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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


猫ねこパニック!?

 ある日、仕事から帰ってきた草間武彦は、
「あーあー雨に濡れちまった。おい零、タオル――」
 言いながら自分の営む興信所の扉を開け――
 ぎょっと立ちすくんだ。

 にゃーにゃーにゃーにゃー

 猫の大合唱。

「な、何だこりゃ!?」
 軽くニ、三十匹はいる小猫に埋め尽くされた事務所で、草間は妹の零の姿を探した。
「あっ、兄さんお帰りなさい」
 零が奥から小皿を何枚も持って出てくる。
「ねえ兄さん、小さい猫ちゃんってどんなものを飲ませればいいのだっけ」
「いや知らないが……ていうか何だ、この猫の大群は」
 拾ってきたのか? と尋ねると、零はばつの悪そうな顔をした。
「雨の中で濡れてたから……でもね兄さん」
「ん?」
「一匹だけ。一匹だけだったのよ。私が拾ってきたのは」
「はあ?」
 じゃあこの小猫の大群は何だ――と聞きかけた草間は、ふと気づいた。
 どの猫も――1体も柄が違うものがいない。まったく同じ柄の猫ばかりだ――
「ま、まさか……」
 こわばった顔で妹を見ると、
 零は沈痛な顔でうなずいた。
「……分裂、しちゃったの。どうしよう……兄さん……」
「―――」
 草間は天井を仰いだ。
 にゃーにゃーにゃーとうるさい猫たちの合唱が、彼の世界を埋め尽くそうとしていた……

     **********

 草間興信所の事務員、シュライン・エマは、買い物から帰ってくるなりどさりと買い物袋を取り落とした。
 にゃーにゃーにゃーにゃー。
「ね、猫ちゃん……」
「シュライン? お前も雨に濡れなかったか」
 婚約者の草間武彦が訊いてくる。が、そんなことも耳に入らず、
「ああ……猫ちゃん……!」
 シュラインは両手を握り合わせ、至福の声をあげた。
 草間零から詳しい事情を聞き、うんうんとうなずいて、
「これは、お世話してあげなきゃね。ねえ、武彦さん」
「……俺の世話もしてほしいんだが……」
 草間はぼやくように言ってきたが、さすがに今回ばかりは、シュラインの耳には届かなかった。

