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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


◇ 甘い衝撃 ◇



◇ ◆


  どんなに足掻いたところで、立場は決して変わらない。
  追う探偵と、逃れる怪盗。
  終わらない追いかけっこ。
  終わるとしたならば、怪盗が探偵に捕らえられるか
  あるいは、どちらかが命を落とすか。
  それならば・・・終わらなければ良いと、どこかで思う。

   ――― 永遠に続く追いかけっこ

    先に息切れするのは、どっち・・・・・・・・・?


◆ ◇


 いっそ凶器と言ってしまった方が良いほどに鋭い朝の光を浴びて、黒羽 陽月はまだボンヤリとする頭をなんとか起した。
 薄いカーテン越しに入って来る朝日はあまりにも眩しすぎて・・・
 目を薄めながら、黒羽は朝の支度にかかった。
 顔を洗い、歯を磨き、着慣れた制服に袖を通す。
 髪を無造作に散らし、少し考えた後で朝食はとらずに部屋を出た。
 学校に置いてある教科書が多いせいで、軽い鞄を肩にかけ、ふっと目の前を過ぎる見知った背中に足を速めた。
 「お早う御座います!」
 黒羽のそんな明るい声に目の前の人物が振り返り、朝の挨拶を交わす。
 「今日は早いな。」
 「“今日は”って、まるでいつもは遅いみたいな・・・あれ・・・?」
 文句を言おうとした黒羽の目に、ネクタイが映る。
 「ネクタイ曲がってますよ〜。」
 「ん?・・・あぁ、本当だ。」
 もたもたと直そうとする。
 ・・・そんな調子では、日が暮れてしまう。
 黒羽はその手をどかすと、ネクタイに手をかけた。
 綺麗に結び直し
 「はい、出来上がり。」
 「有難う。」
 「なぁんかさぁ、俺って新妻みたいじゃね?」
 「馬鹿を言え。」
 呆れたようにそう言った瞬間、背後でバタンと言う物音が響いた。
 誰かが転んでしまったらしい音に振り返り、眉根を寄せる。
 「もしかして、ライバル出現?」
 「は?」
 「ドジなのが好み?」
 まるでからかうように、艶やかな笑顔を浮かべながらそう言って―――
 ふっと、笑顔を崩した。
 「なんてね。」
 にっこりと無邪気に微笑むが、内心は少しばかり焦っていた。
 危ねー・・・。
 彼はお隣さんのハートフルな男の子が怪盗だなんて知らないんだから、こんな気配出しちゃ・・・。
 凛と光る、冷たい白。
 夜空に映える純白の羽・・・そう、夜空に舞うから映えるのである。
 こんな昼間から、白き鳥は飛ばない。
 遅刻とは無縁の時間ではあるが、黒羽はやや足を速めて歩いた。
 なんとなく・・・そう、なんとなくではあるのだが・・・
 罪悪感と、人は言うのだろうか・・・。
 そんな思いが膨らみ、気付けばドジな振る舞いに挑んでいた。
 道に転がった石に躓き、段差では足を取られ―――
 ・・・なんだか、そんな己が嘆かわしい。
 何でもそつなくこなす自分とは、余りにもかけ離れたキャラだ・・・。
 黒羽がヨロリとふらつくたびに、隣で軽い溜息を洩らす声が聞こえる。
 どうしてそう、安定感が無いんだと小さく零し、苦笑する。
 天然なのか?との言葉に、黒羽の脳裏にある人物の顔が浮かんで来た。
 本業のライバルでもある工藤 光太郎・・・彼もまた、天然だが・・・
 残念ながら、天然までもライバルになるつもりはない。
 あくまで、コレは“黒羽 陽月”と言う人物を演じているに他ならないのだから・・・。
 そこまで考えた時、黒羽の心に妙な違和感が出来た。
 呼吸1つ、言葉の端1つまで、確実に演技する事の出来る黒羽。
 黒羽陽月を今、演じているとしたならば・・・いったい自分は何者なのだろうか・・・。
 そんな問いが生まれ、徐々に心を侵食して行く。
 ――― 頭を1回振り、軽く溜息をつくと、黒羽はそんな問いを意識の向こうに追いやった。
 何時の間にか足元に落ちていた視線を脳裏に焼きついた工藤の顔に向け、心の中でそっと詫びる。
 ・・・悪い、お前に恨みは・・・
 ・・・・・・・・・あるな。
 そう思い直すと黒羽は苦笑した。
 恨みがあるのならば、謝る必要はなかったのに・・・
 「1つ訊いても良いか?」
 「何ですか?」
 「・・・俺に好かれたら、人はどうなのか・・・?」
 「どう思うのかっつー事?」
 黒羽の言葉に軽く頷いたのを見ると・・・ニヤリと、心の中で悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
 しかし、それは決して顔に出るような笑顔ではなかった。
 顔は真顔のまま、いたって真剣な表情を作り
 「好きだっつったらどーする?」
 そう言った。
 瞬間、驚いたような表情に染まり・・・考え込むように視線を落とした。
 真剣に考え込んでいるらしいその姿が、あまりにも可笑しくて
 やっぱ、翻弄する方が合ってる。
 黒羽はそう思うと、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


