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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 腕

「やああんた良い所に来た! 本当に良いところに来た! なんであんたはいつもいつもこんなにタイミングよく来てくれるんだろうねえ! ありがたいったらありゃしないよホント!」
「あ、あの……蓮様?」
 アンティークショップ・レンの店長、播磨蓮は、ラクスの姿を認めるなり抱きついてきた。おまけにライオンの体をあちこち撫でたりしている。こんな蓮は珍しい――というか、まず彼女はこんなことをしない。
半人半獣のアンドロスフィンクスであるラクス・コスミオンは、いつも珍品奇品を求めこの店にやってくる。もっとも具体的には求めているのは『大家さん』であり、彼女自身ではないのだが。
 そしてたまにだが、ラクスは蓮から頼みごとをされる。そのほとんどは本に関係することである。蓮も珍しい本があれば売らずに、ラクスのために置いておいてくれたりする。
 それはともかく、頼みごとがあるときの蓮は、『良い所に来た』でラクスを迎える。しかしこの出迎えは少々激しすぎる。というか蓮の性格を考えれば異常だ。
「蓮様? 何かあったんですか?」
「ああ……ちょっと不気味なものがあってね……いろいろ見慣れたつもりだったけど……あれはちょっとねえ……」
 苦笑と嫌悪が混じった微妙な表情で、店の奥を見る。なんだか分からない、とラクスは首をかしげた。
「まあ……とりあえずは見ておくれ」


 本から突き出した白い腕を見ても、ラクスは特に動じなかった。むしろ目を輝かせてその腕を見つめてさえいる。
「あんた……男が絡むとあれだけ臆病になる癖に、どうしてその腕は平気なんだい」
 蓮は本からの腕がよほど怖ろしいのか、遠巻きに眺めているだけである。確かに不気味といえば不気味だが、ラクスにとっては美術品のようなものだ。
 そう。こういった奇異なるものは、ラクスにとっては美術品である。様々な術が施され、丁寧に作り上げられたまさに至高の一品だ。
「蓮様? この本、どこから入手されたのですか?」
「例によってへらへら男だよ。見たところ何の問題もなかったんでね。買ってみたのさ。代金受け取ったらあの男、すぐにいなくなったがね。そして読もうとしたらいきなりそれだ。まったく大損だよ」
 そうは言うが、この店は蓮が趣味半分で行っている店だ。損したところで支障はあるまい。
「来歴など、お分かりになります?」
「ん? 知りたいなら奴に電話で聞いてみようか」
 お願いします、とラクスは頭を下げる。蓮はすぐに部屋を出て行った。
「さて……」
 ラクスは本を見る。蓮が本について調べてくれている間に、こっちはできるだけ観察をしておかねば。
 まずはページをめくる。突き出た腕は、まるで仕掛け絵本のように一瞬でページに収まった。そして次のページからは、やはり仕掛け絵本を繰るように同じ腕が出てくる。
 次も、その次も同じだ。この本は、どこをめくっても同じ腕が出るのだろう。魔術的仕掛けがされている。
 文字は書かれていない。ただ開くと、右ページと左ページの丁度中間から、腕が突き出しているのである。その白い腕は、本の紙とまったく融合している。本に使われている紙は、人間社会でよく売っている普通紙のようだ。
 ぱたん、と本を閉じてみる。B5のハードカバー。さほどページ数は多くない。せいぜい百ページくらいの、薄い書物だ。表紙と裏表紙は、赤い装丁がなされているが、タイトル、作者などは書かれていない。
 最後は魔法である。この本についての情報を、大量のデータバンクから引き出す魔術だ。精神界におけるネット検索のようなものである。
「うーん、ん……」
 引き出した情報によれば。
 作者はいない。もちろん書かれた文章がないのだから当然だ。本としての体裁を作ったのは――ごくごく普通の出版社のようである。
 さらに引き出してみると、どうやらこの本、なにかを書かれる予定であったのが、機械のトラブルで白紙になってしまったらしい。つまり、腕を除けば単なる不良品なのである。
 ――察するに、この腕は、どこかの誰かが後付けしたものであるのだ。
 本そのものは棄てられる予定だったのが、その『どこかの誰か』が拾い上げ、細工。このあたりは魔術的な妨害工作が為されていて、これ以上のことはわからない。
 その後、蓮の知人だという古本屋の手に渡り、アンティークショップ・レンへ辿り着いた。まあそういうことらしい。
「では……」
 再度、本を開く。腕がにょきっと生え出る。
 いよいよ腕に触る時だ。魔術で調べてみてもいいが、実物が目の前にあるのである。触って観察して確認して調査したほうが、よっぽど早い。
 おそるおそる触れてみる。人間の体温が感じられた。
 普通の人間の腕のように、ラクスには思える。皮膚の感触もあり、骨もあるようだ。色は異常なほど白いが、これは白人の白さではない。色白で不健康そうだが、黄色人種の色である。
 とにかく腕そのものからは、これ以上分かる事は無い。
 ラクスは得意の魔術を使った。先ほどの検索の魔術ではない。この部屋を他の空間から隔離させる、非常に高等な魔術である。まず人間では扱えないし、スフィンクスたる彼女でも習得に八十年かかった高等なものだ。
 これで、この部屋で何が起きても外の安全は確保される。もっとも部屋の安全までは保証できないが、それはそれ、仕方のない事だ。蓮ならばきっと許してくれる、とラクスは思う。
 彼女はこれから。
 腕を引っ張るのだ。
 まずは本を地面に置き、ライオンの前脚でしっかりと押さえる。
 かぷりと、口で噛み付く。そのまま力を込めて引く。指を引きちぎったりするとまずいので、最初は力を込めずにいたが。
 ずるずると、腕が引き抜かれる。軽い力であっさり抜けるので、そのまま引く。
 やがて、本からやはり何かの仕掛けのように。
 人が這いずり出てきた。
「え……」
 ぽとり、と加えた指が落ちた。ラクスが思わず呻いてしまったのだ。
 開かれた本から、頭と肩を覗かせたのは。
 男。
「ひっ……」
 今更付け加えるまでも無い事だが。
 アンドロスフィンクスにして『知』と『術』の探求者。同属からも尊敬される彼女は。
 極度の、男性恐怖症であるわけで。
「ひっ……あ……」
 そんな彼女が。
 たった今まで、男性の指をくわえていたわけで。


