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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


飲みすぎ親爺のとっくり

「そのとっくりについて、話を聞いてみるかい?」
 アンティークショップ・レンの美しき店長は、面白そうにひとつのとっくりを指差した。
「そのとっくりにはねえ……霊が取り憑いているのさ」
 ――霊――?
 蓮はとっくりを手にとり、その中に傍にあった花瓶の水を注ぎ込む。
 そして、とっくりをくるっと逆さまにした。
 こぼれる――
 かと、思いきや。
 蓮はとっくりを逆さまにしたまま振ってみせる。
 ……何も出てこなかった。
 蓮がとっくりを手渡してくる。中を覗いてみると、入れたはずの水もない。
「飲んだくれの親爺さんがいてねえ」
 蓮は腕を組んで、くすりと笑った。「酒が好きで好きで仕方がなかった。飲みすぎてころりと逝っちまった」
 ――それで――
「そのとっくりは、その親爺さん愛用だったのさ。まあ、入れる液体はすべて吸い込んじまう。それはそれでいいんだけどねえ……」
 困ったことに――と蓮は机に置いた愛用の煙管を手に取った。
 ぷかり。煙が宙に浮かぶ。
「――親爺さんの孫がねえ。そりゃあかわいい子供なんだけど、ちゃんと成仏してほしいって泣いてとっくりを抱えていたのさ」
 そこを見つけて、とっくりを預かったんだけどねえ――と蓮は煙管をこちらに向けてきた。
「どう思う? 親爺さんの霊を除霊するか、孫を説得するか……」

