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<東京怪談・PCゲームノベル>


諧謔の中の一日





―――――――その場所は、人を惑わすように。



          或いは、導くようにその入り口を開くものだ。



【1】


「あらあら、お客様ですか?」

 ……目の前で発せられた、そんな女性の声にはっとして。

「ええと………」
 彼女、秋月・律花が最初に考えたのは、何か言わねばならないと言うことだった。
「………?」
 何らかのアクションを、発言をしようとして、しかし最初に彼女は小首を傾げる。
 どういうこと、だろうか。まず頭をもたげてきたのは、そんな思い。
 …思考の回転は遅い方ではない。違和感を感じるなら、迷わず刹那の間に状況を把握する。



 目の間に居るのは、自分と同じくらいの年を重ねているだろう女性。
 透き通るような白い肌に、腰まで届く青い髪。宿す黒い瞳と相俟って、それは見事な人形のよう。
 ……腑に落ちない。


 
 目の端でさっと見た周囲は、とんでもない空間に見受けられる。
 和洋折衷、などという言葉では生温い。
 自分が普段住んでいる世界の、時間・社会・何物をも内包していそうな曖昧な空間である。
 興味深い空間だ、と。存外楽しげに歩いてきたことは覚えている。
 ……腑に落ちない。


 腑に、落ちかねる。
 何故、どのようにして自分はこの場に居るのだろうか。
(違う……WHY、の方は目処が着いている。不安だけれど……)
 ―――――そこまで、思考を加速させてから。
 彼女は小さく首を振り、目の前の女性と会話を試みようと声を出した。
「あの……私、今日はある人のところに遊びに行こうと思っていたんです」
「はぁ、そうなのですか?」
「ええ……それで、草間さんからその人の住所を聞いて街中を歩いていたんですけれど……」


(本当に、街中を歩いていた?)


馬鹿げた考えは否定し、当初の目的を果たすために会話を継続する。
「……いつの間にか、ここに来ていたんです」
「あらあら、それは大変ですねぇ……ああ、もしかして」
 話を聞いて、自分のことであるかのように苦悩していた女性は一転して、ぽん、と手を叩く。
「貴女は、汐・巴という人を尋ねる予定でしたか?」
「?いえ、違いますが……」
「では、セレナ・ラウクード?」
「え……」
「ああ、良かったです。そうなんですね?」
 ぎくりと、尋ね人の名前を当てられて怪訝な顔になる。
 それを見て自分の指摘が合っていたと確信したのか、嬉しそうに目の前の彼女は微笑んだ。
「なら、貴女は道に迷い込んでなどおりませんよ。此処―――この宿に、セレナさんは居ますもの」
「そうなんですか?」
 どうにも、自分は間違っていなかったらしい。
 多少の不審を覚えながらも、ひとまず律花は安堵した。
「ええ。御免なさい、この空間に来るまでの過程は、常に曖昧で……とにかく、此処に来る目的がある方……この場所に居る誰かに会いたい、などですね。そういう思いを抱いた方は、どうにかこの場所に辿り着ける仕組みなんですよ。稀に、ふらりと迷い込んでしまう方も居ますけれどね」
「……成程」
 そういうことか、と納得する。
 あの魔術師の住むところだ、その位の条理に適わぬシステムは―――むしろ、あって然るべきか。
「とにかく、それならばこの宿のお客様ですわね。ええと……」
「あ……律花です。秋月、律花」
「律花さん。良いお名前です………それでは、秋月・律花様」
 玄関口で正座していた、女が深々とこちらに礼をした。
「私はこの宿の女将、上之宮・唯と申します――――ようこそ、『諧謔』へ」
「……はぁ」
 腑に落ちないが。
 成程、自分は目的地に到達したのか――――そう結論付けて、彼女は首を縦に振った。







【2】



「やあ、律花!秋月・律花君だね!」
 通された和室をちらりと見た瞬間、目的の人物はすぐに見つかった。
「こんにちは、ラウクードさん。遊びに来ちゃいました」
 微笑みながら、目の前の金髪の男に会釈する。