◇ ◆


 授業終了の鐘と共に、黒羽は数人の友人達とお弁当を広げた。
 勿論、お母さんのお手製愛母弁当を持って来ているのはほんの数人で、他は購買で買ったパンやおにぎりだ。
 ペットボトルのお茶を鞄から取り出しながら、黒羽は会話の続きを口にした。
 「お前らさぁ、俺みたいな恋人ってどーよ。」
 「えー、お前が恋人ぉ〜?」
 不満を含んだ声を出し、1人がおどけるように肩を竦めた。
 女相手なら恋人にするのに理想的な男と言えるが・・・・・・・・・
 「完璧過ぎてちょっとなぁ?」
 「飄々としてるし、危険なほど生き生きしてそうだ。」
 クラスメートの言葉にグリグリ抉られる心。
 「グサッ、俺傷ついちゃう・・・」
 よよっと目元に手をあてがうが―――
 「はいはい。」
 「んな繊細じゃないない。」
 「さぁ、弁当食うか。」
 誰も黒羽の相手をしてくれない・・・。
 「ま、頭ヨシ、運動神経ヨシな天才マジシャンだしな。」
 俺って最強ジャン?
 そうとでも言いた気な口調で言う黒羽に、各自が突っ込みを入れる。
 「自分で言うなよ。」
 「あー、はいはい。」
 「ったく、お前っていつもそうだよな。」
 浴びせられる非難とも突っ込みともつかぬ言葉達。
 それでも、気落ちした黒羽には届いていなかった。
 完璧すぎる、飄々としている、危険なほど生き生きしている・・・
 ―――否定は、出来ない。
 さらに夜の姿はあらゆる者を翻弄する怪盗で―――
 どうしようもない構図を前に、黒羽の心は沈んで行くばかりだった。
 ドロリとしたモノの中に、徐々にはまって行く。
 抜け出そうと足掻けば足掻くほど、深く、深く・・・はまって行く・・・・
 食欲が途端に無くなり、黒羽は一言二言友人達に声をかけると教室を後にした。
 長い廊下には冷たい風が溜まっており、恐らくどこかの窓が開いているのだろう。
 良く磨かれたタイル張りの床に、黒羽の姿が映っており・・・その表情は酷く暗いものだった。
 このままではいけない。
 黒羽はそう思うと、景気づけに階段を数段抜かで駆け下り始めた。
 踊り場をターンし、勢いをそのままに階段を――――――
 ふっと、突然目の前に人影が現れた。
 このまま行っては蹴り倒してしまう・・・!!
 黒羽は咄嗟に壁を押して反動をつけ、目の前の人物を避けた。
 それが出来たのは、黒羽の運動神経の良さからなのだが・・・残念ながら、体勢維持までは出来なかった。
 崩れる体勢は、着地に失敗する事を告げていた。
 ――― 失態だ・・・
 普段なら意識するまでも無く難なく避けられるのに。
 このままだと間違いなくコケるな・・・つか、素でコケるのって何年ぶり?
 遠い、記憶はあまりに朧気で。
 ・・・どこか他人事のように冷静にそんな事を考える自分に笑える。
 近づく階段の終わりに、黒羽は衝撃を覚悟した。


    ドンっ!!!


 軽い衝撃。
 けれどソレは、あまりにも甘い衝撃だった。
 温かく柔らかいものが目の前にあり・・・顔を上げると、そこには呆れたような表情をした工藤の姿があった。
 「危ないな・・・」
 そう呟き、怪我は無いかと素っ気無く訊く工藤。
 あまりの出来事に呆然となる黒羽の顔を覗き込み―――
 「怪我は、ない。」
 「そうか。」
 それなら良かったと言って、散らばったノートを拾い集める。
 どうやら黒羽を受け止めた事で、持っていた物をぶちまけてしまったらしい。
 黙々と物を拾い集める工藤を見下ろしながら、黒羽は唇を噛んだ。
 ・・・何で狙ってない時に限って・・・
 こんな失態を―――
 苦々しい表情をしながらも、黒羽は工藤の隣にしゃがみ込むと散乱した物を集め始めた。
 「悪かったな。」
 「別に。」




     「さんきゅ・・・」



    色々な恥ずかしさが混じり合って、黒羽は素っ気無くそう言うと


       拾い集めたものを工藤に手渡して、足早にその場を後にした―――――













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