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この木なんの木?
●オープニング【0】
「……梅?」
「順当に桜ぢゃろ」
「ひまわりだよ!」
あやかし荘の旧館そば、それはすなわち鎮守の森に近いということでもあるのだが、そこに管理人である因幡恵美の他、嬉璃と柚葉の姿があった。
3人の前には木……らしき物があった。断定出来ないのは、各人見えている物が異なるためだ。恵美には梅と見え、嬉璃には桜と見えている。そして何故か柚葉にはひまわりと見えてしまっている。
まあ植物ではあるのだろうけれども、これは非常に奇妙なことだ。
「ふうむ、不思議ぢゃの」
首を傾げる嬉璃。何故に人によって見える物が異なるのだろうか。
「だよねっ?」
柚葉が嬉璃の方へ振り向いた。最初にこれを見付けたのが柚葉であった。鎮守の森へ行く途中、何故か季節外れなひまわりが咲いているのを目にして、恵美と嬉璃をここへ連れてきたのであった。
「差し当たって危険もなさそうぢゃが、調べた方がよさそうぢゃなあ」
「うん、その方がいいかも……」
嬉璃のその言葉に恵美も同意する。何かあってからでは遅いのだから、早いうちに調べるべきであろう。
「よし。花見と言って、人を呼ぶのぢゃ」
かくして花見を口実に、謎の植物を調べるための者たちを集めることにしたのであった。
さて、あなたにはこれが何に見えますか――。
●あれこれ想いを巡らせて【1】
「見た人各々違う花が見える木ですか……」「うむ、今の所はそのようぢゃ」
「不思議だよねっ☆」
「お花見するでぇすよ♪」
「花見と聞いて色々とお重に詰めてきたのだけど……詳しくお話聞いてみると、何だか独創的なお花見ね」
「ごめんなさい、連絡した時は詳しいお話が出来なくて……」
わいわいがやがやと旧館そばへやってくる6人。順に玲焔麒、嬉璃、柚葉、露樹八重、シュライン・エマ、そしてシュラインへ申し訳なさそうに言っているのが因幡恵美だ。
「どうなのでしょうね」
焔麒がやれやれといった様子で言った。
「何がぢゃ?」
「恐らく、その木は見る人それぞれの心に一番印象深く残っている花を、その人の目に映し出しているのではないでしょうか? もしくは単純に、その人の好きな花とか。話を伺っていると、そのような気がしなくもなく」
焔麒が推論を嬉璃に説明した。
「ふうむ、どうぢゃろうなあ……」
「柚葉ちゃんはひまわり好きだったりする?」
何気なくシュラインが柚葉へ尋ねた。
「うんっ、ボク好きだよっ☆ 1年中見れると楽しいかもっ♪」
即答かよっ!!
「恵美さんは梅が?」
続けて恵美へ尋ねるシュライン。恵美は少し考えてから答えた。
「嫌いじゃないですけど、特に好きかと言われると……。普通だと思います」
「わしも桜は嫌いぢゃないが、1年中見る物ではないぢゃろ……あれは。ぱっと咲いてぱっと散るから風情があってよいのぢゃ」
聞かれる前に嬉璃が答える。
「うーん、好きな花というよりも、印象深い花が見えてそう。梅や桜だと時期柄思いつきそうだし、ね?」
誰かしら同意を求めるシュライン。まあ好きな花よりは説得力があるかもしれない。
「とにかくお花見してみれば分かると思うのでぇすよ♪」
ミネラルウォーターの500ミリペットボトルを抱え、シュラインの頭上に居る八重はにこにことそう言った。……それもまた一理ある意見。
「それにしても、鎮守の森の近くと聞きましたが、よくそこを通る方がいらっしゃるでしょう?」
「うん、ボク通るよ!」
焔麒の言葉に、柚葉が即座に答えた。鎮守の森は柚葉にとってみれば、ある意味庭先みたいなもの。ここを通ることは、決して少なくなく。
「なら、そんな物があれば気付かないはずない。……今までこんなことはなかったのでしょう?」
焔麒が柚葉に突っ込んで尋ねる。
「そうだね、こないだまでボク見なかったけど。急に生えてきたのかな?」
「急に生えたのぢゃったら、普通の植物ではないことになるぢゃろうなあ」
ふうと溜息混じりにつぶやく嬉璃。まあ普通の植物は短期間ににょきにょき成長するはずないので、そんな結論になるのは当然なのだが。
●各々に見えしもの【2】
「あ、そこです。そろそろ見えると思いますよ?」
恵美が皆に言った。間もなく件の植物が見られるらしい。そして……一同は謎の植物の前にやってきた。
「ほら、やっぱりひまわりだよ!」
「梅……にしか見えない」
「桜ぢゃからなあ」
柚葉、恵美、嬉璃と三者三様。では、残る3人はというと――。
「確かに木があるでぇす」
「……杏?」
「…………」
木の存在を認める八重。杏に見えてしまったシュライン。そして何故か、黙り込む焔麒。気のせいか、明後日の方を向いている。
「お主は何が見えたのぢゃ?」
そんな焔麒の様子に気付いた嬉璃が、すすっと近付いてきて尋ねた。
「…………」
だが焔麒は口を閉ざしたまま。何が見えたか語ろうとしない。
「ちょっと待ってて」
シュラインが不意にそう言い、何やら考え込む。ずっと植物のある場所を見つめたまま。
「……やっぱりそうみたい」
しばらくして、シュラインはにこっと微笑んだ。嬉璃が声をかける。
「何が分かったのぢゃ?」
「念じたら、姿が変わるみたい。梅と思えば梅、紅葉と思えば紅葉になったもの。で、今は」
「今は何が見えているんですか?」
何気なく恵美がシュラインに尋ねる。
「サボテン」
……また風変わりな物を念じましたね、シュラインさん。
「念じてなどいないのですがね」
ぼそりと焔麒がつぶやいた。それを嬉璃は聞き逃さなかった。
「ほほう、念じていないのに、何か見えたのぢゃろう? ほれ、素直に言うのぢゃ。ほれ、ほれ、言わぬと捏造するから覚悟するのぢゃ。最近流行りらしいと聞いておるぞ」
どこで流行りなんだ、どこで。
「やれやれ……」
溜息を吐く焔麒。捏造されてはたまったものではない。ここは素直に話すべきなのかもしれない。
「予め言っておきますが」
焔麒はそう前置きしてから話し始めた。
「あいにく、私は花にそれほど特別な思いはないのですよ」
「それは分かった。で、何が見えたのぢゃ」
さっさと結論を急かせる嬉璃。そして焔麒は自らの目に見えた物を皆に話した。
「……女の子です」
は?