 男の名はセレナ・ラウクード。魔術師である。

「いやいや、結構なことだよ!知識欲の旺盛な女性は大好きさ!」
 上機嫌で彼は、己が友の来訪を歓迎する。
 読んでいた本を閉じてこちらに歩いて来て、ぽん、と肩を叩いた。
「歓迎するよ。隣の彼女――唯から聞いてるだろけど、遠慮なんか必要無いからね」
「セレナさん」
「ああ、すまないね唯。一人で先に進めてしまった……もう名前は知っているだろうが、彼女は秋月・律花さん。最近仕事を通じて知り合った、華の女子大生だよ」
「まぁ……学生さんでしたか」
「ええ、一応……」
 セレナから改めて紹介され、唯と律花が互いにお辞儀をする。
 妙な行動ではあったが、顔を上げたとき二人は微妙に顔を綻ばせて微笑み合った。
「あとは、駄目人間の権化みたいな馬鹿が一人居るんだけど…」
「あ、相棒の退魔師さんですか?」
 律花の合いの手に、うん、と浅くセレナが頷く。
「まあ良いね。馬鹿だし。黒いからゴキブリみたいだし。さ、僕の書斎へ案内……」
「―――誰がゴキブリだ、無能魔術師」
 辛辣な語りに、ぴしゃりと言い募る声がした。
 律花が背後を振り向いてみると、いつの間にやらそこには男が一人。


 成程、セレナの黒い、という言葉は正鵠を射ていた。

 黒い髪に、漆黒の瞳。身に纏うパンツやコートまで、色はカラスの濡羽のそれ。

 猫のようなアーモンド形の目が、皮肉っぽく細まっていた。
「あれ、居たんだ、巴?」
「応よ。テメェと違って働き者な俺は、薪割りを終わらせてきたところさ」
「単に、あれは当番制だった気もしますが」
「黙っていてくれ、唯………と、なんだ客人か」
 他の住人と会話しながら、男がこちらの顔を覗いてきた。
「はじめまして、秋月・律花です。今日はラウクードさんの本を見せて頂きに来ました」
「おう、そうかい。そいつは勤勉だな……セレナの書庫を読み尽くしたら、俺の書庫も見せてやるよ」
「君は、僕のところから持って行った本返してくれよ。百冊くらい無いんだけど」
「俺は二百冊ほど無いがね、セレナ……ともあれ、俺の名は汐・巴だ。宜しくな?」
 相棒へ牽制の眼差しを向けてから、それと全く別種の温和な顔つきで手を差し出してくる。
 人懐こい笑顔は、彼が悪人ではないと告げていた。
「宜しくお願いします、巴さん」
「さて、それじゃ僕の書斎へ行こうか……予想が正しければ、時間は幾らあっても足りない」
「そうですか……では、私はお茶の準備でもしておきましょう」
「ありがとう、唯」
 短く告げて、セレナは律花を伴って部屋を出た。
 そのまま階段を上がり、三階へと。その、一番奥の部屋へ進んでいく。
「さ、此処だ」
 微笑を浮かべながら、彼は戸を開ける。
 そこには―――――


「うわぁ……凄いですね」
 本の山。
 或いは、本の海。そんな類の光景が広がっていた。
「乱読家でね。西洋がメインだけど、分野も言語も結構なものだ……外国語は?」
「英語と、ラテン語……その他もそれなりに」
「なら十分だ。大体の書物は読めるだろうさ」
 にっこりと微笑んで、彼は道を譲る。
 律花は飛びつくように、手当たり次第に本を物色していく。
「凄い……魔道書に興味があったんですけど、それ以外のジャンルも充実していますね」
「あくまで、僕には等しく学問対象だからね……どう、楽しめそう?」
「はい!」
 嬉しそうに、律花が笑顔を見せた。
 うん、と満足げにそれを受けてセレナが頷く。
「なら、暫く此処で読書すると良いよ……疲れたら、下に降りておいで」
「分かりました!ラウクードさん、どうもありがとうございます」
「なに、大したことじゃないよ……それと、律花君。此処を使う条件が一つあった」
「え?」
 ぴ、と人差し指を立ててセレナが言ってきた。
 なんだろうか、と彼女は胸の内で疑問符を浮かべ、

「僕の事は、セレナ、と呼ぶこと」

「あ……」
「そういうこと。では、楽しんでくれ、友人」
 ぱたりと、戸が閉じる。
「………ラウクードさん、じゃない。セレナさん、か」
 うん、と一人で何かを確認するように。首肯する。
 ああ、そうだ。こちらの方が、呼び易い。
「さ……時間が勿体ない。読み始めなくちゃ」
 この部屋を使う条件に納得してから、彼女は微笑んで。
 嬉しそうに、部屋の書物を制圧せんと猛烈な勢いで読書を始めた。








