コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


狂い桜

  しゃんしゃんしゃんせ ちとしゃんせ

  むらのしょうやのおじょさんは きれいなおべべにみをかざり
  やまがみさまによめにいく 

  しゃんしゃんしゃんせ ちとしゃんせ

  くるいざくらのさくよるに おやまのぬしさまむかえくる
  やまどりのおのしろいやは どちらのおうちにささりしや

  しゃんしゃんしゃんせ ちとしゃんせ
  しゃんしゃんしゃんせ ちとしゃんせ……

「あの山の桜が咲いただと……」
 レトロなブラウン管テレビに映された桜の花を見て、店の店主は眉をひそめて呟いた。
「桜が咲くのはいいことじゃないか」
 そろそろ春だし、花見でもするか?店の商品を眺めくつろいでいた客の一人が訝しげに首を傾げる。
 画面に写されているのは、真紅にそまった桜の木。
「いや……あの桜は、普通の桜じゃない……」
 苛立たしげに爪を齧り、思案に暮れるように夕闇に染まった窓を見た。
「咲いてはいけない桜が咲いた……あの桜はが求めるものは贄……」
「一体何の話だ?」
 何時になく落ち着きのない店主の様子に、興味を惹かれたように口をはさんだ。
「……あの木に憑いた鬼は、血を好む…それを、封印していたのだが……」
「今まで何もなかったんだろ?」
 何を唐突に。
「そう、だから困るんだ」
 何故今になって封印が解かれたのか……
「もう一度、封印すればいいじゃないか」
「そう簡単にいうな、それにあの花の色は…おそらくもう…」
 一人や二人での血の量ですむ筈がない、とうめくよう声を漏らす。
「とりあえず、行って見ようぜ」
 ここで、考えていもしょうがないだろ?
 落ち込みかけた暗い空気を吹き飛ばすように態と明るく店主の肩を叩いた。


「テレビで放送されているくらいなのだから……」
 さぞかし見事な桜なのでしょうね。
 ハンドルを握るセレスティ・カーニンガムが薄闇に沈む山道を抜け愛車を走らせる。
「見事か……」
 助手席に収まっている黄昏堂の店主の顔色は芳しくない。
「何がそんなに貴女の顔を曇らせるのですか?」
「それは………」
 これまでの道中具体的なことは何一つ聞かされていなかった。
 今まで封印されていたのなら、もう一度封印しなおせばいいだけの話ではないでしょうか? 詳しい状況を知らされず、とるものをとりあえず店をでたセレスティが訝しげに首を傾げる。
 桜が鬼を封じていたのか、それとも鬼の封じられていた場所に桜が植えられることになったのか……
 それとも近くの神社の神主にでも聞けばわかるであろうか……?
「状況が分からないと、手のうちようもありませんよ」
「……………」
「犠牲者がもし出ているのなら、なおさら早急に対処が必要なのではないですか?」
 分かっている事があるなら、教えてくれますよね。
 静かに促されて店主は重い口を開いた。

 よくある話だ……そう前置きをおいて……
「随分と昔の話になる……そう、400年程前だったか飢饉に見舞われた村があった」
「それはそれは……」
 本当に古い話だ。
「これは山神の祟りだと、村人は年頃の娘を生贄として山へ人柱にささげた」
 運が悪いことに、その翌年例年にない豊作に恵まれた村は以来数年起きに、桜の咲く時期に生娘を生贄にしていたのだという。
 村人は贄にした娘は山神へ嫁に出したと近隣の村には説明していた。
 そこまではよくある民間伝承の一つ。
「年頃の娘にこれからの生に未練がまったくなかったわけがない」
 積もり積もった娘達の想いが怨念と化し、鬼を生んだ。
「よくある話ですね……」
「あぁ……よくある話だ」
 苦しそうに店主が顔をゆがめる。
「私には……彼女達の想いを受ける止めることはできない……」
 だからなかったことに……あの時は娘達の想いごと、封じることしかできなかったのだ。
 彼女達は深く両手首に切り刻まれ、桜の根元に放置されその生き血を吸った桜が鬼を呼び込んだ。鬼とは必ずしも形を持つものではない。
「でも、このままにしておくわけにいきませんよね」
「……あぁ…………」
 悲しみの連鎖はどこかで断ち切らなければならない。
「今の世の中にあっては……彼女達の怒りはあってはならない物なのですから……」
「わかってる……」
 神も鬼も……現世の時の流れの前に風化しつつある。
「今出ている犠牲者の数はわかりますか?」
「今のところ、7人」
 予め、店の娘に調べさせていたのだろう。セレスティの質問を予想していたのか店主は即答した。
 桜が花開かせてから7日。1日に1人……桜は確実に命を吸って鮮やかに咲き誇っていた。
 何れも桜の根元に干からびたミイラのような状態で見つかっているという。生気を吸われ、一滴も血が残っていない。
「随分と長いこと封じていたからな……そうとう飢えているのだろう」
 放って置けば、更なる犠牲者が出かねない。
「時間はなさそうですね」
「そうだな……」
 犠牲者の血を吸うたびに、その桜の花弁の色は濃さを増していた……

