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<東京怪談・PCゲームノベル>


汐・巴の一日







【序章】



 ――――気付くと彼は、その空間に足を踏み入れていた。

「此処は……」
 驚きと共に彼、櫻・紫桜は辺りを見回して思わず呟く。
 その空間は成程、神秘に慣れ親しんでいる彼をして瞠目に値する風景だった。





 例えば左手には竹林と、豪快に水を吐き出す滝が在り。


 例えば右手には高層の摩天楼と、その周りを固めるように広がる小さな砂漠が在る。


 ――――和洋折衷、どころの話ではない。



「悪くは、無いが……」
 その奇天烈な空間の中に内在する美しさを認めながらも、彼の疑問は氷解しない。
 そもそも………自分は誰かに会うため、街中を歩いていたのではなかったか?
(いや……)
 と、そこで小首を傾げる。何かがおかしい。
 もしかしたら自分が歩いていたのは、山奥の獣道では無かったか?
 曖昧な記憶。確かなのは自分が、一人の退魔師に会いに来たという事実のみ。
 それは。
(……なんて、諧謔)
 自重するように心の中で呟いて、思考を切り上げる。雑多な頭を数瞬でクリアにする。



 この空間に「彼」が居るなら良し、居ないなら早々に引き上げるだけである、と。

「……行くか」

 己を納得させるように頷いて、彼は再び歩を進め始めた………






【1】



「おや?君は確か……紫桜。櫻・紫桜だったな!」
「どうも……お久し振りです、巴さん」
 にこやかに笑いかけてくる黒髪の男に、紫桜は会釈しつつ微笑を返す。


――――巴は、存外簡単に見つかった。

巴を探しつつ歩いていると、本を読んでいる男に呼び止められたのである。
澄んだ青い瞳を持つ、金髪の青年であった。



『あれ?紫桜君、こんなところで何をしているんだい……へぇ、巴に?』


彼は、一方的に会話を展開して。


『あいつは奥の森の入り口に居るはずだよ。拗ねてるかもしれないから、適当に付き合ってやってくれ』


中性的な、美しい微笑を咲かせて紫桜を見送った。




「……というわけで、貴方の相棒の魔術師さんが教えてくれました」
「ふん。いかんな紫桜、あんな馬鹿と会話するのは人生の無駄だぜ?」
 は、と鼻を鳴らしながら巴は紫桜の説明を聞いて言葉を紡いだ。
 どうにも、本当に拗ねているらしい。
「それで……つまるところ君は、なんとなく俺に会いに来たのか?」
「ええ、それだけは覚えているんですが…どうにも、途中経過が曖昧で」
「そう云う所だからな、此処は……とにかく、結果を重視してプロセスを軽視しやがる」
 釈然としない顔で言う紫桜に、軽く鼻を鳴らして巴が応えた。
「妙なところに住んでいるんですね……」
「まあ、な。色々と便利な面もあるしさ……目の前に広がる森なんかも、その一つなんだが」
 すらすらと応対していた割りに、歯切れ悪く巴は締めくくり正面を向く。
 そこには、巨大な森の入り口があった。
「この森が、何か?」
「うん、まあ……様々な場所に獣が住まう、修行や稼ぎにうってつけな処なのだが」
 ふう、と観念したように息を吐いて、彼は事情を説明する。
 ………聞いてみれば、いかにも単純な話であった。
「はぁ……成程、だからさっきセレナさんが巴さんは拗ねているかも、なんて言ってたんですね」
「……あの野郎は後で死刑だな。ともあれ、そんな訳で困っているんだが―――」
 どうしたものか、と困ったように視線を中空へ彷徨わせる巴。
 やがて、その視線が目の前に立っている男子高校生へと帰結する。
「ど、どうしました?」
「いや、名案を思いついたところだ」
「それは……」

 巴が、笑顔を見せる。
 

「紫桜、これから暇か?」
「え?ええ、それは巴さんのところに遊びに来たんですから……って」
「ああ、そうだ。この先の道行きに、ちょいと付き合ってくれないかな?」
「唐突ですね……別に、構いませんけど」
「本当か!?」
「ええ。巴さんと行くなら安心ですしね……こういった趣向も、面白いでしょう」
 快く申し出を受諾する紫桜。
 その人の良い微笑を見て、巴が喉の奥から声を出して彼の肩を叩いた。
「ありがたい!それじゃ早速行こうか!後でパフェでも奢ってやろう」
「……多分それも、好意から言ってるんですよね」
「ははは、当然じゃないか」
「楽しみにしています………」
 何故か、探索の始まる前から微妙に肩を落としつつ。
 櫻・紫桜は、巴と共に森の奥へと足を踏み出した。