【3】


「……まさか、午前中に尋ねてきて、日が暮れるまで一度も休憩を入れないとはねぇ」
「す、すいません……」
 ……呆れたように半眼で告げる巴の声に、小さくなりながら頭を下げる。



 此処は、宿の一階にある居間。
 目の前の囲炉裏には鍋が鎮座し、美味そうな匂いで居間を席巻していた。
 言うまでも無く、夕食。つまりはとっくに夕刻である。
「昔から、読書を始めると時間とか周囲が気にならなくなって……」
「やれやれ、俺やセレナに劣らぬ読書狂だな。俺は気にせんがね、セレナ?」
「僕もだよ。ま、今日はもう暗いんだし、泊まっていけば良い。宿代なんて要らないからね」
「ありがとうございます……」
 セレナの言に、深々と頭を下げる。
 夕方に唯に発見され、時間を言われた時には―――恥ずかしくて、顔から火が出そうであった。
「さあ、夕餉の準備が出来ましたよ。頂きましょう」
 唯の声に、皆が箸を取る。
 最早、そんな些事を気にすることは無いのだと、
 全員が言外に告げている雰囲気をありがたく思いながら彼女も箸を伸ばした。
「……」
 そして、ぴたりと硬直する。
 

 前方にまします、一口食べれば失神しそうなキムチ鍋。これは、まだ良い。
 しかし、その周りに鎮座している和菓子の山は何事か。
「……パフェまである」
「うん?ああ、俺とセレナの嗜好は随分違うものでな、唯には苦労をかけている」
「は、はぁ」
(そういうレヴェルじゃない気もするけど……)
 ならばこれらは、デザートではなくメイン・ディッシュに相当すると言うことか。

「………」
 食事の類は共に最極端。どちらを食べるか。否、或いはどちらも?
 極端なゲテモノではないが、地味にプレッシャのかかる食事内容ではあった。
「……」
 さて、どう攻略しようかと迷っていると、自分に差し出される盆がある。
 その上には、まともな料理が顔を揃えていた。
「あ」
「流石に、お客様には普通のものもお出ししないといけませんものね?」
 視線を上げれば、齢二十の女将が居る。
「味の方は、セレナさんや巴さんのものも悪くないと自負はしておりますが……どうぞ」
「……ありがとうございます」
 地獄から、一気に脱却した心地である。
 余裕が出来れば、奇妙な料理に挑戦する好奇心も出てくる。
 見やれば、鍋の食材や菓子の類も、かなり個性的な品々であった。
「それでは、いただきます」
 手を合わせて、自分も食事を開始する。