     **********

 こういう困ったときにこそ、やたら人が集まってくるもので。

 俺は草間武彦。一応この草間興信所の所長だ。
 所長なんだが、あまり大切にされていない気がする……のは置いといて。
 零が拾ってきた猫が分裂した。数えられないほどの数に。
 そして今、俺の事務所はその世話に追われる人間があたふたと右往左往している。
「まったく、なぜ俺が……」
 ぶつぶつ言いながら小猫の世話を焼いているのは紫東暁空(しとう・あきら)。
「あ、こら、そっちまで行くなーー!」
 あっぷあっぷと小猫の群れで溺れそうになりながら、変なところへもぐりこもうとする小猫をつかまえる玄葉汰壱(くろば・たいち)。
「にゃー、ねこだらけにゃー」
 猫の大群の中に鎮座して冷静に周りを見渡している、猫耳をした身長四十cmほどのぬいぐるみ……もとい猫神様、ねこだーじえる・くん。
「ナマモノかにゃ? む、あちしはナマモノじゃにゃいにゃ! 猫神で猫? にゃ」
「言ってる意味が分からんぞ、ねこだーじえる……」
 俺はとりあえず、疲れた声でつっこんでみた。
「武彦さん、風邪引かないようにちゃんと乾かしてね」
 婚約者のシュライン・エマは、一応俺のことを気にしてくれているらしいが、それよりも猫の大群が嬉しいらしかった。
「零ちゃん、ご苦労様……あら、この小猫たちもまだ濡れてる……」
 言いながら、近場の小猫を撫で撫でとなでながらタオルで拭いている。
 さらにはどこからか『ひろわないでください』と書かれたダンボールをかぶってやってきた小さな黒髪の少女、伊吹夜闇(いぶき・よやみ)が、
「対抗! ぬいぐるみぱにっく☆」
 三人一組、十小隊の夜闇人形を――海軍仕様のつもりなのかスカートとセーラー服、威嚇のつもりなのか犬耳を装備して――生み出し、小猫を抑えようとしている。
 が、この人形がこれまた弱い。元からなのか急造だからなのか知らないが、夜闇が掌で作って床に落としたその衝撃で一小隊全員気絶するほどの弱さ。
 人形たちは十小隊すべて小猫の遊び道具と化し、作り主の夜闇はひたすらおろおろして、
『だいよんしょうたいぜんめつ〜』
 とか、
『しえんぶっしを〜』
 とか言う人形に合わせて肉球グローブ、首輪、尻尾などを大急ぎで装備させている。
 ……もちろん、何の意味もない。
 それどころか、ダンボールは猫の大好物だ。
「あ、入っちゃだめなのです〜〜」
 夜闇は自分のダンボールの中に小猫が入ろうとするのを止めるのに手間どってしまった。
「おーい、ごはんだぞー!」
 汰壱が小猫に呼びかけている。「かつおぶしまぶしごはんと牛乳だ。にぼしもあるぞー!」
「にゃんこの子供は牛乳は無理。おにゃか壊すにゃ。赤ちゃん用ミルクとか必須にゃ」
 ねこだーじえるが零に「赤ちゃん用ミルクをっ」と言いつけている。
 そうだったのか、小猫には赤ちゃん用ミルクか、とか納得してる場合じゃなくて……
「赤ちゃん用ミルクはないけれど、たしか買い置きの猫用ミルクがあったわね。零ちゃん、持ってきて」
 とシュラインが言っている。それから、
「この小猫はにぼしも猫まんまも食べられないわよ。小さすぎるわ」
「あ〜? せっかく台所から拝借して用意したのによ」
 汰壱が渋々猫まんまとにぼしを下げ、ミルクあげに徹し始める。
「なあ、あんたもミルクやんの手伝ってくれよ」
 と汰壱が言うのを、
「何で俺まで……」
 文句をたれるくせに暁空は面倒看よく手伝っていた。
 そもそも便利屋の暁空は、行方不明の小猫をさがしにやってきたのだ。本当に偶然この興信所に足を踏み入れて、巻き込まれているだけなのである。
『だいごしょうたいぜんめつ〜』
 夜闇の人形が報告する。
「はううう……目が回りそうなのです……そして勝てる気も全然しないのです〜〜」
「いや、勝たなくていいから」
 俺は一応つっこんでおいた。
「分裂かあ……最初の一匹分の食料でまかなえればかなりお得感高いのだけど……」
 言いながらシュラインが、小猫たちを数匹まとめてぎゅーっと抱いた。
「……至福空間……」
 うっとりと。
 ……どうせ抱きしめるなら俺にしてほしい。
「なあなあ零姉ちゃん、この小猫! これが本体じゃないか? 何となく!」
 汰壱が零にやたらと引っ付きまわる。
 どうもこの少年は零に用があるようだ。まだ子供のくせにこのクソガキ……もとい汰壱は興信所に入ってくるなり『ここに俺の未来の嫁さんが……っ』とかぬかしおってからに。
 零は人間ではないのだが、それを分かってて言っているのだろうか。
 ……どのみち零はやらんぞ、少年。
「くそ……この中に俺の探している猫はいないのか!?」
 暁空がうめくように言う。
 ……この中にったって、元は一匹の猫なんだがなあ。
 そう思い、おそらく暁空の探している猫はここにはいないだろうと予想していたが、……今は人手が欲しいので言わないでおく。
「分裂理由、何かしらね。分裂ごとに体力削られてないか心配……。一体ずつの呼吸音や体温等など確かめて。見たコには確認の印としてリボンつけておきましょ。零ちゃん、リボンある?」
「あ、はい」
「あんた、手伝ってちょうだいね」
「また俺かよ!」
「小猫のためよ。弱ってちゃいやでしょう?」
 シュラインに言いくるめられて、暁空は渋々零が持ってきたリボンを手に一匹一匹を調べ始めた。
 ……とことん律儀なやつだ。
『だいいちしょうたいぜんめつ〜』
 小猫に遊ばれて……もとい小猫と戦っていた夜闇の人形が全滅した。
「はううっ!」
 夜闇がショックを受けたようにうめく。
「元気を出すにゃ」
 ねこだーじえるがぽんぽんとその手で夜闇の肩を叩き、
「にゃんこたち、草間のたけぴーが遊んでくれるにゃ、かかれー!」
「んなっ!」
 なぜかねこだーじえるの言葉は通じるらしい、小猫の大群が一気に襲いかかってきた。
「うわ、うわっ!」
「武彦さん!」
 シュラインが鋭く叫んだ。「小猫をつぶしちゃだめよ! 踏んじゃだめよ!」
 ――今回は猫の味方か!
 しかし実際、猫を踏み潰すのはかわいそうすぎる。俺は非常に苦労をしながら、小猫たちのジャングルジムとなった。
「草間のたけぴー、さすがだにゃ」
 ねこだーじえるがうんうんとうなずく。
 夜闇が懲りずにまた人形小隊を生み出して、
「残った猫の数は少ないのですぅ……! みんな、いくのです!」
 と俺に飛びかからなかった小猫にけしかけた。
「こら、こら」
 作業に没頭している暁空が、俺にしがみつく小猫を優しく引っ張って呼吸や体温を調べようとしている。
 ……俺に飛びつく体力があれば充分だと思うんだが。
 と、そこへ――