     **********

「入れた液体を全て吸い込むとっくりねぇ。持ち主の親爺さんに似たんじゃないのか? こいつ」
 門屋将太郎(かどや・しょうたろう)はそう言って、しげしげととっくりを眺めた。
「持ち物には持ち主の思念が宿るって聞いたことがあるから、これもそうだろ」
「というか……ご本人が宿っていらっしゃるのかと」
 加藤忍(かとう・しのぶ)が横からとっくりを覗きながら言った。
「とっくりに宿ってまで現世に残られるとは、まだ、飲み足りないのでしょう」
「ふむ……なるほどね」
 忍の隣でふむふむと長身美青年がうなずく。
 玲焔麒(れい・えんき)。彼は天狐である。
 忍は忍で、実は泥棒だったりするが、お互いにお互いの素性は内緒だ。
 将太郎については、臨床心理士というまっとうな仕事があるが、事務所代わりの家は閑古鳥が鳴いている。
「私自身はどうしようもない下戸ですが、多少なりとも御力添えできると思われます」
 焔麒が言う。
 三人は、蓮に召集をかけられた者たちだった。
 三人の傍には、蓮に呼ばれた親爺の孫がいる。男の子で、六歳ほどだろうか――とっくりを見ては、ひぐ、ひぐと泣きそうになっている。
「可愛い孫のお願い事、叶えてあげますか」
 将太郎が孫の頭をなでながら言った。
「待ってください」
 焔麒が口を挟む。「その御老がお亡くなりになられてからどのぐらい経ちますか?」
「どのぐらい……?」
 孫がひぐひぐしゃくりあげながら問い返す。
「もしかして四十九日がまだ終わっていないとか。もしそうなら、それまで御老の好きにさせてあげることをお薦めします」
「しじゅうくにちってなに……?」
 孫が問いかけてくる。
「仏教では、四十九日目にお亡くなりになった方の行き先が決まるのですよ。輪廻転生、ですね」
 忍が優しく答えた。
 孫が首をかしげる。意味が分からなかったらしい。
「死んでから四十九日間は、まだじいさんはこっちの世界にいるってこと……になるか」
 将太郎が、自分で言ってうーんとうなった。
「ボウズ、爺さんが死んでから何日経った?」
「ふえ、ふえ……っえっと、昨日、何だか皆で集まって、じっちゃのイハイを何かしてた」
「……四十九日が昨日で終わったようですね」
 焔麒がふうとため息をついた。
「やれやれ……法要が終わるまでは、毎日お酒をそそいであげるのもよいと思ったのですが……」
「そうだなあ、四十九日ぐらいはなあ」
 将太郎がうんうんとうなずく。「だがまあ終わっちまった。ここはこのかわいい孫の願いを叶えてやろうじゃないか?」
「酒でお亡くなりになった人だから、それこそ酒を絶って昇ってほしいのは解りますがね……」
 焔麒は残念そうにそう言った。「どうしても酒は……とおっしゃるのなら、神棚にそのとっくりを備えて毎日白湯でも差し上げるのがよろしいのではないでしょうか?」
「ひくっ。でも、ジョウブツできなきゃいけないって、みんな言ってた……」
 孫は悲しそうにすすりあげる。
 焔麒は慰めるように、孫の頭を優しくなでた。
「まずは爺さんの話を聞かなきゃあな」
 おい、と将太郎はとっくりに話しかけた。
「親爺さん、聞こえるか? お前のお孫さんがな、ちゃんと成仏してほしいってさ。それほど心配してもらってるんだから、素直に成仏しろよ」
『嫌じゃ』
 どこからともなく声が聞こえた。
 突然のことにうおっと将太郎はのけぞったが、
「即答かよっ!? 嫌だぁ? ちゃんとした理由を言えよ!」
 むきになって問いかけなおす。
 そして返ってきた言葉に悲鳴じみた声をあげた。
「日本中の銘酒を飲みまくりたいだぁ!? そんなの無理だ! 酒代や交通費だけでもいくらかかると思ってるんだよ。うちの財政事情を知らないからって言いすぎだ!」
「無茶なおじいさんですねえ」
 忍がのんきに言い、
「やれやれ……」
 と焔麒がため息をついた。
「じっちゃ! ジョウブツ、しなきゃ駄目だよう!」
 孫がひぐひぐと泣き出す。
 将太郎はその頭をぽんぽん優しく叩きながら、
「液体なら何でもいいんだろ? だったらお前さんの使い道あるぜ。外に置いてやるよ」
 にやりと笑った。「ここんとこ雨続きだから液体飲み放題だぜ」
『嫌じゃ!』
 どこからともなく声が聞こえた。
「それが嫌なら孫の言うこときいて、さっさと成仏しろよな」
『嫌じゃ!』
「それしか言うことがないんですか……」
 やれやれ、と焔麒が再度ため息をつく。
「まったく、わがまま爺さんだったんだなあ、ボウズの爺さんは」
「お酒以外では、優しかったよ……ぐすっ」
 孫は孫で、祖父が好きだからこそこんなことを言っているのだ。
「さて私ですが」
 忍が突然言い出した。「一般市場に出回っていない大吟醸日本酒を用意してまいります」
「え、お前さんどうやって」
「気にしないでください」
 そう言って忍はぱっとアンティークショップ・レンを出て行き――
 小一時間もしないうちに戻ってきた。
「まずは一献。私もご相伴に。皆さんも一緒にいかがです」
 とりだしたるは見たこともないような大吟醸。
「おお、いいなあ」
 将太郎が言い、
「私は遠慮します」
 苦笑しながら焔麒が軽く手を振った。
『おおおお!』
 どこからともなく声が聞こえた。
「お、初めて違う言葉出しやがった」
 将太郎が、蓮に頼んで用意してもらった杯に大吟醸を注ぎながらとっくりを見る。
『くれ! わしにもくれ!』
 はいはいとのんきに忍がとっくりに酒を注ぎいれた。
『うまいっ』
