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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 腕

「よし、いい感じですわね♪」
 アンティークショップ・レンの店員である鹿沼・デルフェスは、目の前に作り上げた自らの『作品』を見て、ご機嫌な声をあげた。
「あー……デルフェス?」
 部屋の外から、店主の播磨蓮が声をかける。その声は戸惑っているというか、不気味なものを遠巻きに見ている印象である。
「何でしょう? マスター?」
 こんな蓮を見るのは珍しい――とデルフェスは思う。もっとも蓮をこんな表情にさせた原因が、デルフェスの作り上げた『作品』のせいであると、天然の彼女は全く気付かない。
「一応聞こうか、なんだいそれは?」
「嫌ですわマスター。先ほどマスターがご購入なさった本ではありませんか」
 そうそれは、見開きの本である。
 ただし開かれたページのまん中から、真っ白い腕が一本、あたかも彫刻のように生え出ているのだ。蓮は先ほどからそれを気味悪がって、部屋に入ってこようとはしない。
 もっとも、その腕に指輪、腕輪などをごてごてと取り付けて、装飾を施したのはデルフェスだ。特殊な感性の彼女は本気で喜んでいるが、蓮はますます辟易した表情になる。
「なんでわざわざ飾り付けるんだい」
「だってこんなキレイな腕をお持ちなんですもの。せっかくだから腕を飾り付けてあげたほうが、ご本人もお喜びになるでしょう?」
 本気で言っているあたりがデルフェスである。
「――ってことは何かい。あんたはこの腕の持ち主を引っ張り出す算段ができているんだね?」
「もちろんですわ」
 自信たっぷりに頷くデルフェス。
 実はこの本は、デルフェスの扱う変換の魔術と似た部分がある。もちろんあらゆる物体を石に変える彼女の能力には及ばないが、それに近いものだ。
「これは本に触れたものを取り込んで、紙に変えてしまうものですわね。封印の本の一種ですわ」
「……紙、に?」
「ええ。例えばマスターがこの本にお入りになると、指先や足先から少しずつ紙に覆われて、やがて窒息死してしまうことでしょうね」
「おっそろしいことをあっさり言うんじゃないよ」
 蓮は明らかにげっそりとした表情になった。紙で出来た自分の像を想像したのだろう。
「人間が入ると、ですわ。これは本来、妖物や怪物を封印するためのもののようです。ほら、ご覧になってくださいな」
 デルフェスはページをめくる。その他のページには、ドラゴンやガーゴイルなど、中世の凶悪な魔物が戯画的に描かれいた。腕が突き出してくることはない。
「完全に封印されると、このように絵になるようですわね。わたくしもうっかりしていると取り込まれてしまいますわ」
 鹿沼・デルフェスは中世の錬金術師によって作られたゴーレムである。和装の彼女を見ていると、そんな想像はとてもできないが。
「ただこの腕の持ち主だけ、封印が不完全になっているようなのです。だからこうして腕だけ突き出ているみたいですわね」
「なんで、その腕だけ?」
「よほど高位で純粋な精霊か……あるいは、人魚やバンシーなどの、無害な方たちなのかもしれません。この本は、力の持っているモンスターほど封印が強力になる仕掛けのようです」
 逆に言えば、その辺りにいる浮幽霊や、力の弱いモンスターは取り込まれないようになっているのだ。この腕の持ち主は、それなりの力があったために誤って取り込まれたのだろう。
「では、錬金術を使って、この『紙化』している方をお助けしたいと思います」
 錬金術は、物質と物質の変換の術だ。デルフェスも『換石』の術――つまり物体を石にする術を扱える。それ以外の術は自由自在というわけにはいかないが――今回は『紙化』している部分がそう多くないようであるし、腕の持ち主の回復力にも期待できるだろう。
 デルフェスの術が二流でも、どうにかなるはずである。
「では、参ります」
 そう言って、デルフェスは腕と手を握った。


