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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>





「これなんだがね」
 アンティークショップ・レンの店長である碧摩蓮が持ってきたのは、話に聞いていた通りの腕であった。本から伸びだした、石膏のような白い腕。
「悪いねえ、時間の無い勤労学生に仕事押し付けちまって」
「いえいえー。こーゆーの面白そうじゃないですか」
 アンティークショップを訪れた客――緋神 琥羽は、机の上に置かれた本――もとい、腕をつんつんと指でつつきながら、機嫌良さそうに言う。
「えい」
「げ」
 そのまま、その白い腕を握った。
「……よく触れるねえ。あたしゃ気味が悪いよ、その腕が」
「えー、普通の腕っぽいですよ? 触っても平気みたいです」
 色が白いだけで、手そのものはごくごく普通のようである。感触も女性の手のようなふっくらとした印象だし、ちゃんと人間の暖かさが感じられる。
「よいしょっと」
 琥羽はそのまま机に肘をつく。もちろん白い腕は握ったままだ。丁度腕相撲の格好になる。本の腕も、琥羽の手に逆らわず机に肘をついた。もっとも本から手が伸びているので、肩から肘までの部分が机にぺたりとくっついていたが。
「……何する気だい?」
「腕相撲♪ まっけないわよぉー。私は今まで腕相撲で負けたことないんだからねっ」
 運動神経のいい琥羽は、体力も相当ある。それでも見た目には細く見える。彼女の場合、筋肉の量はさほど無いのだ。むしろ鍛え方が良いので、筋肉は上質なのである。
 その上、彼女は格闘技にも通じているので、力の入れ方抜き方、受け流し方を心得ているのである。
「……そりゃ、誰にでも挑戦する心意気は買うがね。あんた、そんな風にパワー自慢だからろくに彼氏も出来ないんじゃないかい」
「う。蓮さんひっどーい。誰かかっこいい人紹介してくれませんか?」
「あたしに頼むんじゃないよ。あんた、兄貴がいるだろう。兄貴にでも頼めばいいじゃないか」
「……ぅ。まあいいもーん。とりあえず蓮さん、審判おねがいしまーす」
 そう言われて蓮は一瞬嫌そうな買いになったが、すぐに気を取り直したのか、二人の握った手の上に手をのせる。もっとも白い本からの腕には触れないようにしていたが。
「Ready―Go!」
 意外に流暢な発音で、蓮が言う。
 同時に、琥羽は思いっきり力を込めた。
「むっ……ぬああっ……!」
 しかし、白い腕は微動だにしない。というかむしろ、琥羽が押されている。
「お……おい?」
「むぅおおおおおっ!」
 全力を込めて押し返そうとするが、やはり白い腕にはかなわない。
「負けるかあああああっ!」
 その琥羽の絶叫は、約二分ほど続いた。