「……本気で酒好きなんだなあ、親爺さん」
 将太郎が呆れたように言った。
「ひぐ……お酒さえあれば何でもいいって言ってた……ひぐ……」
 孫はまだ泣いている。祖父の声が聞こえるせいで余計に悲しくなってきたのかもしれない。
 とっくりの中身はあっという間になくなった。
 酒を飲んでいる忍や将太郎の代わりに、焔麒が酒を注ぎ足した。
 ……入れても入れてもとっくりは吸い込んでいく。
「しかし、いい飲みっぷりですね」
 忍が感心したように減っていく一升瓶の中身を見る。
「私のほうはあまり進みませんがね。横で泣いている方がいるのに美味しく飲めません。酒は皆で楽しく飲まなければ」
「いや、ボウズはどの道飲めないからな?」
 将太郎がつっこんだ。
 場の雰囲気というものがありますから、と忍はのんびり言った。
「お孫さんのためにも、現世での酒盛りは今日でおしまいにしては?」
『嫌じゃ!』
「あ、また元に戻りやがった」
 将太郎がとっくりをつつく。
 焔麒が、将太郎の杯にも酒を注ぎ足す。
「しかし、話に聞くところによると、あの世にはこの世で飲めないほどうまい酒があるらしいですよ。甘露、神酒、など呼び名は色々ありますがね」
『なに?』
 とっくりが反応した。かたりと揺れたのだ。
 孫が、びくっと震えた。震えながら、一生懸命言った。
「じっちゃ、じっちゃ! あの世にもおいしいお酒あるんだって! ねえ、ジョウブツしよう?」
「あなたも、お孫さん」
 焔麒がふと、不思議そうに、「なぜそんなに成仏させたいのですか? おじいさんが好きなら、いてくれたほうが嬉しいのでは?」
「だってじっちゃ、ジョウブツしたら、あの世でもっと幸せになれるってお母さんが言った」
「お母さんか……」
 本当は祖父を亡くして泣いている孫を慰めるために言ったのだろうが。
 まさかこんなことになるとは、母親も想像していなかったろう。
「これは……やはりお孫さんの言う通りに成仏なさってはいかがでしょう?」
 焔麒がとっくりに話しかけた。
「あの世でもお酒は飲めるそうですし、お孫さんの心も大切でしょう」
『………』
 かたかたととっくりが揺れる。
 じっちゃ、と孫が泣きながら呼んだ。
「じっちゃ、大好きだよ。本当はいてほしいよ。でもね、ジュウブツしたらじっちゃがもっと幸せになれるんだって。おいしいお酒も、あるんだって」
 とっくりが、動きをとめる。
 やがて、
 ぽつりと。とっくりは言った。
『日本中の銘酒を……飲むという夢が……あったんじゃ』
「だからそれは財政事情がだな」
『わし自身もじゃ。実現できんかった。だから心残りで心残りで……』
「この大吟醸では満足できませんか?」
 忍が、今は焔麒が持っている大吟醸を指す。
『………』
 とっくりが黙り込む。
 ねえ、と孫がきょろきょろと面々を見渡した。
「そのお酒、おいしい? じっちゃも喜んでる?」
「うまいと言っていましたねえ」
 忍が答える。
「じゃあ、じゃあもう一本ちょうだい? 僕のお小遣い全部あげるから……」
 孫は――
 ポケットの中から小さな袋を出し、その中に入っている小銭を両手に持って忍に差し出してきた。
「これで、もう一本じっちゃにそれあげて? ねえ、じっちゃもそしたら満足してくれるかな」
 ちゃら……
 少年の手の中で、少ない小銭が音を立てる。
「お孫さん……そのお小遣いは、お母さんからもらったのですか?」
 焔麒が、自身うるみそうな目をこらえながら訊いた。
 ううん、と少年は胸を張った。
「じっちゃのね、お手伝いをしてじっちゃからもらったの。じっちゃはね、古いミンゲイヒンを作るショクニンさんだったんだよ」
 僕、アトメを継ぐの、と孫は瞳を輝かせた。
「もっとじっちゃに教えてもらいたかったな。僕、じっちゃ大好きだったよ」
 将太郎が無言で孫の髪をわしわしと撫でる。
『………』
 とっくりが沈黙している気配が、その場の全員に伝わった。
「……これは、ぜひとも。お孫さんを喜ばせてあげてほしいですね」
 忍が遠い目をして言った。
「跡目を継ぐと言っている。こんなけなげな子供をあまり困らせては……いけませんよ」
「かわいい子です」
 焔麒がうんとうなずいた。
「どうするよ、親爺さん?」
 将太郎はとっくりに訊いた。
『……わしは……』
「では、あと一本」
 忍が少年のなけなしのお小遣いに手を伸ばしながら、
「あと一本。もう一種酒を手に入れてまいりましょう。このお金と引き換えに……どうです、それで終わりにしませんか」
「え、お金を……頂くのですか?」
 焔麒が驚いたように忍を見た。
「当然です。お孫さんが自ら出されたお金ですからね。それで買ってきたお酒ともなれば……おじいさんももう言葉もないでしょう」
 忍は静かに言った。
『………』
「お酒くれるの!? やった!」
 孫は喜んで忍にお小遣いを渡した。
「お前……いい子だなあ」
 将太郎が抱きしめそうな勢いでわしわしと孫の頭を撫でる。
 孫はくすぐったそうに、「やめてよおにいちゃん」と笑った。
 忍が姿を消した。
「今度は何を……」
 心配そうにつぶやく焔麒の傍で、とっくりがかたかたと揺れる。
「ああ、お酒……まだ残っていましたね」
 焔麒がとっくりに大吟醸を注いだ。
 心なしか、とっくりの中身が減るのが遅くなった。
 忍が戻ってくる。
 ――手には、酒瓶ではなくコップを持っていた。
「おい、何持ってきたんだ?」
 将太郎に何も答えずに、忍はとっくりにそのコップの中身を注いだ。