「邪魔するぜっ!」

 興信所に入ってきた少年がひとり。
 小猫の大群を見るなり、
「うおおおおおおお!」
 感動の声をあげた。
 そして、小猫の海に突進した。
「ああっ! つぶすな!」
 すでに小猫に感情移入した暁空が止めようとするが、それより先に少年は小猫の海に埋まった。
 まふっ。
「あああ……」
 少年、天波慎霰(あまは・しんざん)は、シュライン並に至福そうな声を出した。
「一回、多量の猫と戯れてみたかったんだ……」
 にゃ〜にゃ〜地獄だぜ〜とか訳の分からんことを言いながら、慎霰は小猫たちに頬をすりよせた。
「あ、こら武彦。お前にはやらん」
 と俺にしがみついていた小猫たちを奪い――
 おもむろに慎霰はその背に天狗の翼を広げた。
 そう、慎霰はそのものずばり天狗だ。元人間らしいが、天狗にさらわれ己も天狗になったらしい。
 天狗の翼を思いっきり広げて、両手に大量の猫を抱え、ソファに座る。
 完全リラックス状態になってやがる。
 シュラインが一匹を捕まえて何かやっていた。――その前足に食紅を塗っている。
 すると――
 他の猫すべての前足が、赤く染まった。
「ああ、やっぱり分裂してるのね」
 シュラインが納得したようにうなずき、そっと食紅をふき取った。
「元の一体が分かればいいと思ったのだけれど、無理みたい……寂しかったり、暖かくて嬉しかったりで増えちゃったとしたら、本体が満足して眠ったりすれば一応落ち着くのかしら」
「にゃ。増えるわかめみたく今後、増えにゃいよね?」
 がくぶると震えながらねこだーじえるが訊いてくる。そりゃ俺が知りたい。
「増えてるようには見えないけれど……増えてるのかしらね?」
「増えてるようだ。リボンが足りなくなってきた」
 暁空が生真面目に答えてきた。
 ひいいっとねこだーじえるが縮み上がった。
「……おい、猫神が猫が増えることで震えるなよ」
 俺はつっこむ。
「想像したんだにゃ。この事務所が猫でぎゅうぎゅう詰めになったところだにゃ……!」
「―――!」
 慎霰が体を打ち震わせた。
「にゃ〜にゃ〜地獄じゃねえか……! 最高!」
「にゃ〜にゃ〜地獄って何なんだ」
「ああ……いっそそうなってもいいかも」
「お前までかシュライン!」
「まあ、そうなったら諦めるんだなあんたも」
「何冷静に言ってやがる紫東!?」
「そ、そこまでになっちゃったら……勝てないのですぅ〜」
「もう勝たなくていいから! 伊吹!」
「たけぴーさすがだにゃ。いざとなったら世話する気だにゃ?」
「黙ってろねこだーじえる!」
「俺は零姉ちゃんがいれば……ごぇふっ」
「お前はしゃべるな汰壱――!」
 いちいちひとりひとりにつっこんでいたら疲れてしまった。
 にゃーにゃーにゃーにゃー。
 たしかに聞こえる鳴き声はどんどん増えている気がする。
 ……興信所が猫でぎゅうぎゅう詰め……?
「冗談じゃない……!」
 俺はくわえ煙草を吹き飛ばしそうな勢いで怒鳴った。「そんな金がどこにある!」
 問題はそこですか! と誰もが一斉につっこんできた。
「はあ……こいつら元気だなあ。ふあぁ……俺何だか眠くなってきちゃったよ」
 汰壱が、眠気に勝てなかったらしい、慎霰がリラックスしているソファの隅にうずくまって眠ってしまった。
 と、そこへ、
「ごめんください、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
 新しい来客の声がした。