 ―――――全ての料理は、等しく美味だった。







「へぇ……それじゃ律花は考古学を専攻してるのか。呪術関係に興味があるとなると…民俗学も?」
「ええ、そちらの方面も好きです。知ることが、楽しいですからね」
「素晴らしいことだな」
 ず、と巴が茶を啜る。
 既に、食後。器も片付け、囲炉裏を囲って四人で雑談に耽っている最中である。
「セレナさんや巴さんは、どうなんですか?」
「うん?ああ、そうだなぁ……日本の風俗なんかも興味の対象だよ。特に俺は、な」
 悪戯っぽく、「魔を退ける」を生業とする巴が方目を瞑った。
「ただ、そうだな……立場としちゃ人類学……文化人類学の方だと思うぜ」
「僕も、どちらかと言えばそっちかな」
 上品に紅茶を嗜みながら、セレナが控えめに同意する。
「ああ、成程……」
「そう。扱う対象を日本とした場合、かなり重なるけどね。それでも両者を画するのは最終目的だ」
「人類学はとにかく学問領域が広いですからね…」
「ま、そうだね。尤も、それに限らず現代においては学問間でのオーバーラップは珍しい話じゃないが………こちらで文化人類学を研究しながら、海外で遺跡のフィールドワークをする場合には考古学者の立場で発掘すると言うのも、割とメジャな話だし」
「ええ、そうですね」
 セレナの独白に、律花が頷く。
 この辺りは、言われるまでもない。勤勉な大学生の面目躍如である。
「セレナさんは、一番得意な……いえ、好きな魔術はなんですか?」
 ちら、と上目がちにセレナを見ながら律花が話題を続ける。
 魔術師とは、基本的に神秘を隠匿する属性を帯びている。故に、彼女は言葉を選んだ。
「ふふ、僕が一番好きなのはね、ルーンだよ」
「北欧出自の魔術系統ですね?」
「そう。どうにも僕は、北欧が好きでねぇ………一番好きな神話も北欧神話だ」
「律花、こいつの入れ込み具合は異常だぜ?無理矢理、俺にもルーン魔術を仕込みやがった」
「感謝したまえよ、巴」
「………な?こういう野郎なんだよ、こいつは」
「はい……」
 息の合った会話に、思わず彼女はくすりと笑う。
 白と黒。相反してはいるが――――彼等と他愛の無い会話をするのも、中々楽しい。
「唯さんが使っていたのは、式神ですよね」
「ええ。お陰様で、一人でも宿を切り盛りしていけます」
 話題を振ると、行儀良く唯はこちらに微笑んできた。
 セレナと巴は微妙にあさっての方向を向いている。どうやら家事に関してのスキルは低いようだ。
「習熟するのにそれなりの時間を必要としましたけど、便利ですよ……お茶を、淹れて来ます」
 ぺこりとお辞儀して、彼女が席を立つ。
 盆を不透明な式神に持たせながら。どうにも、茶を入れるのは彼女自身の役割らしい。
 ともあれ、彼女は話題を変えることにする。
「人類学と言うと、フレーザーが『金枝篇』で類感魔術や、感染魔術について触れていますけれど」
「ああ、あれね。律花君はもう読んだ?」
「一応、岩波のものには手を出したんですけど……あれって簡約されてるんですよね?」
「そう。まあ、それでも大分量はあるんだけど……もう少し詳しいもの、上にあるよ?」
「本当ですか!?」
 ざっ、と律花が慌てて立ち上がる。
「おいおいおい、ちょっと待てって!別にもっと後でも良いし、なんなら明日にでも覗けば良いじゃないか?それに、ちぃと大きな本屋や古書屋にならあるはずだろ?」
「ええ、それはそうなんですけど……あると分かったら、もう落ち着かなくて」
 申し訳ない、とばかりに律花が頭を下げた。
 けれど、その意識は既に此処にはない。それを見て、巴が苦笑した。
「やれやれ……セレナよ、お前も中々面白い人間を友にしたものだな」
「うん、僕も少し驚いてるよ……さて、律花君。良いよ、行っておいで」
「良いんですか?」
「勿論。僕らのことは気にしないでくれ。雑談なら、明日にも付き合うさ」
「どうも、すみません!」
 ぺこりとお辞儀して、律花はたったった、と居間を出て行く。
 ず、と再び巴が茶を啜る頃には、とんとんとん、と階段を上る音が聞こえた。
「………若いねぇ」
「君も僕も、彼女と四つしか違わないけど」
「うるせえやい」


 ――――斯様にして、『諧謔』の世は更けていった。





 結局、次の日も律花は徹夜で書物を読み漁っていたところを唯に発見された。
 というか、休憩を入れて読書を続けたところ前日と同じく日が落ちてしまった。
 その後。律花が二日連続でこの宿に逗留したかどうかは定かではない。




 しかし、彼女が満足して『諧謔』を後にしたことだけは、確かであった。


 
                              <END>










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6157 / 秋月・律花 / 女性 / 21歳 / 大学生】







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■         ライター通信          ■
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 秋月・律花様、こんにちは。
 ライターの緋翊です。この度は「諧謔の中の一日」へのご参加、ありがとうございました!


 ほのぼの路線と言うことで、特に戦闘なども無く、プレイングを参考にしつつ知識欲旺盛な律花さんのイメェジで書かせて頂きました。知識に貪欲、といえば確かに本の虫だなぁ、などとプレイングと顔を突き合わせつつ首を縦に振り、礼儀正しくアカデミックな一面も持つ学生さんとして『諧謔』の面々と交流をして頂きましたが、如何でしたでしょうか?


 どうにも、私は丁寧に描写しようとするあまり文が長くなるきらいがありまして、これでも大分スリム化したのですが……いささか長めの仕上がりと相成りました。ラストの雑談が、魔術と言うよりはやや雑学的なそれになってしまったかなぁ、などとも思いましたが(苦笑)


 ともあれ、楽しんで読んで頂けたなら幸いです。
 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。

 緋翊