【3】



「……それにしても、探索のし甲斐がある場所ですね」
 はぁ、と息を吐いてから。
 紫桜は辺りの風景をぐるりと見回して、そんなことを呟いてみる。
「む?」
 半ば独り言であったのだが、前を歩く巴は律儀にそれへと反応してきた。
「まぁ、初めて此処に足を踏み入れればそう思うだろうな……しかしな、紫桜。こちらはまだ森の半分でしかないんだぜ?」
「ああ……」
 そうでしたね、と首肯する。
 まさしく巴の言う通り。自分は未だ、この森の全てを知らぬのだ。
 広がる森の右手と左手で、世界がまるで違うのだと。退魔師は入り口で自分に告げた。
「俺達の今回選んだ左手は西洋風、でしたか」
「然り。ヴァンパイアだろうがジェイソンだろうがなんでもござれだ」
「………後者は、微妙に違うような気がしますけどね」
「前々から感じていたんだが、そのツッコミの才能は大したものだな………と、此処だ。着いたぜ」
 言って、巴がその歩を止める。
 つられて紫桜が前方に広がる景観を見て、ほぅ、と溜め息をついた。
「これは、また…」
 目の前に鎮座していたのは、「城」だった。
 堅固な作りで、年月を経ているだろう現代においてもその構造は崩れていない古城。
 しかしアクセントと言うには十分過ぎるほどに、その身を蔦が覆っている。
「帰りのことも考えると、探索は此処で終了だな……いや、先程のピラミッドは骨が折れた」
「ピラミッドの中でスフィンクスに遭遇するとか、色々と間違ってましたからね……」
「そう言うなって…さ、行くぜ?」

 
―――既に森を探索して数時間。
 巴が前もって言っていたように、そこで遭遇するトラブルはとかく刺激的で、危険であった。
 

 外観からして、目の前の古城は今回の探索の締め括りに相応しいものだった。
「さて……それじゃ、始めようか」
 目を細めながら、入り口に到達した巴が紫桜を見て呟く。
 静かに紫桜が頷いたのを見てから、巴はおもむろに城――扉は開いている――へ足を踏み入れた。



 瞬間。
「む?」
「お?」
 踏み出した床に複雑な文様が現れ、二人を絡め取る!
「ちぃ……疲労でカウンタ・トラップへの配慮に欠けていたか!」
「巴さん!」
「落ち着け紫桜!こういうときは、呼吸をラマーズ法に切り替えてだな…」
「貴方が落ち着け――――――!?」
 斯様な事態においても、律儀に突っ込みは忘れない。
 色々と駄目だなぁ、などと脳裏の片隅で考えつつ。二人は光に包まれていく。



 光が収まったとき、二人は『違う場所に居た』。

 城のエントランスホールとは似てもぬつかぬ、冷たく古い石の壁が視界を覆っている。

 油断無く己の剣を抜き放っていた巴が、陽気な空気を隠して眉を顰めた。
「……これは」
「転移系の魔術罠、ですか?」
「だろうな……おそらく―――」
 冷静に体勢を立て直しながら、背中を合わせて会話する。
「………此処は、さながら牢屋か。どうやら城の地下へ送られたらしい」
 ……前述したように、周りは冷たい石の壁と、鉄格子。
 そこを牢屋と評したとて、何の問題があろうか。
「ええ、おそらくは城の地下でしょうね……それは、いい」



 そう。
 問題が、あるとすれば。
「しかしアレだな、紫桜。歓迎の用意までされていると、感動で俺は泣けてくるよ」
「……同感です」
 二人で仲良く嘆息し、“面倒な状況”に肩を竦めてみる。
 
―――――問題は、自分達の周りから聞こえる粗野な息遣いであったのだ。


「見えるか、紫桜?」
「ええ……牛の頭の亜人。粗末な棍棒を持っていますね」
 巴を背中に感じながら、紫桜は厄介な事態に目を細めた。
 ……ミノタウロス。牛の化物に、自分達は囲まれている。
「まだ、戦えるか?」
「可能です」
「素晴らしい。無駄な気遣いは?」
「不要です。共に全力で駆け、上へ戻りましょう」
「………うう、今日の相棒は色々と完璧だぜ」
 よよよ、と泣き崩れる巴の気配に、思わず苦笑する。
(それでも、手は抜いていないのだから恐れ入る)
 同時に巴から膨れ上がる殺気。そのギャップは苦笑を引き起こすが、しかし頼もしい。

