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鴉の濡羽色
背中からかかった声。
振り向くとそこにいるのは真っ黒い、鴉の濡羽色のような印象の人だった。
彼は、自分は凪風シハルと空海レキハの先生だと言う。
デリク・オーロフはなるほど、と笑った。
「ハハァ、彼らが唐突に現れるのは師匠譲りなんですネ」
「譲った覚えはないんですけど……盗んだみたいですね」
ふふっと、小さく片成シメイは笑う。
どうも胡散臭い笑い方だ、とデリクは思うにとどめる。
「レキハとシハルのことでちょっとお伺いしたいことがあるんです。お時間よろしいですか?」
「ええ、まぁ大丈夫デス。けれど……」
けれど、と言葉を切ったデリクに、シメイは何でしょう、と問い返す。
デリクはにこりと笑った。
「私に質問するなら、彼らが何故いがみ合っているのかにまず答えてもらいたいデス」
「僕の問いに先に答えてもらってからでは駄目ですか?」
「駄目デス」
にこりと互いに笑みあっているのだけれども、そこには緊張した空気が流れる。
どちらが先に折れるのか、デリクはもちろんそんな気は無い。
と、先に折れたのはシメイの方だった。
一つ溜息をついてから、苦笑する。
「まぁ、機嫌を損ねられるのも良くないのでお答えします。といっても、僕も深く知っているわけではないし、なんとなく感じていることになりますが」
「ええ、もちろんそのナントナク、で良いですヨ」
「あの子達は互いに互いを嫉妬しあっているんです、自覚はしてないみたいですけどね。最初は些細な事から、でもある時お互い意識しあった。その切欠が何かまでは、知りませんけど」
これで満足ですか、とシメイは付け足す。
その表情には笑いが張り付いてた。
「本当に切欠を知らないんデスカ?」
「はい、僕はそれを聞こうとは思いませんから」
嘘か真か、それはわからないけれどもとりあえず、答えは得た。
このシメイは食えない。
そう、感じ用心しなくてはならないなと思う。
「では僕の尋ねたいことは二人をどう思っているか、です。教えていただけますよね」
「ええ。そうですネ……じゃあまずレキハさん。暗殺者としての手腕は買いマス。ただ状況の見極めが甘く、自分のコトしか見えていない印象デス。それに……まっすぐ一直線、わんこのような性格は愉快ですネ。からかい甲斐もあって楽しいデス」
くくっと笑いながら、レキハの姿を思い浮かべる。こんなことを本人に言ったら眉を上げて反抗的な瞳で睨んできそうだ。それを軽くかわすのはきっと簡単だ。
「ああ、それはわかります。まっすぐ前しか見れないような子ですからね。では、シハルは?」
「彼女は技に冴えがある、相当な使い手ですヨ」
デリクは、先日受けた傷をさする。腹部に受けた攻撃は今もまだうっすらと痣を残しているのを思い出しながら。
あの衝撃をもう一度受けたいかと言われれば首を横に振るだろう。
「私情に走って標的を忘れるのは、プロとして甘いと思いますケドね。外面は無表情でしたガ、胸の内で炎を燻らせるお嬢さんなのカモ、と感じますヨ」
「あの子が、胸の内で炎を? 僕にはそんな姿見せないのですけどね……冷静な、ちょっと気まぐれな子ですよ」
「それなら新しい面を知れて良かったじゃないですカ」
デリクはシメイにそうでしょう、と促すような雰囲気で言う。
それにシメイはただただ笑って答えた。
「そう、しておきましょう。二人の力量を悪いようには見ていないようですね。それは師としても、うれしいものです。でもあなたの言うように、まだまだ精神面で甘いのは二人もわかっているはずです」
「お嬢さんはわかってそうですネ、レキハさんは……ちょっと微妙デス」
苦笑しながら紡いだ言葉、それにはシメイもふと瞳を細めてそう思うと柔らかく笑う。
だけれどもすぐその、一瞬みせた柔らかな雰囲気を彼はかき消す。
「どうしましタ?」
ふっと、間が空く。
デリクはきっと何か、このシメイは言うぞ、と勿論思う。
「……あなたに一つ、忠告を」
「忠告ですカ?」
ふっと瞳を細めるシメイ。その視線は冷たく、そして穏やかだ。
その視線をデリクはさらりと受け流していた。
「はい。これ以上、二人には関わらない方が良いと思います。オーロフさんにとっても、レキハにとっても、シハルにとっても。そして、僕にとっても」
何を言い出すのか。
