいな」
「え?」
 ぽかんと口を開ける紫鶴に、
「まあ気にすんなお嬢」
 フランシスが門の外から声をかける。
「落ち着いて舞ってくださいね」
 辰一が少女の背中をぽんぽんと叩いた。
「とにかくよ。昼間のうちにやっといたほうがいいんじゃねえか? お嬢の『魔寄せ』は夜になると強力すぎて他の魔も呼んじまうだろうよ」
「あ、そ、そうだった」
 紫鶴は慌てて、「では早速――よいだろうか?」
「もちろん」
 シュラインがうなずく。
「俺は外にいるからよ」
 『魔寄せ』では寄せられてしまう、悪魔のフランシスは「鬼引っ張り出したら携帯に電話くれや」
 と竜矢に言った。
「分かりました。では皆さん庭に――」
 こうして――
 戦いの場へと一行は移動する――


 広い広い洋風の庭の、中央。まるで小さな草原がそこにあるような場所。
「よいしょっと」
 竜矢が背負っていた絵画を地面に置く。
「ねえ、溶剤を鬼が出てきそうな地面にあらかじめまいておいても大丈夫かしら?」
 シュラインがお神酒を混ぜた油絵の具用溶剤を出しながら言った。
「誰か、近接攻撃をする方はいる? いたら足手まといになると思うからやらないけれど……」
「わたくし、近接しますわ」
 デルフェスがあっさりとそう言った。「でも平気ですわ。わたくし、溶剤ごときで足をとられるほどヤワではございません」
 実はデルフェスは――
 人間ではなく、ミスリルゴーレムなのだ。
 そのため、近くに寄って鬼に直接攻撃されても、たいていのことは平気だろうと予想された。
「私も囮役になりますけれど、中距離です。……絵画のすぐ傍辺りにまくくらいは平気ではありませんか?」
 と樟葉が言葉をつなぐ。
「そう? じゃあそうしましょう」
 シュラインは溶剤を絵画の周りにまいた。
 そして、草間とともにその場を退いた。
「俺は……非合法で持ってる銃を使うしかないか……効くかどうか知らんが」
 やれやれ、と草間はため息をつく。無理しないで武彦さん、とシュラインが慰めた。
「僕は間接的に攻撃しようと思います。甚五郎、手伝ってくれるよね?」
 辰一は連れていた式神猫に問いかけた。
 にゃあ、と返事がある。

 それぞれが自分のやるべきことに適した場所に立ち、
「さあ、紫鶴さん! 舞を始めてください……!」
 辰一が叫んだ。
 少し離れた場所で紫鶴が――
 両手に精神力で生み出した剣を一本ずつ持ち、地面に片膝をついた。
 すう、と息を吸う。
 剣を下に向け、クロスさせる。

 しゃん

 剣と剣がこすれあう。その音が舞の始まる合図だった。

 しゃん しゃん しゃん

 紫鶴が手首につけた鈴と、

 キン

 刃が打ち鳴らされる音と、

 さらりと赤と白の髪が流れる音と、

 きらりときらめく色違いの両眼と、

 すべてが『魔』を寄せる――


 ず……ごごごごごごご


 絵画の中から――

 鬼、が。

 メイドをわしづかみにしたまま、ずるりと腕を、肩を、頭を、上半身を、

 だんだんと巨大化しながら――

「甚五郎、行くよ!」

 辰一は甚五郎を元の姿に戻した。

 銀の獅子――

 そして獅子の姿となった甚五郎に青龍の札を貼り、
「メイドさんを傷つけないように! いいね、甚五郎!」
 銀の獅子はこくりとうなずいた。

 鬼が、完全に絵画から脱け出した。
 大人五人分ほどの大きさは軽くあるだろうか――
 地が響くような咆哮。
 足下に溶剤がまかれている。鬼の足がしゅうしゅうと煙をあげている。
「効いてる……溶けるまではいなくても、ダメージを与えてる……」
 シュラインはつぶやいた。
 鬼はその手にメイドをわしづかんだまま、そのメイドを叩きつけるかのように一番近くにいたデルフェスに腕を振りかざした。
 デルフェスが――
 換石の術を、メイドに向かって放った。
 換石の術。それは任意に相手をダイヤモンドよりも硬い石に変える技。
「これで、メイド様が落とされても大丈夫ですわ!」
 デルフェスは声をあげた。
「よし、甚五郎行け!」
 辰一が式神をけしかける。
 青龍の力を持った甚五郎が、雷撃を放った。
 ずん、と重い音がして、鬼の首が曲がる。
 しかし鬼はメイドを手放さなかった。
 シュラインが――
 スプレーに入れた溶剤を、鬼に向かって噴射した。