『………』

 とっくりが、
 かたり、と揺れて。

『……分かった。皆、ありがとう』
 わしは逝く――と。
「じっちゃ!」
 孫が再び泣き出しそうになった。
「じっちゃ! 幸せになってね、幸せになってね……!」
『ああ……お前もな』
 そうして……

 きら……

 とっくりからひとすじのきらめきが天に昇り、
 やがてとっくりから、今まであった気配が消えた。

「じっちゃ、幸せになったんだね、ねえそうだよね?」
「ああ、もちろんだ」
 将太郎が笑う。
「ところでお孫さん」
 忍がポケットから何かを取り出した。
 ちゃら、と音を立てたそれは、先ほど孫から受け取ったお小遣いだった。
「おじいさんから、お礼だそうですよ。受け取ってくださいね」
「え?」
「おじいさんがありがとうと言っていたでしょう」
 有無を言わさず孫の手に小銭を握らせる。
「そ、そっか。じっちゃなんだ」
 えへへ、と嬉しそうに孫は笑った。
「じっちゃから、最後のお小遣いだ」
「そうですね」
 焔麒が微笑んだ。
 そうして、孫は「ありがとね!」と笑顔で店を出て行く。
「おい、何の酒持ってきたんだ?」
 将太郎が忍の手にあるコップを気にしながら訊いた。
 コップにはまだ少し、液体が残っていた。
「飲みますか?」
 忍に差し出され、将太郎は残っていた一口を飲み干した。
 そして、
「――お湯じゃねえか!」
「白湯と言ってください」
 忍はすまし顔で、
「おや、大吟醸はまだ残っているようですね。では今度こそ美味しくいただきましょう」
「素晴らしい」
 焔麒が感心したように言い、忍の杯に大吟醸を注ぐ。
「うまくやったねぇ」
 ひょい、と蓮が店の奥から顔を出した。
「ああ、どうぞ蓮さんもご一緒に」
「ありがとう。頂くサ」
 将太郎もそれに乗り、三人がゆっくりと酒を飲み干していく。
「うまい。……あの笑顔、いい笑顔だったな」
「私はあの笑顔だけでもうお腹がいっぱいです」
 焔麒が笑った。

 それぞれの記憶の中心で、
 帰っていった孫の輝く笑顔が花咲いていた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1522/門屋・将太郎/男/28歳/臨床心理士】
【5745/加藤・忍/男/25歳/泥棒】
【6169/玲・焔麒/男/12歳/薬剤師】

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■         ライター通信          ■
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門屋将太郎様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も依頼にご参加頂き、とても嬉しいです。
今回はお話だけでストーリーが進んでいくタイプのシナリオでしたがいかがでしたでしょうか。
喜んでいただけましたら幸いです。またお会いできますよう……