「はあはあはあはあはあっ……」
「大丈夫かい。随分と粘ってたが」
「こ……この私が、私が負けるなんて……」
 肩で息をしている琥羽は、全身で汗をかいている。相当に頑張ったようだが、しかし負けてしまったらしい。今まで負けたことの無いプライドも同時に打ち砕かれ、体力的にも精神的にも大敗を喫したことになる。
 ちなみに今まで動きもしなかった本からの腕は、今度は思いっきり動いている。指をふって、なんとなく琥羽を馬鹿にしているような動きだ。
「む……むかつく」
「あんた、無理するんじゃないよ。今度やったら骨が折れるかもしれないよ?」
「……でも、この腕むかつく。蓮さん、ペンとメモ帳ありませんか?」
「これでいいかい?」
 さっと蓮が渡した筆記具を、琥羽はそのまま白い腕に握らせる。
「いい? 質問に答えなさいよ」
 白い腕はさらさらとメモ帳に『YES』と書いた。どうやら意思の疎通はばっちりできるらしい。
「まずは……そうねえ、あんた何者なの」
 腕は『もとアームレスリング日本女子チャンピオン……の腕』と書く。
「うわ……勝てない勝負だったわけだねえ」
「じゃあ次。どうしてこの本に乗り移ってるのよ。しかも腕だけ。何か思い残したことでもあるの?」
 さらさらと、『そんなの知らない。けど今まで負けたこと無いから。一度くらい腕相撲で負けてみたい』。
「どこかの誰かさんみたいだねえ。おまけに随分と贅沢な悩みだ」
「蓮さんさっきから冷静につっこまないでください! いいわ私があんたを倒してあげる!」
「そんなこと言って……あんたさっき負けたじゃないかい」
「それはそれ! これはこれです! 我に秘策あり! ふふふ、今度は負けませんよ!」
 琥羽はさっきと同様に、机に右肘をつく。賞賛があるというのははったりではないようで、彼女の態度には余裕さえある。
「Ready―Go!」
 蓮の声で始まった――と同時に。
「えいっ」
 琥羽は空いている左手で、ぱたんと本を閉じた。無論、自分が白い腕を押し倒すべき左側に。
 まあ当然のことながら。
 本から出ている腕はさすがに自分の肩にかかる力に耐えられるはずもなく、あっさり左側に倒れる。
 つまりまあ――琥羽の右手が、腕を倒した事になるわけで。
「やったー勝ったー!」
 手をあげて喜ぶ琥羽。
 本から伸びた手は、すうっと透明になって消えていった。もはや本はごくごく普通の本にしか見えない。
「また随分とこすい手を……」
「なーに言ってるんですかー。要はこの腕自身に『自分は負けた』って思い込ませればいいんでしょ? だったら別に腕相撲で勝つ必要なんかないじゃないですか」
「格闘家っていうのは正々堂々が基本じゃあないのかい」
「ひどいっ。私がアームレスリング日本女子チャンピオンに敵うような怪力女に見えるんですか蓮さんは」
「見えないけど、実際そのチャンピオンを相手にして二分も粘ってたじゃないか。あたしゃ十秒持たないよ」
「ぅ。まあ、それはそれです。こっちにおいといてー……」
 何も無いところを掴んで脇に寄せるようなジェスチャーをしつつ、琥羽が曖昧な笑みを浮かべる。
「まあいいさ。ほら、後は確認するだけだ。あの本開いて何も飛び出してこなかったら成功だろう?」
「え。わ、私が確認するんですか?」
「だまし討ちした首謀者がなに言ってるんだい。あの腕が怒ってあんたの首絞めたって自業自得だろう?」
「そんなぁ……」
「ほらほら。あんたの理屈では上手くいってるんだろう? いいからはやく開けなよ」
 琥羽は情けない顔になりながら、ゆっくり本に近づく。
(頼むから何も出てこないでよー……?)
 祈るように目を閉じながら、えいやっと本を開ける。
 その途端。
 琥羽が感じたのは、殺気。
「ひぇああっ!?」
 抜群の反射神経で首をそらすと同時に、一瞬前まで琥羽の首があった場所をなにかが通過した。空気を切り裂くブオンという音が響く。ついでに琥羽の髪も何本か持っていかれた。
「おお、さすが格闘に関しちゃ右に出るものなしの勤労大学生」
「冷静に説明しないでくださいっ!」
 ちょっと泣きそうになりながら、叫ぶ琥羽。今度、本から出てきたのは腕ではない。
 脚であった。ぶっとくて浅黒い、一目で男の脚と分かるものだ。
「ふーむ。こいつぁどうやら未練を持った人間の、その未練に関する部分だけを具現化させる本みたいだねえ。いやいや、なかなか貴重な本を手に入れられて良かった良かった」
「えっ、ちょ、この脚どうするんですかっ?」
「今度は未練のあるキックボクシングの選手かなんかだろう。そしたら腕相撲よりあんたの得意分野じゃないか。まあ頑張って倒してくれ」
「そんなあ……っ」


 まあとりあえず、本から伸びる腕は一件落着のようで。
 ちなみに琥羽がこの本から伸びた脚と壮絶なる格闘バトルを繰り広げるのだが、それはまた別のお話。
 さらに補足すると、琥羽はキックボクシングのチャンピオン相手にきっちり勝利してしまっていた。


<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【6314/緋神・琥羽/女性/20歳/大学生】

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■         ライター通信                                                  ■
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 はじめまして、緋神・琥羽さま。ライターのめたでございます。実は仕事を初めて日が浅い新米なのですが、そんなへっぽこにご発注くださりありがとうございます。今回はどたばたコメディっぽくやらせていただきました。気に入った下さいましたでしょうか?
 腕相撲で腕を負かしてみる、といわれたときは「は? 腕相撲?」と思わず頓狂な声をあげてしまいました。予想の範囲外のプレイングでしたが、上手くまとめられたように思います。格闘が得意という事で、そういう話ももりこみました。
 また何かどこかで機会がありましたら、書かせていただきたいと思います。お兄さんがいるようですが、お兄さんと一緒だと色々と面白い話が書けるような気もします。
 ではでは。またお会いできれば幸いです。