 しゅうしゅうと、溶剤がかかった部分が煙を立てる。
 鬼が咆哮をあげて、シュラインに向かい腕を振り上げた。
「ちっ!」
 草間が銃を取り出し連射する。鬼の指に当たり、鬼の動きが止まる。
「あ、ありがとう武彦さん」
「いい、気をつけろ」
「でも今ので分かったわ。狙うわ――あそこ!」
 シュラインはスプレーで狙いをつけて――
 メイドをわしづかんでいる鬼の指に噴射した。

 鬼が咆哮をあげる。

 鬼の指が開き、メイドが落下した。

 樟葉が両手に魔力を帯びた扇子を一組持ち、日舞のように舞いながら鬼の気を引こうとする。
 同時にデルフェスが、ミスリルの手で鬼の足を叩く。
 二人で、シュラインがまいた溶剤の上を鬼が歩くように導いて。

「甚五郎、メイドさんを保護して!」
 辰一の命ずるままに甚五郎はたっと駆け出し、ダイヤモンドより硬いメイドを口にくわえて戻ってくる。

 紫鶴が舞をやめていた。
 フランシスが駆けてくる。
「やっこさん、なかなかでけぇじゃねえか」
「あとは絵画に押し戻すだけですが……!!」
 メイドを取り落として、鬼はその凶暴さを増していた。
 岩をも砕きそうな腕を振り回す。
「!!」
 デルフェスが打ち飛ばされた。
「デルフェス殿!」
 紫鶴が叫ぶ。
 デルフェスはむくりと起き上がり、
「……服が汚れてしまいましたわ」
 とだけつぶやいた。
 樟葉の舞は確実に鬼の意識を寄せる。
「西方守護獣、白虎!」
 辰一が鋭く叫んだ。とともに、
 白虎の咆哮が辺りを埋め尽くし、突風が吹き荒れた。
 鬼が動きを乱す。
 辰一が甚五郎に白虎の札を貼り付け、甚五郎の肉体が鋼鉄化する。
 甚五郎はそのまま突進した。鬼に思い切り体当たりすると、鬼はよろめいた。
 シュラインが再びスプレーを噴射する。
 しゅうしゅうと鬼の胴体が煙をあげる。
 シュラインに向かいかける鬼の意識を、甚五郎とデルフェスが無理やり振り向かせる。
 何より紫鶴の舞がない今、樟葉の舞が一番鬼の意識に残るようだった。
「おい、姉さんよ――」
 フランシスが樟葉に呼びかけた。「このヒトガタ、あんたが持ちな」
「私が?」
 舞いながら樟葉が声をあげる。
「あんたが一番鬼の意識を奪ってる。あんたが渡すのが一番だ」
 フランシスは辰一が神社で清めてきた人形を樟葉に投げてよこした。
 シュラインが、超高音をその特異な声域で放つ。
 鬼が動きを止めた。やはり人間には不可聴の音も聞こえるらしい。
 その隙に辰一が再び白虎を召喚し――
 突風が鬼の体を絵画へと押し戻す。
 鬼はすぐに我に返った。その両腕を大きく振り回す。
 片腕はデルフェスにあたり、何事もなく済んだ。
 もう片腕は樟葉を狙い――
「させません!」
 キン
 辰一が樟葉をかばっていた。
 その手に、神社から持ってきた神剣――『泰山』を持って。
「僕も参戦せざるを得ませんね……っ。御神刀である泰山を持ってきて正解でした……!」
 樟葉がその隙に鬼の腕の効果範囲から『転移』で逃れた。
 辰一はぎりぎりと鬼の腕を受け止めていた。力では勝てない――
 と、シュラインが再び超高音を放つ。
 鬼の腕から力が抜けた。その隙に辰一は鬼の腕を斬り払った。
「だめですわ! 鬼は無傷でお願いします!」
 デルフェスが無茶なことを言う。
「ヒトガタ、早く渡せ……!」
 フランシスが、自分は戦闘範囲から完全にはずれた場所にいながら、樟葉に呼びかける。
「鬼よ……!」
 樟葉はやけになったように叫んだ。
「嫁がほしければ、これを差し上げましょう、さあ!」
 人形をかざす。
 鬼の手が迫ってくる。
「……っ!」
 樟葉は直前で人形を空中に放り出した。
 このままでは自分が危険だ――
 甚五郎がすかさず跳んで、ヒトガタをうまく背に乗せる。
「甚五郎! いいぞ……!」
 シュラインの超高音で鬼の動きが止まっているうちに、樟葉は鬼の攻撃範囲から、また『転移』で逃げ出した。
 やがて鬼が――
 がっしと。
 甚五郎の背に乗ったヒトガタをわしづかんだ。