 ひにゃああああああああ――ッ!


「……で?」
 播磨蓮はソファに沈み込み、腕を組んで目の前の男を睨みつける。
 相対しているのは、蓮が懇意にしているへらへら男であった。一応、ラクスとの面識もある。
 蓮は彼と連絡をとろうとしたが、店にかけても携帯にかけても、なんら応答がない。そんな中で焦れていると、部屋からラクスの悲鳴が上がり、慌てて部屋にいった次第である。
 部屋には何か魔術の痕跡があったが、痕跡だけだ。魔術そのものはとうに発動を停止していた――ラクスの気絶によって。
「いやね、この本、面白いだろう? 中に人が入れるんだ。だからちょっと脅かしてやろうと思ってさ」
「なるほどね……おかしいと思ったんだ。あんた、この本の代金受け取ったら、茶も飲まずにすぐに消えたんだから。ありゃあたしが目を離した隙に、本に入り込んでたんだね」
「そのとおりだよ。で……」
「入ったは良いが出られなくなったと」
 馬鹿が、と蓮は心中で呟く。魔術師が絡んだ品にろくなものがあるわけないのだ。悪戯に使おうと思うほうが間違っている。
「そう。どうやら入った人間を紙で覆って、窒息死させる仕掛けみたいだね。一日も経ってたら死んでたよ。想像できるかい? 全身が少しずつ紙に覆われていくんだ。足先から、指先から」
「そのまま死んでくれたらどんなによかっただろうね」
「そう言わないでよ。で、助かるためには外から引くことが必要だったわけなんだけども」
「この子がそれをやってくれた、と。あーあ、かわいそうな事しちまったよ」
 蓮は未だに気絶したままであるラクスを見た。彼女はベッドの上で、青い顔でうなされている。何故あそこまで男性に免疫がないのか、蓮にはまったく分からなかった。
「とりあえずこの本は燃やすよ。どっかの馬鹿が酔狂で作った殺人書物だ。燃やすのが世間のためさね」
「そうだね、よろしく頼むよ」
 へらへら男のへらへらとした表情に、蓮は大きく息を吐いた。この男、まったく懲りていないようである。
 ともかくも、この事件。ラクス・コスミオンの男性恐怖症に一層の拍車をかけてしまったのは、間違いないようだ。
「世間の半分は男だってのにねえ……」
 蓮はまた息を吐く。
 ラクスがなんの気兼ねもなく人間社会を歩ける日は、まだまだ遠そうである。

<了>

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■   登場人物         ■
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【1963/ラクス・コスミオン/女性/240歳/スフィンクス】

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■   ライター通信       ■
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 はじめまして、ラクス・コスミオン様。参加まことにありがとうございます。めたというものです。
 実はラクス様からのご依頼が初仕事ということになります。つまり、ラクス様がお客様第一号! ぱんぱかぱーんっ! こんな新参者にご依頼くださり、感謝の限りです。記念というわけではないですが、今回の話はラクス様にしぼって書かせていただきました。いやまあ、キャラがたくさんでると書くのが大変というのもあるのですが。
 今回の「腕」、気に入っていただけましたでしょうか? 気絶などして大変だったと思います。引き抜くという豪快な発想は作者も思いつかなかったものです。
 もし気に入って頂いたのなら、またのご依頼をお待ちしております。
 ご意見ご感想などありましたらば、遠慮なく言ってくださいませ。これからもご期待にそえたいと思います。
 では。