「はぁ……油断しましたわ」
「デルフェス! あんた一体なにやってるんだい!」
「申し訳ありません、マスター」
 デルフェスはあたりを見回す。一面まっ白な世界である。ただし何も無いというわけでなく、あたりにはドラゴンやら悪魔やらの姿が見える。ただし、紙の彫像として、だが。
 どうやら、本に取り込まれてしまったらしい。
「……あの腕は、囮だったようですわね」
「どういうことだい?」
 蓮の声は聞こえる。頭上からだ。おそらく蓮の目には、絵と化したデルフェスが見えていることだろう。今はまだ会話ができるが、それも時間の問題だ。
「一見、助けを求めているように見えましたが……その気になって術をかけると、罠が発動して、術者を閉じ込めるしかけのようですわ」
 そう、デルフェスが白い腕に触れた瞬間に、今まで微動だにしなかった腕が動いてしまった。そのままデルフェスの手を掴んで、引きずり込んでしまったのである。
「魔力の強いものが腕に触れたら、それが罠の発動になるってわけかい」
「そのとおりですわ」
 錬金術師としては大した事ないデルフェスだから、錬金術をかけるまでは何とも無かったのだ。
 しかし――どうしたものか。
 このままここにいるのは危険すぎる。既に、つま先は白く変化しているのだ。出口を見つけられずに彷徨っていると、すぐに時間切れになる。
「んー……?」
 何か、ないか。
 のんびりはしていられない。いつもはのんびりしているデルフェスだが、この時は焦っていた。もっとも、ちっとも焦っているように見えないあたりがデルフェスらしい。
 正直、モンスターのインテリアがそこかしこに並ぶこの空間は、デルフェスにとっては天国であった。本物が材料になっているだけに、つくりは非常に精巧だ。
 だが、とどまっているわけにも行かない。封印された彼らの仲間になるわけにはいかないのだ。
「あら」
 その時、デルフェスの瞳に、あるものが映った。
「あらあら……これは……」
 どうやら、出られるかもしれない。彼女は顔を綻ばせると、『それ』に近づいた。


 播磨蓮は溜息をつくと、本を開けては閉じる。
 デルフェスが閉じ込められてから、もう十数分が経過している。どのくらい経てば紙の像になるのかは分からないが、デルフェスは出てくる気配さえない。心配になってくる。
 絵となったデルフェスに動きはないし、先ほどからよびかけても返事がないのだ。
「頼むから無事でいておくれよ……」
 こんなことで有能な店員を失うわけにはいかないのだ。
 すると、突然。
「うぎゃっ!」
 本から、手が伸びた。初めて本を開いたときのように、蓮は思わず後ろに飛び下がる。彼女らしくない反応である。
 やはり白い手。しかしデルフェスを引き込んだ手とは、また細部が違うような気がする。この白さは、生物のそれだ。紙の色ではない。
「な……なんなんだい?」
 手はびくびくと痙攣するように動いている。正直、あまり近づきたくない。
「マスター、聞こえます?」
「デルフェス?」
「その手を引いてくださいますか? ここからそちらに行くには、最終的には外の人の協力が必要なようです」
「あ、あたしにこれを触れってのかい」
 まだ動いている腕を見つつ、蓮は呻いた。
「そうしないと出られないのですわ」
 正直、こんな不気味なものに触りたくはないが――デルフェスを助けるためだ。蓮は恐る恐るそれに近づく。まだびくびくと動いているそれを掴み。
 思いっきり、引き抜いた。


 大量の水が、本から溢れる。
 それと同時に、蓮が手を握っていた『彼女』と、鹿沼・デルフェスが現れた。
 デルフェスと一緒に現れた『彼女』――は、なんと人魚である。青い髪から清涼な水を滴らせている。鱗の生えた下半身は、びたびたと濡れた床を叩いていた。
「ありがとうございました、おかげで助かりましたわ」
 頭を下げるデルフェスに、人魚は構わないという風に首を振った。
「なんだい? どういうことだい?」
「この人魚のお姫様は、本に封印されていた方でしたわ。やっぱり封印が不完全だったので……錬金術で元の姿に戻し、協力していただいたのです」
「……なるほど、紙は水で溶かせるって訳かい」
「はい、消耗していた人魚さんにこれだけの水を喚んでいただくのは時間がかかりましたけど……出口だけはこじ開けられましたわ」
 そして、最後は蓮の助力もあり、無事に脱出したというわけである。
「なるほどね……上手くやったじゃないか」
「いえいえ♪」
 デルフェスはお気に入りの着物が濡れているにもかかわらず、ご機嫌である。どうやら蓮にほめられたのが嬉しいらしい。
「とりあえず、あんたらはこの本にはもう近づくんじゃないよ。ウチの倉庫の深くに置いとくからね」
 蓮は素早く本を閉じ、あふれ出る水を止める、このままにしておくと店中がびしょぬれだ。
「ま、帰って来てくれてよかったよ」
 安心した笑顔を見せるアンティークショップの店長に、彼女を守るべきゴーレムは優しい笑顔を見せた。


「――ところで、この部屋の掃除はどうするんだい? あたしゃごめんだよ」
「……あ」

<了>
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■   登場人物           ■
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【2181/鹿沼・デルフェス/女性/463歳/アンティークショップ・レンの店員】


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■       ライター通信      ■
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 はじめまして、鹿沼・デルフェスさま。めたといいます。
 『腕』、気に入っていただけましたら幸いです。せっかくですので、色々と楽しい趣向も混ぜこませていただきました。冒頭の指輪腕輪とか。
 腕は人魚さんではなかったですが、せっかくのモンスター封印本なので人魚さんも出させていただいてます。どうでしょうか?
 もし気に入った下さいましたらば、またご依頼くださいな。新参者ですが、ご期待に沿えるよう励みます。
 では。