 樟葉が、今度はキャンバスに向かって鬼を導くように舞を始める。
 甚五郎が何度も何度も突進して鬼をキャンバスに追いやっていく。
 辰一が白虎を召喚して、突風で鬼を押しやる。
 デルフェスが鬼の足を平手打ちして、キャンバスのほうを向かせる。

 鬼が、ゆっくりゆっくりと……
 キャンバスに向かっていく。

「注連縄は任せたぜ!」
 フランシスがデルフェスに注連縄を投げよこした。
「仕方ありませんわね」
 いまだに不満そうに、デルフェスはそれを受け取った。

 鬼のつま先が、キャンバスに入り込む。

 ずず ずず……

 くるぶしが、腱が、膝が、太ももが、
 徐々に小さくなりながら……

 樟葉と辰一はキャンバスから離れた。
 甚五郎とデルフェスだけがキャンバスの傍でそれを見守っていた。
 鬼がキャンバスの中へと、ヒトガタを持ったまま再びおさまるのを――

 デルフェスは注連縄をキャンバスにかけた。

 ――……

 キャンバスが、何事もなかったかのように静かに黙り込んだ。

     **********

「ですから、あの注連縄が邪魔ですのよ」
 すべてが終わった後、メイドを石から元に戻し、庭でお茶会をしようと言い出したデルフェスがいまだにぶつぶつ言っていた。
「絵画らしくありませんわ。第一、鬼が実体化するところがよろしかったのですのに」
「じゃあ、必要なときにはずしゃあいいじゃねえか」
 疲れた声でフランシスが言った。
 紫鶴は嬉しそうにお茶会の用意をしていた。最近友人のおかげで、こういうことに手慣れてきているのだ。
「鬼があんたの店とやらで実体化して大変なことになっても知らねえけどな」
「それ以前に、まだ紫鶴さんは鹿沼さんに差し上げるとは言っていませんよ」
「辰一殿、それは愚問だ……!」
 紫鶴が瞳をきらきらさせて、「恩人の頼みだ、断れるわけがない!」
「しかし、あれはご親戚から頂いたもので……紫鶴さんのご親戚はうるさいのではありませんでしたか?」
「黙らせますよ」
 あっさりと竜矢が言った。「今回の報復もしたいですしね」
 ふっと笑う青年に、誰もが恐れをなしたが――
「ま、お前からの依頼は報酬がきっちり取れるから助かるな」
 草間がお茶の代わりにコーヒーを頼んで紫鶴を困らせながら、煙草をふかす。
「メイドは助かり、鬼は封印された。絵画はデルフェスのところに行くと。万事解決だ」
「そうね」
 シュラインが紫鶴が手ずから入れたお茶を嬉しそうに飲みながらうなずく。
「いいえ!」
 樟葉が突然、びしっとメイドを指差し、
「まだ、解決しておりません!」
 どこからともなく衣装トランクを取り出した。
 そして――
「えっ?」
「あっ?」
 二人の人間のきょとんとした声がして、

 その時間、わずか0.1秒。
 災難にあったメイドと、紫鶴の二人が、樟葉奥義早メイド服着せ替えによって――
 樟葉好みのロングスカートメイド服へと着せ替えられた。

「ふ、服、服は……?」
「ふふふ。ご安心を、男性には分からないように着せ替えましたから」
「……見えませんよ」
 竜矢がはあとため息をついた。「姫がメイド服……」
「なあ竜矢、似合うか?」
 紫鶴は楽しそうだった。……まだまだ子供だ。
 その場が朗らかな笑いに包まれた。

 鬼の封印されたキャンバスの注連縄が、風に吹かれてかすかに揺れた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2029/空木崎・辰一/男/28歳/溜息坂神社宮司】
【2181/鹿沼・デルフェス/女/アンティークショップ・レンの店員】
【5515/フランシス・―/男/85歳/映画館”Carpe Diem”館長】
【6040/静修院・樟葉/女/19歳/妖魔(上級妖魔合身)】

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■         ライター通信          ■
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空木崎辰一様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は少し異色のシナリオだったような気もするのですが、いかがでしたでしょうか?鬼を倒す方面にはいかなかったので、辰一さんには本気で戦ってもらえず残念です。
また、よろしければお会いできますよう……