 空木崎辰一(うつぎざき・しんいち)は、二匹の式神猫を連れていた。
「すみません。甚五郎と定吉がどうしてもここに行きたいと聞かなかったものでして……。それにしても、すごい数の猫ですね。これ全部、拾ってきたのですか?」
「そんなわけがあるか」
「実は」
 零が丁寧に説明する。辰一はうん、とひとつうなずいた。
「雨に濡れていた一匹の猫を拾ったら、分裂した、と……ただの猫じゃないようですね」
「それはさっきから天狗の里の化け猫と同じ気配がしてるから分かってるんだけどな」
 慎霰がひょうひょうと言いぬかした。
 ……分かってたんなら先に言いやがれ。
「濡れたら分裂する能力があるのでしょう。これ以上増やさないよう、この小猫たちを濡らさないで――あ、甚五郎、定吉、駄目だよ! その子たちをいじめちゃ!」
 辰一の連れた二匹の猫は、小猫たちに混じってすりより遊び始めた。
「この小猫たちのことを予知していたのか……」
 と辰一が何事かに納得していたそのとき、
「邪魔するよ」
 また新たにひとりの来客――

「冥月!」
 俺は入ってきた人間の姿を見て、嬉しくなって声をあげた。
「やっと来てくれたか! 男の友情が嬉しいぞ……!」
「誰が男だ!」
 ガン
 黒冥月(ヘイ・ミンユェ)の裏拳が顔面をまともに打った。
 ……痛え。
「というか、なんだこの小猫たちは……って、うわあっ!」
 一体どうしたことか、小猫たちは一斉に冥月に群がり始めた。頭に乗られたり背をよじ登られたり膝で寝込まれたり。
「いた、いたた、爪を出すな……! 何だこの小猫たちは……!」
「ひょっとして牛乳か何かを飲んでからこちらにいらっしゃいませんでした?」
 辰一が尋ねている。
「待て、それが原因だと言うのか……いた、いたたた! というかこんな用件で呼ぶな草間!」
「こんなに男になつくなんて、こいつらメスか?」
「私は女だ!」
 再び顔に鉄拳。
 ……痛え。
 冥月は零に事情を一通り聞いてから、あまりのにゃーにゃーぶりに耳をふさぎながら、
「これを機会に、儲からない探偵業より猫限定のペットショップにしたらどうだ? 元手なしで丸もうけだ」
 ……ん? 何気に俺を馬鹿にしてないか?
「とりあえずうるさいから静かにさせるぞ」
 と冥月は原因究明してくれるつもりなのか、一匹だけをつまんで残し、残りすべてを自分の影の中に沈めた。
 一気にしんとなって、
「おいこら、勝手に何しやがる!」
 慎霰が怒りだし、
 一生懸命世話していた零や暁空やシュラインがぽかんとなり、
「ああっ戦う相手がいなくなりました〜」
 ……夜闇がまた訳の分からんことを言い、
「ふみゅ。猫たちが何となくかわいそうにゃのにゃ」
 ねこだーじえるがしゅんとなった。
「猫たちは中で元気にしてるから気にするな」
 冥月は言ったが――
 そう言う傍から、
 ぽん、ぽん、ぽん
「っわ、あ、何だと!?」
 冥月が手にしていた一匹がぽこぽこと次々分裂し始めた。
 そして冥月は再び猫に埋もれた。
「さすがメス猫、気に入った男は一度捕まえたら放さないな」
 俺はうんうんとうなずいてやった。
 傍らで、
「……オス猫なんだけど、兄さん……」
 と言っている零は悪いが無視しておく。
 あっというまに興信所がまた猫だらけとなり、慎霰やシュライン、辰一の猫たちが喜びだした。
 冥月は猫に溺れている。
 その姿がまったくらしくなくて、
「はは、珍しいなお前が」
 と笑ってやったら、