「淡く緑がかった女の子が、そこに立っているんですよ。背丈は恐らく、140はないでしょう」
何ともいえない複雑な表情で話す焔麒。皆がまじまじと焔麒の顔を見た。
「なぁに考えてるでぇすか……。女の子のなる木なんてないでぇすよ?」
呆れたように言い放つ八重。はい、勘違い1号誕生。
「あ、ボクそれ知ってる! えっとね、よっ……」
はい、そこまでそこまで、柚葉さん。こうして勘違い2号も誕生。
「緑がかってる? それって……幽霊とかじゃなく?」
シュラインがまともなことを言い、ここで勘違いの連鎖は無事断ち切られた。
「違うように思いますが。……てっきり花が映らないかと考えていたのですけど」
だが焔麒の目には女の子が映っていた。花や木などではなく、だ。これはいったいどういうことなのだろう――。
●結論を急くことなく【3A】
「誰か触ってみた?」
シュラインが皆に問いかけた。が、誰も首を縦に振らない。どうも見ていただけのようだ。そこで植物に失礼しますと声をかけてから、希望者が順番に触ってみることにする。
すると面白いことが分かった。触った者は見たまま触れることが出来て、確かに感触もあった。サボテンだったら、あのとげの感触もしっかりあるのだ。ところが、触っている者以外の者たちにしてみれば、よく分からない所を触っているように見える訳だ。場合によっては、単に手が空を切っているようにも見える。これは奇妙な感覚である。ちなみに目を閉じてもこれは変わらなかった。
「不思議ぢゃなあ」
しみじみつぶやく嬉璃。はてさて、これはどういう原理なのか。
「お水をあげてみるとかしてみたりしないでぇすか?」
にこっと笑顔で、シュラインの頭上から肩と腕を経由して地面に滑り降りる八重。そして植物のある方へ、ペットボトルをずるずる引きずってゆく。
「たぁんと飲んでくださいでぇす♪」
キャップを開け、こぽこぽと八重は根元にミネラルウォーターを流してゆく。
「美味しいでぇすか?」
植物へ語りかける八重。まあ返事はない訳だが。
「ねえ、根元に鏡とか埋まっていたりしない?」
八重に問いかけるシュライン。すると八重はとてとてと植物の周囲を回り始めた。
「それらしいのはないでぇすよ?」
「ないのね。うーん、何かこう、映し出すような物があって、年月経って何らかの力がついたのかしら……なんて思ったんだけど、違うのね」
シュラインが考え込む。本当に何なのだろう、この不思議な植物の正体は。
「一気に決めてしまわなくてもいいじゃないでぇすか♪」
ふと八重が言った。
「だべりながら木を観察してみればいいのでぇすよ♪ そう♪ まぁさにお花見でぇすね♪」
「まあ害はなさそうぢゃからなあ……」
八重の言葉に嬉璃が反応した。今の所、害はなさそうだ。というか、害のない植物を念じればそんなのは簡単に回避出来るのだろう。
焦ることはない、じっくりと観察を続ければそのうち自ずと正体も分かるかもしれない訳で。
「じゃ、お花見の準備しましょうか」
用意してきたシートを広げようとするシュライン。焔麒が飛ばないよう、シートの端を押さえ付けた。その間に、八重が何やら植物のそばで囁いていた。
「楽しいでぇすか? 『とねりこ』しゃん」
にこにこと笑顔を見せると、八重は持参していた苺味の飴を取り出して頬張った。どうやら八重にはこの植物、トネリコの木に見えたようだ――。
【この木なんの木? 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1009 / 露樹・八重(つゆき・やえ)
/ 女 / 子供? / 時計屋主人兼マスコット 】
【 6169 / 玲・焔麒(れい・えんき)
/ 男 / 青年? / 薬剤師 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全4場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここにちょっと不思議な植物のお話をお届けいたします。いや本当に、書き終わってみて不思議な終わり方になった気がしていまして……。
・実は謎の多くは残ったままになっているかと思います。その辺はアプローチの仕方でちょっと積み残しになったという所です。ともあれ害はないようなので、これはこれでよいのかも?
・シュライン・エマさん、107度目のご参加ありがとうございます。何故にサボテンなんだろうと、10秒ほど考えてしまいました。で、視覚と触覚は連動しているようです。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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