 ―――包囲の輪が、狭まってきた。

「巴さん!」
「任せろ――――!」
 ひゅっ、と敵の数匹が襲い掛かってくる動きに呼応して、巴が懐から取り出した札を四方へ飛ばす!
 寸分違わず敵に命中したそれは、貼り付いた対象を巻き込んで爆発した。
 爆音が轟き、煙が立ち込める。
「グ…!?」
 化物の群れが躊躇した、その一瞬。


 弾丸の如き速度で煙を裂き、紫桜が敵包囲の一角へ突進した。
「オオ……!?」
「はあああああ!!!」
 だん!と敵前で大地を踏み鳴らし、その挙動と同時に肘を打ち出す。
 鋼の如き強靭なミノタウロスの胸板が、文字通り『打ち抜かれた』。
「さあ、逃げるぜ!」
 そこに、バスタード・ソードで斬りかかる巴が加わり陣の綻びを穴へと広げる。
「逃げ切りますか!?」
「まさか!とりあえず一階のエントランスへ出るぞ!」
「了解です!」
 併走しながら、短く二人で頷き合う。
 道に迷い、或いは壁を強引に破壊しながら。二人は一目散に上へと逃げて行った。




【4】

「だああああ、しつこい!」
「舌を噛みますよ、巴さん!」
 だだだだだ、と漫画のような擬音が背後から聞こえてくる状況の中、ひたすら走る。
 逃走の甲斐あって、彼らは一階へと到達していた。
「少しは撒けるかとも思ったんだが、存外にしぶといな!」
「とにかく、あれを抜ければ大広間のようですよ!行きましょう!」
 僅かに光の差している前方の扉へと、転がり込むように入る。
 さて行くか退くか、と改めて思案しようとして、視線をふと上げる。
「あ……」



 ―――なんとも、ご都合主義の具現であろうか。
 城の出口を塞ぐように、一際大きなミノタウロスがこちらを睥睨していた。
「……じきに、後ろからも来るか。紫桜、どちらをやりたい?」
 ち、と舌打ちして巴が訊いて来る。
 そこに諧謔の色は無く。それなりに苦境であると、紫桜にもとうに知れていた。
「では、目の前のデカブツを。巴さんは後ろの雑魚をお願いします」
「あいよ」
 任された、と言外に告げながら巴は後ろを向いて構えを取る。
 同時に、す、と紫桜へ剣が差し出された。
「使え。それなりに気を増幅してくれる」
「無茶苦茶ですね?」
「元より名をバスタード、雑種だ。なに、使い勝手は悪くない」
「では………」


 返礼、のつもりであったのか。


 一瞬だけ紫桜は目を瞑り、虚空から抜き身の刀を『取り出して』、巴に差し出した。
 巴の驚く気配を感じて、くすりと笑う。
「これは……」
「俺の異能の一つです。切れ味は保証しますよ」
「良いのか?」
「リスクは大きいので、短時間で決めて下さい……ええ、その程度には信頼していますよ」
「は……これは、嬉しいことを言ってくれるな」
 
………後続のミノタウロスが追い付いて来た。
挟み撃ちされた格好となり、背中合わせで二人は語る。
「オーケイ、任された。死ぬんじゃねぇぞ?」
「それは、お互いに!」
「違いない!」
 闘志を確認するように叫んで、同時に、逆方向へ加速する!
「ふっ!」
 巴から託された剣を手に、紫桜は巨体のミノタウロスと対峙した。
「オオオオオオオオ!!」
 常人なら硬直してしまうだろう咆哮と共に、敵が棍棒を振り回してくる。
「はっ……」
 此処に来るまでに、相当の体力を消耗した。
 攻撃をすんでのところで受け流し、避け、或いは少しだけ身に喰らう。
「……ちぃ!」
 隙を見て紫桜は反撃するが、敵も伊達ではない。
 頭の悪そうな要望と裏腹に、正確な動きでこちらの攻撃を弾いて来る。
(こいつは……中々、どうして!)
 胸の内で歯噛みする。