「助けろ!」
 冥月は顔を真っ赤にして怒鳴った。
 俺は冥月を引っ張り上げてやった。
「……私にはお手上げだ」
 冥月はむすっとした顔で座り込み、そのまま猫のジャングルジムと化した。さっきの俺と同じだ。いい気味だ。というかさすが男の友情だ。
 と、
 スカン!
「……今何か、おぞましいことを考えていただろう」
 冥月の飛ばした灰皿が顔面にヒットして、俺は鼻を押さえてうずくまった。
「ああ、大丈夫? 武彦さん――」
 シュラインの意識がこっちに戻ってきてくれたのはいいのだが……
「と、とにかくそろそろ、原因を究明しないとな」
「僕は猫が濡れたからだと思うのですが」
 辰一が冷静に言う。
「私は逆にあったかくなったからと思ったのだけれど」
 シュラインが口元に手を当てた。
「仕方ねえな。なあお前、増えだしたのはいつからだ?」
 慎霰が零に色々聞いている。
 その間にシュラインが、
「書類はしまい終わったわ。喉元なでたりして、猫たちと戯れましょ武彦さん」
 至福表情で言った。
 猫にまでやきもちやかせないで欲しい。
「――家に入れてすぐ? それじゃ濡れたせいか乾いたせいか理由がはっきりしねえなあ」
 慎霰は渋い顔で言い、
「うちの天狗の里に連れて帰ってもちょっとなあ」
 ソファに大量の猫を抱えてリラックスしながらこちらを見た。
「いいじゃねえか、猫の二十匹や三十匹ぐらい」
「今、五十五匹になった」
 暁空が生真面目に報告してくる。……まだ計算していたのか。
「増えすぎだ……!」
 俺は天井を仰ぐ。
「仕方ねえなあ。いっちょ拾った場所に何かないかさがしてきてやるよ」
 慎霰はばさりと天狗の翼を広げ、わざわざ窓から出て行った。
「はあ……何か分かるのか?」
 俺は煙草の煙を吐く。
 その傍らで――
 にゃあにゃあと、小猫たちとは違う猫の鳴き声がする。
「え? ああ、そうかい」
 辰一の式神猫だった。辰一はこちらに向き直り、
「甚五郎から話を聞きましたが、この猫たちは長時間水に濡れると分裂する猫又のようです。仲間とはぐれたところを、零さんに拾われたようです」
「あら、じゃあ充分に乾かせば元に戻るかしらね」
 シュラインが残念そうに言った。……そこまで猫が恋しいか。
「ええ、大体は乾けば元に戻ります。ただ、完全に元に戻るのに必要な首輪をどこかに落としてきてしまったらしく……」
「ん? どこかに落としてきた?」
 ということは――
「おーい」
 ばさり。
 翼がはためく音が窓からして、慎霰が顔をにょきっと出した。
「こんなもん見つけたぞ〜」
 ――飛べるヤツがいて助かった。
 その手には、小猫の首にぴったりそうな首輪があった。
 辰一が安堵の息をつく。そして、
「貰い手を探してはどうでしょう?」
「にゃ。里親募集は何とか手助けするけどにゃ、しかし、あちしは家なしの猫? なので里親にはなれにゃい。ごめんにゃさい」
 ぺこりとねこだーじえるが頭を下げてくるのを、ぽんぽんと叩いてやり、
「乾ききって一匹に戻ったところを……どうにかもらってくれるヤツを探すか……」
「ああ、それでしたら、一匹は僕がもらいます」
 辰一がありがたいことを言ってくれる。
「なら、一度全部私の影の中に入れろ。そうすれば全部まとめて乾く」
 冥月が言った。
「お前……乾燥機だったのか?」
 言ってみたら、今度は近場の置物が飛んできた。
 ……いい年こいて鼻血は出したくなかったので、さすがに避けた。