 2人がたどり着いたとき、すっかりあたりは夜に支配されていた。
 ぼんやりとした望月の下でも、その桜の赤は異常であった。
 鮮血に染め抜いたような色の花弁が散る様子すら見せず、垂れ枝に花が無数についていた。
「これはこれは……」
 近づかなくても分かる、その周囲を包む邪気としか呼び様のない怨念。
 どす黒いものが靄のように真紅の桜の周りを多い尽くしていた。
 その枝ぶりは確かに見事であるが……これは既に桜と呼べるしろものではなかった。
 岩肌に絡み付くように根をはり、山の斜面から広がる桜にセレスティも眉を潜めた。
「相当喰ったな………」
 また誰かを喰らったのか……真紅に染まったそれをみて店主も舌打ちをする。
「桜が咲いたから鬼が目覚めたのでしょうか……?」
「さて……」
 何が切っ掛けでこのようになったのか。
 あまりにも邪悪な桜の気配に飲まれたように、2人が緊張したようにあたりを見回す。
 其れほどまでに禍々しい気配があたりを支配していた。
「くるぞ!」
 暗闇に何本もの、鞭のような根が走り、2人に襲い掛かる。
 その先は鋭く、交わした背後の杉の古木を一撃でなぎ倒す。
「交渉の余地はなしですか……!?」
 足の悪いセレスティを庇うように、体重を感じさせない動きで黄昏堂の店主がその体を抱え飛び退る。
「できることなら枯らせたくはないのですが」
「前と同じ封印は受け付けないということか……!」
 短い間に仕掛けた封印の術をことごとく反され店主が珍しく怒りをあらわにする。
 桜からははっきりと2人に対する敵意と殺意が放たれていた。
「仮に、桜の木そのものを切り倒したりしたらどうなるでしょう……?」
「わからん、それで終わればいいが……」
 おそらくは、宿るべき形代を失った怨念が暴走してあまり嬉しくない状況になる可能性が高いだろう。
「この怨念を鎮められればいいんですね」
 冷静に話をしているが、その合間にも桜の攻撃はやむことはない。
 セレスティを庇いながら店主は器用にその攻撃を全て見切っていく。
「少し、時間を稼いでいただけますか?」
 セレスティには試してみたことがあった。
「大丈夫か?」
「自分の身くらいは、何とかしてみせます」
「わかった」
 短くそういうと、黄昏堂の店主は単身桜の樹に向かって駆け出した。

 半眼に眇めた眼差しを桜の樹にむける。
「……キミ達はもうこの世にあってはいけないものなんです……」
 桜に憑いた女達の苦しみ、怒りその全てを感じ取りセレスティが悲しげに瞳を伏せる。
 桜に誘われて、その命を奪われた哀れな犠牲者達の困惑ににた思いも感じ取れた。
 何を望むのか……それが分かれば、切っ掛けがつかめるかとおもったが、既に正気を失った桜はその求める物も定かでなかった。
 ただ、ただ新たな同朋を。この苦しみを分かち合う者を一人でも多く道連れに……
 無数の魂と意識が混在した、桜自身が鬼であった。
「せめて……安らかに……」
 周囲にある水脈を探りセレスティが意識を研ぎ澄ませる。
 水分を奪って、枯らすか……どうするべきか……数瞬の逡巡のあとセレスティは周囲の水を支配下に置き命を下した。

 ざぁっ

 今まで咲き誇っていた花が風に吹かれ舞散り、地面に落ちた瞬間に凍りついた花弁がガラスの様に砕け散る。
 急激に店主追っていた枝や、根の攻撃が緩慢になり動きをとめた。
「何を……?」
「周囲の水脈の温度を下げて、桜の樹を休眠状態にしてみました」
 良く見ると、動きを止めた桜の樹の表面にはうっすらと霜に被われている。
「成功するかどうか五分五分でしたけど、うまくいきましたね」
 桜が目覚めてしまったなら、もう一度眠らせてしまえばいい。
「何時かこの樹に宿る娘さん達の魂が癒されるときまで……この樹はこのまま眠り続けるでしょう」
「そうか、そんな方法が……まったく思いつかなかった……」
 目を見張った店主の様子に、セレスティは少し寂しげに微笑んだ。
 生贄にされた娘達の想いが浄化されるまで、この樹は眠りにつくことになる。
 そのようにセレスティが周囲の水に命じたから。セレスティに命じられた水霊たちは少しずつではあるが彼女達の思いを癒すはずである。
「何時か………この樹が普通に花を咲かせることができればいいですね……」
「そうだな……」
 鬼の宿る桜ではなく、ごく普通の桜として……次に花開くときはきっとこの山一の花を咲かせる桜の樹になることだろう。



【 Fin 】



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】


【NPC / 春日】



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


セレスティ・カーニンガム様

お初おめにかかります。ライターのはると申します。
ぎりぎりまでお時間頂いてしまいましたが、異界ノベル『狂い桜』をお届けさせていただきます。


イメージと違う!というようなことが御座いましたら、次回のご参考にさせて頂きますので遠慮なくお申し付けくださいませ。