 隙が、必要だ。


 敵が一瞬でも停滞していて、こちらも一瞬でも多く気を整えられる時間が。
「はああああああああああああ!!」
 後ろからは、ミノタウロスの悲鳴と巴の気勢を吐く声。
 今日背中を任せた急ごしらえの相棒は、命を賭して己の役割を果たしてくれている。
(ならば……)
 ――――自分も、覚悟を決めてかかるしかない。
 にやりとシニカルな笑みを浮かべながら、敵の攻撃をやり過ごす。
 そして、故意に敵が攻撃しやすいよう僅かな隙を残した。
「オオオオオオオ!!」
 それを見逃さず、敵が棍棒を打ち下ろしてくる。
 剣を持つこちらの片腕が。そのガードに間に合わないと見越しての攻撃だった。
「は……ああああああ………!!!」
 ひゅっと息を吐いて、紫桜は剣を持っていない、もう片方の腕をその軌跡に持ってくる。
 それを見て巨大ミノタウロスが嘲笑した。


 無駄だ、と。



 …………がっ、と音がした。


「……!?」
果たして、瞠目したのは牛の化物。
彼の放った最高の一撃は――――気を、不退転の覚悟を込めた紫桜の腕が止めていた。
「グ!」
「当てが外れたか、化物」
 慌ててミノタウロスは棍棒を引き戻そうとするが、遅い。


「……我が腕、鋼を超える盾と成り」


 そこへ、


「脚、鋼を穿つ矛と成す!」

 渾身の力を込めた、紫桜の回し蹴りが炸裂した。
「ガアアアアア!?」
「崩れたな、ミノタウロス」
 膝を突き穴の開いた身体を抱くミノタウロスへ、紫桜の剣撃が飛ぶ。
「ギャ」
「遅い」
 ……此処に、強敵の打倒が完了した。
「よぅ……倒したか、紫桜」
 声に振り向けば、屍の山の中央で立ち尽くす黒い退魔師が視界に入る。
 返り血に濡れながら、彼は喧嘩に勝った子供のように笑っていた。
「ええ、なんとか」
「そいつは重畳……ほれ、返すぜ。とんでもない切れ味だな、こいつは」
 呆れとも感嘆ともつかない台詞と共に、紫桜の『刀』を放ってくる。
「役に立った用で幸いです……さて、帰りましょうか?」
「ああ、そうだな。いささかスリリングに過ぎたが……どうだ、暇つぶしにはなったろう?」
「それは否定しませんがね……」
 平常の会話を取り戻しながら、二人は疲れた足取りで城を後にする。
 ………確かに、紫桜にとって予想外の展開ではあった。
「もう少し楽な、遊覧気分な暇潰しになると思ったんですけどね」
「ははは、そいつはすまん。どれ、その埋め合わせに甘いものをたんと奢ってやろう!」
「溝が深まってるじゃないですか」
「……ごくたまーに、毒舌になるね、紫桜」
 などなどと、他愛の無い、しかし不快を覚えない会話をしながら。のんびりと、帰還する。
 本当に、悪くない暇潰しだと言うことは出来た。





 ……それから先は、これまた他愛も無い。
 やんわりと断る紫桜を巴が自分の住処へ引っ張っていき、『食事』をご馳走した。
「さあ、遠慮は要らないぞ紫桜!どんどんやってくれ!」
「と、巴さん……俺、そろそろ帰…」
「巴、紫桜君、少し泣きそうに見えるのは僕だけかな」
「セレナさんも見てないで助けるか食べるかして下さいよ!?」



 ――――巴のご馳走が、暇つぶしと言うよりは拷問の類であったこと。
 それを最後に記して、此度の物語はその幕を閉じよう。



                           <END>








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5453 / 櫻・紫桜 / 男性 / 15歳 / 高校生】






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■         ライター通信          ■
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 櫻・紫桜様、こんにちは。
 ライターの緋翊です。この度は「汐・巴の一日」にご参加頂きありがとうございました!

 今回も戦闘系、加えて巴もある程度の信頼をして頂けているようで、折角なので紫桜さんの異能を披露させて頂きました。セレナとも面識があるので、少しばかり彼の出番を用意しつつ……どれくらいの毒舌使いなのだろう?などと思案しながら鋭いツッコミを巴に対して入れさせてみたりと、今回も楽しみながら書かせて頂きました。
 楽しんで読んで頂ければ、幸いです。


 では、またお会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、ノベルへのご参加ありがとうございました。

                          緋翊