 かくして――
 冥月の影の中で猫たちは乾かされ一匹にまとまり、
 辰一にもらわれることになったのである――

     **********

 あー地獄だったぜ〜と言いながら、慎霰が嬉しそうに天狗の里へ帰っていく。
 夜闇はいつの間にか消えていた。――と思ったら、でかいダンボール箱があった。それが移動していく。どうやらかぶって外へ出て行くつもりらしい。
「俺の探していた猫じゃなかったな……」
 散々こきつかわれたあげく、暁空は気の毒にも自分の仕事に戻っていった。
「ああ、零姉ちゃん。別れが惜しいよ……またくるからなっ!」
 汰壱が零にまとわりつくので蹴りを入れて黙らせた。そうしたら辰一に、「子供に暴力はいけませんよ」とたしなめられた。
 ねこだーじえるは、再び里なし放浪猫神道を行くらしい。
 冥月は……
「結局何をしにきたのだ、私は……」
 ぶつぶつ言いながら小猫に引っかかれた傷だらけで帰っていった。
 辰一はもちろん、猫を濡らさないよう気をつけながら連れて帰った。

 いなくなってみると、意外と寂しいもので……

「何だか、虚ろになった気分。兄さん……」
 零が言う。
 俺も同感だったのだが、口には出さなかった。
「ああ、かわいい小猫だった……」
 シュラインがまだ余韻にひたっている。

 何というか。
 ……迷惑なものでも、あったほうが幸せなこともある。

「だからって、猫五十五匹はもうごめんだけどな」
 俺は煙草の煙を吐き出した。
 白い煙が、しんと静かな事務所の空中に浮かんで消えた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1928/天波・慎霰/男/15歳/天狗・高校生】
【2029/空木崎・辰一/男/28歳/溜息坂神社宮司】
【2740/ねこだーじえる・くん/男/999歳/猫神】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【5655/伊吹・夜闇/女/467歳/闇の子】
【6330/紫東・暁空/男/26歳/便利屋】
【6334/玄葉・汰壱/男/7歳/小学生・陰陽侍】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は至福空間をご堪能いただけたでしょうか。草間氏視点だったので、やきもちをやいていたようですがw
またお会いできる日を願って……