デリクはくくっと笑う。
その笑いの意味は何か、とシメイは眉根を一瞬顰めた。
それを予想の範疇としてデリクは笑っていた。視線をシメイへと、向ける。
「おかしなコトを言われますネ。関わりトハ、出会って作られてしまった以上簡単に断てるモノではありまセン。水の波紋の広がりを止めることができますカ?」
「……できませんね」
「ええ、それはシメイさん、アナタが一番良く解ってらっしゃルのデハ。だから私がどんな人物か気になって、会いに来たのではないでしょうカ」
デリクは笑みとともに言葉を送る。シメイは否定できず、ただ頷いている。
「伝え聞いたダケの情報には限りがありますカラね。良くも悪くも……関わる運命があるのならば、止めるなんてできやしまセン」
「……そう、ですね。あなたの言っていることは正しい。ええ、ははっ、僕としたことが、レキハとシハルに先生なんて呼ばれているのに、あなたに教えられるなんて……」
「新たナ発見は、大事ですヨ。良かったじゃないですカ」
「新鮮です、ええ、感謝します。僕にとってオーロフさんは良い刺激のようだ。レキハとシハルにとってもそうだと、良いんですけれども」
「私にとってモ、アナタ方は中々面白い方達ですヨ」
「それは喜んで良いんですか?」
「ええ、褒めてますヨ」
どちらも腹の探り合いのような笑い合い。
互いに警戒しあっているのだけれども興味が尽きないといった様子だ。
きっとこれ以上、探り合ってもどちらも何も言わない、悟らせない、出さない。
それをなんとなく、感じる。
その均衡を先に破ったのはデリクの方だった。
「サテ、お話はこれで終わりましたカ?」
「ええ、はい……そうですね。もう言うことはないと思います。ああ、でも一つ、僕がオーロフさんに会った事、二人には内緒にしておいて貰えませんか?」
「オヤ、何故です?」
「特に意味は無いんですけれど……そうですねぇ……あの子たちに対してのちょっとした悪戯、とでもしておきますか」
シメイはこれでは理由になりませんか、と柔らかく言う。けれども少しばかりの威圧をそれには含んでいた。
深くそれを追求してみたい、という欲求もあるのだけれども、それをデリクは抑えこむ。とりあえず、今のところ良い関係なのだろう。
きっと問えばその関係は崩れる。それもそれで面白そうなのだけれども。
「ナルホド、悪戯ですカ」
納得しました、とデリクは言い、手をひらひらと振る。
「デハまた、引き合えばどこかデ」
「はい、どこかで」
きっと出会うだとう、と思う。
それは本能が感じているのかもしれない。
デリクは去ってゆくシメイの後姿を眺めながら、これからどうなるのかと想像してみる。
確かなのは一つ。
面白いことが、何か起きるかもしれない。
デリク・オーロフ。
空海レキハ、凪風シハル。
そして片成シメイ。
真直ぐ一直線なわんこ、手強いお嬢サン。
そして食えない人物。
シハルとレキハと出会ったのは運命か、それとも他の何かか。
ここがきっと第一歩。
踏み込む、踏み込まないはまた、次に持ち越し。
次に出会う時の関係は?
それはまだ、わからない。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【3432/デリク・オーロフ/男性/31歳/魔術師】
【NPC/形成シメイ/男性/36歳/元何でも屋】
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■ ライター通信 ■
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デリク・オーロフさま
今回は無限関係性三話目、鴉の濡羽色に参加いただきありがとうございました。ライターの志摩です。
いつもながらドキドキウフフしながら楽しく書かせていただきました。わんことお嬢さんをこれからも構ってやってください…!(!
二人の先生登場、ということで、この二人なら絶対腹の探りあい…!と無駄に張り切っておりました。先生は……よくわからない人です(ぇー
またこれから、次からどーんと踏み込みの一歩です。どう転ぶか、またデリクさま次第でございます!
ではでは、またお会いできれば嬉しく思います!
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